「風車」-第二三〇号(一九九七年五月)
科技庁と動燃の人事交流について、四月十九日付の毎日新聞が報じた。一足先に本紙四月号が一覧表を掲げており、月刊紙が日刊紙を「抜いた」形である。
校正が終わった直後に材料が手に入り、急遽、調べられる範囲の個人名をつけて、記事をさしかえた。快く応じてくれた「写植室ぼとむ」さんに深謝。お蔭で、科技庁と動燃の一体性を、文章より説得力のある一覧表で示すことができた。
とはいえ、それだけではまだ足りないところがあったようだ。この四月、動燃を退職した鈴木治夫なる人物が、科技庁長官官房付に「採用」された。実は、三年前の九四年七月に科技庁政策課長を辞し、動燃の技術協力部長に転じていた人である。その後、動燃国際部の担当役を経て、再び科技庁に帰還した。出向以外にこんなルートまであるのだから、他に何があったところで不思議はない。
あゝ堂々の癒着ぶり。四月二十一日付の電気新聞までが「こんな組織に誰がした! 所管の科技庁自体の存廃は?」と書く所以である。そんな科技庁が動燃を告発だの解体だのとは茶番もはなはだしい。他方、知らぬふりの原子力委も安全委も無責任だが、上には上がいる。
動力炉・核燃料開発事業団法にいわく「事業団は、内閣総理大臣が監督する」。「動燃という言葉も聞きたくない」なんて、いったいどの口から言えるのか。(西尾)
Posted by 編集部 at 2004年01月22日 01:07