2004年01月21日

「風車」-第九七号(一九八六年四月)

「風車」-第九七号(一九八六年四月)

 国が行なうべき検査などを、民間機関に代行させられるようにする、原子炉等規制法の「改正」案が国会に上程された。原子力開発をすすめる上で、なぜ民間代行が好ましいとされるのか。一つの見方を紹介しよう。

 電力業界の出資でつくられた日本エネルギー法研究所の『月報』で、同研究所理事の山内一夫学習院大名誉教授が、国による検査の弊害を指摘していわく―「第一は、検査基準の強化に基づく弊害である」。「国民の人命尊重・健康尊重を求める意識は極めて強い」ため、「政治は、国民の心情にこたえ、検査基準の強化に向かう傾向がある」。これはマズイ、というわけだ。

 なぜか。検査基準の強化は次のような弊害を招くからだ、と山内理事は言う。(1)検査要員の増員を必要とし、行政の軽量化の要請に反する。(2)検査基準を国際水準から乖離させる。(3)技術の進歩を妨げる。(4)強化された基準の遵守は多大の経費を伴うことがある。最後の④については、ごていねいに「そのため、しばしば検査基準の実際の適用について緩和が図られる」(!?)との注釈つきだ。

 そして、国による検査の弊害の第二。これがすごい。「国家の責任を担っているから、検査の判定について政治的思惑が混入し易い」。

 現行の検査の実情を垣間見させるという点でも"貴重"な指摘、と言えようか。(西尾)

Posted by 編集部 at 2004年01月21日 17:56