「風車」-第二〇号(一九七九年一二月)
「学術」シンポ当日の経過もさることながら、その後始末のつけ方も、それを強行した人たちの意識のほどを示している。
翌日、伏見学術会議会長は記者会見し、「原発事故情報の収集、蓄積、整理、公開システムを制度化することの緊急性について全パネリストの意見が一致した」というコミュニケを発表する予定でいた。
こんなことが「シンポの成果」とはあきれるが、驚くべきことに「公開」の二字に安全委側がクレームをつけてきて、伏見氏も発表ではあっさり公開を省いてしまったという。
記者団から「肝心な語句を抜くようなことでいいのか」と質問されて、伏見氏は「いわれてみれば、その通り」と再修正の意を表明したという(以上二十八日付毎日新聞)。
この人にも安全委にも、原子力問題の本質が少しもわかっていないのだ。彼はぬけぬけと「ルールを守れば、今後、反対派とも話し合う」と言ってのけ、またシンポの中で米大統領調査委の報告をつまみ食いした石谷氏(当日の陣頭指揮者)は、「市民参加型の第三者検査機関が必要」と言ったという。ルールを無視し、市民を締め出しているのが自分たちだという意識がないとしたら、この人たちの今後が恐ろしい。(高木)
Posted by 編集部 at 2004年01月21日 17:17