2004年01月22日

「風車」-第一一二号(一九八七年七月)

「風車」-第一一二号(一九八七年七月)

 ラシアン・ルーレットというのがある。西部劇でおなじみだ。六連発の拳銃に弾丸を一発だけ詰める。シリンダーをまわし、銃口を頭にあててひき金をひく。運悪く弾丸があたれば一巻の終わり、その確率は六分の一である。

 昨夏来、イギリスの科学雑誌『ネイチャー』誌上で専門家が原発の大事故の確率論争をくりひろげている。学者の議論は式の使い方がどうのと細かいが、基本となっている認識は単純だ。要するに、TMI、チェルノブイリと二つの大事故が約四千炉年の稼働歴の間に起こった。現在の世界原発数からすると、大事故の確率は一年あたり〇・一八ぐらいとなる。学者たちはこの先で、難しい議論をするのだが、それはどうでもよい。

 要するに右の事故確率は、先に述べた拳銃ゲームの恐怖の確率にほぼ等しい。ということは、我々が原発と共に生きているのは、この拳銃ゲームをやっているようなものだということになる。毎年一度ひき金をひく、助かったらまたシリンダーをまわして次の年にひく。既に二発の弾丸が出てしまったのだが、それでも弾丸を詰め直して、ひき続けているのだ。

 学者たちの確率論によると、この先十年間、運よくまったく弾丸の出ない確率は、約一六パーセント。我々のサバイバルの確率は、か細い糸のようだ。ま、安全委員会は、拳銃の型が違うから日本は大丈夫というけれど……。(高木)

Posted by 編集部 at 2004年01月22日 00:08