風車(第309号=2003.12)
▼来年一月から、原子力委員の顔ぶれががらりと変わることになった。
▼新しい委員長は近藤駿介・東大大学院教授。委員には斎藤伸三・原研理事長、町末男・前IAEA事務次長、前田肇・前関西電力副社長が新任。評論家の木元教子委員のみ留任である。木元委員は非常勤であり、一時は休職宣言をしていた。実質的には総入れ替えと言ってよく、過去には例がない。「それまでの慣習やしきたり、前例」に木元委員が泣かされたという原子力委員会で、前例を知る者は木元委員一人になるというのは、皮肉が過ぎよう。
▼中央省庁再編を契機に変更されるまで、原子力委員長は国務大臣がつとめていた。原子力委員会の設置法には、委員会の決定を内閣総理大臣は「十分に尊重しなければならない」とする条文があった。委員長代理をつとめた故・有澤廣巳氏が原子力委員会の唯一の存在価値と呼んだ「平和利用の番人」の担保だ。それらもなくなり、委員会不要論に拍車がかかる中での委員一新は、いよいよもって同委員会の重みを問うことになる。 唯一の存在価値に期待できなくなった今なお、「最後の仕事が残っている」と説くのは、原子力未来研究会。「時代遅れになった『国策』の呪縛を解く」仕事だという。
▼新原子力委員会の初仕事は原子力長期計画の見直しだが、「最後の仕事」を期待できるだろうか。
風車(第307号=2003.10)
▼3面[WEBでは略]の小木曽さんの記事にあるように、「もんじゅ」運転再開に向けた改造工事入りの同意取り付けを狙う動きが騒がしさを増している。しかし、再開の理由は不透明だ
▼なにせ四半世紀近くも以前に設置許可が申請された炉である。百歩譲って当時は建設の必要があると考えられたとしても、もはやその意義は失せているのではないか。設置許可申請書の添付書類「原子炉の使用の目的に関する説明書」は言う。「近い将来エネルギー需給の逼迫が予想される状況下におかれており」、"資源小国"日本は「高速増殖炉の実用化を最も緊急に必要とする立場にある」。そこで、「一九九〇年代に実用化するため、実証炉、実用炉にいたる原型炉を自主開発する」のだ、と
▼「近い将来」だの「緊急に」だのといった言葉をちりばめて必要性が強調されていたのだが、「近い将来」も一九九〇年代も疾うに過ぎてしまった。「実証炉、実用炉にいたる」計画は白紙に戻され、高速増殖炉はいまや「百年、千年という長いスパンで見てほしい」(藤家洋一原子力委員長)ものに変わった。今年一月の高裁判決は、「もんじゅ」の危険性を重く見て設置許可の無効を宣したが、使用目的の消失からも許可は無効だろう
▼許可から二十年の歳月は、その誤りを白日の下に曝け出した。運転再開が許されるはずもない。(N)
「風車」-第三〇六号(二〇〇三年九月)
本紙に時折フランスのホット・ニュースを届けてくれているパリ在住の美術家でフリージャーナリストのコリン・コバヤシさんが、編著『市民のアソシエーション』を太田出版から刊行した。
副題に「フランスNPO法一〇〇年」とある。アソシエーション(アソシアシオン)は、日本のNPO法人に相当する市民団体のことだが、根本にあるのが「市民活動の自由」だという点で、百年前のフランスの法律のほうが日本のNPO基本法より新しいと言える。否、日本の法律が遅れ過ぎているのである。
フランスNPO法の成立過程と現状を考察し(巻末に条文と解説)、さまざまな団体の活動を紹介したなかには、「有効なシビリアン・コントロールとは何か?」と題した章で、私たちに馴染みの深いアクロ(西部地方放射能監視協会)とクリ=ラッド(放射能に関する独立の研究と情報委員会)も取り上げられている。この章の筆者はもちろんコバヤシさんだ。
コバヤシさんは日本のNPO基本法について「国が管理・検閲しようとする意志」に危惧を抱いているが、六月五日発行の個人誌『原発雑考』で田中良明さんは、偽装した営利活動や企業・行政の別動隊がNPO法人となれる点に、むしろ法制度の固有の矛盾を見ている。
NPO法人の意義とは何か。理念と現実の両面から考えてみたい。(N)
「風車」-第三〇六号(二〇〇三年九月)
本紙に時折フランスのホット・ニュースを届けてくれているパリ在住の美術家でフリージャーナリストのコリン・コバヤシさんが、編著『市民のアソシエーション』を太田出版から刊行した。
副題に「フランスNPO法一〇〇年」とある。アソシエーション(アソシアシオン)は、日本のNPO法人に相当する市民団体のことだが、根本にあるのが「市民活動の自由」だという点で、百年前のフランスの法律のほうが日本のNPO基本法より新しいと言える。否、日本の法律が遅れ過ぎているのである。
フランスNPO法の成立過程と現状を考察し(巻末に条文と解説)、さまざまな団体の活動を紹介したなかには、「有効なシビリアン・コントロールとは何か?」と題した章で、私たちに馴染みの深いアクロ(西部地方放射能監視協会)とクリ=ラッド(放射能に関する独立の研究と情報委員会)も取り上げられている。この章の筆者はもちろんコバヤシさんだ。
コバヤシさんは日本のNPO基本法について「国が管理・検閲しようとする意志」に危惧を抱いているが、六月五日発行の個人誌『原発雑考』で田中良明さんは、偽装した営利活動や企業・行政の別動隊がNPO法人となれる点に、むしろ法制度の固有の矛盾を見ている。
NPO法人の意義とは何か。理念と現実の両面から考えてみたい。(N)
「風車」-第三〇五号(二〇〇三年八月)
平沼経済産業大臣は七月九日、新潟県と柏崎市、刈羽村の各議会で、柏崎刈羽4号炉の「安全宣言」を行なった。同炉の運転再開を容認すると地元自治体が決めたのは同月十八日だが、「安全宣言」が拠り所となったのは確かだろう。
自治体側は大臣に対し、原子力安全・保安院の経済産業省からの独立を求めていた。その要望に否定的な対応しか得られないまま再開を容認した自治体の姿勢が問われる。そもそも大臣に「安全宣言」をさせること自体、許すべきでなかったのではないか。原子力安全・保安院や原子力安全委員会が「安全宣言機関」に堕している問題はさておき、大臣に「宣言」をさせたのは、安全規制行政が大臣の下にあると認めたことになる。
大臣は六月十七日、やはり保安院の分離独立を求めている佐藤福島県知事の主張に反論して、「原子力を推進するうえで安全を知らないという体制は無責任だ」と述べたという。大臣の「安全宣言」は、まさに傘下の(より厳密には、経済産業省の「外局」として原子力推進の行政を担う資源エネルギー庁に属する「特別の機関」である)保安院の安全規制行政を包摂することで、より有効に「国策」たる原子力の推進を図る、との明確な意思表示だった。
だからこそ、安全規制行政の独立と原子力基本法上の位置付けの明確化がどうしても必要なのだが。(N)
「風車」-第三〇三号(二〇〇三年六月)
ご好評をいただいている(?)「原発『推進者』の発言から」が、二号続けて休載となってしまった。「賞味期限切れ」とならない内に、代わって本欄で紹介しておきたい。
「もんじゅの安全審査については私の知る限り、世界最高水準にあったことは間違いない」--三月三十日付中国新聞のインタビュー記事での、藤家洋一・原子力委員長のお言葉だ。世界中、どの国の安全審査も五十歩百歩と喝破したのである。
藤家委員長は、さらに言う。「広島、長崎という被曝体験を持つ国としては、核不拡散という観点からもプルトニウムをそのまま保管せず、核燃料サイクルを動かして利用することが重要」である、と。屁理屈としても筋の通らない強弁で核燃料サイクル政策に固執する原子力委員会。それを「国策」だと押しつけられる電力業界から悲鳴が上がるのも当然か。
4面の「講座」で取り上げた再処理コストの試算も、「国策」の無理を訴える電力業界のアドバルーンである。五月二十三日付毎日新聞は「核燃料サイクル見直しへ/自民が政府に要求/電力業界の意向を反映」と報じた。藤家流プルトニウム利用論を「硬直的」と批判し、電力業界が再処理能力を年間四百トンに半減させたりできるよう「柔軟な対応」を求めるという。
工場建設を中止することこそ、最も柔軟な対応なのだけどね。(N)
「風車」-第三〇一号(二〇〇三年四月)
二〇〇三年度の電力供給計画が、電力各社によってまとめられた。「経済状況及び省エネ効果等を踏まえた結果」(資源エネルギー庁)、各社とも電力需要の伸び率を前年度より下げて計画している。
その後は伸びるとしているものの、今年度は昨年実績よりマイナスの計画だ。最大電力また然りである。但し、東京電力だけは昨年実績を上回る予測を発表している。なぜだ、なんでだろう? 同電力では目下、大々的に節電キャンペーンを行なっているはずではないのか。
同電力によれば、最大電力は猛暑だった昨年の二%増の六千四百五十万kW。原発が全部止まっていると供給力は五千五百万kWで、九百五十万kWが不足する。不測の事態を考慮すれば、不足分はさらに大きい。そこで、福島第一原発の1、2号以外の十五基は動かせるとして千六百万kWを加え、最大電力時にも一〇%の予備率を確保するという。原発を動かす世論づくりのためには、需要を過大に見積もって不足分を大きく見せる必要があるというわけだ。
実際には供給力をもっと増やすこともできるが、むしろこの機会に需要を小さくする方向に舵を取りたい。原発を止まったままにした上で、二酸化炭素の排出も減らせるのだ。「節電」と言いながら、実はそうならないように原発を動かそうとする電力会社の企みを皆で打ち破ろう。(N)
「風車」-第二九八号(二〇〇三年一月)
高速増殖炉「もんじゅ」を動かせば、原子力船「むつ」の二の舞いになる--といった言い方をすることがある。この場合、言うまでもなく「むつ」は失敗の象徴である。
ところが、たとえば『原子力白書』を見るなら「むつ」は「実験航海を成功裏に完了した」らしい。その成果を生かして原子力船が実用化したわけでもなく、むしろ実用化計画は事実上は雲散霧消してしまっていても、彼らの間では「むつ」の開発は成功なのである。
とすれば、いまなぜむりをして、「もんじゅ」を動かそうとするのかがわかる。事故で止まったままなら失敗だが、ともかくも一度動かせば成功に化けるのだ。十二月六日付の福井新聞によれば、「もんじゅ」は運転再開後五年で、運転を継続するかどうかの判断がなされることになるのだという。五年どころか二年でも動かせばいいのだ、との話すら聞こえてくる。
その成果を生かして高速増殖炉の実用化の目途がつくわけでもなく、むしろ実用化計画は頓挫してしまっても、なおかつ彼らの間では「もんじゅ」の開発に成功ということになるのだろう。六ヶ所再処理工場も、運転を開始さえすれば成功で、その後、現実に即して再処理を抑制するのは失敗ではないのだ。原子力船「むつ」の二の舞いは、その意味で彼らにとって既定の方針なのかもしれない。(N)
「風車」-第二九七号(二〇〇二年一二月)
「欠陥原発動かし二法案」の動向は、二面に報告されている通りである。「原発トラブル隠しの再発防止策」とされる法案だが、十一月二十九日付福島民友の社説は、これを真っ向から批判している。
「だれがなぜ、何のために隠ぺい工作やねつ造行為をしたのか、という肝心の事実が全然、解明されていない」中で「きわめて拙速かつ無効な動きと言うしかない」と、その舌鋒は鋭い。「維持基準」の導入は「原発の安全性評価を現状よりも『甘くする』恐れを排除できない」という指摘は他にも見られるが、導入論そのものの欺瞞性を突く視点は、きわめて新鮮だ。
「新品同様の品質保証を強調してきたのは国と事業者のほうだった」「いまになって『新品同様であること』が『不合理だ』と言い出すなら、その不合理の責任は国と事業者にあることをまず、はっきりさせるべきではないか」--そこには、「東京あたりでは主流になりつつある」論法を斬る形で、地元の思いが在り在りと示されていた。
二面で武本和幸さんが述べていることの底流にも、多くの原発が「停電なく停止する」事態の中でのほほんとしている「東京あたり」の人々に苛立つ地元の思いがあるのではないか。「脱原発を全国的に考えるチャンス」を生かせないのは都市住民の責任だと言われないように、大いに奮励するとしたい。(N)
「風車」-第二九六号(二〇〇二年一一月)
「『原発検査基準』で名称クルクル/安全“強調”に苦心」と見出しのつけられた記事が、十月二十八日の毎日新聞夕刊に載っていた。
「維持基準」と言われていたものが「欠陥評価基準」に変わり、「許容欠陥評価基準」と言い直され、さらに「健全性評価基準」に変更されたのを辿った記事である。どんな名称をつけようと、むろん中身は変わらない。原発コストの削減を狙った安全規制の緩和に、何ら変わりはない(本紙前号参照)。
この基準を導入するための電気事業法の「改正」案が、本紙がお手元に届く前には国会に提出されていることになる。但し、法案そのものに盛られるのは「基準に基づいた設備の健全性評価と結果の記録・保存の義務づけ」で、肝心の基準は国会に提出されない経済産業省令に委ねられるしくみである。
とはいえ、法案が数の力で通り、基準が導入されたところで、地元自治体がひび割れの「健全性」を許容し、運転再開をすんなり認めることはありえない。国と電力会社に対する不信感を、基準の導入はより大きくすることが確実だ。
もんじゅの運転再開また然り。不信の中で、ただでさえ理由のない再開がどうしてできようか。核燃機構は二〇〇五年七月に再開と言い出したが、これは六ケ所再処理工場の運転開始計画と同年同月。
仲良く心中しようということか。(N)
「風車」-第二九一号(二〇〇二年六月)
非核三原則の見直しもありうるという福田官房長官の発言が議論を呼んでいる。問題になって慌てて「小泉政権の下では見直しはしない」と弁明したが、同政権がいつまで保つと思っているのだろう。
政権が変わっても三原則が堅持されるためには、単なる宣言ではなく、見直しの動きを封じる具体性を持った三原則の法制化が、最低限、必要となる。その中で、プルトニウムの生産に歯止めがかけられるべきことは言うまでもない。
福田発言を受けて、福島県の佐藤知事は六月三日、「テロや非核三原則が話題になっているいま、プルサーマルを推進しろという理由が分からない」「(核燃料サイクルを進めてしまうと)プルトニウムがどんどん増える。どこかでしっかり考えないといけない」と述べたという。プルサーマルはプルトニウムを減らすものでは決してなく、せいぜい死の灰で汚して核兵器への転用を難しくするだけだが、それ以上に六ヶ所再処理工場の運転開始を合理化し、むしろプルトニウムを(それも日本国内に)増やしてしまうのだ。
六ヶ所再処理工場を動かせば動かすだけ、余剰プルトニウムを増やす。非核三原則の見直しから核兵器の製造までは、あっと言う間である。そんな再処理工場を抱えた青森県知事は、今の事態について、さて何を表明するのだろうか。(N)
「風車」-第二九〇号(二〇〇二年五月)
政府は四月十六日、武力攻撃事態法案と自衛隊法改正案、安全保障会議設置法改正案の三法案を閣議決定し、衆議院に提出した。いわゆる有事法制整備の第一歩である。
この法案が、「国民の安全の確保に資する」(武力攻撃事態法案第一条)どころか、人々の自由と権利を侵害し、むしろ危険を招き寄せるものであることは、すでにさまざまに指摘されている。ところが十七日の福井新聞には、敦賀市の河瀬一治市長の、次のようなコメントが載っていた。「法案は原発の安全確保の強化につながるとの観点から意義がある」。
法案のどこにも、そんな条文はない。むしろ法案そのものが戦争の準備と受け取られ、国際的な緊張を高めるのが落ちだろう。再処理に固執する姿を重ね合わせれば、核戦争を準備しているとさえ見えるかもしれない。だからこそ再処理工場も原発も、「予防」攻撃の対象となる。そうなれば「自国内に置かれた敵国の核兵器」になるのは必至だ。原発立地市の長としては思慮に欠ける発言だった。
武力攻撃事態法案は、電力会社など「指定公共機関」は「武力攻撃事態への対処に関し、その業務について、必要な措置を実施する責務を有する」としている。その中身は不明。「武力攻撃事態以外の」緊急事態対処の措置もまた不明である。第一歩を踏み出すこと自体が狙いらしい。(N)
「風車」-第二八九号(二〇〇二年四月)
「間違いがとてもわかりやすい」--六ヶ所ウラン濃縮工場の事業許可をめぐる裁判の判決(↓2面)の感想を求められて、こう答えた。
たとえば、原告適格を狭めた根拠を見るがいい。事故の被害が広範囲に及びうるとの原告の主張に対し、「右の主張における被害は、本件施設から放出された放射性物質が、周辺環境を介して広範囲に拡散する中で人体へ摂取されることにより生じるものであって、本件施設の事故により直接もたらされるものとはいい難く……そのような被害を受けるにとどまる住民の生命、身体の安全等は……個々人の個別的利益として保護されるものではない」。
放射線の影響に「しきい値の存在を前提として」審理判断する、と読んで誤植を疑った記述の理屈は、次の如し。「しきい値がないものとした場合、そのような非確率的影響(あれ? やっぱり誤植? 否、まるまる誤解なんでしょうね)をいかなる程度においても防止しようとするならば、六フッ化ウランの漏洩や放射性廃棄物の排出を皆無とし、臨界事故その他の事故発生の可能性も絶対的に零としなければならないことになる」。
施設は有益なんだから、臨界事故くらい起きても不運だったと諦めなさい、と判決は言う。実は筆者は法廷で、施設に一利もないことをこそ証言したのだが、反論すらなく無視された。(N)
「風車」-第二八八号(二〇〇二年三月)
全国の電力需要が、二月も前年の実績を下回った。七ヵ月連続の前年割れは、過去最長である。
六ヵ月連続は、二回の石油ショックの時に起きている。一月にこれと並んだことを二月十八日付電気新聞の「デスク手帳」は、「石油ショックの時は外的要因による不況風。今回は構造的要因によるものだけに根が深い」と書いた。そんな質の違いに加えて、二月には、量的にも記録を塗り替えたことになる。
そしてさらに、七ヵ月連続でストップする保証は、どこにもない。一月三十一日付の電気新聞は「長期需要低迷」の大見出しを掲げ、「今年度は電力十社の販売電力量だけでなく、自家発電なども含めた総需要も前年度実績を割り込むことがほぼ確実」と書いていた。「来年度についても本格的な需要の好転は見込めず、気温補正前の総需要は今年度に引き続き前年割れとなる可能性が強い」。
電力自由化の進展に対応するべく料金の値下げを余儀なくされている電力会社にとっては、まさに「泣き面に蜂」である。「需要の伸びの低迷に極めて弱い体質」と、かつて当時の四国電力の社長が嘆いた原発は、いよいよもってお荷物となってきた。そこで熱出力一定運転とか、定期検査の期間短縮・間隔延長とか、果ては「公的支援」という名の責任放棄とかの悪足掻きが強まっている。何よりそれが恐い。(N)
「風車」-第二八三号(二〇〇一年一〇月)
九月十一日、ニューヨークの世界貿易センタービルとワシントンの国防総省に、ハイジャックされた航空機が激突、破壊した。この米中枢テロの後、マスメディアの多くは「報復」の二文字に酔い、「次のテロの恐怖」を煽っている。
そんな中で、原発を標的とするテロの危険性も、格好の素材とされた。確かに、もし現実になれば、深刻な放射能災害が起こりうることは論をまたない。守りの薄いタービン建屋や核燃料輸送が襲われたら、などと想像するだにおぞましい。
国や電力会社は「想定外」と言うが、原子炉攻撃は実例があり、国連でたびたび禁止決議がなされている。原発や核燃料サイクル施設の周辺への自衛隊機などの墜落も頻発している。それでも安全審査では、原発上空の航行は規制されているとして、飛来物対策は無視されてきた。テロのこわさより、飛来物に対する原発の脆弱性が問題とされるべきだろう。脱原発が唯一の防止策である。
今回の事態は、テロ対策と称して、これまで以上に核管理社会化がおしすすめられる危険性こそを教えている。事件の前から取り沙汰されていた自衛隊による原発警備(自衛隊法「改正」案からは外されるらしいが)。そして、事件後すぐに始まった米原潜の入港情報の公表中止などの動き。「原子力帝国」(R・ユンク)を阻止するのは、今をおいてない。(N)
「風車」-第二八二号(二〇〇一年九月)
経済産業省の本省ビルで使う電力の競争入札が八月十日に行なわれ、東京電力は今年も敗退。二年連続で落札したのは、三菱商事の子会社のダイヤモンドパワーだった。
応札を計画していたエネットが断念を強いられた新規参入の障壁の問題もあるが、それはさておくとしよう。いずれにせよ経産省は、また一年間、原発の電気を使わないことになった。その影響をめぐっての同省幹部とのやりとりを、日刊工業新聞の斉藤俊六論説主幹が『エネルギーレビュー』誌の八月号で紹介している。
幹部氏のいわく「当省が原発の電気を使わないと言われても、原発推進の方針に変わりはない」。とはいえ、「仮に、政府の官庁全てが電力会社以外からの電気を調達するようになっても、政府の方針通りに原発を推進することができるだろうか」との問いには、「支障が出るかもしれない」と答えた。
経産省はともあれ、原発専業の日本原子力発電にとっては、より切実である。同社は、本社費の削減のため、賃貸料が現在の半分のビルに移転しようとした。ところがこのビルはJRのビルで、自家発電設備から電力の供給を受けることがわかって計画を白紙に戻した、と八月七日付の日刊工業新聞は報じている。新たな内定でも、「今後も原子力電源を使うビルであることを念押しして正式契約」とか(笑)。(N)
「風車」-第二八一号(二〇〇一年八月)
電気事業の部分自由化により、核燃料サイクル開発機構が初めて、もんじゅで使う電力の入札を行なった。八月一日からの一年契約だ。
ところが、応札はこれまで通りの北陸電力一社のみで、単独落札した。契約電力量が一万一千。
と大きく、しかもナトリウムの保温のため電気を使いっぱなしの超安定顧客。実においしい話のはずなのに何故? と七月十九日付の日刊工業新聞が首を傾げている。おまけに、もんじゅへの送電は関西電力の送電線を、北陸電力が使用料を払って使っており、関電が応札するなら、それだけ安く料金設定ができる。関電が応札しないのは、確かに謎である。
関西電力と言えば、謎がもう一つ。株価の低迷がすさまじい。電力会社の株価は、長年にわたって東京電力、関西電力、中部電力……と、会社の大きさ順に高い値がついていた。ところが昨年以来、関電は中電に抜かれたまま。今年六月末には一瞬、九州電力にも抜かれて話題になっていた。それが七月二十六日には何と、東京、中部、東北、九州の各電力に次ぐ第五位にまで転落したという。
関西経済の地盤沈下の反映だそうだが、それだけでは説明がつかず、さまざまな憶測が流れているらしい。その関西電力のもんじゅ電力応札見送り。もんじゅの先行きに信用がないのか、関電がおかしいのか。(N)
「風車」-第二七八号(二〇〇一年五月)
世の中、わけのわからないことが多過ぎる。
京都議定書からのアメリカの脱退表明を受けて、四月九日付の電気新聞は「日本のエネルギー政策 揺らぐ土台」と言う。日本のエネルギー政策は、京都議定書で定められた温室効果ガスの一九九〇年比六%削減を前提としてきた。「その前提条件となる京都議定書が米の不参加で事実上骨抜きになれば、COP3を土台とするエネルギー政策自体の意義が揺らぎかねない」。
ちょっと待ってよ。アメリカが抜けるなら日本も無理をすることはない、温室効果ガス削減を前提としたエネルギー政策が揺らぐというのなら、地球温暖化防止とはいったい何なのか。もっとも、日本の温室効果ガス削減はもともと数字の辻褄合わせで、エネルギー起源の二酸化炭素削減はゼロ。増やさないというだけが、政策の前提条件だった。それも、エネルギーの使用量を増やしつつ、原発増設で達成するとか。始めから破綻が前提の政策だ。
電力需要が伸びなくて原発や火発の建設を延期、と電力会社が表明すれば、「原発建設の遅れで温室効果ガス削減に影響」と書くマスコミもわけがわからない。需要が減って原発も火発も建設されないのだから、温室効果ガスの排出量は明らかに減少するだろうに。
口先だけの温暖化防止がわけのわからぬ記事になる。それが悲しい。(N)
「風車」-第二七七号(二〇〇一年四月)
世の中、わけのわからないことが多過ぎる。
福島県知事が原子力政策全体の見直しとプルサーマル計画の棚上げを求めたことに、三月二十六日付電気新聞のコラム「観測点」で、ボイドと名乗る匿名の筆者が、泡のごとく空虚な抗議をしている。「余剰プルトニウムを出さないようにするという国の政策に協力しているというのが、プルサーマル計画の本質のはず。とすれば、そっちの話は国とやってくれ』と同社が憤慨しても責められるものではない」。
同社とは、東京電力のこと。つまり電力会社こそが被害者だと言いたいらしい。「今のところ『大人の対応』に終始しているが、自由化の中で、いつまで我慢して地域の声や国の政策に付き合っていられるか」と、ボイド氏の啖呵は勇ましい。
それなら「いずれ」などと遠慮はせずに、今すぐ「大きく態度を変え」てはどうだろう。プルサーマル計画なんぞ放擲し、プルトニウムを生み出しつづけている原発を止めればいい。自らプルトニウムを増やしつづけながら、余剰を出さないのが国の政策とは、それこそまったくわけがわからない。
プルサーマルはリサイクルだという電力会社の宣伝は、もっと理解に苦しむ。核燃料は、手間隙かけてつくって、三%ほど使っただけでゴミとなる。リサイクルできるもできないも、もともと欠陥商品と呼ぶべきだろう。(N)
「風車」-第二七一号(二〇〇〇年一〇月)
九州電力は、川内原発の増設に向けた環境調査を地元に申し入れました。敦賀3、4号で計画されているのと同じ、経済性「改良型」の加圧水型炉(APWR)です。
APWRの炉心は大容量化で燃料経済性を向上させるほか、「MOX炉心や高燃焼度炉心のような運転多様化ニーズに対し、フレキシビリティの高い設計」「全炉心MOX装荷運用にも対応可」などと、三菱重工では説明しています(『三菱重工技報』35巻4号)。原発の大きな弱点である小回りのきかなさを犠牲にしてまで大出力化して経済性向上を図る事情については、前号の本欄でも触れました。
それでもやはり九電にとって、増設は重荷以外の何ものでもないでしょう。投資額を回収できる見込みは、怪しいものとならざるをえません。島根3号の増設着手について八月二十八日付電気新聞のコラムは、「もろ手をあげて喜ぶわけにはいかないというのが関係者の一致した見方ではないか」とし、増設より「既設のプラントにまつわる問題のほうが山積している」と述べていました。川内原発の増設また然りです。
九電の電力需要の実績を見ると、原発の導入に合わせて料金を下げ、必死に需要開拓をしてきたことが一目でわかります。他ならぬ九電にとって増設が必要と明言できない経営者の姿に「国策追随」の無責任さが見えます。(N)
