2004年01月28日

「風車」-第三〇五号(二〇〇三年八月)

「風車」-第三〇五号(二〇〇三年八月)
 平沼経済産業大臣は七月九日、新潟県と柏崎市、刈羽村の各議会で、柏崎刈羽4号炉の「安全宣言」を行なった。同炉の運転再開を容認すると地元自治体が決めたのは同月十八日だが、「安全宣言」が拠り所となったのは確かだろう。

 自治体側は大臣に対し、原子力安全・保安院の経済産業省からの独立を求めていた。その要望に否定的な対応しか得られないまま再開を容認した自治体の姿勢が問われる。そもそも大臣に「安全宣言」をさせること自体、許すべきでなかったのではないか。原子力安全・保安院や原子力安全委員会が「安全宣言機関」に堕している問題はさておき、大臣に「宣言」をさせたのは、安全規制行政が大臣の下にあると認めたことになる。

 大臣は六月十七日、やはり保安院の分離独立を求めている佐藤福島県知事の主張に反論して、「原子力を推進するうえで安全を知らないという体制は無責任だ」と述べたという。大臣の「安全宣言」は、まさに傘下の(より厳密には、経済産業省の「外局」として原子力推進の行政を担う資源エネルギー庁に属する「特別の機関」である)保安院の安全規制行政を包摂することで、より有効に「国策」たる原子力の推進を図る、との明確な意思表示だった。

 だからこそ、安全規制行政の独立と原子力基本法上の位置付けの明確化がどうしても必要なのだが。(N)

Posted by 編集部 at 2004年01月28日 17:32