「風車」-第二一七号(一九九六年四月)
九五年版の『原子力安全白書』が、三月二十九日に公表された。「もんじゅ」の事故が起きて、遅れていたものである。
しかし、その遅れは、単に「もんじゅ」事故に関する、およそ貧弱な一編を書き加えるためだけのものだった。それ以前にまとめられた部分については、何の変更もなかったことが読みとれる。これでは、「専門のワーキンググループを設置し、徹底した調査審議を行っている」と言われても、事故の本質に迫る調査審議が、とても期待できない。
大きな事故が起こるたびに、今回のワーキンググループに類するものがつくられながら、狭い意味の原因追及のみに終始し、「次の事故」を妨げずにきた。「もんじゅ」の事故もそのようにして起こったと言えるだろう。
事故の調査は「第三者」でと言われるのは、「身内」の調査の限界が、はっきり示されてきたからだ。「原子力安全委員会こそ第三者機関」との主張は、もともと説得力がなかったが、今回の『白書』がはしなくも第三者機関を名乗る資格のなさを立証した、と言えそうだ。
『白書』の公表に先立つ二十六日、原子力資料情報室の呼びかけで「もんじゅ事故総合評価会議」(小出昭一郎代表)が活動を開始したことが発表された。第三者機関は、いくつもあったほうがよい。
多くの「生活者」の声で、「もんじゅ」事故の真の教訓を生かしたい。(西尾)
Posted by 編集部 at 2004年01月22日 01:03