「風車」-第一六九号(一九九二年四月)
原子力資料情報室の大熊富夫さんを火災に伴う一酸化炭素中毒で喪った。享年三十三歳の、早すぎる死だ。
同情報室と反原発運動全国連絡会は事務所を共有しているが、二月末に移った新事務所は手狭なため、近くに"分室"をもった。その"分室"で三月六日、大熊さんは引っ越し荷物の整理をしていた。ところが、部屋に入る際に、入口近くにあった電気コンロのスイッチが荷物に押されて着火してしまったらしい。部屋の奥にいた大熊さんが異変に気づいたときには、すでに一酸化炭素を吸い込んで動けなくなっていたのだろうという。意識不明のまま病院に運ばれ、翌日、息を引きとった。
火災は延焼に至らず小火でおさまったが、そのことがかえって理不尽に思えるほど悔しい大熊さんの死だ。大熊さんには、『反原発新聞』の発送や書店への委託販売などで、とてもお世話になった。また、最近は電気事業法の国際比較に興味を示していて、資料の収集やまとめ方について相談を受けたりしていた。
電気事業法をめぐっては、分散型電源の普及を図る趣旨での見直しがすすんでいる。大熊さんはさらに、発電・送電・配電を地域独占の電力会社が一貫して行なう体制の問題点を指摘していた。冥福を祈るとともに、右の問題意識を引きつぎたいと思う。(西尾)
Posted by 編集部 at 2004年01月22日 00:40