「風車」-第二九号(一九八〇年九月)
異常な夏が終わろうとしている。その異常さは必ずしも気象だけのことではない。
「危機」の大合唱だ。ソ連の脅威。核の選択。「国を守る気概」教育。防衛予算の別枠制。破滅的な未来をコンピュータに予測させる未来学がはやり、危機ムードをあおる。
「エネルギー危機だ、電気が止まる」と生活上の危機感だけあおっているのでは、どうしようもなくなってきたのである。「国防」と結びつけて、エネルギーや食糧をとりあげる。鈴木善幸という「スモール・リーダー」の故か、一層「国家」の不気味な影が大きくのしかかってくる。
誰だっていま危機感をもっている。だが上からの「危機」の押しつけはまっぴらである。危機についての饒舌の影で、彼らは決して本当の危機について語ろうとしない。「異常気象」をもたらすエネルギー浪費社会こそ、私たちが感じている危機である。火災を起こした原潜が、放射能を満杯して漂流する姿にこそ、私たちは危機を感じる。
いや、それを「無害航行」などと言いくるめる官僚たちにこそ、もっと大きな危機感をもつ。危機意識に頼った運動はしたくない。ずっとそう思ってきた。しかし、いま危機感は募るばかりだ。(高木)
Posted by 編集部 at 2004年01月21日 17:20