「風車」-第二七〇号(二〇〇〇年九月)
沸騰水型、加圧水型という両軽水炉の次世代炉の開発が、そろって始まった。沸騰水型が百七十万kW級と言えば、対する加圧水型はそれを上回る百七十五万kWと、しっかり張り合っている。
一方、策定中の原子力研究開発利用長期計画の案には、「革新的原子炉」への期待が表明されていた。審議の中では、委員の間から盛んに「小型炉」と明記するよう求める声があがったが、原案作成者たちはあくまで「炉の規模や方式にとらわれず」とする記述を譲らなかった。
原子力業界誌紙などでは、小型炉論議が賑やかである。しかし実際に商業炉をつくるとなれば、より大型化を目指す以外に発電コストを下げる道はない。「原発を存続させるには火力や水力などの発電方式に勝る経済性が必要」(東京電力)、「ほかの発電方式より優位に立つ経済性を持つ原子力発電を実現させる」(三菱重工)と、開発着手の説明も似通っている。
資源エネルギー庁の試算では、今でも原発がいちばん安いはず--なんて誰も信じてはいないようだ。それはともかく、小型炉論議が非現実的であることだけは確かだろう。だが、それなら大型炉は現実的か。
「電力自由化」で最も問題となるのは、原発の不経済性より、硬直性である(本紙6月号4面参照)。大型化は自殺行為に等しい。しょせん原発に明日などないのだ。(N)
「風車」-第二六九号(二〇〇〇年八月)
七月一日付の南海日日新聞(愛媛県八幡浜市)に「原発の町、伊方町にはなぜ町職員応募少ないの」と見出しのついた記事が載りました。
就職難の中、ふつうなら人気の高い町職員の応募者が、伊方原発の地元の愛媛県伊方町では、採用定員二人に対して三人のみだったというのです。隣りの保内町では三人に対して二十五人、八幡浜市では七人に対して三十六人と、「隣接の市町での高い人気と高倍率の応募に対して、原発の町として財政力が高い事を誇っているはずの同町の職員募集に、わずか一人オーバーという不人気ぶり」とか。なるほど「不思議な事」(中元清吉伊方町長)です。
大学から原子力と名前のつく学部・学科がなくなりつつあることは、よく知られていました。原子力の名を隠しても学生は集まらず、また、卒業後も原子力産業に就職する学生は少ないといいます。六月二十三日付の朝日新聞にも、「ほぼ全員が商社や情報関連産業などに就職するか、大学院に進学した」と、東京大学原子力工学科改めシステム量子工学科の卒業生への取材記事がありました。
「あえて沈む船に乗ろうとは思わなかった」という卒業生の言葉からすれば、「原発の町」も同じに見えるのかもしれません。増設の見返りにつぎこまれる“地域振興費”も、しょせん一過性と、誰の目にも自明なはずなのです……(N)
「風車」-第二六五号(二〇〇〇年四月)
前々号のDATABOXに載せた労働者被曝のグラフで、九三年度と九七年度が高くなっているのは、特別なわけがあるのだろうか、との質問を読者から受けた。
九八年度が下がっているのではなく、九七年度が高い--と、グラフを読んだことになる。労働者被曝は、八〇年代以降、減少を続けてきた。それが、九一年度を底に再び増える傾向を示している。そう見れば、指摘の通り、増加傾向を超えて、九三年度と九七年度が高い。
九三年度では浜岡1号の再循環系配管の交換工事、九七年度では福島第一3号のシュラウド交換工事による被曝が響いたのではないか。右の工事を含む浜岡1号の定期検査中の総被曝線量は十四人シーベルト、最大線量は二十四・九ミリシーベルト。同じく福島第一3号の総被曝線量は十六・九人シーベルト、最大線量は二十六・七ミリシーベルトとされている。どちらも翌年度にまたがってのものだが、通常の定期検査での被曝をはるかに上回っている。九三年度には、浜岡1号の他にもかなり高いものがあった。
今後、老朽化が進み、大型機器の交換が続くであろうことを考えると、労働者被曝の動向は予断を許さない。設備利用率を高めるための定期検査の短縮は被曝を減らしている原因の一つだが、それがかえって大きなツケをまわしてくるのでなければよいのだが。(N)
「風車」-第二六四号(二〇〇〇年三月)
核燃料サイクル開発機構の人形峠環境整備センターが二月十日、環境管理の国際規格であるISO14001を取得した。目を疑っておかしくないニュースである。
ごていねいなことに認定範囲は「問題化している敷地外の捨石堆積場を含む採鉱関連施設の維持など」と、二月十五日付の電気新聞は報じている。何をか言わんやだ。とはいえ、それほど驚くにはあたらないのかもしれない。ISO14001なるもの、すでにこれまで、原発にも石炭火力にも見境なきが如くに与えられているのだ。
ISO14001が経済活動のグリーン化をもたらすことを否定するつもりはない(嘉田由紀子・槌田劭・山田國廣編著『共感する環境学』ミネルヴァ書房所収の黒沢正一論文など参照)。さはさりながら、原発の放射性廃棄物の発生量削減が認定理由とされていたりするのを見ると、どこまで中身をわかってのことか、認証に疑問が残る。問題を多く抱えているほうが取得や更新をしやすいのでは、と邪推すらしてしまう。
人形峠環境整備センターの「環境」とは、原子力業界では「放射性廃棄物」の意だが、それも承知の上かどうか。ウラン濃縮施設の解体で出る放射性廃棄物をスソ切りして「リサイクルを可能にする効果的な除染」を行なうことが環境保全だなんて、やはり認めるわけにはいかない。(N)
「風車」-第二六二号(二〇〇〇年一月)
二〇〇〇年代劈頭の「風車」とあって、少しは格調高くと考えてはみたものの、柄にないことはせぬがよい。常の通りでお許しを願おう。
さて、十二月九日の参院で九九年度の第二次補正予算案が可決成立した。その中に、JCO臨界事故を踏まえたという原子力災害対策費千二百六十七億六千万円が盛り込まれている。科技庁、通産省はもとより、防衛庁、厚生省、建設省、文部省、警察庁……と、各省庁が競って予算を要求したものだ。
事故の責任を負う科技庁が、火事場泥棒よろしく多額の予算を要求するとは何ごとか--との批判がある。予算項目を見ても、建設省の「避難、迂回、緊急輸送道路の整備」だの、内閣安全保障・危機管理室の「原子力災害危機管理体制に関する調査」だのと、いかにも火事泥を絵に描いたようではある。
しかし、もっと根本的な問題は、そもそも国や自治体が原子力災害対策費を負担すべきなのかということだろう。それは、ほんらい原子力事業者が負担する費用ではないのか。
事故があって慌てて対策が立てられるなんてとも思うが、必要な対策ならもともと事業者が整備してから事業を始めるべきだった。国が乗り出してくれなくては心許ない、事業者では責任がとれないという事業なら、始めてはいけなかった。
同じことが、高レベル廃棄物のあと始末などにも言える。(N)
「風車」-第二六一号(一九九九年一二月)
日本原子力産業会議が、九八年度の原子力産業実態調査の結果を発表した。今回の調査では初めて、二〇一〇年までに二十基と計画されている原発の増設についてアンケート調査の項目に加えている。
その結果、「予定通り可能」と答えた会社は、回答を寄せた原子力関連産業二百四十七社の中で、わずか八・五%にとどまった。十六~十九基とする会社を加えてもやっと八・九%である。六~十基と答えた会社が五七・一%、一~五基が二二・三%だから、八割近くが十基以下と見ていることになる。
では、何年までなら二十基増設が可能か。この問に答えたのは二百十九社で、九割の会社が二〇一六年以降としている。二〇一六~二〇年が三二・〇%、二〇二一年以降が一三・七%、二十基増設はそもそも不可能と答えた会社が四四・三%だ。
さらに興味深い調査は、仮に計画通り二〇一〇年までに二十基の増設ができたとして、その場合の各社の売上げ増を尋ねたものである。回答は二百二十八社で、何と三八・六%が売上げ増はまったく見込めないと答えている。五億円未満が三一・一%で、両者を合わせると七割弱に達する。どうやら原子力産業としても、原発増設への期待度は低いらしい。
残念ながら、この増設問題の調査には電力会社の回答がない。増設で大赤字という欄がなかったせいだろうか。(N)
「風車」-第二六〇号(一九九九年一一月)
JCOの臨界事故では、多くの人が被曝をした。にもかかわらず科学技術庁では、「被曝者は六十九人」としている。
事故によって計画外の被曝をした人(正確には、被曝が確認された人)のみを、同庁では「被曝者」と呼んでいるのだ。臨界を止めるために水抜きの作業などを行なった労働者は、右に言う「被曝者」の大多数より大きな被曝をしていても、法令に定められた緊急時被曝の限度を超える被曝をした人さえ、被曝を前提として作業をしたのだから「被曝者ではない」ということになる。
その人たちの被曝は、「計画被曝」と名づけられている。しかし、計画的に被曝をしたのだから被曝者でないという理屈は、庶民感情からすると大いにいかがわしい。否、問題は単に語感だけではないのだ。
科技庁用語の「被曝者」には、原子力損害賠償法が適用されるが、計画被曝者には適用されない。労働災害の認定も、JCOの三人の重症者には、申請から一週間も経たずに行なわれた。だが、計画被曝者の場合は、定期検査などでの「計画被曝」の労災認定の現実を見るなら、今後何らかの病気にかかったときに必ず労災と認定されるという保証は、まったくない。
計画的--と言いながら、その実、被曝量の予測は十分に行なわれず、従って被曝低減の対策もないままに作業を強いられたことがわかっている。(N)
「風車」-第二五八号(一九九九年九月)
原発などへの工作員侵入を具体的に想定した本格的な対ゲリラ実戦訓練を、自衛隊が来年度に初実施--八月十八日、ロシアを訪問中の野呂田防衛庁長官が、同行記者団を相手にぶちあげた。
原発テロについては二、三年前から当時の橋本首相のお声掛かりでひんぱんに対策の必要性、自衛隊の活用論が説かれてきた。国会でも、各委員会でしばしば取りあげられている。もっとも、与謝野通産相や有馬科技庁長官の答弁は「工作員の侵入は難しく、万一破壊工作が行なわれても原発は安全」と、にべもない。ならば両大臣は、自衛隊がしゃしゃり出てくる口実に原発がつかわれることに厳重に抗議をするべきだろう。
侵入はともかく、ミサイル攻撃はどうか。通産相によれば「他国からのミサイル攻撃というのは戦争で、原発自体の安全性とは別の議論」だという。戦争で原発が標的になり、放射能災害を起こしても、原発には責任がないということらしい。
それは、戦争に限らない。内田秀雄元原子力安全委員長は、「想定事故を上回る事故が仮に起これば、それはいわば天災の類であって、免責とされる」と述べていた。この人たちの頭の中には、責任を逃れることばかりがあって、被害を受ける人はまったく見えないのである。
破壊や攻撃の対象となるのは、むろん、原発が放射能を抱いているからだ。(N)
「風車」-第二五六号(一九九九年七月)
原子力基本法で原子力利用の推進をうたっている箇所は、削除される必要がある。六月二十四日、総合エネルギー調査会原子力部会の「原子力政策について御意見を聴く会」に出席して、そう主張した。
賛否がはっきりあるのに、法で推進をするのは、おかしい。規制緩和の流れに逆行する。原子力安全委員会の設置も、情報公開も、「推進のため」と趣旨を歪められてしまう。
そして何より電気事業者の無責任さを助長している。「国のエネルギー政策で原子力をやっているのだから、廃棄物も国が全責任をもってほしい」。荒木浩電気事業連合会会長(発言当時)の言葉である。
それでも原発さえつくってくれればよいと、科学ジャーナリストの中村政雄さんから反論があった。「電力会社がやりたくなきゃやらないというふうにして、全然やらなかったら、日本のエネルギーの自給率というのは乏しいままです。仮に電力会社が嫌がってもやらせるためには、やっぱり国家権力が必要でしょう」という。
原発推進の舞台裏を見せて、かえって当方の発言の補強をしてくれたようなものと思い、あえて論駁しなかった。残念だったのは、この日、株主総会の直前とあって、電力会社の代表者である部会委員たちが、全員揃って欠席だったこと。
嫌でも原発をつくらされる側の感想は聞けなかった。(N)
「風車」-第二五五号(一九九九年六月)
「実は地方電力は悩んでいるところであります」。昨年十一月十三日に開かれた電気事業審議会の基本政策部会専門委員会で、中国電力の古川隆副社長は、電気事業の部分自由化に対し、こう述べた。
同副社長は、まず「専門委員会の委員一九人のうち、東京、大阪、名古屋の方が一八人で、他の地域からは私だけ」と、発言を切り出している。そして冒頭の話となる。氏のいう「地方電力」が建設を計画中の原発は「一三五万kW級になっております。これら地方電力は、部分自由化がない場合においても、年間一〇万kWか二〇万kWしか需要増加を見込んでいません。そういう状況の中で原子力を推進していかなければならない」。
にもかかわらず、自由化の影響を最も受ける「地方電力」には、意見を言う機会すらほとんど与えられていない、というのである。原子力長期計画の策定メンバーにも、「地方電力」の代表者は、これまで一人も選ばれた例がない。預り知らないところで原発推進の目標を設定され、需要低迷、自由化で、大型原発がお荷物となる可能性は、きわめて高い……。
と悩みながら、島根3号の増設、上関1、2号の新設に向けて次々と電源開発調整審議会への上程を準備しているのだから、何をか言わんやだ。そのツケは、電力会社にだけでなく、住民にこそ大きくまわされるのである。(N)
「風車」-第二五四号(一九九九年五月)
一九九九年度の電力各社「供給計画」が出揃った。そこから原発の計画を抜き出して、4面に図示した。
計画通りに運転を開始すれば、二〇一〇年度末までに二十基の増設となる。もちろん、そんなことになろうはずはない。二十基増設の掛け声に辻つまを合わせただけの、画に描いた餅であることは、火を見るより明らかだ。
今年度中に電調審(電源開発調整審議会)に上程される計画の七基のうち、六基までが、昨年度中の上程計画を一年遅らせたものである。うち五基は、その前年度の計画から延期されたものであり……と、遡っていけば切りがない。運転開始の計画も、毎年のように延期が繰り返されている。来年度には、辻つま合わせも限界を迎えよう。
それにしても、延期をする一方で、環境影響調査書の提出を急ぎ、公開ヒアリングを急ぐのは、どうしたわけか。六月十二日の環境アセスメント法施行を前に滑り込みを狙っているのは確かだが、上関原発計画に顕著なごとく、むしろ早く動かすことにはしたくない電力会社の事情もうかがえる。
電調審だけでも通しておけ、と国はけしかけるが、土地が確保できなければ巻原発計画の頓挫の二の舞い。漁業権の放棄が望めなくては、電調審から着工まで九年半を要した女川原発1号の失敗の再現となろう。困るのは国、ではないのだろうか。(N)
「風車」-第二四〇号(一九九八年三月)
「実証テストに使った原子炉等の試験体はモニュメントとして広場に展示してあります。本来ならこういうものも解体して処分するところですけれども、今、鉄が安いために、処分料がかえって高くかかりますので、モニュメントとして残してございます」。
香川県多度津町にある原子力発電技術機構の工学試験所における説明である。原子炉といっても、耐震試験用につくられた二分の一程度の大きさの試験体で、放射性ではない。それでも処分料のほうが高いのだとしたら、放射能の測定コストまで上乗せされる、原発の廃炉から出てくる鉄材は、とても処分なんてできないだろう。
東海原発が、いよいよ三月末で廃炉となる。ガス冷却炉の廃炉としては世界に経験のない解体が待っている(4面資料参照)。その解体で出てくる二十万トンほどの廃棄物のうち、九割近くは放射性として扱わないことし、再利用も行なって処分コストを下げるというのが、国や電力会社の考えだ。が、そう易々とは問屋が卸しそうにない。
廃棄物処分費を除く廃炉費用は約二百五十億円と見積もられ、日本原電ではすでに積み立てた廃炉引当金から支出するという。では廃棄物処分費は、さて、どうするのか。もはや発電をしない東海原発の料金に含めるわけにはいかないことだけは、確かだ。どこまでつつく泥縄ぞ。(西尾)
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「風車」-第二三九号(一九九八年二月)
科学技術庁と動燃とが互いに職員を出向させ合い、親密な関係を築いてきたことは、昨年四月号に載せた一覧表などで既に見た通りだ。
これでは規制行政なんてできようはずもないと思っていたら、さらにとんでもないことが、わかった。原子力局の廃棄物政策課には、動燃ばかりでなく、電力会社からも人が送り込まれているという。
原子力安全局とちがって安全規制が仕事ではない、との言いわけは無効だ。同課が担当する高レベル放射性廃棄物のあと始末をめぐっては、電力会社や動燃の「発生者責任」が厳しく問われている。ところが電力会社は、電気事業連合会会長の言(4面「原発『推進者』の発言から」参照)に露骨に示されているように、責任逃れと国への押しつけに躍起だ。そんなとき、きわめて重要な役割を担う事務局に電力会社や動燃の人間が配置されていて、透明性のある行政が期待できるだろうか。
別の面でも、気がかりなことがある。まさに未来を左右する重大事を扱う廃棄物政策課に、本来の科技庁職員は課長、課長補佐、係長一人の三人だけなのだとか。他は皆よそから派遣されてきた職員で、銀行から来た人などが働いている。
そんな体制で何ができるのか、と考えれば背筋も寒くなろう。無責任なのは電力会社に限らないようだ。よほど褌を締めてかからずばなるまい。(西尾)
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「風車」-第二三七号(一九九七年一二月)
本紙がお手元に届くころ、第三回の気候変動枠組み条約締約国会議が閉会して一週間ほどが経っている。それまでの報道ラッシュが一過性に終わっていないことを、切に望みたい。
もっとも、報道があればよいというものでもない。批判をふくめてしばしば報じられた「原発二十基増設」論とは、いったい何だったんだろうと、本紙でも前号で取り上げながら、今更のように思っている。
二酸化炭素の排出量が最も多い燃料は石炭だとされる。その石炭を燃やす火力発電所が、今年七月にも二基、合わせて二百万キロワットが営業運転に入った。同じ七月に開かれた電源開発調整審議会では、やはり二基、計二百万キロワットの建設着手が認められている。建設中の石炭火力の合計出力は七百八十四万五千キロワット、他に電調審で着手が決定したものの合計が九百十四万キロワットある。
一方で、大騒ぎがされていた原発は、建設中のものが八十二万五千キロワット、着手決定済みが、確実に建設できない巻原発八十二万五千キロワットまで数えて四百六十六万三千キロワット。それなのに石炭火力の建設の是非は、温暖化報道の記事の山の中でまったく問題にされなかった。
ひょっとしたら原発増設論の狙いは、本気で原発をつくりたいというより、省エネにブレーキをかけ、石炭から目をそらすことだったのか。非現実的な提案も、それなら納得できる!?(西尾)
「風車」-第二三六号(一九九七年一一月)
高速増殖炉懇談会(F懇)が、「高速増殖炉開発の在り方」と題する報告書案をまとめた。上の記事にあるように、無責任なお墨付きで、かつ珍妙なシロモノである。
八月一日に動燃改革検討委員会が出した報告書が高速増殖炉開発の意義を高らかにうたいあげていたのに引き比べ、肝腎のF懇の報告書案には、「将来の原子力ひいては非化石エネルギー源の一つの有力な選択肢」という控え目な記述があるのみ。実用化の展望は、何ら示されていない。かくてはならじと、高速炉万歳の「補足意見」が、委員の一人である秋元勇巳・三菱マテリアル社長によって付け加えられた(4面参照)。
この意見が報告書案そのものに採用されなかったのは、高速増殖炉開発の中止を求める立場での「少数意見」を書いている吉岡斉・九州大学教授と真っ向から衝突したから―だけでは、なさそうだ。当初の人選からして開発推進派が多数なのは明らかなのに、報告書案では「多数意見」ということのみを理由に結論を導いているのだから。実用化の展望を欠く以上、秋元氏の意見は、現在の軽水炉の欠陥を暴き立てる意味しかもたない。それこそ多数派の賛成が得られなかったゆえんだろう。
秋元説に立てば「やがて行き詰まってしまう」ことが自明な原子力に、一体いつまでしがみついていこうというのか。(西尾)
「風車」-第二三五号(一九九七年一〇月)
動燃スキャンダルの後を追って、今度は原発配管工事のデータ改竄が明るみに出た。九月十七日付の電気新聞の「記者手帳」欄にいわく「民間でも、ということにならねばよいが」。
しかし、事故隠しは、もともと民間のほうが先輩である。美浜1号炉では燃料棒の折損が、七六年の内部告発まで三年間にわたって隠されていた。数々の事故隠しが明らかになった八一年の敦賀1号炉の放射性廃液流出では、放射性廃棄物の管理の杜撰さが問われた……。
さて、「記者手帳」子はなかなか過激で、四月二十一日付の同欄では、「(動燃は)企業風土が民間とは全然異なる。荒療治が必要」とも、また、「でもこんな組織に誰がした! 所管の科技庁自体の存廃は?」とも書いていた。今回もきっと、荒療治の必要と所管の通産省の存廃を提起してくれることだろう。
ここで突然に話は変わるが、九月十七日付のほうの「記者手帳」には、先の引用につづいて、「不完全燃焼だったエアコン商戦。マイナス分は冬物でカバー。熱気帯びる販促活動」とあった。電力需要の拡大にも、やはり過激である。夏前の六月十六日付では「勝負の時。心配は冷夏予想。整販一体で盛り上げを」と煽り立てていた。
電気しかつくれない原発が電力需要の開拓を求め、地球環境の悪化を促す。これこそがスキャンダルでなくてなんだろう。(西尾)
「風車」-第二三三号(一九九七年八月)
「もんじゅ」の事故隠しで、略式手続きによる刑事処分が行なわれた(上段)。略式とは、公判を開かずに刑を言い渡すものだ。
略式手続きは、被疑者に異議がない旨を確かめた上で初めて実行される。つまり、動燃および二人の職員は、被疑事実について争わなかったということである。それだけ被疑事実が明白だった、と言ってよいだろう。
にもかかわらず、虚偽の報告を受けた科学技術庁は告発をしなかった。動燃理事長らを告発したのは、全国各地の住民たちだ。略式手続きによる刑事処分は、改めて科技庁の責任を問うものと言えまいか。
科技庁が告発しなかったのは、省みて羞じるところがあったからかもしれない。七月十八日付の報告書で動燃は、入域時刻の操作について科技庁の検査官に伝えていたことを明らかにした。「裏付ける第三者の証言がない」として報告書には盛り込まれなかったものの、運転管理専門官に話したという動燃職員の証言もある。
二十二日付の福井新聞は、「ウソと知りながら科技庁が報告書を受け取ったとしても虚偽報告になるのか」と書いていた。むしろ科技庁の罪のほうが重い。そもそも核燃料サイクルという虚構こそ、事実を生み、事故隠しを生んだ最大のウソなのだ。その点での科技庁の罪はもっともっと重い。
裁かれるべき者は未だ裁かれていない。(西尾)
「風車」-第二三一号(一九九七年六月)
何ともお恥ずかしい。三月号の一面に大きな抜けのあったことに、今さらながら気がついた。
プルサーマル計画がにわかに動き出した背景に、使用済み燃料が貯まりつづけている「国内事情」がある。そこで、六ヶ所再処理工場の貯蔵プールに早々と搬入しようと考えられているのだが、「そのためには、使いみちのないプルトニウムが貯め込まれるのはごめんだという青森県側に対し、使いみちを明らかにする必要があった」と書いた。
正しくは「使いみちのないプルトニウムへの批判から再処理計画がストップし、使用済み燃料がただ貯め込まれるのはごめんだ」……と、少し長くなる。鹿内博さんが五月号の一面で言う「六ヶ所村がいっそう『核のゴミ捨て場』の様相を強める」事態への反発である。
と訂正をしたその上で、だが、こうも言い添えておこう。むりやりプルサーマル計画を決め、使用済み燃料を搬入して、六ヶ所再処理工場の操業を強行したなら、使いみちのないプルトニウムが貯め込まれるのは、やはり避けられない。
プルサーマルが仮に計画通りに進むとしたところで、再処理工場を動かす限りプルトニウムは貯まりつづける。いずれ止めなくてはならない再処理なら、早く止めるほうがいい。
使用済み燃料の行き先がないなら、原発の運転を止めるのが分別というものだろう。(西尾)
「風車」-第二三〇号(一九九七年五月)
科技庁と動燃の人事交流について、四月十九日付の毎日新聞が報じた。一足先に本紙四月号が一覧表を掲げており、月刊紙が日刊紙を「抜いた」形である。
校正が終わった直後に材料が手に入り、急遽、調べられる範囲の個人名をつけて、記事をさしかえた。快く応じてくれた「写植室ぼとむ」さんに深謝。お蔭で、科技庁と動燃の一体性を、文章より説得力のある一覧表で示すことができた。
とはいえ、それだけではまだ足りないところがあったようだ。この四月、動燃を退職した鈴木治夫なる人物が、科技庁長官官房付に「採用」された。実は、三年前の九四年七月に科技庁政策課長を辞し、動燃の技術協力部長に転じていた人である。その後、動燃国際部の担当役を経て、再び科技庁に帰還した。出向以外にこんなルートまであるのだから、他に何があったところで不思議はない。
あゝ堂々の癒着ぶり。四月二十一日付の電気新聞までが「こんな組織に誰がした! 所管の科技庁自体の存廃は?」と書く所以である。そんな科技庁が動燃を告発だの解体だのとは茶番もはなはだしい。他方、知らぬふりの原子力委も安全委も無責任だが、上には上がいる。
動力炉・核燃料開発事業団法にいわく「事業団は、内閣総理大臣が監督する」。「動燃という言葉も聞きたくない」なんて、いったいどの口から言えるのか。(西尾)
「風車」-第二二七号(一九九七年二月)
資源エネルギー庁が原発の長期サイクル運転の検討を本格化──と、一月十四日付の電気新聞が報じた。定期検査の実施間隔を最大十三ヵ月と定めた電気事業法施行規則を変更しようとするものだ。
十六ヵ月から十九ヵ月程度の長期サイクル運転を行なうことで設備利用率を向上させ、発電コストを下げるのが狙いである。電気料金の引き下げを強く求める通産省と、最も安易な形でそれにこたえたい電力業界の談合の産物と言える。
と同時に、もう一つ、原発の基数が増えて、定期検査の労働者の確保がままならなくなってきたという、切実な事情もあるらしい。現に昨年九月には福島第二4号炉が、定検の重複で他の原発に熟練労働者をとられ、計画通りに検査に入れない事態となった。長期サイクル運転が認められれば、より柔軟に対応できるわけだ。
