2004年01月22日

「風車」-第一九六号(一九九四年七月)

「風車」-第一九六号(一九九四年七月)

 六月二十四日、新しい原子力開発利用長期計画が、原子力委員会によって決定された。残念ながらさして代り映えのしない改定である。

 しかしそれでも、変えようとしたのだとは思う。また、変えざるをえなかったはずである。にもかかわらず変えきれなかった。その結果に、官僚機構の限界が見える。

 とまれ「軽水炉から高速増殖炉へ」の基本方針は、修正を余儀なくされた。そのぶん軽水炉時代が長期化するという。これは、ツケをすべて軽水炉にまわすことだ。老朽化に伴って運転管理がさらに重要になる。ところが一方、原発の運転者そのものが不足しそうだ。

 過酷事故の対策がいっそう強く求められながら、経済性の維持のためには燃料の高燃焼度化を促進しなければならない。プルトニウム利用の面でも、軽水炉が主役に押し出された。危険性は増すばかりである。

 廃棄物問題がより深刻化するのは、言うまでもない。プルトニウム利用が遠退いて、かなりの量の使用済み燃料が長期貯蔵されようとしている。さしあたりは、各原発サイトでの貯蔵量を増やすしかない。エネルギーの供給源としての原子力の有用性は、いよいよもって不透明になってきた。

 新長期計画が示しているのは、プルトニウム利用の困難さばかりでなく、原子力発電そのものに本質的な無理があるということだ。(西尾)

Posted by 編集部 at 2004年01月22日 00:55