2004年01月22日

「風車」-第一六七号(一九九二年二月)

「風車」-第一六七号(一九九二年二月)

 上段にあるように、回収ウランの大規模な転換試験が人形峠で行なわれようとしている。回収ウランとは、再処理をして回収されたウランということだ。

 プルトニウムとウランと死の灰とを分けて取り出すのが再処理だが、実際にはきれいに分かれないで、微量のプルトニウムや死の灰が回収ウランには混じっている。おまけに、ウランのうちでも、娘核種が強いガンマ線を出すウラン232が増えていたりして、やっかいなウランである。

 このウランをもう一度転換・濃縮して核燃料にしようとすると、工場が"汚れて"しまう。そこで、環境汚染や労働者被曝の評価と対策、廃棄物の取り扱いなどについて試験を行なうわけだが、そもそも無理をして回収ウランを使う必要はない、というのが世界的な認識だ。

 ところが日本では、いまさら試験だとか。それは、プルトニウムを利用するというだけでは再処理を強行する説明がつかず、プルトニウムの利用そのものにブレーキがかかってしまうからだろう。使用済み燃料の大部分を占めるウランを―大量の放射能のゴミとはせず―利用できるならば、確かに再処理の合理性を主張する根拠となりそうだ。

 とはいえ、回収ウランの利用も不合理・不経済なのは自明。どう考えても再処理に合理性なんてない。(西尾)

Posted by 編集部 at 2004年01月22日 00:38