経済重視にせよ労働力の不足にせよ、それ自体、これまで以上に原発の運転管理が危うくなってきていることを如実に示す。そして、長期サイクル運転を可能にする燃料の高燃焼度化は、原発の安全余裕をいっそう薄っぺらに削りとる。
実際、高燃焼度燃料の、事故実験では、被覆管の水素化などの影響で早々と燃料が破損したりした。相次いだ制御棒挿入失敗の原因の疑いもある。
長期サイクル運転は、無理に無謀を重ねるものでしかない。(西尾)
「風車」-第二二六号(一九九七年一月)
「国民不信を切って捨て」―十二月二十四日に出された九六年版『原子力白書』についての、二十五日付福井新聞解説記事の見出しだ。
「もんじゅ」事故で問われたものへの答が何ら見出せない「白書の空虚さ」に対する福井県民の強い失望感が、そこに鮮明に表わされている。むろん、その失望感は、福井県民だけのものではない。
九六年版『原子力白書』は、「国民とともにある原子力」と強調する。しかし、その中身たるや例年にまして原子力教への帰依を勧める記述の羅列。国民の意向に沿う姿勢は、露ほども見られない。原子力委員会の役割の自覚はどこにあるのか。
おまけに原子力教の経文は、それ自体が信頼性に欠ける。福井新聞の解説記事が言うのとは別の意味でも、「白書の空虚さ」が指摘されよう。エネルギー問題から説き起こしながら、環境のカの字も二酸化炭素のニの字も出てこないのだ。
原子力発電が二酸化炭素の排出を抑制し地球環境を守るというのは、ウソである。だが、ウソにせよ偽りにせよ、九四年版の『原子力白書』では、そう主張していた。にもかかわらず、九五年版にも九六年版にも、「環境」は、まるで姿を見せない。
これは、ウソを認めたわけではなく、そもそも環境のことなど、宣伝文句に使うとき以外は念頭にないのだろう。何と情けない原子力委員会であることか。(西尾)
「風車」-第二二三号(一九九六年一〇月)
チェルノブイリ原発4号炉内の放射線レベルが急上昇―九月十七日に飛び込んできた外電に驚かされたが、測定器に問題があったものとわかり、胸をなでおろした。
とはいえ、このことは、いまもなお事故炉のなかで燃料の再臨界の危険性があると、改めて示したと言える。先の外電によれば、炉内の放射線上昇に対する緊急調査は、過去十年で三回目だそうだ。
『原子力工業』誌の十月号がチェルノブイリ原発事故から十年の特集を組んでいて、燃料の安全性についての報告もあった。燃料は、金属やコンクリートとの溶融混合物などの形で残っており、未臨界度の測定が実施されている。心配はないとしながらも、万一の再臨界に備え、中性子を吸収するホウ酸化合物の注入装置が設置されている。
酸化した多量の水がたまっていることも指摘されており、石棺の崩壊により、燃料含有物質が移動するかもしれない。石棺の崩壊は、もちろん、放射能の大量放出を意味する。燃料含有物質は劣化し、塵化が進んでいる。不安の種は尽きない。
事故時に環境に出た燃料片からストロンチウム90が溶け出し、根から植物に吸収されていくことが、今後の重要な問題だとか。プルトニウム241の崩壊で生じるアメリシウム241の蓄積も観察され始めた。
チェルノブイリ原発事故に終わりはない。(西尾)
「風車」-第二二二号(一九九六年九月)
都市問題解決団主催の「都市交通シンポジウム」で、こんな話を聞いた。九五年度の日本政府の地球温暖化防止行動計画執行額は約十一兆円とされるが、うち八兆五千億円が道路建設費、五千億円が原子力利用促進費である……。
残りが本来の温暖化防止費用、かどうかも相当に怪しい。それはさておき、道路建設は交通渋滞を緩和し、燃費の向上に寄与するから炭酸ガスの放出抑制になるなんて、まさに火をもって火を救うの類だろう。道路建設は車の数を増やして炭酸ガスやその他の公害物質の放出を増大させ、しかも再び渋滞に行き着くことは明らかだ。
シンポジウムでは、車の排熱や道路の建設・舗装による土壌からの水分蒸発の減少がクーラー需要を押し上げて、発電に伴う炭酸ガスなどの放出を促すことも指摘されていた。車の製造やガソリン・軽油の精製にかかわる電力の使用を考えれば、車は「動く原発」であるとは上岡直見さんの言である。
原発がやはり、温暖化防止には水をもって水を救うの例であることは、いまさら弁ずるまでもない(八九年一月号、九五年六月号「反原発講座」参照)。それにしても呆れたのは、七月十九日付の電気新聞トップ記事だ。原発の定期検査を短縮して利用率を上げ、温暖化防止の「決め手」にするとか。
かくして温暖化は進むばかり──でよいのか!(西尾)
「風車」-第二二一号(一九九六年八月)
東北電力の東通1号計画が、電源開発調整審議会で着手を認められた。しかしこの計画が電力会社にとってお荷物にしかなりそうにないことは、九二年九月号の本欄で指摘した通りだ。
話は変わって、東京電力の原子力本部で、六月末に大幅な組織再編が行なわれた。このリストラで、二十二年の歴史をもつ原子力建設部が姿を消したことに注目したい。
他に廃止されたのは、原子力発電部、原子力業務部と、原子力保健安全センター。代わって、原子力計画部、原子力管理部、原子力技術部が設置されている。従来のまま残ったのは原子燃料部と原子力技術センターだ。
これまで「原子力本部の両輪」と言われてきた建設部と発電部が、ひっくるめて原子力管理部とされ、しかも極力スリム化を図るという。発電所や建設所の現場に大きく権限を委譲するとか。原子力技術部も、発電と建設に分かれていた技術者をいっしょにして、建設技術者が手持ち無沙汰となるのを避ける意味がある。
原発の建設時代の終焉に対応したものであることは、明らかだろう。原発は、建設時代から、あと始末の時代に移った。原子力計画部は、廃炉や廃棄物の処理・処分などを担当し、原子力本部の中心的存在となる。いよいよ電力会社も、あと始末に?被りはできなくなってきた。
新設どころではないのである。(西尾)
「風車」-第二二〇号(一九九六年七月)
前号「反原発講座」で吉岡斉さんは、電気事業法改正に伴う「シビアなコスト計算が、国策協力への拒否権発動の論拠として、強い説得力をもつことになる」と論じた。
その拒否権発動の第二弾と言えるかどうか……上段で根本がんさんが報告している東海原発の廃炉決定の話だ。
同原発の発電単価は一キロワット時あたり約二十円で、高い電気を東京電力に押し売りしてきた。売るほうも買うほうも、もっと早く廃炉にしたかったに違いない。大間の新型転換炉計画(拒否権発動第一号)の発電単価が約三十八円になることが昨年夏に初めてわかったわけでないのと同様、東海原発の経済的な破綻も、前々からわかりきっていたことである。
しかし、反原発の運動を勢いづかせてはならないとする政治的理由のみで、廃炉は先延ばしにされてきた。お陰で九三年から九四年にかけて一年以上も運転を休み、低圧タービン二基をまるごと交換するようなムダづかいまで強いられてきたのだ。できればその前に廃炉にしたかったことだろう。
やっと廃炉は決まった。とはいえ、解体撤去となれば、運転期間と変わらないほどの時間と膨大なコストをかけ、処分も再利用も困難な廃棄物の山を抱えることになる。
次の拒否権発動は、解体撤去をやめにして、原発の墓場のまま投げ出すことだろうか。(西尾)
「風車」-第二一九号(一九九六年六月)
現代美術の登竜門「現代日本美術展」の今年の大賞が、福井市の小林栄治さんの立体作品「囚われた科学技術の文明」に決まった。写真で見るに、籠の鳥ならぬ籠の「もんじゅ」である。
美術の世界にまで事故の衝撃が顔を出す一方、美浜町の観光ポスターからは「原発が消された」。水晶浜の海水浴場を宣伝するポスターのなかに使われた写真で、美浜原発の姿がきれいに削られたのだ。
「原発だからでなく、人造物なので、自然の海を強調するためには、ないほうがよいと思った」というのが、美浜町の商工観光課長氏の言いわけ。とはいえ、地元の誰もが、原発のマイナス・イメージを嫌ったものを受けとめたようだ。
「これまでのようなエネルギー必要論や、地域振興だけで原子力を推進する時代は終わった」と、福井県の石井佳治県民生活部長は、五月三日付の福井新聞で語っている。地域振興どころでないのは、右の話からも明らかだろう。とすればなおのこと、国や電力会社の言いなりになるわけにはいかない。
その歯止めが、新潟県巻町で行なわれようとしている住民投票であり、福井県が求める「国民合意」である。国民合意とは、もちろん、国の政策に国民が合意することではない。「国民の主張をどう政策に反映するか」なのだと、石井部長は説明している。住民・国民の責任も重い。(西尾)
「風車」-第二一七号(一九九六年四月)
九五年版の『原子力安全白書』が、三月二十九日に公表された。「もんじゅ」の事故が起きて、遅れていたものである。
しかし、その遅れは、単に「もんじゅ」事故に関する、およそ貧弱な一編を書き加えるためだけのものだった。それ以前にまとめられた部分については、何の変更もなかったことが読みとれる。これでは、「専門のワーキンググループを設置し、徹底した調査審議を行っている」と言われても、事故の本質に迫る調査審議が、とても期待できない。
大きな事故が起こるたびに、今回のワーキンググループに類するものがつくられながら、狭い意味の原因追及のみに終始し、「次の事故」を妨げずにきた。「もんじゅ」の事故もそのようにして起こったと言えるだろう。
事故の調査は「第三者」でと言われるのは、「身内」の調査の限界が、はっきり示されてきたからだ。「原子力安全委員会こそ第三者機関」との主張は、もともと説得力がなかったが、今回の『白書』がはしなくも第三者機関を名乗る資格のなさを立証した、と言えそうだ。
『白書』の公表に先立つ二十六日、原子力資料情報室の呼びかけで「もんじゅ事故総合評価会議」(小出昭一郎代表)が活動を開始したことが発表された。第三者機関は、いくつもあったほうがよい。
多くの「生活者」の声で、「もんじゅ」事故の真の教訓を生かしたい。(西尾)
「風車」-第二一六号(一九九六年三月)
東京電力、関西電力の二社が、プルトニウムの燃料加工を海外で行なうべく、すでに契約を結んでいたことが、二月二十六日付の読売新聞にすっぱ抜かれた。
東京電力は昨九五年四月に東芝と、関西電力は同十二月に三菱重工と委託契約を締結、さらに東芝がベルギーのベルゴニュークリア社、三菱重工がイギリスの核燃料公社(BNFL)に再委託している。契約量は、燃料集合体の数にして、東京電力が約六十体(フランスのラ・アーグ再処理工場で取り出されたプルトニウム四百キログラムを使用)、関西電力が十六体(英セラフィールド再処理工場で取り出されたプルトニウム使用。量は不明)。
ベルギーへの加工委託については、日本とベルギー両国の原子力協力協定で核兵器への転用防止などを定めなければならず、アメリカの事前同意も必要。これまたすでに政府は交渉をはじめているらしい。
「もんじゅ」の事故であれほど情報隠しが批判されたのに、まったく性懲りもない。東電は「私企業簡の契約でもあり公表しなかった」と言うが、海外への加工委託の話はしばしばマスコミで報道されている。それだけ社会的関心も高いということだ。「別に隠していたわけではない」とは、いかにも白々しい。
昨年は、地域が自ら決めることがはっきり世論化された年だった。地元無視の姿勢は、手痛い報いを受けることになろう。(西尾)
「風車」-第二一五号(一九九六年二月)
一月二十三日、福島、新潟、福井三県の知事が内閣総理大臣に「今後の原子力政策の進め方についての提言」を行なった。「陳情」でも「要望」でもなく、「提言」である。
福井県の県民生活部長は県議会での答弁で「国へは忠告しており、お願いしている意識は全くない」とまで説明している。その忠告とは、原子力政策の基本的方向について「幅広い議論を行い、改めて国の明確な責任において国民の合意形成を図ることが重要」というものだ。
つまり、現在、合意はないと言うのである。合意形成に際しては、「専門家の意見だけでなく、国民や住民の生活者としての意見や受止め方も十分踏まえたものとなるよう」注文することも忘れない。
また、「検討の段階から十分な情報公開を行う」ことや、「プルサーマル計画やバックエンド政策の将来的な全体像をこれらから派生する諸問題も含めて具体的に明確に」示すことを求めている。国が「必要な取組みに進んで努めなければ」「原子力行政に対する不安、不信を募らせる」とは、忠告というより、むしろ恫喝に近い。
それはともあれ、「提言」の背景には、言うまでもなく、そうした不信、不安が現にある。松下さんが3面で報告している福井県二十一万余の草の根署名あってこその「提言」だと、つけ加える必要があるだろうか。
福島、新潟、また然りだろう。(西尾)
「風車」-第二一四号(一九九六年一月)
御用納めの十二月二十八日、岐阜県庁で、超深地層研究所建設の協定書調印が強行された(3面記事参照)。
動燃から出向いたのはアノ大石博理事長、と聞いて仰天。「もんじゅ」のナトリウム火災で「これ以上情報が隠されていない、と断言する自信はなくなった」と述べ、「動燃の体質が根っこにあると思う」と語った人物である。
組織を掌握できていない理事長が、自ら信用していない組織を代表する二重の信頼性のなさ。始めから反故同然の協定書の調印は、茶番ですらない。
さて、右の動燃理事長談話が無責任発言ナンバーワンかと思っていたら、なかなかそうでもなさそうだ。原子力委員会の伊原義徳委員長代理が言う。「プルトニウムとウラン濃縮にかかわってきた動燃は、情報を公開しないよう国際的にも圧力を受け続けてきた。それが、組織の体質として染みついてしまったのだろうか」。
プルトニウムやウラン濃縮にかかわる以上、情報の非公開は当然のこと、と原子力委員会は勝手に決めこんできた。情報隠しと切り離せないことを明らかにし、それでもプルトニウム利用・原子力利用をつづけるか否かを国民に問うたことは一度もない。委員長代理の言は、動燃だけを悪者にして済ませられないことを示している。
問題は動燃の体質に非ず、原子力そのものの本質にあるのだ。(西尾)
「風車」-第二一二号(一九九五年一一月)
鈴木篤之東大教授の本欄へのご登場は、これで何回目になるだろうか。もうウンザリとの感がなくもないが、毎度おなじみ鈴木教授のお噂におつきあいを願います。
九月にフランスで開かれた「グローバル95」とやらいう国際会議で、鈴木教授は、こんな考えを披露した。いわく「ロシアの核兵器の解体から年間五トンのプルトニウムが出てくるが、そのうち二トンを日本が買って燃やせる。日本の世論は、核兵器の廃絶につながるこの費用を喜んで支払うだろう」。
「政府と企業にとって核燃料バックエンド問題についての重要なアドバイザーである」鈴木教授の発言とあって、アメリカで発行されている原子力専門紙が飛びついて報道、それをまた日本のマスコミが記事にした。でも、専門紙の報道が目につかなかったら日本で記事にはならず、世論は、そんな考えがあること自体を知るべくもなかっただろう。鈴木教授はなぜ、まず国内で提案をしなかったのか。
本来なら、福井県敦賀市こそ発表の場にふさわしい。「日本の世論は原子力の軍事利用と商業利用とを厳密に区別したがるので」商業用の原発では燃やせないが、「ふげん」と「もんじゅ」なら商業路でなく、区別にこだわらずに利用できる、と鈴木教授は言うのだから。
ユニークなご高説を、ぜひゆっくり敦賀市民の前でお聞きしたいものである。(西尾)
「風車」-第二一〇号(一九九五年九月)
反核パシフィックセンター東京が発行する『パシフィカ』五、六月合併号が、前号に続いてフランスの核実験やめろ!の特集を組んでいる。
潜水夫として核実験場で働いたノエル・バリアーさんの証言と写真が、とても生々しい。加えて、本紙前号の「反原発講座」に登場してくれた鈴木真奈美さんが、「フランス核産業に貢献する日本」を説き、前々号「講座」の筆者の渕脇耕一さんは、衆参両院による反核実験決議を批判している。
「いちばん気になる部分は、フランスの核実験再開の決定について、『いかなる理由に基づこうとも、いかなる条件が付されていようとも……人類の生存を脅かす行為である。』と述べているくだりだ」と、渕脇さん。「どういう理由で核実験を再開しようとしているのか、またどういう条件のもとで行なおうとしているのか納得行くまで説明してほしいと食い下がるのが、言論の府、国会の務めではないか」。
なるほど、と感じ入った。国会決議に限らず、私たちがよく集会アピールに用いる決まり文句についても、俎上に載せざるをえない。
その上で国会決議について、「すべての国の核兵器の製造、実験、貯蔵、使用にも反対」とあるのは刮目に値しよう。議員たちが承知の上で賛成したかは知らず、アメリカの「核の傘」をも否定した決議は、時代の変化を示すものと言えないか。(西尾)
「風車」-第二〇九号(一九九五年八月)
昨年六月に原子力委員会が決定した新原子力開発利用長期計画に、早くも破綻が生じた。大間ATR計画がおじゃんになったことだ。
新長期計画は、高速増殖炉の開発のしくじりから、プルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を軽水炉およびATRで利用することに力点を移し、余剰プルトニウムは出さないと強調した。そのATRが、たちまち転けたのである。
軽水炉でもMOX燃料の利用も、喜んで受け入れようとする地元自治体はどこにもなく、電力会社自身がなお及び腰。燃料製造の見込みすら立っていない。MOX燃料装荷の時期も基数も、すでに長期計画からの後退は確実となった。
利用が遅れれば、プルトニウムからのアメリシウムの再分離といったことまで必要になり、ただでさえ高いMOX燃料の製造コストをますます引き上げる。電力会社はいよいよ浮き足立つ。プルトニウムの余剰はふくらむなかりだ。
大間ATR計画の後釜にはABWRを建てる、ふつうの軽水炉ではMOX燃料の装荷は三分の一が限度だがABWRなら全炉心への装荷が可能で、ATRよりももっとプルトニウムを減らせる―と電事連は説明しているが、単なる辻つま合わせであって、本音でないのは誰の目にも瞭然だろう。
再処理をやめずに余剰プルトニウムを減らす手品のタネはない。(西尾)
「風車」-第二〇七号(一九九五年六月)
カナダのトロント大学が、原子力に関係する講座を今期限りで廃止すると聞いた。修士・博士課程だけは残すというが、いずれ、それもなくなりそうだ。
学生の原子力離れは、アメリカでは原子力学科をもつ大学の数、原子力学科に入る学生の数が激減していることが、九〇年に既に報告されていた。日本の状況について、本紙でも九二年七月号で、現役の学生にインタビューをしている。
東大の原子力工学科は、九三年四月からシステム量子工学科に改名した。しかし、嫌われるものの原子力の文字をなくした成果で学生が増えたとの話は、聞こえてこない。
同学科の鈴木篤之教授が『エネルギーいんふぉめいしょん』四月号で語っているところでは、原子力への夢は捨てきれないご様子。半導体だの超電導だの量子レベルでも技術がいろいろな分野で使われているのだから、「エネルギーの分野においてもこういう量子時代の技術がいずれは主流を占めるのではないか」と期待し、「量子の時代の一番上り詰めたところに原子核のエネルギーがある」のだと力説する。これでは「原子」じゃなくて「量子」だと言われてもねというのが、学生の側の正直な受け止め方だろう。
「太陽エネルギーも核融合ですから、実は量子時代のエネルギー」と言ってみたところで、システム量子工学科も先は見えている。(西尾)
「風車」-第二〇五号(一九九五年四月)
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)への軽水炉供与の窓口となるKEDO=朝鮮半島エネルギー開発機構が三月九日、正式に発足した。米韓日の三ヵ国だけでの見切り発車である。
その設立協定に、供与する軽水炉は「韓国型」であることが明記され、強く反発した北朝鮮側は、実験炉の凍結解除をちらつかせて変更を迫っている。輸出実績どころか国内での実績もこれからの「韓国型」に三ヵ国側がこだわる理由は、韓国の原発輸出への執心のほかには見出せない。小村浩夫さんが『週刊金曜日』一月十三日号で説くように、原子力産業の「金儲けのための軽水炉支援」は明らかだ。
一方、北朝鮮側の姿勢からは、原子力開発への固執がエネルギー供給を主目的とするものではないことが、如実にうかがえる。核武装の意図はともかく、まるで核を外交の切り札とするための開発の様相である。
軽水炉なら核開発ができなくなるものでないのは、説明するまでもないだろう。現にアメリカは、ロシアや中国がイランに軽水炉を建設しようとしているのは「核拡散につながる」として、契約破棄などを求めている。近く始まる核不拡散条約の延長検討会議で、同条約に違反する要求だとアメリカが非難されるのは必至だが、軽水炉も核開発につながるというのは、実にその通りだ。
KEDO設立で問題は終わらない。(西尾)
「風車」-第二〇四号(一九九五年三月)
役員が会社に与えた損害を賠償させるため、会社に代わって株主が裁判所に訴える「株主代表訴訟」は、九三年の商法改正で、八千二百円の提訴費用で訴えが起こせるようになった。株主の権利を強化し、役員による会社の私物化を防ぐのが、その趣旨である。
ところが二月二十八日、名古屋地裁は、反原発の株主が電力会社の役員を訴えるのなら一億四千八百万円の担保を差し出せという、とんでもない決定を下した。「悪意ニ出デタ」訴えだから、被告=役員側が逆に不当訴訟の損害賠償を求めたときの支払い確保の必要がある、というのだ。これは、事実上、裁判を起こす権利の否定に等しい。
「芦浜原発計画株主代表訴訟」と呼ばれるこの裁判の経過については、本紙九四年五月号、七月号などを参照されたいが、名古屋地裁の決定を読むと、もってまわった言いわけと、おそろしく乱暴なこじつけに目を疑い、次いで怒りがこみ上げてくる。古和浦漁協への二億円の「預託金」支出が違法だとする訴えの正当性は、認めざるをえない。しかし、原告が求めている六十二億円の損害賠償のうち、二億円にすぎない! しょせんは反原発の企図からの訴えだから、全体として不当──と言うのだから、凄まじい。
原告団・弁護団は、「最低最悪の決定」だとして、名古屋高裁に即時抗告を行なった。(西尾)
「風車」-第二〇三号(一九九五年二月)
阪神・淡路大震災で被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます。現在のご事情もわからないまま、従来通りに発送致します。全国の仲間たちの励ましを、間接的ながらお届けできれば幸いです。
大地震を受けて一月十九日、原子力安全委員会は耐震安全検討会を設置しました。ところが、同委事務局の科学技術庁の説明では、これは「現在の指針の妥当性を確認するもの」なのだとか。何のための安全委員なのでしょうか。
全国原子力発電所所在市町村討議会が一月二十三日、この検討会の設置に対して要請書を出したと聞いて、原発を抱える市町村としては、耐震設計審査指針のきちんとした見直しを求めるのは当然のこと、と思いました。まさか、社会を不安がらせないでほしいという要請とは思ってもみなかったのです。
原発の寿命はせいぜい数十年。その間に大地震にぶつかる確率はきわめて低い。それなら、ヘタに騒いでくれるなということなのでしょう。もし大地震が現実に襲えば、地震対策の不備と原発事故対策の不備が重なるのですから、そんなことは考えたくもないのでしょうね。
首長たちは、現に原発を抱えることの重さにすくんでしまうのかもしれません。しかし、生命は勝たねばならない(森瀧市郎)のです。希望をもって生きる道を切り開いていきたいと思います。(西尾)
「風車」-第二〇一号(一九九四年一二月)
十一月二十五日に開かれた閣僚懇談会で、田中眞紀子科学技術庁長官が次のように発言―と報じられた。いわく「原子力委員会の委員の学者の専門的な意見と、市民が感じるところに開きがある。委員選任にも悩むことが多い」。
原子力委員会の委員長は、当の科技庁長官。四人の委員のうち、現状では三人までが元官僚や電力会社、動燃事業団の元役員である。もともと「専門的な学者」とは縁遠い人選なのだが、それはともかく、もっと"市民感覚"をもった委員が選任されるのが望ましいとする田中長官の言は頷ける。
"市民感覚"と言わずとも常識的な考えをもった人が原子力委員のなかにいたら、この日、他ならぬ田中長官・原子力委員長の名で閣議に報告、了承された原子力白書のような、世界の流れにいっそう逆行するプルトニウム利用論が、いまだに生き残っているはずもない。否、生き残るどころか、日本の「核燃料リサイクル路線」こそが世界を救うのだとか。時代錯誤はエスカレートするばかりである。
仮に白書が言うように、早くプルトニウムを利用しないと二〇三〇年過ぎには世界はエネルギー危機に陥るとしたら、二〇三〇年頃に高速増殖炉を実用化という長期計画でも手遅れとなる。なおのことプルトニウムには頼れない。
そう悟るのが、市民の常識というものではないか。(西尾)
「風車」-第一九九号(一九九四年一〇月)
関西電力は九月六日、美浜3号炉、高浜1、2号炉の原子炉容器の上蓋を交換することを発表した。フランスやスウェーデンなどの原発で数年前から、上蓋を貫通している管のひび割れが見つかり出し、大きな問題になっていたが、関電では、ひび割れは起きていないが予防保全的に取り替えることにした、という。
一方、東京電力では、五月二十九日に福島第二3号炉のジェットポンプ支持梁の折損、六月二十九日には福島第一2号炉の炉心シュラウドの損傷発見があった。これらも各国の原発で、同じ事故が続発している。いよいよもって老朽化が深刻化してきた、と言えそうだ。
そのことは、直ちに経済性の問題にはね返る。ジェットポンプの交換費用、シュラウドの補修費用は明らかにされていないが、蒸気発生器の交換は一基二百~三百億円、原子炉容器上蓋の交換は同じく三十億円。過酷事故の対策にも、一基につき数億円から十数億円がかかるらしい。あれやこれやと積み重なっていけば、へたをすると当初の建設費に匹敵する補修費になりかねない勢いだ。
もう十年以上も以前に、日本原電の浅田忠一常務(当時)が敦賀原発のことを、「いくら償却しても簿価が下がらない。建設後に金のかかった発電所」と語っていた。いまや、すべての原発に同じことが言えそうだ。(西尾)
「風車」-第一九八号(一九九四年九月)
ロシアの核施設で技術者・作業員らが施設内に立てこもる事件が頻発しているという。給料の未払いなどに抗議してのものである。
かつて核開発が盛んにすすめられていたときには、彼らは「国家が必要とする人間」として優遇され、矜持も高かった。ところが、核兵器解体の時代を迎えてみれば、右のごときありさまだ。解体作業の予算支出が遅れているとか。国家はその重要性を認めていないらしい。
