「風車」-第二七七号(二〇〇一年四月)
世の中、わけのわからないことが多過ぎる。
福島県知事が原子力政策全体の見直しとプルサーマル計画の棚上げを求めたことに、三月二十六日付電気新聞のコラム「観測点」で、ボイドと名乗る匿名の筆者が、泡のごとく空虚な抗議をしている。「余剰プルトニウムを出さないようにするという国の政策に協力しているというのが、プルサーマル計画の本質のはず。とすれば、そっちの話は国とやってくれ』と同社が憤慨しても責められるものではない」。
同社とは、東京電力のこと。つまり電力会社こそが被害者だと言いたいらしい。「今のところ『大人の対応』に終始しているが、自由化の中で、いつまで我慢して地域の声や国の政策に付き合っていられるか」と、ボイド氏の啖呵は勇ましい。
それなら「いずれ」などと遠慮はせずに、今すぐ「大きく態度を変え」てはどうだろう。プルサーマル計画なんぞ放擲し、プルトニウムを生み出しつづけている原発を止めればいい。自らプルトニウムを増やしつづけながら、余剰を出さないのが国の政策とは、それこそまったくわけがわからない。
プルサーマルはリサイクルだという電力会社の宣伝は、もっと理解に苦しむ。核燃料は、手間隙かけてつくって、三%ほど使っただけでゴミとなる。リサイクルできるもできないも、もともと欠陥商品と呼ぶべきだろう。(N)
Posted by 編集部 at 2004年01月22日 17:40