2004年01月21日

「風車」-第四五号(一九八二年一月)

「風車」-第四五号(一九八二年一月)

 謹賀新年。例年の如く、南房鴨川の海を見下ろす山裾に、元日の朝を迎える。晴れ渡った穏やかな元旦、戌年の始まりである。だが私たちが最初に目にしたのは、三十頭近い野猿の群であった。

 思わず、犬猿の仲という言葉が口をつく。早くも、八二年という年の厳しさを思い知れ、ということか。穏やかな日ざしに感謝しつつ、この穏やかさも後何時間かして山を下りるまでのことだ、と自ら心がひきしまる。

 はっきりとした電力需要の屈折(停滞)によって、原発計画の下方修正は必至、一方米ソを中心とした核開発は一層きわどさを増す。弦をぎりぎりまで張りつめたような中で、八二年が始まろうとしている。金で命を買いとることをほとんど唯一の戦術とするかのような、強引な原発推進が一層進むことだろう。そして今年は、いよいよ第二再処理工場の候補地も打ち出されてくることだろう。

 私たちの反原発運動は、これまでにもまして多様な困難を覚悟しなくてはならないだろう。だがこの困難の先に、私たちははっきりと一条の光を認めることができないだろうか。闘いの前方に勝利を確信してよいだけの蓄積を、八一年の全世界の人びとの闘いは残し得た。私はそう思う。(高木)

Posted by 編集部 at 2004年01月21日 17:26