2004年01月22日

「風車」-第一四二号(一九九〇年一月)

「風車」-第一四二号(一九九〇年一月)

 一九九〇年代の幕が開いた。日本の原子力産業にとっても、いよいよ先がなくなった。

 そのことは、日本原子力産業会議がまとめた一九八八年度の原子力産業実態調査報告に、はっきりと示されている。たとえば、電気事業の原子力関係支出高の項を見てみよう。同年度の建設費支出高は六千五百六十一億円。五年前には八千三百九十五億円の支出高で、その時には五年後の見込みとして一兆五百六十一億円という数字を挙げていた。達成率は、やっと六割である。

 一方、運転維持費の支出高は、五年前の三千四百五十六億円の倍の七千二百六億円。見込み額の五千百六十五億円の四割増しだ。これを原子力産業の側から見ると、原子炉機器の売上高との関係について、そっくり同じ傾向が窮える。

 この趨勢は、今後いっそう強まるはずで、現実に、新規の原発の発注予定は、まったくない。そこで原子力産業がどう対応しているかは、従業員数の調査報告を見ればよいだろう。原子炉機器製造部門の縮小とサービス部門の拡大。しかし、それによって活力を維持していけるわけもなく、すでに原子力産業は「安楽死」への態勢に入ったと言えそうだ。

 そんな九〇年代の初めの年に、脱原発法の制定を求める署名が、いよいよ国会に提出される。(西尾)

Posted by 編集部 at 2004年01月22日 00:26