「風車」-第二〇一号(一九九四年一二月)
十一月二十五日に開かれた閣僚懇談会で、田中眞紀子科学技術庁長官が次のように発言―と報じられた。いわく「原子力委員会の委員の学者の専門的な意見と、市民が感じるところに開きがある。委員選任にも悩むことが多い」。
原子力委員会の委員長は、当の科技庁長官。四人の委員のうち、現状では三人までが元官僚や電力会社、動燃事業団の元役員である。もともと「専門的な学者」とは縁遠い人選なのだが、それはともかく、もっと"市民感覚"をもった委員が選任されるのが望ましいとする田中長官の言は頷ける。
"市民感覚"と言わずとも常識的な考えをもった人が原子力委員のなかにいたら、この日、他ならぬ田中長官・原子力委員長の名で閣議に報告、了承された原子力白書のような、世界の流れにいっそう逆行するプルトニウム利用論が、いまだに生き残っているはずもない。否、生き残るどころか、日本の「核燃料リサイクル路線」こそが世界を救うのだとか。時代錯誤はエスカレートするばかりである。
仮に白書が言うように、早くプルトニウムを利用しないと二〇三〇年過ぎには世界はエネルギー危機に陥るとしたら、二〇三〇年頃に高速増殖炉を実用化という長期計画でも手遅れとなる。なおのことプルトニウムには頼れない。
そう悟るのが、市民の常識というものではないか。(西尾)
Posted by 編集部 at 2004年01月22日 00:57