「風車」-第七〇号(一九八四年一月)
謹賀新年。元旦に突然三十年前のことが記憶に甦った。科学マニアの友が語った「夢の原子力時代」の話である。自動車や飛行機までもがマッチ箱ほどの燃料で動くと、高校受験を目前にひかえた補習授業帰りの田舎道、友の話は熱っぽかった。
当時の私は文学少年で、友の科学万能論には情緒的にやや反撥したものの、原子力の印象は小さくなかった。その直後に起こった第五福竜丸事件で、初めて放射能という言葉の意味を知った。だが同時に始まった「平和利用」と結びつけて考えてもみなかった。
それから十年もたつ頃には、どういう風の吹きまわしか、科学少年だった友は小説を書き始め、私はといえば原子力産業に身をおいて、二十年後の原子力時代を想いつつも、ようやくビキニの意味を考え始めていた。
今にして思えば、現在はすっかり売れっ子SF作家となったかの科学少年の原子力論は、アイゼンハワーの国連演説「平和のための原子」直後のことで、おそらく正月の新聞の特集記事の受け売りだったろう。
一九八四年ということでオーウェルばりの未来予測が盛んだ。しかし、原子力三十年、その間私たちにとって原子力とは何だったのかを振り返るに相応しい年ではないだろうか。(高木)
Posted by 編集部 at 2004年01月21日 17:45