だが、核開発のあと始末をきちんと行なうことこそ、何より大切ではないのか。これに失敗すれば、重大な事故につながりかねない。プルトニウムや高濃縮ウランが横流しされたりしないかも、気がかりだ。
前号の本欄で、核物質の密輸の話を取り上げた。それから一ヵ月の間に、事態はいっそう深刻になってきている。そして、核開発のあと始末の困難さと国家の無責任さという事情は、ひとりロシアのみならず、アメリカだって変わりがないだろう。かつて国家から与えられた誇りを同じ国家から奪われた核技術者たちの不満は、陰にこもって鬱積している。
これは、そのまま、原子力発電の未来の予言だ。否、そんな未来は願い下げにしたい。将来の負担を少しでも軽くするには、一刻も早く脱原発に向かい、責任をもって万全のあと始末が行なえる体制を、いまから築いていくべきだろう。(西尾)
「風車」-第一九七号(一九九四年八月)
プルトニウム239の純度が九九・七パーセントという超兵器級プルトニウムの密輸事件が明らかになった。押収されたのは六グラムだが、他に百二十~百五十キログラムものプルトニウムが闇市場に出回っているという。
謎だらけの事件の発端は五月十日のことだ。ニセ札づくりを捜査中のドイツの警察が、シュツットガルト空港で逮捕した実業家の自宅車庫で六十キログラムほどの金属粉の入った鉛容器を見つけた。当初は軽視されていたこの金属粉が、水銀だのアンチモンだので水増しされたプルトニウムだったのである。
純度が高いのは、遠心分離法で濃縮をしたものだかららしい。そこで、特別な核弾頭を開発中の研究所が出所なのでは、などと推測されている。ロシアからマフィアの手で持ち出され、ブルガリア、ギリシャを経て密輸されたとか、取り引き相手はイラク在住だとか、スイスで五~六ヵ所が捜索されたが、プルトニウムは発見されなかったとか、KGBや東欧の武器商社が関係しているとかと、なかなかもって賑やかだ。
大量のプルトニウムが実際に流出しているかどうかは不明なものの、遅かれ早かれ起こって不思議のない事態だとも言える。解体核兵器から取り出されるプルトニウムを、ロシアでは商品化しようとしているが、そんなことをしていれば核流出の危険は大きくなるばかりだろう。(西尾)
「風車」-第一九六号(一九九四年七月)
六月二十四日、新しい原子力開発利用長期計画が、原子力委員会によって決定された。残念ながらさして代り映えのしない改定である。
しかしそれでも、変えようとしたのだとは思う。また、変えざるをえなかったはずである。にもかかわらず変えきれなかった。その結果に、官僚機構の限界が見える。
とまれ「軽水炉から高速増殖炉へ」の基本方針は、修正を余儀なくされた。そのぶん軽水炉時代が長期化するという。これは、ツケをすべて軽水炉にまわすことだ。老朽化に伴って運転管理がさらに重要になる。ところが一方、原発の運転者そのものが不足しそうだ。
過酷事故の対策がいっそう強く求められながら、経済性の維持のためには燃料の高燃焼度化を促進しなければならない。プルトニウム利用の面でも、軽水炉が主役に押し出された。危険性は増すばかりである。
廃棄物問題がより深刻化するのは、言うまでもない。プルトニウム利用が遠退いて、かなりの量の使用済み燃料が長期貯蔵されようとしている。さしあたりは、各原発サイトでの貯蔵量を増やすしかない。エネルギーの供給源としての原子力の有用性は、いよいよもって不透明になってきた。
新長期計画が示しているのは、プルトニウム利用の困難さばかりでなく、原子力発電そのものに本質的な無理があるということだ。(西尾)
「風車」-第一九三号(一九九四年四月)
前号の執筆者は、1面から4面まですべて、男性で占められていた。最近では、これは珍しい。
本紙を創刊した一九七八年当時は、男性ばかりの紙面を避けるには、意識して女性に原稿を依頼しなくてはならなかった。それが、チェルノブイリ原発の事故の後では、ことさらにそうしなくとも自然と、女性の手になる記事が増えてきている。編集部の構成も、男性二人から男女各一人へと変わった。
ところが、この四月から、渡辺美紀子さんが編集部を離れざるをえなくなった。残るは男性一名のみ。苦しい台所事情から、二人に戻るのは、当分の間、難しそうだ。紙面にまた変化が出るのは、避けられないだろう。
本紙の編集は、常勤の編集部と、毎号交代で加わる各地の方々(本号では柏崎)とによって行なわれている。常勤が一人となれば、いろいろと偏りが大きくなりそうだ。そこはぜひ、読者の皆さんに助けていただきたい。ユニークな運動のご報告、ご提案などをお寄せ下さいと、改めてお願いします。
渡辺さんは、原子力資料情報室のスタッフとしてはいままで通り身近な存在だ。今秋にベラルーシで開催が計画されている、チェルノブイリ事故の影響に関する国際シンポジウムでは、事務局を担当する。渡辺さんのいっそうの活躍を期待し、これからも本紙の紙面に登場してもらいたいと思う。(西尾)
「風車」-第一九二号(一九九四年三月)
「原子力、国民と一緒に考える」──『エネルギーレビュー』九三年十二月号の巻頭インタビューで、原子力安全委員会の佐藤一男委員は、そんな心構えを強調した。
「国民の皆さんは原子力発電をどう進めるかについての決定プロセスに参画したいと思っておられるのではないでしょうか」と、佐藤委員は述べている。「やはり国民の方々と一緒になって考え、一緒になって判断していくという心構えが、これからはますます必要になってくるという気がします」
原子力委員会が専門部会を設けて改定の作業をすすめている原子力開発利用長期計画について、科学技術庁が一般からの意見を募ったのは、この二月。三月はじめに「ご意見をきく会」も開かれた。
これと佐藤委員の発言とは、直接の関わりはないだろう。むしろ、直接の関わりなしに共通する考えが示された点に、意義を見出したい。その上で、科学技術庁の意見聴取のやり方は、「国民と一緒に考える」心構えからほど遠い、と断じざるをえない。
長期計画の改定を闇雲に急ぐ理由はないのだ。時間をかけて、国民と言わず、あらゆる人と一緒に考えることをしてはどうか。形の上で「決定プロセスに参画する」にとどまらず、原子力開発を根本から問い直すことが必要である。
「国民と一緒に原発推進」というのでは困りますものね。(西尾)
「風車」-第一九一号(一九九四年二月)
森瀧市郎さんが亡くなられた。本紙で対談をしていただいたのが、ちょうど十年前。八四年の一月号である。ビキニ水爆実験、第五福竜丸の被曝を契機に原水爆禁止の運動が生まれて三十年、日本で原子力開発がスタートして三十年という節目の年だった。
それから十年。何が変わり、何が変わっていないのだろうか。十年前の対談のお相手をお願いした栗原貞子さんから今年届いた年賀状には、こうある。「ヒロシマでは今も放射能の人体実験が続いています」
広島、長崎での人体実験にあきたらず、多くの核実験や放射能戦争の実験などがくり返されてきた。先の対談での森瀧さんの言に反して、「広島後」も力の原理は生き残っているように見えなくもない。しかし、森瀧さんは、「生命は勝たねばならぬ」「民衆を信じる」と言いきられた。その楽観主義は、被爆後の血を吐く思いをくぐり抜けて育まれたものだろう。
「核のない未来」をきっと実現します。森瀧さん、どうぞ安らかに。(西尾)
「風車」-第一八九号(一九九三年一二月)
十月二十五日に開かれた動燃事業団の第二十六回報告と講演の会で、石渡鷹雄理事長が「高速炉の開発はプルトニウムの増殖から消滅へ」と方向転換を宣言して話題となった。しかし、それより、後から講演に立った動力炉開発推進本部の高橋克郎次長のほうが、はるかに興味深い。
石渡理事長の発言は、すでに何度か言われてきたことだ。それでもいつかはウランが底をつき、プルトニウムの出番がくる―かもしれない、と高橋次長は言う。それは、まあ、いい。だから早期に高速増殖炉をというのも、よしとしよう。
興味深いのは、その後だ。高橋次長の言を予稿集から引用する(Puはプルトニウムのこと)。「そして、成熟期には、Puの増殖比を調整し、人類が他のエネルギー源に乗り換える頃に、地球上からPuをなくす、即ち消滅させることが必要である」。
はじめ消滅なか増殖その次はまた消滅と、そんな器用なことが可能かどうかはともかく、ならばはじめから他のエネルギー源に乗り換える準備を着実にすすめるほうが、ずっと穏やかで責任ある道筋だろう。
『原子力白書』で「原子力発電を進めていく以上、原子炉の中で生成するプルトニウムの利用は避けて通れない問題です」と述べている江田五月原子力委員長=科技庁長官は、そのことをご存じなのであろうか。(西尾)
「風車」-第一八八号(一九九三年一一月)
「同じ海でも北極海なら……。あまり人も住んでいないようだし」。
ロシアによる核廃棄物の海洋投棄に関しての、北村正哉青森県知事の言である。投棄場所は青森のイカ釣り漁船が出漁していた近く。ロシアの暴挙は決して許せないが、北村知事に批難の資格はない。
百五十万人余の人が生活している青森県を、まさに電力会社などは「あまり人も住んでいない核のゴミ捨ての適地」と見ている。そのことにおよそ無自覚な知事の姿勢は、そら恐ろしい。北極海に暮らす人びとばかりでなく青森県民をも、知事はないがしろにしているのだ。
「TRU廃棄物の処理について、ドイツは中間貯蔵及び処分時の安全を考慮し、返還廃棄物のうち、ビチューメン固化体は火災の危険があるのでビチューメン固化をやめるようにCOGEMAに申し入れしていたところ、COGEMAは一九九五年以降やめることになった」。
日本原子力情報センターが先頃まとめた『欧州再処理及び放射性廃棄物視察団報告書』中の一文である。日本からCOGEMA(仏核燃料公社)に同様な申し入れをした話は聞いたことがない。六ヶ所再処理工場でビチューメン(アスファルト)固化をやめるという話もない。この点でも知事は、とんと無自覚のようだ。
危うし青森県民。否、これは青森県民だけの問題ではない。(西尾)
「風車」-第一八七号(一九九三年一〇月)
九月二十五日に大阪で開かれたシンポジウム「今なぜプルトニウムか」で原発反対福井県民会議の小木曽美和子さんは、県発行の『福井県の原子力』から、もんじゅの開発年表をOHPで示した。
安全審査をする立場の科学技術庁が、審査に入る前にも審査中にも審査後にも、申請者である動燃事業団になりかわって地元に協力を要請している。何ともあっけらかんとした癒着ぶりには脱帽するよりない。
その科技庁の安全審査の結果をダブルチェックした原子力安全委員会の原子炉安全専門審査会というのがまた、希有なところだ。当時、申請者の動燃からの委員が二人。うち一人は高速増殖炉開発本部付の主任研究員と、ご念が入っている。実際の審査に当たった第16部会には加わっていないにせよ、答申は審査会が行なうのだから、答案を書いた当人が採点に与している趣である。
さらに驚くことに、審査会の現会長である藤家洋一氏が十月四日、高浜2号炉の運転差し止め裁判で証言台に立った。被告=関西電力の証人としてだ。原発の建設・運転の差し止めを求めた裁判は数あれど、こんな例は、かつて一度もない。
原子炉設置許可に最重要の役割を果たす審査会の会長が電力会社の証人になるというのに、ゼネコン汚職ほどの疚しさすら、誰も感じなかったのだろうか。(西尾)
「風車」-第一八六号(一九九三年九月)
科学技術庁長官=原子力委員長が江田五月さんに代わっても、原子力利用の基本政策は、さして代わり映えがしないらしい。長期計画の改定手順は当初のまま、委員の交代もない。
もっとも、実を言えば、基本政策なるもの自体、従前からかなり怪しかった。プルトニウム利用政策ひとつとってみても、長官の"継承"論とは裏腹に、皆がやりたがっているわけではないのである。
高速増殖炉の実証炉計画に向けて、技術の実証試験が必要とされる。「これは国の責任でやってもらいたい」と、六月二十三日の原子力委高速増殖炉開発計画専門部会で、電力業界代表の委員が言い出した。これに対し国側は、日本原電が自らの費用で行なうべきとしている。
同委長期計画専門部会の第二分科会では七月二十八日、新型転換炉の実証炉用の海外返還プルトニウムの輸送は電源開発で、との話に電源開発の委員が「やる気も能力もない」と反発する一幕があった。いずれも結論は先送りとされ、そう簡単に決着はつきそうにない。
専門部会なんぞともったいをつけても、しょせん業界代表とお役人の利害調整の場にすぎないのである。江田長官が「国民が納得する政策」と本気で言うなら、政策立案に民意の反映される専門部会に衣替えしてもバチは当たらないのだが…。(西尾)
「風車」-第一八五号(一九九三年八月)
七月八日に発表された東京サミットの政治宣言は、九五年で期限が切れるNPT(核不拡散条約)の無期限延長を強く打ち出せなかった。日本の支持が得られなかったからだ。
内外のマスコミが大きく報じたように、「核保有の可能性を永久に放棄していいのか」とする政府・自民党内の議論は、きわめて根強いものがある。それは一部のタカ派の主張であって、政官界の主流は、製造能力はもつが核兵器はつくらない、との政策を切り札に、核をもたない国々を代表する大国たらんとしてきた。しかし、それもまた、核を弄ぶ考えに変わりはない。
そうした考えが、タカ派の温床にもなってきた。核開発を駆け引きにつかうような外交のあり方を改め、NPTを具体的な核廃絶に向けたものに変えていくことがいま、政治に求められている。
衆院選を前に、立候補予定者を対象に各地で実施されたアンケートの結果を見ると、自民党の候補者たちの回答でも、高速増殖炉計画は一様に「見直すべき」としていた。「軍事、非軍事にかかわらずプルトニウムは利用すべきでない」「この様な物質を使用しない事を原則としたい」などの回答もある。
原発は廃止と回答している自民党候補者もあって、五五年体制とやらが崩れたぶん、変化の兆しも見えてきた。そこに期待したい。(西尾)
「風車」-第一八四号(一九九三年七月)
六月十八日、衆議院が解散した。「うそつき解散」と呼ぶのだという。
うそをつくのは悪いにちがいないが、正直ならよいというものでもない。原子力安全委員会の内田秀雄前委員長が、五月十日付の電気新聞で書いている。「もう故人になられた元原子力委員の大先輩が私に、『当初は安全の問題など考えなかったからね』と述懐されたことがある」。
ところで、次のような発言は正直というか何というか。「ふつうの原発では、その燃料をつくるのにウラン採掘などで多くの犠牲が出てくるのです。アフリカでもオーストラリアでも問題が起こっている。その点プルトニウムはこのような汚染の問題は起きない」。発言者は、東大工学部の鈴木篤之教授。広島市議会で、プルトニウム政策を転換せよとの意見書の提出を求める請願を審議するために開かれた参考人の意見聴取におけるものである。
多大な犠牲のもとにウランを採掘し、その後も犠牲をはらいつづけて燃料に加工し、原発で燃やし、再処理をしてはじめて、プルトニウムは取り出される。それをあたかも手品の如く空中から取り出すかのように言うところに、机の上でしかものを見ていない鈴木教授の料簡が正直に示されたと言うべきか。
ただし世間では、そうした物言いをこそ「真っ赤な嘘」と呼ぶ。(西尾)
「風車」-第一八二号(一九九三年五月)
資源エネルギー庁が、同庁の名前を伏せて、記事の形でプルトニウム利用のPRを新聞に載せていた──と、四月六日付の朝日新聞が報じた。
同庁は、「一方的な見方とみられる意見広告ではなく、幹部が参加した座談会形式の企画にしたい」と、広告代理店を通じて読売、毎日、産経、日経、朝日の五社に打診、日経と朝日は断わったが、他の三紙はエネ庁の側の要請に沿った座談会を行ない、読売と産経は三月二七日付、毎日は同三十一日付の紙面に掲載したという。これで「プルトニウム問題に対する国民の理解を深める」とは!怒りを通りこして呆れてしまう。
信用よりお金が大事な新聞社の姿勢も、怒る以前に情けなく思えるのだが、ここはやはり、きちんと怒るべきだろう。「政府が『原子力は安全だ』というほど、国民は心配になる」から、名前を伏せて広告料を払い、新聞の「信用」を借りてPRをしようなんて、まったく以て言語道断だ。
その卑劣さは、いまなお続いている私たちへのイヤガラセに通じる。私たちが堂々と名前を出して意見を言っているのに対し、自らも名乗って反論するのでなしに、覆面PRやイヤガラセでしか対応できない点に、彼らの正当性のなさがよく示されていると言えよう。
私たちに自信を与えてくれたことには多謝。(西尾)
「風車」-第一八〇号(一九九三年三月)
大きな地震が北海道・東北を、つづいて北陸を襲った。いずれもっと大きな地震が避けられないというが、今回の地震ですら十分にこわかった。
それというのも、原発や核燃料サイクル施設のことが心配になるからだ。無事に運転をつづけています、と自慢気に発表されても、そのほうがよほど不安になる。
いや、大地震がきたって原発は大丈夫だ、と七五年二月六日付の毎日新聞に載った日本原子力文化振興財団の広告で大見得をきっていたのは、東大の都甲泰正教授(当時)。「発電所はひん曲がるにしろ全部、壊れることはないと思います」と、涙が出るほど有り難いお言葉だった。
このたび新しく原子力安全委員長に就任した人である。「一般の建物はみんなつぶれてしまって、発電所だけがそこに残る」というのだが、原発と一般の建物を同列に見る人が安全委員長だなんて、それこそこわい。
そういえば、新しく社会党の書記長になった赤松広隆という人も、「古い原発は危ないから新しいものに変えていく」なんて、トンチンカンなことを言っていた。スリーマイル島原発は営業運転を始めて三ヵ月、チェルノブイリ原発は二年の新しい原発で大事故が起きたというのに。
古かろうが新しかろうが、しょせんダメなものはダメなのである。(西尾)
「風車」-第一七九号(一九九三年二月)
ドイツの電力会社の首脳が首相に手紙を出して脱原発への具体策を提案、と前号で山本知佳子さんが報告した。
国内外の反響に慌てて、電力会社側は報道の打ち消しに躍起となっている。とはいえ、いっかな歯切れのよからぬ否定のしかただ。いずれにせよ欧米各国ともに、大きな流れが脱原発に向かっていることに変わりはない。
それにひき比べて日本では―とよく言われる。だが、日本だけが特別なんてことはありえないだろう。新増設の話が飛び交ってはいるものの、さて電力会社が本音で原発を推進したがっているのかどうか。使い勝手の悪さと高コスト、事故の重荷を考えるなら、ほんらい疾うに見切りをつけて当然なのだ。
ましてプルトニウム利用ともなれば、それこそ金をドブに捨てるようなもの。そしてまた、プルトニウム利用がダメだとなったら、原子力利用のメリットは、それこそ皆無に等しい。
残念ながら、しかし、これは日本も脱原発に向かっているという楽観論ではない。それでも脱原発の政策へと転換することができないのが、欧米各国と日本との大きなちがいなのだ。原子力船「むつ」の例がよく示すように、政策転換の責任を誰もとりたくないから最後までやめられない。官民の別なき官僚主義。
これが何よりこわい。(西尾)
「風車」-第一七七号(一九九二年一二月)
能登原発の「試運転」が十一月二日からはじまった。同月十日、浜岡4号炉では「燃料装荷」が開始された。さて、問題です。「試運転」と「燃料装荷」は、どちらが先に行なわれるものなのでしょうか。
これに答えるのは、少なからず難しい。右の例では、正解は「同じ」である。しかし、浜岡4号炉の場合、やがて初めて発電が行なわれるときに、試運転に入ったと言われることになる。とすると、やはり燃料装荷が先なのか。
かつては、初発電から試運転と呼ぶのがふつうだった。二〇パーセント、五〇パーセント、七五パーセント、一〇〇パーセントといった具合に、出力を順次上げながら試運転を行なうのだ。ところが八八年十月十七日、泊1号炉が燃料の装荷をはじめるとき、これを試運転と称した。以来、試運転に定義が二つできてしまった。
燃料装荷の開始を試運転入りと呼んだのは、泊1、2号炉と、今回の能登のみ。他は皆、初発電から試運転としている。後発の北海道・北陸両「北電」の焦りが、名目だけでも試運転入りを早めさせたわけなのだろうか。
泊が運転に入って、北海道電力は「作ったものは売る」(戸田社長)と、需要拡大を余儀なくされた。能登が運転に入ると北陸電力では「全社的なコスト低減が必要」(森本社長)となり徹底した合理化が迫られる。
焦ることもないのにね。(西尾)
「風車」-第一七六号(一九九二年一一月)
十月十七日付けの『長周新聞』なる新聞を知人から見せてもらい、迎天した。「核武装が真の目的/プルトニウム輸送」と見出しのついた記事が載っている。
そこに「原子力資料情報室通信 西尾漠氏」とあり、五十行近い文章がつづいているのだ。しかし、同紙の取材を受けた覚えは、まったくない。内容から察するに、『世界』十一月号の《特集・プルトニウム大論争》のなかの拙文から、つまみ食いをしたものだろう。
それなら、そのように引用すべきだ。右の見出しの如き問題意識にもとづく取材に応じてコメントを寄せたと思われるのは、迷惑この上ない。引用にしても、そんな主張を補強するのに使われるなんて、やはりゾッとしないのは同様だけれど……。
プルトニウムは原爆の材料であり、公開の原則の空洞化は軍事転用への歯止めが外れることを意味する。核武装への警戒は、あって然るべきだろう。が、右の主張は余りに短絡的に過ぎる。しかもこの主張は、プルトニウム利用に反対する多くの人びとの想いを一面的に切りちぢめるものでしかない。
本紙前号の4面に書いていただいた藤田祐幸さんも、『長周新聞』の被害者だ。その藤田さんの論だが、同じような理由で、全面的には賛成しかねる。PKO法のもつ意味が、藤田説では却って矮小にならないか。(西尾)
「風車」-第一七五号(一九九二年一〇月)
「当事者でないので所感の表明は差し控えたい」―もんじゅ行政訴訟の最高裁判決に対する動燃事業団の弁である。原告が負けた一審判決のとき、「誠に意義深い」とコメントしたのは忘れたものか。まさに"二枚舌の動燃"の面目躍如と言ってよい。
九月末に開いた高レベル廃棄物処分技術の成果報告会でも、原子力産業新聞に載っていた参加受け付けの電話番号に申し込むと、招待者のみと断わりの返事。「記事は間違い」なのだという。数日後、今度は電気新聞に、同じ間違いの記事が出ていた。
高レベル廃棄物の中間貯蔵地や試験研究地と、最終処分地との関係については、時により、別だと言ったり、動燃の処分の実施主体に非ず、と逃げたり。ただし、この点では、動燃のみならず、皆が二枚舌となるようだ。
4面「反原発講座」にもご登場の川上教授は、両者の「区別を、とりあえず明確にする必要がある」と言いつつ、また、いわく「地下研究施設の立地を当面、容易にするために、処分の実施主体の将来の活動を制約するような線引きはできない」。
動燃の技術報告書なるものは、一方で、地層処分は現状技術で可能と宣伝しながら、他方で、本格的な研究はこれからと言って研究施設の必要性を訴える。そんな動燃に、大丈夫、安心ですと請け合われてもねぇ。(西尾)
「風車」-第一七四号(一九九二年九月)
「誠にありがたく感謝に耐えない」。白糠漁協が東通原発計画に伴う漁業補償を受け入れたのに際しての東京電力・那須翔社長のコメントである。
二十数年間も工作をつづけてきた
"立地マン"の苦労を思えば、当然の言葉ではある。「実は、まとまらなくてもよかった」なんて言ったら、社員が浮かばれない。
しかし、原発建設が現実のものとなると、東京電力としては、やっかいな問題を抱えざるをえないのも確かだ。六百キロメートルから七百キロメートルに及ぼうという超々高圧送電線を新たに敷説しなくてはならないという問題である。
八二年九月十六日づけの日本工業新聞では、その費用が二~三兆円とされている。十年の間の値上がりを考えずとも、たいへん大きな額だと言えるだろう。
そこで、とりあえずは東北電力の一基だけ建設するとの話になっていた。それなら送電線の新設は必要ない。が、原発自体の経済性は悪くなる。東北電力のといっても、建設費の一部を東京電力が負担し応分の電力を引き取るわけで、これまた、正直なところ、大歓迎とはいかない。
東通は結局原発以外の"何か"に化けるのでは、とのウワサの根拠はここにある。漁業補償協定後の記者会見で、東北電力の明間輝行社長は「他の目的に利用する計画は一切ない」と断言したというのだが……。(西尾)
「風車」-第一七三号(一九九二年八月)
ベラルーシの首都ミンクスで開かれたチェルノブイリ事故の影響に関する国際シンポジウムに参加した。ベラルーシでは科学者、医学者による調査研究はかなり精力的に行なわれている。事故直後のヨウ素131の汚染分布を再現する作業が進められており、プルトニウムについても239だけでなく各同位体の測定データが蓄積されている。
IAEAはこれら現地科学者の貴重な研究をまったく無視し、放射能による影響はたいしたことなしと結論づけている。この結論の背景には広島・長崎の被曝の過小評価がある。日本から現地入りしている笹川財団を受け皿にした医療チームもIAEAと密接につながり、被曝に苦しむ人々には何も貢献していないという不満の声をいくつも聞いた。
今回のシンポでは、日本側からは広島・長崎の放射線被害の実態とその評価についての報告がなされた。活発な意見交換があり、低線量被曝の危険性についての認識は一致し、核兵器の廃絶と原発およびすべての核燃料施設の廃棄をめざし努力するという内容の共同声明を採択した。
しかし、原発を持たないベラルーシを原発を導入しようという動きもでてきている。シンポをきっかけにできた交流をさらに深め、情報の交換を密にし、ともに脱原発への道を歩みたい。(渡辺)
「風車」-第一七二号(一九九二年七月)
PKO(国連平和維持活動)協力法案が六月十五日、強行可決されてしまった。法の廃止を求めること、実際に自衛隊が海外に出て行くのをとめることが、今後の課題となる。
カンボジアへの派兵を許せば、返還プルトニウムの輸送に自衛艦を護衛につけよとの主張も、きっとまた力をもってくるだろう。某野党の幹部議員の秘書が「プルトニウム輸送を考えればPKOは必要でしょ」と語ったと言われるように、本来は何の関係もないはずの二つのことが、彼らの頭のなかでは一つになっているようなのである。
プルトニウムの輸送がつづく限り、右の主張は何度でも何度でもむし返されてきそうだ。そして、仮にもし自衛艦が護衛につくとすると、「核物質防護」を理由に、その装備は、いっさい秘密にされることになる。
現在、プルトニウム輸送船「あかつき丸」(もと使用済み燃料輸送船「パシフィッククレイン」を改造)の護衛にあたるとされている海上保安庁の新造巡視船「しきしま」も、当初はそれなりに明らかにしてきた装備について、昨年六月の進水のときからは秘密にしてしまった。
