2004年01月22日

「風車」-第一四八号(一九九〇年七月)

「風車」-第一四八号(一九九〇年七月)

 六月六日、ソ連西部のコラ半島で、長さ二百キロ、幅二十キロにも及ぶ巨大なきのこ状の雲が観測され、「第二のチェルノブイリ?」と周辺の国々をあわてあせた。

 結局は自然現象によるごくふつうの大きな雲だったとわかりホッとしたが、このニュースが伝わった七日朝から、わが事務所の電話は鳴りっぱなし。六、七十件はあった問い合わせへの対応に大わらわの一日であった。そして私たちは、いつ核事故が起きても不思議でない世界に生きているのだということを改めて実感した。

 もうチェルノブイリは風化しつつあるかのような報道ぶりも一部には見られるが、事故から四年経過したいま、事故の影響の深刻さ、規模の大きさがよりはっきりと視えてきた。四月の集会にはソ連から人民代議員のA・アダモーヴィッチさんやキエフの医師A・ヤコブレフさんが来日し、現地の様子、とりわけ子どもたちが苦しんでいる状況、人びとが政府をあてにはせず、自力でこの問題に取り組みはじめたことなどが話され、日本からの救援を訴えた。

 これらの訴えを受け、市民レベルでの援助や交流の動きが各地で生まれ始めている。四十基近い原発が稼働する日本に生きる私たちが、チェルノブイリの被害者たちとどうつながれるかが問われている。(渡辺)

Posted by 編集部 at 2004年01月22日 00:31