「風車」-第一三七号(一九八九年八月)
政府が原発推進姿勢を持ち、国会内には多くの推進派がいる──そんなユーゴスラビアで、原発の建設を禁止する法律が産声をあげた。六月十五日のことである。
しかも、その法律の条文は、きわめて厳しいものだ。建設が禁じられたばかりではない。投資の計画を立てたり、建設のために必要な書類をつくったりすることも、違法となる。そして、違反者には、懲役六ヶ月から五年という重罰が科されることになる。
この法律の成立までには、侃々諤々の議論が国会の内外で闘わされたらしい。だが、法律が成立した結果、ユーゴスラビアの原子力開発の計画は、その命脈を絶たれた。ただ一基運転中のクルスコ原発の停止は想定されていないとはいえ、それだけでは原子力産業の維持は不可能だ。
世界初の原発禁止法がオーストリアでつくられたのは、一九七八年十二月十五日。そのときも、政府は原発推進で、反原発の議員は必ずしも多数でなかったという。にもかかわらず、同国やユーゴでは、世論に追いつめられて、原発禁止法が成立を見た。
日本では、過日の参院選で、脱原発を最前面に掲げた人びとの当選こそ果たせなかったものの、これまで以上に多くの脱原発派の議員が誕生している。しかしなお、脱原発法の成否の鍵は、議会の外にあると強調しておきたい。(西尾)
Posted by 編集部 at 2004年01月22日 00:24