プルトニウム輸送という大きな無理が、海上保安庁を同庁設備の趣旨から逸脱させる無理を生み出した。その先には、もっと大きな無理が待っているようだ。(西尾)
「風車」-第一七一号(一九九二年六月)
五月三十日、井上光晴さんが、がん性腹膜炎で逝った。井上さんには、長崎の被爆を扱った小説の『地の群れ』や『明日』のほかに、原発を主題とした戯曲や小説が数篇ある。
八九年に文芸春秋から刊行された小説『輸送』は、使用済み燃料の輸送車の"事故"を描いたもの。そのあとがきには、こうあった。「あえていうが、『輸送』は近未来小説ではなく、SFでもない。この作の主題は文字通り『明日』にかかわる『今日』そのものの現実におかれている」。
それは、原発が現に運転され、使用済み燃料などがひんぱんに輸送されている「今日」が「明日」の大事故を準備しているという以上に、原発の存在そのものが「今日」、人々の心を、また、社会全体をゆがめていることを指しているのだろう。核物質の輸送に係る情報を秘密にせよ、という科学技術庁の通達があらためて浮かび上がらせた「核管理社会」の姿は、まさにSFどころではない。
八六年に同じ文芸春秋から出た『西海原子力発電所』も……と、ここまで書いてきたとき、今度は山戸順子さんの訃報が飛び込んできた。順子さんには、彼女が山口県上関町の町議に当選したとき、インタビューをさせてもらったりしている。肺がんのため三十日死去。三十八歳だった。
口惜しくも、ただ冥福を祈るのみ。(西尾)
「風車」-第一七〇号(一九九二年五月)
高速増殖炉から増殖抜きの高速炉へ、という動きはすでに八〇年代の中頃から生まれていた。それに逆らいつづけてきたのが、日本だ。
ところが、四月二十日、動力炉・核燃料開発事業団の石渡鷹雄理事長が、外国特派員協会との記者会見で「高速炉への移行」を表明、こっそり軌道修正がはかられていることを認めた。いわく「プルトニウムを増やす技術があれば、減らすこともできる。時代の要請によってどちらの方向へも向けられる」。
二十一日付の電気新聞はこれを「夢の炉はマルチ原発?」と評したが、正しくは「二枚舌原発」とでも呼ぶべきだろうか。そういえば、新型転換炉については一足早く、「軽水炉よりプルトニウムが余計に生まれる」とされていた宣伝文句が「軽水炉よりプルトニウムを余計に燃やせる」というものに変わっていた。科学技術庁内では「ゴミ焼却炉」と名づけたそうだ。
高速炉も、「夢の炉実はゴミ焼却炉」の正体をあらわにした。プルトニウムを減らすのが時代の要請だと言うのなら、消却するよりまずプルトニウムを取り出さなければよい。再処理をやめるべきことは、言をまたない。
高速増殖炉によってウランを六十倍に有効利用できるなどという与太話が聞けなくなると、原子力の"夢"もずいぶん色褪せたものになりそうだ。(西尾)
「風車」-第一六九号(一九九二年四月)
原子力資料情報室の大熊富夫さんを火災に伴う一酸化炭素中毒で喪った。享年三十三歳の、早すぎる死だ。
同情報室と反原発運動全国連絡会は事務所を共有しているが、二月末に移った新事務所は手狭なため、近くに"分室"をもった。その"分室"で三月六日、大熊さんは引っ越し荷物の整理をしていた。ところが、部屋に入る際に、入口近くにあった電気コンロのスイッチが荷物に押されて着火してしまったらしい。部屋の奥にいた大熊さんが異変に気づいたときには、すでに一酸化炭素を吸い込んで動けなくなっていたのだろうという。意識不明のまま病院に運ばれ、翌日、息を引きとった。
火災は延焼に至らず小火でおさまったが、そのことがかえって理不尽に思えるほど悔しい大熊さんの死だ。大熊さんには、『反原発新聞』の発送や書店への委託販売などで、とてもお世話になった。また、最近は電気事業法の国際比較に興味を示していて、資料の収集やまとめ方について相談を受けたりしていた。
電気事業法をめぐっては、分散型電源の普及を図る趣旨での見直しがすすんでいる。大熊さんはさらに、発電・送電・配電を地域独占の電力会社が一貫して行なう体制の問題点を指摘していた。冥福を祈るとともに、右の問題意識を引きつぎたいと思う。(西尾)
「風車」-第一六八号(一九九二年三月)
日本企業が輸出を狙うインドネシアの原発建設に反対する集会が、三月三日、横浜で開かれた。そこで出た質問が、同国の電力需要は?というもの。しかし「需要」とは一体何なのか。
インドネシア電力公社によれば、九〇年度のジャワ島の電力需要は二百六十六億キロワット時、ジャワ島以外では七十五億キロワット時である。人口の六五パーセントが住むにすぎないジャワ島に、他のすべての島を合わせた需要の三・五倍もの需要があるというのは、そこで言う需要が、住民の暮らしに伴う必要量とはまったく無縁なことを示している。
電気が送られていない地域では、住民が電気を欲しがったとしても、それは需要には数えられないのだ。一方、電気が送られている地域では、電気をつかわせるための需要の喚起が行なわれる。そうでなくては、電力会社が成り立たない。
日本でも八九年一月一日付の電気新聞で、九州電力の渡辺哲也社長=当時(故人)がこう言っている。「需要と供給が大きなかい離、アンバランスが生じています。これを適正にするためには需要を拡大しなければなりません」。
需要は、そのようにしてつくられるものである。供給力過剰の九州電力が新規の原発をつくれば、また必死の需要開拓が行なわれるようになる。いい加減でそんなことはやめるべきではないか。(西尾)
「風車」-第一六七号(一九九二年二月)
上段にあるように、回収ウランの大規模な転換試験が人形峠で行なわれようとしている。回収ウランとは、再処理をして回収されたウランということだ。
プルトニウムとウランと死の灰とを分けて取り出すのが再処理だが、実際にはきれいに分かれないで、微量のプルトニウムや死の灰が回収ウランには混じっている。おまけに、ウランのうちでも、娘核種が強いガンマ線を出すウラン232が増えていたりして、やっかいなウランである。
このウランをもう一度転換・濃縮して核燃料にしようとすると、工場が"汚れて"しまう。そこで、環境汚染や労働者被曝の評価と対策、廃棄物の取り扱いなどについて試験を行なうわけだが、そもそも無理をして回収ウランを使う必要はない、というのが世界的な認識だ。
ところが日本では、いまさら試験だとか。それは、プルトニウムを利用するというだけでは再処理を強行する説明がつかず、プルトニウムの利用そのものにブレーキがかかってしまうからだろう。使用済み燃料の大部分を占めるウランを―大量の放射能のゴミとはせず―利用できるならば、確かに再処理の合理性を主張する根拠となりそうだ。
とはいえ、回収ウランの利用も不合理・不経済なのは自明。どう考えても再処理に合理性なんてない。(西尾)
「風車」-第一六六号(一九九二年一月)
ソ連が消滅し、戦略核・戦術核合わせて三万発を超すという核兵器の行方が懸念されている。廃棄される核弾頭から取り出したプルトニウムなどの管理も、まったく不透明である。
もっとも、それは政治体制の変化で初めて生じた危惧ではなく、旧ソ連だけの問題でもない。これまでは厳重に管理されてきたと見るのが錯覚であり、核を管理できるとする考えにもともと無理があることは、ことさら指摘するまでもなかろう。
そこで、核弾頭の廃棄後のプルトニウムについては、管理をしなくてすむように、高速炉をつくって燃してしまうとか、高レベル廃棄物と混ぜて埋設処分するとかの案がある。高木仁三郎さんが参加したベルリンでのこの問題の専門家会議でも、専らそんな議論だったそうだ(『原子力資料情報室通信』12月号)。
しかし、人間による管理は信じられないから技術的解決をとの発想は、やはりおかしい。それ自身危険で、後戻りのきかない技術ではなおさらだ。すでに生み出されてしまった核物質だけは、技術的解決をあてになどせず、管理していくしかないだろう。しかも、あくまで民主的に、と無理を承知で強調したい。
管理社会化や人間不信の技術主義を排して、それでダメならあきらめると言ったら、乱暴にすぎるだろうか。(西尾)
「風車」-第一六五号(一九九一年一二月)
十一月十九日から二十一日まで、経済協力開発機構・原子力機関の「オメガ計画」第一回専門家会合が、茨城県水戸市と原研東海研究所で開かれた。
オメガ計画とは、高レベル廃棄物のなかの長寿命の放射能を「消滅処理」する技術の情報交換を行なうもので、日本が提唱したという。欧米諸国では七〇年代末~八〇年代はじめに研究を打ち切った技術をずっと宣伝しつづけていたのが、日本だった。
それがここへきて再び欧米諸国も声を揃えだしたのは、廃棄物の処分計画がどこでもうまく進んでいないためだ。現に消滅の実験をしているのですらないのに言葉だけを一人歩きさせて、すぐにも廃棄物を無害化できるかのように思わせ、受け入れさせようというのである。
実は「消滅」とは、放射能を消してしまうのではなく短寿命のものに変えるだけのこと。しかも、短寿命とは半減期が三十年くらいのものだから、超長期の管理は不要になったとしても、短期的にはむしろ、はるかに強い放射能を抱えることになる。おまけに、実際に処理をしようとなったら、対象とする放射能と他の放射能との分離と、消滅処理とを、なんべんもくり返さなくてはならない。それこそ危険な話だ。
放射能の問題は、つくり出さないという以外に解決の道はない。(西尾)
「風車」-第一六四号(一九九一年一一月)
台風十九号の影響で、青森県産のリンゴは予定収穫量の七割以上が落果してしまった。手塩にかけて育てたリンゴが「さあ、これから出荷!」というときにやられてしまったのだ。
農家が受けた経済的な打撃を少しでも救えればと、「落果リンゴを買おう」という呼びかけがひろがった。しかし、倒木などの被害は、約六百万本のうち五十六万七千本にもおよび回復に五年から十年はかかるとみられ、生産者たちはいま「出稼ぎ」「離農」に追い込まれている。
上関原発の建設に反対している山口県の祝島も、百年に一度という被害を受けた。停電、電話の不通が長く続き、道路が崩れてしまった。十分ほどで行けた畑に二時間もかかったり、船を使って入るしかないところもある。
ビワの木は、海寄りのものは塩害で、まるで火あぶりにでもあったように立ち枯れて、葉をボロボロ落とした。山の上の方の木は風でなぎ倒されてしまった。みかんも全滅。出稼ぎに行かなくても島で生きていけるようにと始めたビワ茶やビワの実の産直も当分できないと、島の人たちは嘆いている。
農民が農業で生きていけない現実。今回の災害で農業離れに拍車がかかることが心配だ。核燃や原発の建設・計画地の厳しい現実を、都会に住むもののひとりとしてしっかり受けとめたい。(渡辺)
「風車」-第一六三号(一九九一年一〇月)
PKO法案の国会上程と軌を一にして、返還プルトニウムの輸送への自衛隊活用論が、またぞろ頭をもたげてきた。
現職自衛官を休職ないし海上保安庁への出向の形で新造の巡視船「しきしま」に乗り込ませる案から、その「しきしま」を輸送船にして自衛艦が警護につくといった案まで、政府・自民党の一部で議論が再燃してきたとか。これにより問題の本質がいっそう露わになったといえる。
一つは、「しきしま」が軍艦そのものであることだ。対空レーダーや近接防空システム、機関砲などの装備は保安庁の職員では使いこなせないという主張が、それを裏づけている。そんな船をつくり保安管区外で活動すること自体、海上保安庁の軍隊家にほかならないのに、それでもあきたらずに自衛官を乗り込ませようというのだ。
第二に、「しきしま」を輸送船にといった案が出てくるのは、輸送船の安全対策として何が必要かがまったく顧慮されていない事実の現われである。危険性の認識の欠如に驚くが、それというのも輸送船についての情報が、政府・自民党のなかでさえ、ごく一部の人間以外には隠されているからだろう。輸送量も輸送容器も輸送期日もルートも、いっさいが極秘なのである。
軍隊と秘密と超危険物の三題噺では、空恐ろしくて落ち・つかない。(西尾)
「風車」-第一六一号(一九九一年八月)
前号に掲載した五月の各原発の設備利用率について、読者から問い合わせがあった。その前の月までは「定検中」としていた浜岡1、3号が「補修停止中」に変えられているのはなぜか、というものだ。
混乱させてごめんなさい。もっと前から「補修停止中」とすべきだったのです。
浜岡1号も3号も、ともに事故のために予定を早めて定期検査に入った。形式的には「定検中」、その実は「補修停止中」というわけだ。「事故停止中」の美浜2号にしても、四月十二日からは、形の上では「定検中」なのである。
そもそも、ほとんどの定検は補修を伴っているから、「定検中」と「補修停止中」を分けることは難しい。へたに分けようとしないほうがよいのかもと、もう思ったりしている。今後なお試行錯誤で混乱させることになりそうだ。あらかじめお許しを願っておくとしようか。
それにしても、「定期検査」とは奇妙な言葉である。ちっとも定期なんかじゃないのは、高浜2号の例にも明らかだ。同炉は、今年はじめまで十ヵ月間も定検がつづき、それから三ヵ月足らずでまた定検に入った。定検という名で事故の印象を弱めようとしている、とかんぐられるのは致し方なかろう。
検査の中味も、検査体制も、かなり怪しい。次号には「定期検査の七不思議」を書いてみようかしら。(西尾)
「風車」-第一五九号(一九九一年六月)
相次ぐ事故で何基もの原発が長々と止まり、電力供給を原発に頼ることの危うさが露呈した。そんななか、DSMなる言葉が"流行"の兆しを見せている。
デマンド・サイド・マネジメントの略で、電力会社が需要家側に働きかけて消費の抑制を図ろうとするものだ。本欄でもすでに一、二度紹介したが、省エネ投資に資金援助をしたり、需要家のクーラーのスイッチを順々に電力会社が無線操作で切るかわりに電気料金を割り引いたりする(送風は続けるし、短い時間なので、切られたほうではほとんど気づかないとか)。
アメリカでは昨九〇年に、年間の需要の一・三パーセント、ピーク需要の三・七パーセントをDSMで削減させた──と米国電力研究所では推定している。米国立オークリッジ研究所によれば、二〇一〇年の想定需要の一九パーセントを減少させることが可能だそうな。
五月末に日本の経済企画庁がまとめた公共料金政策に関する報告書でも、DSMを行なうための電気料金の多様化がうたわれた。しかしその中味たるや、「夜間需要の拡大による需要の平準化」でしかなく、また、発電所建設促進型の現行料金決定システムをよしとするものだ。
流行を本物にするためには、DSMが電力会社にとっても利益となるような料金制度をつくることこそ必要なのだが……。(西尾)
「風車」-第一五八号(一九九一年五月)
昨年度の原発の設備利用率は、平均で七一パーセントだった。とはいえ、一部には二〇パーセント前後のものもある(2面参照)。
定期検査の簡略化でむりやり利用率を上げてきたツケが、そこに現われてきているのではないか。八三年から八七年にかけての五年間では四〇パーセント以下のものは見当たらない。それが八八年以降ポツポツ目につくようになった。
事故で止まったり定検で機器の損傷が見つかったりすると、運転再開まで長くかかる例が、最近、目立って多い。浜岡1号炉では、昨年六月に定検に入って、いまだに運転を再開できずにいる。五体の燃料集合体で燃料被覆管の穴あきが確認されたうえに、その五体をふくむ七十八体で被覆管の表面がボロボロに剥がれているのがわかり、事態は深刻さを増した。
本紙一月号の「反原発講座」で、久米三四郎さんが米国電力研究所の実験結果を紹介している。高燃焼度燃料で被覆管表面の剥げ落ちが起こるというものだ。浜岡1号炉では八六年から、その種の燃料を使いはじめた。
高燃焼度燃料の採用で長期連続運転を今まで以上にすすめ、利用率向上を図ろうとすることの危険性が、早くも露呈したといえよう。(西尾)
「風車」-第一五七号(一九九一年四月)
チェルノブイリ原発の事故から、五年目を迎えようとしている。電力・原子力産業側では広報担当者の調査団をソ連に送り、事故の影響を報ずるマスコミに対抗しようと躍起だとか。
とはいえ、それは、しょせん無駄な努力でしかなさそうだ。大正海上火災では四月一日から、外航貨物の保険について放射能汚染は免責とした(同社の資料しか手元にないが、他社も同様だろう)。危険評価のプロが、チェルノブイリの事故は「今日に至るまで長期かつ予想外の広範囲にわたり放射能汚染等の被害を及ぼし続けて」いるとして、外航貨物の放射能汚染を「算定不可能な巨大リスク」と評価した、というのである。
右の決定は、昨年十月、英国海上保険市場が放射能汚染免責の協会約款を制定したことによる。海上保険以外ではすでに免責扱いになっていたが、従来は、輸送中のリスクまでは考えていなかった。それがチェルノブイリで認識を新たにしたという次第。
原子力と保険の問題の詳細は、本号と次号の「反原発講座」で池野高理さんに論じていただいているのをご参照下さい。さらに興味のおありの方は、同氏著の『保険社会』(技術と人間)をどうぞ。
それにしても、「算定不可能な巨大リスク」を抱えた産業がなお存続しているとは!(西尾)
「風車」-第一五六号(一九九一年三月)
福井県小浜市議会の保守系会派・平政会が二月二十三日、関西電力から美浜事故の説明を受けた。その席上、同電力福井原子力事務所の和田章副所長が言ったことがすごい。
いわく「三千二百六十本の細管が一気に破断しても大丈夫な設計になっている」。保守系の議員が相手ならと、高をくくったということだろう。陳謝して発言を撤回したが、「安全性を強調したいばかりに誤解を招く発言となった」のだという。
問題は、何もわからないうちから、ともかくまず「安全性を強調」することにある。破断の大きさも一次系から二次系への冷却水流出量も、はじめはできるだけ小さく言い、それから徐々に大きな数字に変えてきた。
二月十二日に記者会見をした原子力安全委員会の内田秀雄委員長も、まず「想定していた通りにそれぞれの安全系統が働き、うまく対応してくれた」「あってもやむを得ない事象だった」と断言する。だが、実はまったく想定通りでなく、むしろECCSの有効性を疑わせる事故経過だったことが、後にわかってきた。
まず「安全性を強調」する国や電力会社の姿勢が気になるのは、これでは住民の避難を必要とする事故が起きた場合、対策が遅れるのは必至だからだ。まさに命を蔑ろにするものだろう。(西尾)
「風車」-第一五四号(一九九一年一月)
正月は冥土の旅の一里塚──と、ひねくれ者の俳人は詠んだ。いまは正月ごとに年をとることもなくなったが、正月であれ誕生日であれ、年をとるのに変わりはない。
原発だって年をとる。日本の原発も、東海原発は満二十四歳に達して昨年には「廃炉推進チーム」が日本原電の社内につくられた。七〇年代初期に動き出した原発も、次々、二十年という節目を迎え、老朽化の問題がいよいよ目につき出している。
ところが原子力産業側は、寿命延長などという。米原子力規制委員会は昨年七月、最長で六十年までの延長を認める考えを打ち出した。日本でも、電力中央研究所や原子力研究所などで延長の研究がすすめられている。日本の場合には運転期間の定めがないから、法令上はいくらでも延長が可能である。
しかしこれも、新しい原発がつくれないなかで原子力産業を維持する苦肉の策。原子力産業そのものの老朽化を意味していると言ってよいかもしれない。実際、アメリカでも日本でも、原子力工学科に入学する学生はめっきり減り、教官側も若返りがなく老齢化しているとか。寿命延長といっても、すでに先は見えていよう。
人間にとっては年をとるのも必ずしも悪いことではないが、原子力産業としては亀の甲より年の功とはいかないようだ。(西尾)
「風車」-第一五三号(一九九〇年一二月)
十月号に掲載した福本敬夫さんの「ソフトエネルギーとのつき合い方」は、もともとは「停電のすすめ」と題されていた。福本さんお気に入りの題を変えてしまったことに、まず陳謝。
ところで、十月三十一日付の日経産業新聞に、もうひとつの「停電のすすめ」が出ていた。アメリカのワシントンDC周辺で、「緊急時の停電を了解するかわりに、六~九月の四ヵ月間の電気代から総計四十五ドル割り引く恩恵が受けられる」しくみがつくられているというのだ。
電力需給が逼迫した七月五日の午後、実際に停電が行なわれた。ある家の電気を十五分~三十分くらい切り(二つの電力会社で、違いがあるらしい)、復活するのと交代に別の家の電気を切る。切られたほうの不便はなるべく小さくしながら、全体としては効果的な需要カットができる、輪番制の停電である。
現在、全世帯の一五パーセントに当たる九万世帯が、この制度に加入しているとか。その名も「キロ・ウォッチャー・クラブ」と言い、自分の消費電力のキロワット数に注目し、節電意識を普及させる意味を込めた命名だという。
「停電のすすめ」は言い過ぎかもしれないが、無思慮に電気を使っていれば停電がありうることと、そのときの対応の仕方をきちんとPRする電力会社の姿勢は興味深い。(西尾)
「風車」-第一五二号(一九九〇年一一月)
福島第二原発3号炉の運転再開が、とうとう強行されてしまった。この暴挙に大きな役割を果たしたのが、原子力安全委員会の"お墨つき"だ。
同委員会は、先に通産省・資源エネルギー庁がまとめた「健全性評価結果」の内容を、妥当なものであると認めた。その理由が振るっている。再循環ポンプ水中軸受けリングの共振を「全く無くすことは困難」だから、溶接の強度を増して「共振に対して十分耐えられるようにするという通商産業省の再発防止策は、現実的な策であると考えてよいであろう」というのだ。
原子力安全委員会とは、「安全性」に非ずして「現実性」を判断する委員会だったのだろうか。「安全性」については、同委員会は、次のように言う。「完全溶け込み溶接を採用した水中軸受けリングの使用経験がいまだ十分には蓄積されていないことをも考え合わせ、なお念のため今後の監視を入念に行うのが慎重な態度というべきである」。
嗚呼、なんたる自信のなさ! にもかかわらず「現実的」には、おっかなびっくり運転を再開するしかないなんて、これじゃあ安全委員会としても、安全宣伝委員会としても、失格だ。
再開を強行してまた事故が起きたら、もういっぺん「事故防止対策を事前に確立しておくべきであった」と反省してみせるつもりかしら。(西尾)
「風車」-第一五一号(一九九〇年一〇月)
東京・国立市議会は九月二十五日深夜、「東京電力福島第二原発3号炉事故に関する意見書」を与野党全会一致で可決した。
この問題をめぐっては国分寺市議会も同旨の意見書を採択、町田市議会では議員提案による意見書が採択されるなど、東京・埼玉・神奈川の自治体で、運転再開に慎重な対応を求める動きが広がっている。
意見書は、市民団体「原発の大事故が本当に怖いと思う市民一同」が提出した陳情書が下地となっていて、「原発事故の不安と放射性廃棄物の難題と、労働者被曝を避けることのできない原子力発電への依存度を減らすためにも、省エネルギー・節電に励みPRに努める」という画期的な内容が盛り込まれている。
科技庁は「原発の依存度を減らすというのは自民党の政策と矛盾するではないか」と当然渋い顔だが、自民党東京都支部連合会は「文章には問題があるが、安全性重視という趣旨だからしようがない」という態度らしい。また賛成した自民党市議によれば、「東京電力にも聞いたが問題なかった」とか。東電も原発はやりたくなくなってきているのかしら。市民の声をしっかり受けとめてほしい。
十月四日、原子力安全委員会は運転再開は妥当という結論を出した。市民の不安、抗議の声をまったく無視しようというのか。(渡辺)
「風車」-第一五〇号(一九九〇年九月)
放射能のゴミを後世代に残すのは犯罪に等しい―と、私たちは指摘してきた。ところがいま、原子力開発を進める側からも同じ言葉が聞かれる。
九月号の『原子力工業』で中村尚人氏はこう言うのだ。後世の人々に廃棄物を管理させるなどとは現代人のエゴである、と。では、どうするのか。地下に埋めて捨ててしまうのがよい。あれれ、それじゃ余計に無責任だぜ。
中村氏いわく「人間が造ったものは……現在の知識の範囲で耐久性が説明できても、将来予期しない現象が起きないと断言することはできない」。それは正しい。しかし、だからといって「子孫も人工構造物も信頼に足るものでなければ、地球創生以来続いた自然に頼るしかない」というのは、こじつけもいいところ。自然だって、いや自然だからこそ、大量の人工放射能を押しつけられておとなしく抱いていてはくれまい。
管理も処分もできないものは、生み出すべきではない。だが、中村氏らは、すでに廃棄物は貯まっているのだ、と開き直って言う。ちょっと待ってよ。現にあることで、それを何倍にも増やすことを正当化できないでしょ。
いかに困難でも、生み出されてしまった分は管理をしていくしかない。その困難を思えば、放射能のゴミを増やすのは故意の犯罪以外の何ものでもないだろう。(西尾)
「風車」-第一四九号(一九九〇年八月)
前号で総合エネルギー調査会の長期エネルギー需給見通しを取り上げた際、紙面の都合で「新エネ」には触れられなかった。
見通しでは二〇一〇年度で新エネの供給量をかなり増やしているが、その評価はどうなのか―、読者から手紙がきた。エネルギー業界側の考えははっきりしていて、原子力と同様、実現の可能性を抜きに数字の辻つま合わせをしたまでだ。
どうせうまく行かないから、そのときは石油・石炭をふやすとの考えである。原子力があるから、新エネがあるから、むりな省エネはしなくてよいと誘導するためのものと言ってよい。しかし、原子力の場合とまったく違うのは、新エネの導入促進は、その気になりさえすれば、多くの人の合意を得て実行できるということだ。
槌田敦さんは「新エネでは原発の代替は不可能」と一刀両断にされた(本紙前号)が、原子力がエネルギー源の電力一元化を促すのに対し、新エネはむしろ脱電力を促しうるのではないか。「多くの人」の新エネへの期待に危なっかしい面があるとはいえ、新エネの活用はもっと真剣に考えられてよいと思う。
そのためには、新エネを活かしづらいようにできている現行の法制度や送配電システムを改める必要がある。電力会社にとても私たちにとっても好ましいあり方を本気で考えたい。(西尾)
「風車」-第一四八号(一九九〇年七月)
六月六日、ソ連西部のコラ半島で、長さ二百キロ、幅二十キロにも及ぶ巨大なきのこ状の雲が観測され、「第二のチェルノブイリ?」と周辺の国々をあわてあせた。
結局は自然現象によるごくふつうの大きな雲だったとわかりホッとしたが、このニュースが伝わった七日朝から、わが事務所の電話は鳴りっぱなし。六、七十件はあった問い合わせへの対応に大わらわの一日であった。そして私たちは、いつ核事故が起きても不思議でない世界に生きているのだということを改めて実感した。
