「風車」-第一八四号(一九九三年七月)
六月十八日、衆議院が解散した。「うそつき解散」と呼ぶのだという。
うそをつくのは悪いにちがいないが、正直ならよいというものでもない。原子力安全委員会の内田秀雄前委員長が、五月十日付の電気新聞で書いている。「もう故人になられた元原子力委員の大先輩が私に、『当初は安全の問題など考えなかったからね』と述懐されたことがある」。
ところで、次のような発言は正直というか何というか。「ふつうの原発では、その燃料をつくるのにウラン採掘などで多くの犠牲が出てくるのです。アフリカでもオーストラリアでも問題が起こっている。その点プルトニウムはこのような汚染の問題は起きない」。発言者は、東大工学部の鈴木篤之教授。広島市議会で、プルトニウム政策を転換せよとの意見書の提出を求める請願を審議するために開かれた参考人の意見聴取におけるものである。
多大な犠牲のもとにウランを採掘し、その後も犠牲をはらいつづけて燃料に加工し、原発で燃やし、再処理をしてはじめて、プルトニウムは取り出される。それをあたかも手品の如く空中から取り出すかのように言うところに、机の上でしかものを見ていない鈴木教授の料簡が正直に示されたと言うべきか。
ただし世間では、そうした物言いをこそ「真っ赤な嘘」と呼ぶ。(西尾)
Posted by 編集部 at 2004年01月22日 00:49