「風車」-第二一号(一九八〇年一月)
いよいよ八〇年代に入る。七九年から八〇年と暦が変わったことにどれだけの意味があるかは分からないが、大きな時代の流れを感じないわけにはいかない。
七〇年代を振りかえるとき、科学技術がことごとく市民を裏切ってきた時代であったという感が強い。七〇年代の初めに、すぐにでも「安全性」が立証されるかのように言われた原発は、次々に危険性をさらけ出し、七〇年代のどん尻には、TMI事故によって安全論争に決着をつけてしまった。
「プルトニウムの時代」といううたい文句も十年前に見かけた気がする。人工心臓から「打出の小槌のような高速増殖炉」まで、大活躍するはずだったプルトニウムは、すっかり「地獄の王の元素」の悪役イメージを定着させてしまった。インドに続いて七〇年代末には南アも核クラブ入りし、「平和利用」の幻想も打ち砕かれた。
世界に原子力船を駆けめぐらせているはずだった原子力船事業団は、ポンコツ「むつ」をかかえ崩壊寸前のありさまだ。原子力宇宙船などという話すらあった十年前だが、いまや空から原子炉衛星が落ちてくるのを心配する時勢となった。
夢物語にだまされる時代は終わったのである。いよいよ「危険を承知で原子力推進」の時代に入ったことを、原子力白書も示している。(高木)
Posted by 編集部 at 2004年01月21日 17:17