もうチェルノブイリは風化しつつあるかのような報道ぶりも一部には見られるが、事故から四年経過したいま、事故の影響の深刻さ、規模の大きさがよりはっきりと視えてきた。四月の集会にはソ連から人民代議員のA・アダモーヴィッチさんやキエフの医師A・ヤコブレフさんが来日し、現地の様子、とりわけ子どもたちが苦しんでいる状況、人びとが政府をあてにはせず、自力でこの問題に取り組みはじめたことなどが話され、日本からの救援を訴えた。
これらの訴えを受け、市民レベルでの援助や交流の動きが各地で生まれ始めている。四十基近い原発が稼働する日本に生きる私たちが、チェルノブイリの被害者たちとどうつながれるかが問われている。(渡辺)
「風車」-第一四七号(一九九〇年六月)
五月二十日、青森放送で「核燃」をめぐるテレビ討論に参加した。東京からは他に原燃サービスの住谷寛常務と東京理科大の久保寺昭子教授。盛岡発の特急「はつかり」で三人が呉越同車両となった。
久保寺教授と私が一緒になったのは、たぶん、禁煙車だから。住谷常務のほうは、その車両の一部が仕切られてグリーン席となっているかららしい。この車両は駅の出口から遠いので青森に着く前に車両を移動していたら、原燃サービスの社員たちに出会った。お供は普通車だ。
社員たちにしてみれば、そのほうが気楽だったのかもしれない(生放送の間も、局のロビーでのんびり"観戦"していたようだ)。それはともかく、そんなふうだから常務さんは放射性廃棄物なんてものは目にしないですんできたのだろう、「放射能のゴミというが、汚いものでも危ないものでもない」と、討論のなかで大見得を切ってしまった。
再処理や高レベル廃棄物の貯蔵を事業とする会社の常務が、である。私もすっかりアガって、言うべきことを言わずに言わでものことを言ったりした。つい口がすべったというのはよくわかるが、それにしてもひどすぎる。
こんな人が責任者とあっては放射能のこわさも一入。何よりこわいのは、その人が私的にはけっこう好人物だったりすることかな。(西尾)
「風車」-第一四六号(一九九〇年五月)
四月二十九日、「原発とめよう! 東京行動'90」は日比谷野外音楽堂で《ノー・ニュークス・ワン・アース・フェスティバル》を開いた。ここに登場したのが人力発電機、略してジンパツだ。
なんのことはない、二台の自転車に発電機と蓄電池をつないだものである。それでも、ギター一本の小室等さんの歌、さらには『超ウルトラ原発子ども』という本で電気なしでもロックができると書いていたフミカちゃんのバンド"造反有理"の「花」は、十分な音量で客席に響いた。景山民夫さんのお話のときには、木クズによる木質ガス発電が威力を発揮した。
とはいえ、もちろんゲンパツをの代わりにジンパツを―とはならない。むしろ、改めて原発の力の大きさを再認識させられたくらいだ。問題はしかし、そこにあるのではないだろうか。
何の苦労も感じずに大量の電気が使えることが、浪費を促した。人力発電機は、あえて電気をつくる苦労を体現して見せて、電気の使い方を考えさせる(子どものオモチャにもなっていたけれどね)。
電気をどうつくるか、どう使うかが切り離されている現状をそのままに原発の代替をさがし求めるところに、脱原発の道はない。自然エネルギーは、安易に原発の代替になんかならない点をこそ強みとしてよいと思うのだが……。(西尾)
「風車」-第一四五号(一九九〇年四月)
全国津々浦々から届く、各地の運動状況を詳細に、また思いのたけをイキイキと伝えてくれるミニコミを手にするのは実に楽しい。限られたスペースで、全国、世界の動きをカバーしなければならない反原発新聞ではとてもかなわない面白さだ。
金沢や能登の原発とめたい仲間たちが発行している「いのちの未来に原発はいらない通信」、略して「いのみら」もそのひとつ。いのちの側に立った情報をていねいに伝えようという心意気、仲間たちの息遣いまで紙面から感じられる。
その書きまとめ役の水野スウさんが『まわれ、かざぐるま』(若草書房刊)を出版した。娘の万依ちゃんの誕生をきっかけに、これまで外に向けられていた目が内に─娘、相棒、自分自身に─向きはじめた。その内に向いた目で発見したことをきちんと手渡そうと万依ちゃんへの七歳のお祝いとなった。
はじめの部分はまさに育児日誌、一人ぽっちで子育てしたくないという思いで始めたオープンハウス「紅茶の時間」、その仲間たちと取り組んできた活動はにぎやかで楽しくて生活感にあふれている。
「いのみら」を書き続けてゆくことで志賀や珠洲と自分の距離がどんどん近づくのを感じるという。一人ひとりの熱い思いを縫い込んだキルトの写真がカバーとなっている。ぜひ一読を。(渡辺)
「風車」-第一四四号(一九九〇年三月)
北海道電力が泊原発のそばに、三十億円をかけてPR館を建てるという。原子力についての知識や情報を模型などを通じて提供するほか、地元との交流の場として室内温水プールまで設置するそうだ。
昨年十二月に来日したソ連共産党機関紙『プラウダ』のグーバレフ科学部長が、被爆国日本で原発が推進されているのは、すばらしいPR館があって住民に対する広報が行きとどいているからだ―と一月八日付の同紙に書いていたのを思い出して苦笑いをしてしまった。
とはいえ、その記事には、日本の私たちには苦笑すら許されないような記述もあった。グーバレフ氏いわく「ここで、一つの特色について述べておきたい。それは日本の原発が大都市の近くで運転されており、保養地に配置されていることである。しかも、地震危険地帯にである!」。
本紙第141号の4面でも特集したように、ソ連ではいま、都市近接あるいは保養地にある原発、そして地震地帯の原発が、次々と建設・計画の中止に追いこまれている。それを「無知」のせいであるとする証拠に、被爆国日本における原発の建設状況がつかわれているのだ。
とびきり危険な状況で日本の原発が建設されていることが、当の地元のみならず、はるか遠くの人びとにまで累を及ぼす。私たちの責は重い。(西尾)
「風車」-第一四三号(一九九〇年二月)
お気づきいただけたかどうか、前号から本紙は再生紙を使っている。
再生といっても何パーセントがそうなのかわからないし、再生紙をつくるのにだって、有害廃棄物も出る。エネルギーも使う。再生紙を使うことによって改めて、本紙が紙のムダづかいにならず、少しでも地球環境を望ましい状態に近づけることに貢献できる紙面でなければ―との思いを強くした。
資源浪費の大部分は産業活動によるものなのだから、身近なところでだけ節約なりエネルギー利用の効率化なりリサイクルなりをしてもしかたがない、という考え方もありうるだろう。しかしいま、大企業がまるで競うようにして省エネルギーやら資源リサイクルやらをうたいはじめているのは、やはり私たちの運動があってのことだと思う、そこが、石油ショックの後の一時的な類似現象との大きな違いではないだろうか。
望ましいエネルギー利用のあり方を考えるにあたって大切なことのひとつは、すさまじいエネルギー浪費の現実と望ましい未来のあいだの気の遠くなるような距離にため息をつくことではない。4面の「反原発講座」で田中直さんが言うように、百年後に向けた準備をいまからしていこうではないか。
ひとつひとつはちいさなことでも、百年後に意味をもつと信じたい。(西尾)
「風車」-第一四二号(一九九〇年一月)
一九九〇年代の幕が開いた。日本の原子力産業にとっても、いよいよ先がなくなった。
そのことは、日本原子力産業会議がまとめた一九八八年度の原子力産業実態調査報告に、はっきりと示されている。たとえば、電気事業の原子力関係支出高の項を見てみよう。同年度の建設費支出高は六千五百六十一億円。五年前には八千三百九十五億円の支出高で、その時には五年後の見込みとして一兆五百六十一億円という数字を挙げていた。達成率は、やっと六割である。
一方、運転維持費の支出高は、五年前の三千四百五十六億円の倍の七千二百六億円。見込み額の五千百六十五億円の四割増しだ。これを原子力産業の側から見ると、原子炉機器の売上高との関係について、そっくり同じ傾向が窮える。
この趨勢は、今後いっそう強まるはずで、現実に、新規の原発の発注予定は、まったくない。そこで原子力産業がどう対応しているかは、従業員数の調査報告を見ればよいだろう。原子炉機器製造部門の縮小とサービス部門の拡大。しかし、それによって活力を維持していけるわけもなく、すでに原子力産業は「安楽死」への態勢に入ったと言えそうだ。
そんな九〇年代の初めの年に、脱原発法の制定を求める署名が、いよいよ国会に提出される。(西尾)
「風車」-第一四一号(一九八九年一二月)
前号の「反原発講座」で、高速増殖炉の実用化は難しく、プルトニウム利用の道はない―と書いた。その後、新たな情報が伝わってきたので、紹介をしておきたい。
十一月十三日付けの電力時事通信によれば、フランス原子力庁が同国の高速増殖炉スーパーフェニックスを「増殖炉」として使わない方向で検討に入った模様という。どうするのかというと、ブランケット部(燃料のまわりにおくウランで、これをプルトニウムに変え、増殖する)を取りはずし、単に燃料のプルトニウムを燃やすだけとするわけだ。
まだ「検討に入った模様」という話だが、それだけプルトニウムの剰余量を増やすことへの警戒心が強いのだろう。むしろ高速増殖炉を「プルバーナー(プルトニウム焼却炉)として、剰余量を減らそうとの考え、と言ってよい。もちろん、高速増殖炉で燃やした後の燃料は、再処理しないことになる。
となれば、そもそもいまの原発の燃料も、再処理しないほうがいいに決まっている。十一月六日付けの電力時事通信には、ベルギー、オランダ、スウェーデンの三国がフランス核燃料公社に対し、ラ・アーグ再処理工場のUP3工場の運転延期を申し入れたらしい、との記事があった。
「わが国電力会社はこの事態を重視、三国の真意を探り始めた」という。(西尾)
「風車」-第一四〇号(一九八九年一一月)
原子力安全委員会は、その設置法によれば、原子力利用における「安全の確保のための規制」などをつかさどる機関である。しかし委員のセンセイ方は、そうは思っていないらしい。
先ごろ発行された『原子力安全白書』には付録として十二項目のQ&Aがついていて、その前書きで「原子力の安全性に関する理解を一層深めていただく一助となることを期待する」というのだ。「我が国の原子力発電所においてはシビアアクシデント(設計上の想定を超える大事故)が発生することは現実的には考えられません」などと、電力会社になり代わって答えるのが仕事だと、センセイ方は考えているようなのである。ならば、こんな問いにも答えてくれないだろうか。
炭酸ガスの放出による温室効果を心配しながら、なぜ石炭火力を次々とつくるのか。地球環境を守ろうというならなぜ、現に設置されている公害防止機器すら普段はつかわずに済ませているのか。第三世界の人たちに石油を残そうという一方で、なぜ石油火力を新設するのか。省エネルギーには限界があるといいながら、せっせと「需要開拓」を行なっているのはなぜなのか。
おっと、間違えた。原子力安全宣伝委員会としては自ずと受け持ちの範囲があるだろう。やはり直接電力会社に聞くしかないか。(西尾)
「風車」-第一三九号(一九八九年一〇月)
各地の放射能測定の活動から飼料用脱脂粉乳の汚染の実態が明らかになってきた。生後一週間ほどで母乳から切り離された子牛や子豚に代用乳として約一~二ヵ月にわたって与えられるもので、これがすぐに牛乳や肉の汚染につながるかどうかは微妙な問題だが、成長期の子牛・子豚の内部被曝による遺伝的影響などが心配だ。
チェルノブイリ事故以前はオーストラリアやニュージーランドが主な輸入国だったのが、八七年以降はヨーロッパ諸国に移行してきている。汚染値が高く食用としては使えずにデッドストックとなっている脱脂粉乳が、巧妙に世界中にばらまかれていることを示唆しているが、アジアやアフリカの国々に乳幼児用の粉ミルクとして出回っている可能性も懸念される。
つい最近も放射能汚染の疑いのある欧州産の冷凍牛肉が西アフリカで売られてパニックが広がっているニュースが伝わってきた。ECの新基準値をめぐっては、飼料について豚用一二五〇、子牛用二〇〇〇、その他の食用以外の動物用四〇〇〇ベクレルというとてつもなく高い値が提案されている。今後ますます厳しい監視が必要となってくる。
輸入国を変えればとか、汚れたものは食べないということでは解決しない問題だが、広く議論を起こし解決の途を探りたい。(渡辺)
「風車」-第一三八号(一九八九年九月)
石川県珠洲市での原発計画は、関西・中部・北陸三電力の「共同開発」とされる。具体的には、関西が高屋地区に、中部が寺家(じけ)地区に建設するのに、地元の北陸が参加する──というものだ。
建設費の一部を北陸が負担し、応分の電力を受電することになるのだろう。同様の例として東京電力の福島第二3・4号炉、柏崎1号炉に、地元の東北電力が参加している。
大型原発は、スケールメリットにより運転コストの単価は安くなるが、建設費が巨額となり、また、小回りがきかない弱点をもつ。そこで、このマイナス面をカバーしようと、大電力会社が中小の電力会社にもちかけているのが「共同開発」だ。もちろん、自社の管内ではなかなか立地できる地点がないという事情も大きい。一方、中小の電力会社にとっては、自社単独ではつくりにくい大型原発の経済性を享受できる利点がある。
ところが、共同開発に参加すると思わぬ重荷を背負いこむかもしれないという事例が現実化した。北陸電力としては大ショックだ。福島第二3号炉の事故で東北電力が、修理費についても建設費と同じく四分の一の出費を迫られたのである。おまけに同炉が長期停止中でも減価償却や金利負担はつづくわけだから、たまらない。
それでなくとも、経済性はいまや火力に劣る。撤退こそ最善は明白だろう。(西尾)
「風車」-第一三七号(一九八九年八月)
政府が原発推進姿勢を持ち、国会内には多くの推進派がいる──そんなユーゴスラビアで、原発の建設を禁止する法律が産声をあげた。六月十五日のことである。
しかも、その法律の条文は、きわめて厳しいものだ。建設が禁じられたばかりではない。投資の計画を立てたり、建設のために必要な書類をつくったりすることも、違法となる。そして、違反者には、懲役六ヶ月から五年という重罰が科されることになる。
この法律の成立までには、侃々諤々の議論が国会の内外で闘わされたらしい。だが、法律が成立した結果、ユーゴスラビアの原子力開発の計画は、その命脈を絶たれた。ただ一基運転中のクルスコ原発の停止は想定されていないとはいえ、それだけでは原子力産業の維持は不可能だ。
世界初の原発禁止法がオーストリアでつくられたのは、一九七八年十二月十五日。そのときも、政府は原発推進で、反原発の議員は必ずしも多数でなかったという。にもかかわらず、同国やユーゴでは、世論に追いつめられて、原発禁止法が成立を見た。
日本では、過日の参院選で、脱原発を最前面に掲げた人びとの当選こそ果たせなかったものの、これまで以上に多くの脱原発派の議員が誕生している。しかしなお、脱原発法の成否の鍵は、議会の外にあると強調しておきたい。(西尾)
「風車」-第一三六号(一九八九年七月)
東京都三鷹市大沢六丁目の野川のほとりにある水車を見てきた。水車といえば水辺のノスタルジックな風景をなんとなく想像していたが、この水車は建屋の中央にドッシリと存在し、野川の改修工事が始まる一九六八年の暮れまで、米をつき、粉をひいていた。
水車の持ち主、峰岸清さんの話によれば終戦のころ大沢には四軒の水車小屋があったそうだ。水車本体だけではなく、水車の動力で動く十四本のキネ、歯車も軸受けもすべて木製。栗やけやきなど、それぞれの材質の特性を生かしたすばらしい装置だ。
峰岸さんのおじさんが設計し、大正八年に完成したもので、愛着があり、電動の機械を使うようになってからも装置全体をそのまま残した。手入れもしているので、水さえあれば今でも動くという。私たちが住んでいる地元にこんなスゴイものがあったなんて、そしてつい二十年前まで動いていたとは。
いっしょに見学した仲間で、私たちのくらしの周辺からエネルギー問題を考えようと計画が進んでいる。各家庭の電力使用状況を家族構成・職業・住宅条件など様々な条件での相違を調べたり、ここ数十年の生活の変化を家計簿などを材料に把んでみようと。
野川に水車が回っていたころと、現在の私たちのくらしのあり方をしっかり対比させてみたい。(渡辺)
「風車」-第一三五号(一九八九年六月)
ベトナムから横須賀に向かう途中の米空母タイコンデロガが沖縄近海にさしかかった一九六五年十二月五日、一メガトンの水爆を積んだA4Eスカイホーク攻撃機が甲板から滑り落ち、水没した。
そのことが四半世紀近くも経ってやっと明らかになったことに、やりきれない怒りを覚える。事故が明らかにされたいまも、米日両政府の姿勢は少しも変わっていない。さらに怒りはつのるばかりである。
水没した水爆は破損し、核物質は流出したものの、海底に沈殿したはず―というのが、米政府の説明であり、それを日本政府も喜んで認めている。だが、そんなことを誰が信じられようか。海水中でプルトニウムの挙動、深海での水の流れ、魚介類への濃縮、食物連鎖については、わかっていないことが多い。しかし、わかっている範囲だけで考えても、米政府の説明のウソは見えすいている。
腹立たしく、また、いやらしいことに、タイコンデロガの事故は、核兵器事故の氷山の一角だ。原子力艦船の事故も多い。用済みになった原子力艦船を原子炉ごと捨ててしまうことまで、米海軍はやっている。
そんな国の政府や、その言いなりになっている国の政府が、「環境を守るために原発の推進を」などとは、盗っ人猛々しいもいいところだよね、まったく。(西尾)
「風車」-第一三四号(一九八九年五月)
日本の研究用原子炉の照射済み燃料がアメリカで抗議デモの洗礼を受けた。原研大洗研究所の材料試験炉JMTRで燃やされたものである。
JMTRの燃料は米国産で、照射後はアメリカに返されることが、古い契約で定められている。そこで毎年、燃料交換のたびにアメリカに送られていた。それがなぜ、今回、抗議の対象になったのか。
それは、これまでは直接アメリカに、一般の貨物船で運ばれていて、知らぬ間に輸送が行なわれていたからだ。ところが今回は英核燃料公社が使用済み燃料専用の輸送船を使って、英国経由で運ぶことになり、同公社が正直に発表してしまったために、大騒ぎとなった。
抗議のグループが懸念するのは、照射済み燃料から取り出された核物質が、法に違反して核兵器に転用されることではない。サバンナリバーの軍用炉の燃料として、トリチウムの生産に一役買うのでは、との疑いだ。
正直なところ、そんなことは現実にはありそうになく思える。といって、JMTRや他の日本の原子炉の照射済み燃料の行く方に無頓着であってよいということには、ならないだろう。それを教えてくれた海の向こうの仲間たちに多謝。(西尾)
「風車」-第一三三号(一九八九年四月)
四月一日から消費税なるものが実施に移された。わが反原発新聞は非課税だが、製作・発送費などのコストは上がる。腹立たしい限りだ。
一方、物品税や電気税がかからなくなって、ゼイタク品は値下がりとか。しかしこれは、エネルギー多消費の拡大をこそ促す。地球規模の環境問題が広く論じられるようになってきたというのに、まさに逆コースである。
本気で環境への影響を考えるなら、むしろ「エネルギー多消費税」をかけるくらいのことがあっていい。なのに、電気料金の値下げも、かつての「省エネルギー型料金体系」を崩すことに力点がおかれている。高めの需要想定に合わせて発電所をつくりすぎたので「需要を拡大しなければなりません」(渡辺哲也九州電力社長、一月一日付電気新聞)というのが、電力会社の姿勢だ。
もっとも、電力会社にしても、いまのような電気のつかい方が必ずしもしあわせなものとは思っていないらしい。三月二十五日の電気記念日のポスターはこういう。「むかし くらやみには おばけが たくさん住んでいました 今はどこへ 引っ越したのか……明るい世の中 きらいなのでしょう 愛嬌のある あの顔々に たまには 逢ってみたいものです」。
明るい世の中で失われたものの大きさを、もう一度考えてみたい。(西尾)
「風車」-第一三二号(一九八九年三月)
スリーマイル島原発事故から十年が過ぎようとしている。まだ赤ん坊だった息子をかかえていた私は、テレビのニュースで赤ちゃんを抱いて避難する母親の姿を見て、その恐怖感を想い胸がつまった。
そのころの私は、「人間は放射能とは共存できない」という確信はあったが、まだ原発についての問題意識もちゃんとなかったし、ましてや反原発新聞に関わるようになるなんて想像もつかなかった。
チェルノブイリ事故をきっかけにようやく原発は自分自身の問題なんだと目覚め、動き出し、反原発新聞にも関わり始めた二年前の三月、メアリー・オズボーンさんが来日し、各地で講演を行なった。彼女はTMI原発から約九キロメートル離れたハリスバーグ郊外に住む二児の母親で、事故の体験やその後の活動の内容を具体的に語ってくれ、植物好きの彼女自身の手で集めた巨大タンポポなど異常植物のサンプルを見せてもらった。
この報告で改めて事故の大きさを知り、彼女たちの生活に根ざした地道な活動に感銘を受けた。普通の人びとの、何よりも大切なものは生命、おかしいことはおかしいという"常識"を基本に据えた運動の確かさを感じた。
チェルノブイリ以降、日本でも大きく反原発運動が広がったのも、そうした確かさがあるからだろう。(渡辺)
「風車」-第一三一号(一九八九年二月)
エコロジカルな国際エネルギー情報紙『wise』の一月二十日号が届いた。
トップ記事は、昨年十月、初のラテン・アメリカ反原発会議がアルゼンチンで開催されたこと。以下、台湾やインドの反原発の動きが紹介されている。脱原発に向けた流れはヨーロッパだけのものでないと、実感される内容だ。
そこで、対する原発推進派のほうはと見ると、この一月には東京で、高まる反原発の世論にどう臨むかを話し合うシンポジウムが開かれたらしい。海外の推進国や国際的な推進機関からの参加者をふくめてのパネル討論も持たれたが妙案はなく、「ともかく安全運転の実績をつくるにしかず」といったところに落ちついたとか。だが、実情はどうか。他ならぬ日本の原発の事故は、昨年、ほぼ一週間に一度の頻度で起こり、しかも「前例のない」重大な事故が継発している。
ならば事故を事故でなくしてしまおう、というのが推進派のいつもの手口。原子力船「むつ」の事故を報じる見出しも、原子力産業新聞では、「燃料などに軽微な不具合」で済まされてしまう。電気新聞に至っては「制御棒の腐食以外に異常はなし」というのだから、おそれ入谷の何とやらだ。「原発反対は感情論」が聞いて呆れる。
まず現実を見つめることを、原発推進派にはおすすめしたい。(西尾)
「風車」-第一三〇号(一九八九年一月)
理くつとこうやくはどこにも付く。しかしまぁ次々色いろと、原発推進の必よう性とやらの理屈を繰り出してくるもんだ。
安いの綺麗のと、とうぶんの間はその場かぎりのあん易な理屈づけが猫の目よろしくつづきそうである。おちついて考えてみると、だが、原ぱつとは奇妙なエネルギーげんだ。原発以外のエネルギーげんでは、普及するのに特だんの理屈は要らなかったのではないか。
水の低きに流るにも似て自然と、あたらしい、あん価で、つかい勝手のよいえねるぎい源が、ことさら熱べんを振うまでもなく、その地ほを占めてきた。しかるに、そうはいかなかったのが、原発というわけだ。政治の力なしで推進できない、理くつでおめかししないと推進できないおかしなエネルギー源となっているのである。
いまでは推しんしている当の電力会社もまた、実のところはもういやけがさしているのに、これがあらたまらないのも、正にそんな政治力エネルギーのいんねんゆえだろう。私たちがあん心して生きていける世をねがうなら、私たちが自身でだつ原発を実現し、世界中の原ぱつを止めるしかない。
脱げん発には理屈は要らない。脱げん発に世界が向かうのは、つまりそれこそが自然なことだからなのである。(西尾)
「風車」-第一二九号(一九八八年一二月)
『エネルギーレビュー』誌の十一月号でお茶の水女子大の湊和夫氏が、アメリカの電力会社の節電奨励策の新しい動きを報告している。
省エネ基準にかなった家電製品を買った消費者や、基準を満たすビルの新改築をする建築主に対し、電力会社が数万円から数百万円の節電奨励金を支払っている例は、以前にもこの欄で紹介した。そうした節電奨励策をすすめる電力会社の数がさらに増え、年間の予算も、会社によっては数十億円を投じたりしているそうだ。ビルの節電の工夫もいっそうキメこまかくなり、さまざまなアイデアを電力会社の側から提案している。
アメリカの電力会社はまた、自家用の発電設備をもつ企業や個人から余った電気を買い、電気を必要とする消費者に売る「電気の集荷・販売業」の色彩を強めてもいるらしい。節電奨励と余剰電力の集荷・販売―ともに、既存の設備を有効に使い、新しい発電所の建設を抑制する考え方のあらわれである。そのほうが経済的で、しかも環境への悪影響をなくせるというわけだ。
日本の電力会社は、節電どころか、電力需要の開拓とやらに精を出し、自家発電が増えるのは不利益になるとして、これを非難する。なんと目先の利害だけした見ていないことだろう。いや、いまの電気事業法の下では、それも仕方のないことか。(西尾)
「風車」-第一二八号(一九八八年一一月)
厚生省が、ようやくこれまでの輸入食品の放射能検査の測定結果の統計を公表した。一九八六年十一月一日から今年四月三十日までに検疫所および国立衛生試験所で検査した数は一万五二三二件で、うち一三〇九件(八・六パーセント)が精密測定されている。
その内訳と、八七年五月一日から今年四月三十日までに厚生省が指定した検査機関で検査した五三二八件中、集計対象となった三三七八件の食品群別、放射能濃度別の分布が表になっている(4面にその両方を集計して掲載)。
これらを合計した全検査数一万八六一〇件のうち約七パーセントにあたる一二八四件が十一ベクレル(キロ当たり)以上。これはかなり高い汚染率で、しかも検疫所の検査ではシンチレーション・サーベイメータで第一次の振り分けをしており、サーベイメータの精度からして五〇ベクレル以下のものは最初からはねてしまっている可能性もあって統計に現われないものも相当数あると考えられる。また、一〇一ベクレル以上のものが合計で二七四件で一・五パーセントもある。
今回の発表で三七〇ベクレル以下の結果を公表してほしいという要求に答えたつもりらしいが、分類が大まかな上、「その他食料品」など具体的にどんな食品を指すのか不明な点など、もっとはっきり内容を示すべきだろう。(渡辺)
「風車」-第一二七号(一九八八年一〇月)
二十一世紀のエネルギー源として電力会社は何を考えているか―高速増殖炉? 核融合? それとも太陽エネルギー?
