「風車」-第三一号(一九八〇年一一月)
「いよいよ日本にも『核兵器から身を守るシェルター(退避ごう)売ります』という会社が現れ」た、九月二日付の毎日新聞夕刊が報じていた。
"核時代の防空壕"を売り出したのは、原発の警備も請け負う大手ガードマン会社の綜合警備保障。同社研究室と植村技術研究所が共同開発したものだという。
綜合警備保障といえば、確か日本市民防衛協会の事務所が同社の子会社内にあるのではなかったか。七七年十二月に設立されたこの団体は「核災害に備えた市民防衛体制の整備」を目的とする。会長は藤井丙午参院議員・元国家公安委員。綜合警備保障の村井順社長(同社業務案内によれば「戦後におけるわが国警備警察制度の創始者、内閣調査室の創始者」)が副会長をつとめ、常務理事に植村技術研究所の植村厚一社長の名が見える。
同じく藤井丙午会長で、今年四月には、防衛庁長官経験者をずらっと並べた市民防衛議員連盟も誕生した。「国民の核アレルギーがなくなれば将来性のある分野」という耐核シェルター売出しの弁も、単に新商売という以上にイデオロギー的なものを感じさせる。まさしくキナくさい世の中になってきたようだ。(西尾)
Posted by 編集部 at 2004年01月21日 17:21