2004年01月22日

「風車」-第一六八号(一九九二年三月)

「風車」-第一六八号(一九九二年三月)

 日本企業が輸出を狙うインドネシアの原発建設に反対する集会が、三月三日、横浜で開かれた。そこで出た質問が、同国の電力需要は?というもの。しかし「需要」とは一体何なのか。

 インドネシア電力公社によれば、九〇年度のジャワ島の電力需要は二百六十六億キロワット時、ジャワ島以外では七十五億キロワット時である。人口の六五パーセントが住むにすぎないジャワ島に、他のすべての島を合わせた需要の三・五倍もの需要があるというのは、そこで言う需要が、住民の暮らしに伴う必要量とはまったく無縁なことを示している。

 電気が送られていない地域では、住民が電気を欲しがったとしても、それは需要には数えられないのだ。一方、電気が送られている地域では、電気をつかわせるための需要の喚起が行なわれる。そうでなくては、電力会社が成り立たない。

 日本でも八九年一月一日付の電気新聞で、九州電力の渡辺哲也社長=当時(故人)がこう言っている。「需要と供給が大きなかい離、アンバランスが生じています。これを適正にするためには需要を拡大しなければなりません」。

 需要は、そのようにしてつくられるものである。供給力過剰の九州電力が新規の原発をつくれば、また必死の需要開拓が行なわれるようになる。いい加減でそんなことはやめるべきではないか。(西尾)

Posted by 編集部 at 2004年01月22日 00:39