いずれもハズレである。正解を、東京電力の依田直常務から聞くとしよう。日商岩井のPR誌『トレードピア』の今年三月号で、依田常務はこう言う。「二〇〇〇年ぐらいまでは原子力が主力で、二一世紀に入るころには、石炭のほうに移行していくのではないかと考えています」。
原子力から石炭へ。これが電力業界の現実的な選択なのだ。プルトニウムの商業利用の見通しが立たないことを思えば、石炭のほうがウランよりはるかに資源量が豊富で、使い勝手もよい。奇異とするには当たらない選択だろう。しかし、環境への影響はどうなのか。その場しのぎで原子力に傾いたり石炭に乗り移ったりする電力会社の姿勢からは、安易に環境汚染源をたれ流す様子が目に浮かぶ。
「脱原発法」の制定運動の提起のなかで、環境を傷つけないエネルギー政策の実現のための脱原発であることが強調されるのも、右のような電力会社の動きが現にあるからだ。石炭などによる環境汚染に厳しい目を向けてきた人びとこそが、ヨーロッパの各国で国政レベルでの脱原発を実現してきている。その意味するところを、しっかりと見すえておきたい。(西尾)
「風車」-第一二六号(一九八八年九月)
西ベルリンで発行されている『シュトラーレンテレックス』の最近号でスパゲティのデータをみると、二十検体中、二ベクレル/キログラム以下(セシウム値)が六検体、最高値が一四ベクレル、平均四・五ベクレルと、だいぶ下がってきている。全体的に汚染値は低くなる傾向にはあるが、まだまだ安心できない。
スウェーデンで「パーチ」と呼ばれる淡水魚から八二二〇〇ベクレルが検出され、湖沼に棲む生物の食物連鎖による体内濃縮のすごさに驚かされる。また、飼料の汚染のせいで、ミルクや乳製品は下がっていたものが、再び高くなったりしている。
北海道消費者協会がフィンランドから輸入された「ピートモス」を測定したところ、四二四二ベクレル検出された。ピートモスや腐葉土には基準値がない。同じく飼料や肥料も検査されないまま輸入されていて、これらの影響での二次汚染の拡がりが心配だ。
日本の畜産事業団が緊急輸入した脱脂粉乳の汚染が問題になったが、膨大な量の汚染食品が世界で流通していることを思い知らされる。ジャマイカ、バングラデシュ、メキシコなどの国々に援助やダンピングされて汚染粉ミルクが大量に入っている。日本で積み戻しとなった食品の行方はどうなっているのだろう。追跡の必要がある。(渡辺)
「風車」-第一二五号(一九八八年八月)
広瀬隆さんに対する的外れの攻撃がつづけられている。それがどんな雑誌に載っているかを見れば、意図は明白だ。
『文藝春秋』八月号では、ごていねいに政府広報のシリーズ広告でも原発PR。田村通産大臣が、原発なしでは「江戸時代に戻って完全に電気を使わない生活をしても、電力が不足する」なんぞと与太を飛ばしている。原発は出てこないが、電気事業連合会と東京電力の連載広告もある。「原発推進者を事実上免罪し」ているのは誰かと、問うまでもない。
それにしても、広瀬さん批判の筆先は、いずれも下品の一語に尽きる。(1)円満な人格(2)幅広い知識(3)巧みな話術という条件からは、ほど遠いといえよう。右の条件は、反原発の「出前のお店」をまねて科学技術庁がはじめる「PRキャラバン隊」隊員の条件だが、「こうした条件を兼ね備えた人材は決して多くない」(同庁原子力調査室)そうだ。
それより、このキャラバン、肝心の行き先はあるのかしら。科技庁より一足先に「出張講演会」をはじめた関西原子力懇談会では、講演会の開催に協力を求めて会員企業にお願い書を送付している。本当に疑問のある人のところには行くに行けず、さて科技庁は、どこにお願い書をだすのだろうか。(西尾)
「風車」-第一二四号(一九八八年七月)
RCサクセションの反原発をテーマにしたレコードを東芝EMIは「すばらしすぎて発売できません」というコメントで発売を中止した。
レコード製作基準管理委員会の審査も通り、テスト盤も大量配布しラジオでも放送され評判を呼んでいた作品だった。親会社である東芝からの圧力か、原発擁護派への配慮からか……いずれにしてもとんでもないこと。「表現の自由」はどこにふっとんでしまったんだろうか。
アメリカでロックミュージシャンたちが反原発運動支援のMUSEコンサートを開いたのは一九七九年。反核コンサートの波はたちまちヨーロッパに広がった。各国の脱原発への動きとピッタリ重なり合う。日本のミュージックシーンは奇妙なくらいこうした動きには無縁で、チェルノブイリ事故を経てようやく出てきたという感じだったのだが。
ブルーハーツが大々的宣伝では売りたくないと自主製作したレコード「チェルノブイリ」もまた発売を自粛したそうだ。日本の音楽の世界では原発問題はタブーになってしまうのか。テーマによって表現そのものが否定されるなんてあってはならないことだ。
今回の事件で、日本が、感じたことを卒直に表現することすら許さない窮屈な社会であることを、あらためて強く感じた。(渡辺)
「風車」-第一二三号(一九八八年六月)
「巨悪は眠らせない」なんていきがる人がいて、さすが検察官は骨っぽいのかと思っていたら、けっこうセコいのもいるんですね、これが。
伊方2号炉での出力調整実験は原子炉等規制法違反だ、として、第一次(二月二十六日)、第二次(四月十五日)合わせて千四百三十八人の人が、四国電力などを被告発人に、松山地検に告発した。すると、担当の佐藤俊司なる検事が、告発人の何人かに事情聴取のための出頭を求め、出頭しないでいると「質問書」を送ってきたという。
その中味たるや、生年月日は、職業は? 反原発団体に所属しているか、属しているなら、その名称、事務所所在地、加入年月日は? さらには告発状連盟者との関係は?―と、捜査をすべき対象が、まるであべこべ。
告発は自発的か他人にすすめられてか、とか、告発は単なる署名とちがうことを理解した上で告発状に署名をしたのかと問い、また、告発の法的根拠を糺すことで、不起訴処分とすることの言いわけづくりを策し、ついでに反原発運動の調査までしてしまおうというのである。
告発人有志は五月六日、佐藤検事に抗議。全国の告発人の中で「出頭命令」や「質問状」を送られた人は、〇八九九―三二―一六六六 草薙・薦田法律事務所の薦田弁護士あてにご一報を、と呼びかけている。(西尾)
「風車」-第一二二号(一九八八年五月)
見てやったかい? 四月二十七日の電気事業連合会の広告。三十三の新聞に出した掲載料の合計が、ざっと二億とは豪気じゃねェか。これからも最低十回は出すんだとさ。
十六日の朝日新聞には、原発を止めたら標準家庭で月に四百円の負担増になるってな記事が出て、「四百円払うから原発を止めれてくれ」てェ人が電力会社に金を送りつけてきたりしてるそうだけど、原発を止めれば広告費の大部分は要らなくなるってもんじゃないかね。もちろん、四百円説のインチキの最たるもんは、放射能のゴミの始末にかかる費用を無視してるってことだがね。
ついでに言うと、朝日の記事で火力の点検停止なんかがあるから、ピーク需要時には原発なしでは供給力が不足するっての、ありゃおかしいぜ。以前にゃピーク時には火力の点検は避けてたんだ。それをいまは、わざわざこの時期に点検に入れて、見かけの供給力を下げてるんだよ。「発電設備は過剰じゃございません」て言いたくてね。
それにしても電事連の二億円広告のお粗末なこと。やはり、なんだね、まっとうな不安を広告でおさえ込むなんて、どだい無理な話さね。なまじ中味のある書き方をしようとすりゃあ、かえってボロが出る。ムードだけじゃ説得力がない。張り子のダルマみたように手も足も出ないってやつさ。(西尾)
「風車」-第一二一号(一九八八年四月)
香川県仁尾町に通産省がつくった海水中のウラン回収の実験プラント(金属鉱業事業団が委託を受け建設・運転)が、八七年度限りで閉鎖されることになった。
地球上の海水全体には約四十億トンのウランが含まれており、これを回収すればウランは無尽蔵だなどとして、通産省が「胸をはってすすめていけるプロジェクト」だったはずなのだが、採算性があまりに悪く、二年間動かしただけで淋しく幕。九〇年代には年間千トンのウランを回収する商業プラント三基を完成させることになっていた―などとかつての計画を振り返ってみるのは、酷というものかもしれない。
ともあれこれで、ウラン国産化の夢は、はかなく消えた。それでも、使用済みの核燃料からプルトニウムを取り出せば、これぞ「準国産資源」なり、と原発の推進者たちは言う。が、しかし……。
その「資源」の出番は、ほんとうにあるのか。プルトニウムの商業利用は、高速増殖炉にしろプルサーマルにしろ何にしろ、技術的にも経済的にもしょせん現実性はない。プルトニウムは余る一方。原発計画の後退で、ウランまでが余っている。
プルトニウムの回収こそ、早く幕にすべきだろう。ここで無理を通そうとすれば何が起こるかは、本紙の4面の解説を乞う精読。(西尾)
「風車」-第一二〇号(一九八八年三月)
グリム童話は、童話といいながら、けっこう残忍な話の多いことで有名だ。かの有名な「赤ずきん」のもとの話では、赤ずきんちゃんが狼に食べられてそれっきり、というのはよく知られている。
グリム童話ゆかりの地は西ドイツのあちこちにあり、観光ルートになっている。その起点はハーナウ、兄弟の誕生の地だ。ところが、今やハーナウといえば、史上最悪の核スキャンダル発生の地となってしまった。
この地にある核物質輸送会社「トランスヌークレア」社が、ドラム缶入りの放射性廃棄物を、ラベルをごまかしてベルギーの施設から、西ドイツのあちこちにこっそりと運んでいた。同社の汚職事件がきっかけとなって調査が行なわれると、出てくるわ出てくるわ、プルトニウムやコバルトを含むドラム缶が、西ドイツのあちこちから発見された。赤ずきんを被って潜んでいたのが、狼ならぬプルトニウムとは、現代童話は身の毛のよだつグリムな(ぞっとする)話である。
調査が進むにつれ、事件は親会社NUKEM(西ドイツ最大の核燃料会社)をまきこむプルトニウムの国際密輸への疑惑にひろがり、西ドイツの原子力産業は大揺れだ。赤ずきんの話は、狼に近よるなという警告だとされる。現代のグリム話は、もうこれ以上核に近よるな、の警告であるにちがいない。(高木)
「風車」-第一一九号(一九八八年二月)
伊方2号炉での出力調整実験は、同原発の所有会社である四国電力だけの実験ではない。加圧水型原発を持つ五つの電力会社とメーカーの三菱との共同実験だ。
それをなぜ伊方で?―という問いの答は、やはり四国電力がいちばん出力調整に熱心だからだろう。総発電量のうち原発の発電量が占める比率は関西電力のほうがやや高い。だが、原発の基数は、関西の九基に対し四国は二基。およそ小回りがきかない。
社長やら常務やらが口を揃えて言うように、「需要の低迷には最も弱い」体質を、四国電力は抱えている。そこで同社の佐藤社長は、「お客さまに電気を大いに使っていただくよう取り組んでまいりたい」と、昨年の年頭に語った。しかし、現実は厳しい。「大電源の時代は終った」と自ら宣言した言葉の意味を、同社長は、さぞやかみしめたことだろう。
建設中の伊方3号炉が運転に入ったら、それこそ年中、出力調整が必要な事態になる。にもかかわらず、工事の三年延期がやっとで、キャンセルはできないらしい。
もはや原発はお荷物になっているのに、電力会社には、自分の力でこれを止める能力が欠けている。苦肉の策が、すなわち出力調整である。反原発運動のひろがりは、電力会社にとっても救いの神と言えそうだ。(西尾)
「風車」-第一一八号(一九八八年一月)
謹賀新年。めでたさよりも大変さが気にかかる辰年の春だが、わが反原発新聞も早くも十周年。その年頭にあたり、心に期するものもある。まずは今年もよろしく。
ウランの原子核に中性子をあてると、さまざまな放射能ができる。かつてフェルミは、これをウランより重い新元素とみたが、ドイツの化学者ハーンは、その説に納得せず、化学分析の結果に基づいて、生成した放射能のひとつはどうしてもバリウムでしかない、と結論した。ウランが半分ほどの大きさのかけらに割れる―これは驚くべき発見であった。核分裂が発見されたのは一九三八年。今年でちょうど五十周年にあたる。
才たけた科学者は、えてして理論的可能性ばかりを追い求め、現実に足をすくわれる。鈍重なまでに経験的事実にこだわる観測者が、時として大きな発見をなしとげる。核分裂の発見にまつわる、この貴重な教訓がかえりみられず、核エネルギーの利用という可能性ばかりが追い求められたのが、この五十年であった。
世界各地の核被害者の続出、スリーマイル島やチェルノブイリなど巨大事故の頻発、そしてやり場なく蓄積を続ける核廃棄物やプルトニウム。五十年の歴史が残した現実を直視せよ。これからの歳月は夢から醒めるためのものでありますように。(高木)
「風車」-第一一七号(一九八七年一二月)
今年の『原子力白書』が十二月一日、発表された。かつては大々的に内容を紹介したマスコミも、もはや食指が動かないようで、扱いは小さい。
いまさら原発推進なんて、というのが大方の評価だろう。現に建設中の伊方3号が三年、玄海4号が二年、運転開始の予定を先に延ばされた。電力会社にしたって「いまある計画を延期するので大変」(小牧正二郎東京電力常務)なのが現実の姿である。官僚の作文を信じて「原発は国民生活を支える重要なエネルギーへと成長した」などと言い出すのは、一部の労働組合くらいのものだ。
資源エネルギー庁の肝煎りで昨年から行なわれている「エネルギーフェア」も、今年は原発立地市町村のどこからも開催地となることを断わられた。やっと美浜町に泣きついて開いたものの、あいさつに立った敦賀市の高木孝一市長は「原発は安全第一が願い。立地市町村は血みどろに取り組んでおり、このようなお祭りは無意味でないか」と痛烈な"祝辞"(十一月七日付福井新聞)。
これには、原発推進で知られた美浜町の自民党町議も「胸がスーッとした」という。一方、資源エネルギー庁の浜岡平一長官らは、ご機嫌ななめで早々に退席したとか。現実から遊離した原発推進派は、退席の時機を誤らないのが肝要なようだ。(西尾)
「風車」-第一一六号(一九八七年一一月)
衆議院議員の小澤克介さんが、マイッタ、マイッタと言う。話を聞いても、私も「ウーン」とうなってしまった。まったく日本の役人というのは、どこまでも小賢く、そしてどうにもならない連中なのだろう。
話というのは次のとおりだ。小澤さんが先日、政府に対してチェルノブイリ事故に関連して、文書質問をした。その中に、「ソ連国内の七カ所の放射線測定ステーションのデータをIAEAを通じて政府は入手していると伝えられるが事実か、事実とすればその内容はいかなるものか」という問があった。これは、ソ連からデータを得ながら秘密にしている政府に、公開を迫る質問で、回答やいかにと大いに期待をもたせた。
ところがである。政府の回答は、データを入手している事実を認めながら、「その内容は、空間線量率、気温、露点温度……である」。これで終わりである。つまり、「内容」という言葉で、もちろん質問者は具体的なデータを聞いたのに対し、回答の役人はわざと取りちがえたふりをして、「内容」として、項目名のみを答えてきたのだ。これによって、彼らの具体的なデータを公表しないで済み、おそらく「してやったり」とほくそ笑んでいよう。
まったく役人の小賢さといったら、想像を超える。しかし、この賢さは、まったく国民からそっぽを向いたものだ。こんなことでは、未来はいよいよおそろしい。(高木)
「風車」-第一一五号(一九八七年一〇月)
原子力安全委員会が、過酷事故時の格納容器の健全性の研究を、新たな研究計画に盛り込むという。
チェルノブイリ原発事故の調査報告書では、原子炉設計の際に基準とした想定事故を超える過酷事故に際しても、格納容器は「かなりの耐力をもつ」としたが、本当のところはどうなのかを研究しようというわけだ。格納容器は事故時の環境への放射能放出の最後の障壁なのだから、安全委員会としても、さぞ心配なことだろう。
右の事故調査報告書では、日本にある原発では暴走事故が起こらないかに言っていた。しかし、やはり不安は隠しようもなく、原子力工学試験センターで、今秋から七年計画の炉心内ボイド(蒸気泡)挙動試験がはじめられる。
炉心の水を沸騰させないよう圧力をかけているのでボイドは発生しないはずの加圧水型炉でも、異常時には発生の可能性ありとして試験を行なうそうだ。動燃事業団もまた来年度から、新型転換炉の過酷事故時の安全性研究を行なうという。
そんなに心配なら、現に動いている原発の運転管理は、さだめし慎重に行なっているだろう―と思うと、あにはからんや、本紙の毎号の記事に明らかなように、経済性優先の乱暴な運転管理が罷り通っているのだから、奇ッ怪だ。
原発を動かしつづけることの矛盾ここにきわまれり。(西尾)
「風車」-第一一四号(一九八七年九月)
「ポケットの中にはビスケットがひとつ ポケットをたたくと ビスケットがふたつ……」のどかな唄声が聞こえてきた。ふりむくと、物理学者の父親とその幼い子供たちだった。
もう二十年も前のことが、童話のひとコマのようによみがえってくる。唄っていたのは、誰あろう、水戸巌さんと二人の息子さんだった。原子核研究所の裏庭から東大演習林へと続くあたりで、小春日和の秋の日の、静かな日曜日の昼下がりであった。
水戸さんも私も、原子核研究所に移って間もない頃で、水戸さんは三十代前半で気鋭の行動派物理学者としてすでに評判だった。僕はまだ二十代で何事にも自信がなく、"噂の水戸さん"が目の前にいるのに、なかなか声もかけられなかった。もちろんその時には、その後二十年、反原発ということを通じて、これ程にも深いつき合いとなろうとは、思いもよらなかった。
あの時もそれからも、水戸さんがポケットをたたくと、救援、反原発、死刑廃止……と、次々に課題がとび出して、そのどれをも水戸さんは誠実にこなしていた。その姿にいつも励まされてきたし、水戸さんは「ふしぎなポケット」をもっていると、いつも感じさせられた。
山に倒れたことを嘆くまい。それは水戸さんにふさわしくない。「ふしぎなポケット」は望むべくもないとしても、せめてその志を受け継ぎたい。(高木)
「風車」-第一一三号(一九八七年八月)
記録的な猛暑となった七月二十三日、東京電力管内の一都五県で、「クーラー停電」と呼ばれる広域大停電があった。
この日の午後一時十九分、昼休みが終わって企業活動がいっせいに再開されるのに伴って急速に電力需要が伸び、送電電圧が急降下したために変電所の保護装置が働いて、三カ所の変電所が同時にストップ。発電所は「大過剰」で供給力には十二分の余裕があるのに、系統運用の誤算から大停電となった点が特色だ。
だから、この停電を原発建設の促進キャンペーンとすることは、本来、できない相談である。それどころか、原発の拡大こそが大停電の元凶のひとつと言ってよい。
送電電圧を降下させた大きな原因が、過度の都市集中にあることは論を待たない。と同時に、原発を中心とする発電設備の側の集中・大型化、そして長距離にわたる超高圧送電線による大電力輸送と、送電系統の複雑化も、電圧の維持を著しく困難にさせているのだ。そしてまた、事故を連鎖的に波及させる素地となっているのである。
とすれば、今回の停電の教訓を生かそうとするならば、需要の削減と、その需要のある場所で発電をする分散型の発電方式への転換こそが、選ばれるべき道だ。くれぐれもお間違えのないよう願いたい。(西尾)
「風車」-第一一二号(一九八七年七月)
ラシアン・ルーレットというのがある。西部劇でおなじみだ。六連発の拳銃に弾丸を一発だけ詰める。シリンダーをまわし、銃口を頭にあててひき金をひく。運悪く弾丸があたれば一巻の終わり、その確率は六分の一である。
昨夏来、イギリスの科学雑誌『ネイチャー』誌上で専門家が原発の大事故の確率論争をくりひろげている。学者の議論は式の使い方がどうのと細かいが、基本となっている認識は単純だ。要するに、TMI、チェルノブイリと二つの大事故が約四千炉年の稼働歴の間に起こった。現在の世界原発数からすると、大事故の確率は一年あたり〇・一八ぐらいとなる。学者たちはこの先で、難しい議論をするのだが、それはどうでもよい。
要するに右の事故確率は、先に述べた拳銃ゲームの恐怖の確率にほぼ等しい。ということは、我々が原発と共に生きているのは、この拳銃ゲームをやっているようなものだということになる。毎年一度ひき金をひく、助かったらまたシリンダーをまわして次の年にひく。既に二発の弾丸が出てしまったのだが、それでも弾丸を詰め直して、ひき続けているのだ。
学者たちの確率論によると、この先十年間、運よくまったく弾丸の出ない確率は、約一六パーセント。我々のサバイバルの確率は、か細い糸のようだ。ま、安全委員会は、拳銃の型が違うから日本は大丈夫というけれど……。(高木)
「風車」-第一一一号(一九八七年六月)
原子力安全委に提出されたソ連原発事故調査特別委の最終報告書は、その場で直ちに了承されたという。あらかじめ出すべき結論を与えた上でつくられた特別委であるとはいえ、腑に落ちない話だ。
それほどまでして、誰もが納得しうる結論だと誇張したかったのだろうか。しかし、報告書の中味は、特別委の委員の間でも、大いに異論が出て然るべきものと見える。
委員の一人である佐藤一男氏は、ある雑誌の座談会で、反応度投入事象(暴走事故)評価指針は「たぶん見直すことになるでしょう」と語っていた。同じく委員の一人、宮永一郎氏は、防災対策の見直しを示唆する発言をしていた。しかし報告書は、何らの見直しも必要ない、と結論づけている。
「最高の権威」を以て任ずる特別委であり原子力安全委であればなおさらに、委員の間に異論のあることは、むしろ当然ではないか。意見の表示を義務づけられた最高裁の裁判官と同様に、各委員には、いまからでも自らの考えを、ぜひ堂々と明らかにしてもらいたいものだ。
それにしても、報告書には、原発の推進者なりの責任感が微塵もない。委員の欺波正諠氏は、マスコミ向けの対応が「一段落したところで本当の検討をしたら」と、通産省の事故検討会で発言したらしいが、それは一体いつ始まるのだろう。(西尾)
