「風車」-第八〇号(一九八四年一一月)
「核の冬」など核戦争後の状況についての議論が欧米でまことにさかんである。評価をすればするほど、核戦争の直接的影響を生き延びた人びとを待ちうける状況は厳しい。その欧米で状況はここまで来たか、とつくづく考えさせられることが起こっている。
最初にその話を聞いたのは、アメリカのある大学で学生が投票を行なって、核戦争が起こったときの安楽死用自殺剤ピルを大学側が備えるべきであるという決議を"可決"した、というニュースだった。その時点での事は一種のパロディ風反核運動に思えた。
『科学』十一月号のディクスンの一文は、「核戦争時の安楽死」の問題が、西洋人にとって切実な問題として重くのしかかっていることを示す。イギリスのある村の医師たち二人が、村人の圧倒的支持を得て、核戦争時の「集団自殺」用にモルヒネ硫酸塩を医師が処方できるようにする運動を始めた、という。
この先、誰かが「いつでも安楽死できる毒薬の常備を」と言い出すのも時間の問題だ。「核戦争三分前」の苦痛に耐えられないと感じる人も少なくないだろうから。これを異常というのはたやすい。しかし、我々のまわりの世界の方が呑気すぎるのではないだろうか。
もちろん、我々の運動は人々に絶望を強調することでなく、生きる力を与えるためのものでなくてはならない。(高木)
Posted by 編集部 at 2004年01月21日 17:50