2004年01月22日

「風車」-第一五〇号(一九九〇年九月)

「風車」-第一五〇号(一九九〇年九月)

 放射能のゴミを後世代に残すのは犯罪に等しい―と、私たちは指摘してきた。ところがいま、原子力開発を進める側からも同じ言葉が聞かれる。

 九月号の『原子力工業』で中村尚人氏はこう言うのだ。後世の人々に廃棄物を管理させるなどとは現代人のエゴである、と。では、どうするのか。地下に埋めて捨ててしまうのがよい。あれれ、それじゃ余計に無責任だぜ。

 中村氏いわく「人間が造ったものは……現在の知識の範囲で耐久性が説明できても、将来予期しない現象が起きないと断言することはできない」。それは正しい。しかし、だからといって「子孫も人工構造物も信頼に足るものでなければ、地球創生以来続いた自然に頼るしかない」というのは、こじつけもいいところ。自然だって、いや自然だからこそ、大量の人工放射能を押しつけられておとなしく抱いていてはくれまい。

 管理も処分もできないものは、生み出すべきではない。だが、中村氏らは、すでに廃棄物は貯まっているのだ、と開き直って言う。ちょっと待ってよ。現にあることで、それを何倍にも増やすことを正当化できないでしょ。

 いかに困難でも、生み出されてしまった分は管理をしていくしかない。その困難を思えば、放射能のゴミを増やすのは故意の犯罪以外の何ものでもないだろう。(西尾)

Posted by 編集部 at 2004年01月22日 00:32