「風車」-第一六六号(一九九二年一月)
ソ連が消滅し、戦略核・戦術核合わせて三万発を超すという核兵器の行方が懸念されている。廃棄される核弾頭から取り出したプルトニウムなどの管理も、まったく不透明である。
もっとも、それは政治体制の変化で初めて生じた危惧ではなく、旧ソ連だけの問題でもない。これまでは厳重に管理されてきたと見るのが錯覚であり、核を管理できるとする考えにもともと無理があることは、ことさら指摘するまでもなかろう。
そこで、核弾頭の廃棄後のプルトニウムについては、管理をしなくてすむように、高速炉をつくって燃してしまうとか、高レベル廃棄物と混ぜて埋設処分するとかの案がある。高木仁三郎さんが参加したベルリンでのこの問題の専門家会議でも、専らそんな議論だったそうだ(『原子力資料情報室通信』12月号)。
しかし、人間による管理は信じられないから技術的解決をとの発想は、やはりおかしい。それ自身危険で、後戻りのきかない技術ではなおさらだ。すでに生み出されてしまった核物質だけは、技術的解決をあてになどせず、管理していくしかないだろう。しかも、あくまで民主的に、と無理を承知で強調したい。
管理社会化や人間不信の技術主義を排して、それでダメならあきらめると言ったら、乱暴にすぎるだろうか。(西尾)
Posted by 編集部 at 2004年01月22日 00:38