2004年01月22日

「風車」-第一三二号(一九八九年三月)

「風車」-第一三二号(一九八九年三月)

 スリーマイル島原発事故から十年が過ぎようとしている。まだ赤ん坊だった息子をかかえていた私は、テレビのニュースで赤ちゃんを抱いて避難する母親の姿を見て、その恐怖感を想い胸がつまった。

 そのころの私は、「人間は放射能とは共存できない」という確信はあったが、まだ原発についての問題意識もちゃんとなかったし、ましてや反原発新聞に関わるようになるなんて想像もつかなかった。

 チェルノブイリ事故をきっかけにようやく原発は自分自身の問題なんだと目覚め、動き出し、反原発新聞にも関わり始めた二年前の三月、メアリー・オズボーンさんが来日し、各地で講演を行なった。彼女はTMI原発から約九キロメートル離れたハリスバーグ郊外に住む二児の母親で、事故の体験やその後の活動の内容を具体的に語ってくれ、植物好きの彼女自身の手で集めた巨大タンポポなど異常植物のサンプルを見せてもらった。

 この報告で改めて事故の大きさを知り、彼女たちの生活に根ざした地道な活動に感銘を受けた。普通の人びとの、何よりも大切なものは生命、おかしいことはおかしいという"常識"を基本に据えた運動の確かさを感じた。

 チェルノブイリ以降、日本でも大きく反原発運動が広がったのも、そうした確かさがあるからだろう。(渡辺)

Posted by 編集部 at 2004年01月22日 00:21