「風車」-第一一〇号(一九八七年五月)
この数年間に行なわれたフランスの原発の制御棒挿入テストでは、七つの原発で制御棒がうまく入らなかったらしい。そしてそのうち、一九八三年のトリカスタン原発など三つの例では、なんと最後まで原因が不明だったという。身の毛もよだつ話ではないか。
アルゼンチンのエンバルセ原発では、一九八三年に二次冷却系ポンプが故障で停止し、弁の故障から非常ポンプも機能しなかった。あせった運転員はマニュアルを無視して余熱除去系ポンプを稼働させ、かえって危機を招いた。蒸気漏れの続く弁を運転員が閉めることに成功し、あわや大惨事を逸れたのは、三時間後のことだった。
西ドイツの週刊誌『デア・シュピーゲル』が、こんな未発表事故例を数多く紹介している。IAEA(国際原子力機関)が集約した各国原発の事故情報二五〇のうち四八を同誌が入手したが、その四七までは、これまで公表されていなかったものだという。
こんな事故のリストを前にすると、私たちが毎日ぐっすりと眠れるのは、それらの事実を知らされていないからだと思えてくる。IAEAは、世界の人々の安眠のために大きな貢献をしているのかもしれぬ。もっともこのままでは、彼らは人々の永眠にこそ道を開きそうだが。(高木)
「風車」-第一〇九号(一九八七年四月)
電力消費量を抑制する「節電型」と呼ばれてきた電気料金の体系が、いわば「増電型」に変えられようとしている。三月末に電気事業審議会の料金制度部会がまとめた中間報告に示されたものだ。
具体的には、新増設工場の電気料金を高くする特別料金制度、および使用量が増えると割高な家庭用料金の逓増制を、将来は廃止する方向で、格差の縮小を図るという。また、新たな季節別・時間帯別料金の導入も、盛り込まれている。
季時別料金なるものも、ピーク需要の抑制が目的でなく、需要が少ない季節・時間帯の料金を割安にして需要を拡大しようというもの。特別料金制度や逓増制の「漸進的廃止」は、料金を実質的に下げてでも需要拡大を求める、電力業界の無謀な賭けを促す以外の何ものでもない。
それで需要が再び伸びるとは考えにくいが、あえて賭けに踏み出そうというのは、それだけ電力業界が発電所、とりわけ原発の過剰に追いつめられているからだ。おまけに、まだまだ原発を増やすことが強いられている。発電用にしか使えない原子力利用の拡大のためには、電力需要を拡大するしかないのである。
かくて打ち出されようとしている「増電型」料金制度の賭け。丁目も半目も、ご免こうむりたい。(西尾)
「風車」-第一〇八号(一九八七年三月)
招待を受けて、再びウィーンを訪れた。今度は招待なので、いろいろな料理をすすめられる。特にウィーンといえば、ウィンナーシュニッツェル―仔牛の肉の大きな切れをカツにしたもので、たいへんおいしい。
しかし仔牛の肉といえば、最も汚染のひどい食品のひとつだ。オーストリア政府の二月のデータによると、仔牛の肉のセシウム濃度は、平均でキログラムあたり七四〇〇ピコキュリー、先日インスブルックの屠場で、なんと十万ピコキュリーという"新記録"が出たという新聞記事もあった。ウィンナーシュニッツェルをすすめる人たちに、そのことを言うと苦笑い。「そんなことを言ったって、私たちの食べるものはみんな汚れている」。
そう言ってしまうのも無神経だが、その言い分も一理ある。毎日の生活者にとっては、汚染のないものを選んでいる生活など、もう続かなくなっているのだ。というのは、汚染の持続は当初予測されていた以上だからだ。牛肉六〇〇〇、羊肉二三〇〇、豚肉一四〇〇(ピコキュリー/キログラム)など、すべて予想以上の汚染である。
この分では、半年前のヨーロッパのガン死者予測を上向きに修正する必要もあるのでは、という声さえあった。あたらめてチェルノブイリ事故の深刻さを知る。だが、人びとの関心の低下も否定しようもないウィーンであった。(高木)
「風車」-第一〇七号(一九八七年二月)
難航していた日米原子力協定の改定交渉が、ようやく合意をみたらしい。ともかくも政府レベルでは、最終的な妥結に達したようだ。
現在は、米国で濃縮されたウランを燃料として使った後、再処理工場に使用済み燃料を送り、再処理し、製品としてのプルトニウムを動かす、そのたびごとに、米国の同意が必要とされる。これに対し、一定の条件の下であらかじめ包括的に同意しておく方式(ただし、停止権あり)に変更するというのが、改定の骨子。実質的には新しい協定になる、と考えてもおかしくない。
問題の一つは、その条件に、核物質防護の体制の強化がうたわれていること。報道によれば、海外の再処理工場からのプルトニウム輸送は空輸に切りかえ、日本の警察官を同乗させるという。到着空港は、米軍や自衛隊の空港がよい、との意見もあるそうだ。
国内の輸送についても「核兵器の材料は、核兵器なみに厳しい武装防護を」との声が聞かれるとか。一月二十九日付の日経新聞の社説には、「平和ぼけは禁物」なんぞという表現も飛びだした。核兵器をもたないハズの国で、核兵器なみの防護が必要とは!
原発推進の理由に事欠いて、「戦争で物資の輸入が止まっても、原発なら一年半はもつ」ことが第一の"大義名分"とされるようになってもきた。原発推進の行きつく先は、いよいよもってきなくさい。(西尾)
「風車」-第一〇六号(一九八七年一月)
新しい年を迎える。わが『反原発新聞』にとっては、ひとしお心ひきしまる新年である。
チェルノブイリ事故でお祝い気分など吹っとんだが、本紙は昨年百号に達した。幸い野草社の称讃すべき協力を得て、みごとな縮刷版が完成した。後向きに過去を振り返るほどわが新聞も私たちも老けこんではいない。しかし、縮刷版を手にすると、とにかくも百号まで到達したことへの感慨に胸が熱くなるのは否定しようもない。
「たたかいの武器に反原発新聞を!」を合言葉に、伊方1号炉一審判決とともに第1号のスタートを切ったのが、一九七八年五月である。その号に中央電力協議会の長期計画として、「今後十年間に原発三十六基、設備容量にして三四一九万キロワットを建設」と紹介されている。その十年の計画期間の九年までを『反原発新聞』とともに歩んできた全国の運動だが、この期間に建てられた原発は十八基一六五三万キロワット分であった。半分を阻止したことになるが、やはりこの数字は苦い思いで受けとめざるを得ない。そのほとんどは既存地点への増設であった。
十年のうちにはたたかいも変わる。チェルノブイリという不幸な事件を通じてではあったが、支える層の広がりも生まれている。「たたかいの武器」も、初心に帰っての努力を誓って、十年目の決意としたい。(高木)
「風車」-第一〇五号(一九八六年一二月)
『月刊警察』の十一月号で、警察庁警備課の小山田潔災害対策官が、原子力災害に対する警察の考え方を述べている。その要点を紹介しておこう。
まず原子力災害に当たっての警察活動の目的は「周辺住民の被害(被ばく)を軽減するとともに、周辺住民の心理的動揺及び混乱(パニック)を防止する」こととされる。特に後段に眼目があるのだろう。そのためか、避難誘導や交通規制などの活動の事前の訓練が必要としながらも、「原子力災害対策を前面に押し出した訓練は社会的影響があるので、その実施にあたっては慎重を要する」とつけ加えるのを忘れない。
気になるのは、「原子力災害の特殊性から警察独自で判断できないものがある」と言う一方で、災害対策の中心活動は警察が担うことを宣言し、「現地災害対策本部に警察の意見を強力に反映していくことが不可欠」などとしている点だ。避難などの指示も、国の緊急技術助言組織の助言などに基づき対策本部が行なうとされているが、「状況によっては、警察がその指示を行う」という。
もしも警察的発想が原子力災害時に表面化したら、むしろ、いっそうの混乱は避け難い。核物質防護にからめつつ原子力の分野での警察の権限拡大が策されていることと合わせ、警戒が必要だ。(西尾)
「風車」-第一〇四号(一九八六年一一月)
いまヨーロッパで日本の原発がどうみられているのか。たった三週間足らずの旅行だったが、一般の市民、運動家、新聞記者などから、たくさんの質問を受けたので何かの御参考に。
「日本に原発があるとは知らなかった。ヒロシマ、ナガサキはもう忘れられたのか」「非核三原則があっても原発をもてるのですか」「日本にも反原発運動があるの」。これらは、あまり日本のことを知らない人たちの質問だ。しかし、これらのいちいちがなんとぐさりとわが胸につきささることよ。
次はもう少し日本のことに詳しい人たち。「えっ、日本もいよいよ第二再処理計画を強行?日本もやっぱり原爆をつくるのかい」(これは繰返しなされた質問)。「社会党の委員長にドイが就任して、反原発方針のぐらつきも収まるとみてよいだろうか」「ソウヒョウはいったいどうなっちゃったの」。このあたりになると返答に苦労する。
次にはたいへん日本に関心をもっている人の言葉。「チェルノブイリのすぐ後に総選挙があって、原発問題がいっさい争点にならないっていうのは、どういうことなの。反原発運動は選挙の時、何をしていたの。どうもあんたの説明ははっきりしないよ。もうちょっと納得いくように説明してよ」。どなたかうまく彼に説明してやってくれる人はいませんか。英語でよいのだけど。(高木)
「風車」-第一〇三号(一九八六年一〇月)
宮内庁の職員と名乗る人物から、わが事務所に電話が入った。チェルノブイリ原発事故による日本の農作物の汚染の危険度を知りたいという。
科学技術庁からデータをもらい、説明は受けたのだが、よくわからないので―ということだった。つい適当に答えて済ませてしまって、後で大阪のKさんから、東京の人はダメだねえ、と叱られた。そういうときは、すぐにサンプルを持って来て下さい、と答えるべきなのだ。
自然食品ばかりを食べている象徴一族の食卓にはこれだけの放射能が、と発表できる好機を、みすみす逃がしてしまった。が、それはそれとして、科学技術庁の「安全宣言」なるものが、政府内ですらおよそ信用されていないことは興味深い。
もう一つ、おもしろいエピソードを紹介しておこう。こちらは実体験でなく、人から聞いた話なのだが、或る原発批判グループが開いたソ連事故シンポジウムに東京電力の副社長が、自ら出席していたらしい。表向きの「日本の原発は別」発言とは裏腹に、それだけ彼らは真険なのである。
『原子力工業』などの専門誌も、「原発事故を軽く考えようとする空気をなくしていくことが重要」と主張している。といって、すぐに原子力開発が止まるなどとは考えられないが、大きな流れは、やはり変わってきていると言ってよいだろう。(西尾)
「風車」-第一〇二号(一九八六年九月)
原子力委員会の高温ガス炉研究開発計画専門部会が「商業性が当面見込めないため、実用炉建設は見送るべきだ」との中間報告書をまとめた。
毎年毎年五十億円ずつ国家予算を注ぎ込みつづけた挙げ句の実用化断念である。先見性の無さは呆れるばかりだが、さらに驚くべきことに、実用化はあきらめながら、試験研究炉の建設は認めるという。その建設費の見積り額が、何と九百億円とか。
この中間報告書が明らかにされた前日、高温ガス炉開発の主体でもある日本原子力研究所は、原子力船「むつ」の原子炉設置変更の許可申請を行なった。原子炉の使用目的は「実験航海、乗務員養成および貨物輸送」から「実験航海」のみに変更する。ここでも、実用化は望めないまま、名ばかりの試験研究に、なお一千億円の国家予算を注ぎ込むというわけだ。
「原子炉の多目的利用」をうたった高温ガス炉、「原子力船時代」を掛け声とした「むつ」……。華やかだった昔日の大PRのツケが計画の完全放棄をためらわせるのだとしたら、いま行なっているPR活動も見直してみるのが身のためだろう。
新型転換炉、高速増殖炉、核融合と、どれをとってもやがて同じ道を辿ることは明白。すでに予兆もあらわれだした。PRのウソの皮のはがれるまでの時間は、どんどん短かくなってきている。(西尾)
「風車」-第一〇一号(一九八六年八月)
近ごろベクレルという耳慣れぬ言葉に出会った人も多かったのではないか。ピコキュリーという放射能の単位に、さんざん悩まされて、ようやく慣れたと思ったら、今度はベクレルである。
ベクレルは、キュリーという以前からある単位を、新しい国際単位系(SI単位系)でおきかえたもので、一ベクレル=二十七ピコキュリーである。いやそのことはどうでもよかった。問題はベクレルである。
フランスの物理学者、アンリ・ベクレルがウラン鉱石の放射能を発見したのは、今からちょうど九十年まえのことであった。それから二年後には、ポーランドの女性化学者、マリー・キュリーが放射能の正体の物質、すなわち放射性物質ポロニウムとラジウムをつきとめた。これがいわば原子力の始まりだ。
帝政ロシアの圧政にくるしむポーランド民衆にとって、パリでのマリーの成功はどれだけのはげみとなったことか。しかし、そのマリーは、放射能の病に斃れた。
放射能発見以来九十年にして、今チェルノブイリからの放射能雲は世界を襲い、ベクレルやキュリーの名は単位の呼称となって、新聞紙面をにぎわした。強い放射能に見舞われたポーランドの人々は、キュリーの呼称をどんな思いで聞いたことか。
ポーランドの人々ならずとも、この九十年の歴史を、ここらでじっくりとふり返ってみずばなるまい。(高木)
「風車」-第一〇〇号(一九八六年七月)
チェルノブイリの事故の後で、日本の多くの人びとが原発についてどう考えているかを、毎日新聞社の世論調査の結果は、上段に掲げたグラフのように示した。
同社ではもうひとつ、興味深い調査を行なっている。衆参同時選挙の候補者を対象とした、同じ設問のアンケートだ。六月二十八日付の紙面に載っている政党別の調査結果の分析が教えるところを見てみよう。
衆院で七三パーセント、参院で八六パーセントが新規開発に反対という公明党を中にはさんで、推進寄りに民社、自民、反対寄りに共産、社会と、常識的な結果ながら、全体として反対寄りという印象が強い。特に自民党が、積極開発派と新規開発反対派の対抗関係を見ると、衆院では三八パーセント対三九パーセントとほぼ拮抗。参院でも四〇パーセント対三三パーセントと、反対派の多いのが目立っている。
自民党の派閥別となると、もっと面白い。首相派閥の中曽根派が硬直した積極開発論から抜け出せずに四七パーセント対二五パーセントと反対派が少ないのを尻目に、利権屋の田中派は、風見鶏のお株を奪ったかのごとく反対派に鞍変えして二六パーセント対四六パーセントと、圧倒的に反対派が優勢なのだ。鈴木派、河本派も反対派のほうが多い。
右のデータだと自民党圧勝の新国会でも新規建設反対は圧倒的多数派だろう。それでも、原発推進が国策とは、何たる不可思議。(西尾)
「風車」-第九九号(一九八六年六月)
蓼食う虫も好き好きという諺にいう。蓼の虫は蓼で死ぬ、ともいうらしい。放射能を食う虫もあるのだろうか。放射能を食いものにして私腹を肥やす虫は、この国にうようよしているのだが。
バクテリアには、強烈な酸である硫酸や硝酸を食って生きているものもある。ほとんどあらゆる化学物質について、必ずそれを食う菌があるといっても過言でないらしい。その性質を利用して放射性廃液やその残渣などをバクテリアで分解し、減容化したり固化することをまじめに考えている研究者も、実際にいるらしい。
そんな研究はうまくいきそうにないが、イギリスからの次のような便りはおそろしい。ある機関が放射性廃棄物の処分候補地につき調査をしたところ、どこでも地層中からバクテリアが発見され、専門家たちは頭を悩ましているというのだ。
鉄を食うバクテリアもいれば、イオウを食って硫酸を生じるバクテリアもある。そんなバクテリアが地層処分をした放射性廃棄物のそばに生きていたとしたら、容器をいずれは腐食する。イギリスでは、ひそかにバクテリア対策の研究プロジェクトを開始したとか。
地下で何が待ち受けるか、まして何百年何千年先ということになると、わからないことだらけだ。いかなる放射能も埋設処分をすべきでない。(高木)
「風車」-第九八号(一九八六年五月)
「甲状腺は、甲状腺ホルモンを分泌して体の全般的物質代謝を高め、成長や発生などを促進する。ヨウ素約十ミリグラムを含む」(『生物学辞典』)。放射性ヨウ素もこの甲状腺に集まってきて、機能低下やガンの原因となる。
キエフからの日本人の帰国者が、六万ピコキュリーものヨウ素を甲状腺にとりこんでいた。いったい現地の人びとはどうなっているのかと、心配が募る。旅行者の様子だと、少し離れた住民は何も知らされず、強い汚染下に生きているらしい。まったく政治権力はおそろしい。
ソ連のことばかりも言っていられない。五月四日、岡山で水道水にヨウ素が検出された、と報道された。ところが五日には、科学技術庁が介入し、「水道水にも放射性ヨウ素」のショッキングな報道は、訂正された。しかし六日、岡山県環境保健センターは、「やっぱりヨウ素を確認」と対抗した。
国民の安全を守るべき政府が、データ隠しにまわっている。今さらのことではないが、こういう事態になるとつくづく恐ろしい。キエフからの帰国者の、頭髪や衣服の汚染なども相当なものだが、「軽微な汚染」「健康に害なし」が、科技庁の発表だ。
ヨーロッパに電話してみたら、どの国も似ている。権力者たちが「危い」と言い出す頃はすでに手遅れだと、西ドイツのHも言っていた。今ほど国際的ネットワークの必要なときはない。(高木)
「風車」-第九七号(一九八六年四月)
国が行なうべき検査などを、民間機関に代行させられるようにする、原子炉等規制法の「改正」案が国会に上程された。原子力開発をすすめる上で、なぜ民間代行が好ましいとされるのか。一つの見方を紹介しよう。
電力業界の出資でつくられた日本エネルギー法研究所の『月報』で、同研究所理事の山内一夫学習院大名誉教授が、国による検査の弊害を指摘していわく―「第一は、検査基準の強化に基づく弊害である」。「国民の人命尊重・健康尊重を求める意識は極めて強い」ため、「政治は、国民の心情にこたえ、検査基準の強化に向かう傾向がある」。これはマズイ、というわけだ。
なぜか。検査基準の強化は次のような弊害を招くからだ、と山内理事は言う。(1)検査要員の増員を必要とし、行政の軽量化の要請に反する。(2)検査基準を国際水準から乖離させる。(3)技術の進歩を妨げる。(4)強化された基準の遵守は多大の経費を伴うことがある。最後の④については、ごていねいに「そのため、しばしば検査基準の実際の適用について緩和が図られる」(!?)との注釈つきだ。
そして、国による検査の弊害の第二。これがすごい。「国家の責任を担っているから、検査の判定について政治的思惑が混入し易い」。
現行の検査の実情を垣間見させるという点でも"貴重"な指摘、と言えようか。(西尾)
「風車」-第九六号(一九八六年三月)
高レベル廃棄物に対するアメリカの新しい基準が決まった。それによると、地層処分に対しては、一万年を対象期間として安全を取り扱い、その期間内の漏れを○○キュリー以下に抑えると、核種ごとに規定する。
一万年でもまだ短かい、という批判の声がすぐにも聞こえるが、一万年であっても法規制の対象としては、気の遠くなる長さだ。法をつくった人びとも、その基準が一万年先までの法規制力をもち得ないことを認めている。浅い地層に埋められる廃棄物など、たとえば、何十年に一度起こりうるような洪水で、ひとたまりもないだろう。
世界の各民族は、ほぼ一様に洪水伝説をその神話の中にもっている。旧約聖書の「ノアの箱舟」の話の成立がおよそ三千年前か。そのもとのシュメールの洪水伝説は、四千数百年前にさかのぼれる。わずかに残されたシュメールの粘土板の破片の写真をみていると、神話の起源の時代は、はるかに想像の彼方だと思い知る。たった四千年ほど前のことなのだが。
日本の自称専門家や役人たちも、この頃、「高レベル廃棄物も千年後にはウラン鉱なみに」などと気易くいう。いったい彼らに千年後を語る資格があるのか。
鉄と金(武器とカネ)の文化を戒めるために天が洪水をもたらしたという、洪水伝説の寓意が、いまひとしお重く心に響く。(高木)
「風車」-第九五号(一九八六年二月)
消費者が節電タイプの冷蔵庫に買いかえると、電力会社から八万円の奨励金がもらえる。病院などで断熱基準を満たす建物を建てれば、それによって節電できる契約容量一キロワットにつき四十八万円が電力会社から支払われる。
『電気協会雑誌』の一月号に紹介されている、アメリカの民間最大手の電力・ガス会社、PGE(パシフィック・ガス&エレクトリック)社の例である。そして、「アメリカではこうしたことを行なっているのは何もPGE社だけではなく、他にも追随する電力会社が増加している」のだという。
「供給から販売へ」を今年の旗印として掲げた東京電力など、需要拡大にひた走る日本の電力会社の目で見れば、「半信半疑になってしまう」のも無理はない。
しかし、一見すると自分の首をしめるかのようなアメリカの電力会社の姿勢だが、その動機は「自分の為になるから」だ、と右の紹介は言う。というのも、「エネルギーの節約はエネルギーの生産より五分の一~七分の一の経費で済む」からである。
そうして浮かした設備投資資金を、PGE社では更新性エネルギーの研究開発と、既存設備の耐用年数を延ばすことに振り向けている。日本の電力会社はこれを単に設備投資軽減の「賭け」と見て、「成り行きを注目」しているだけでいいのだろうか。(西尾)
「風車」-第九四号(一九八六年一月)
新年おめでとうございます。今年もよろしく。
このところ、政府・原子力産業側は「将来ビジョン」ばやりである。総合エネルギー調査会は、なんと二〇三〇年を見通す長期ビジョンをつくるというし、資源エネ庁も「二一世紀エネルギービジョン検討委」を発足させた。原子力委は原子力開発利用長期計画の書き直しをするという。電事連もビジョン、ビジョンと動き出した。
八〇年代もいよいよ折り返し、世紀末に向かって原子力産業は明らかに下り坂。「夢の原子炉」やプルトニウム経済に期待をかけていた、一昔前の世紀末イメージはすっかりメッキがはげた。ここらでスケジュール遅れの手直しをしながら、看板の書き直しをしなくては、というのが、ビジョンばやりの理由だろう。
もともと原子力屋さんというのは、実現もしない計画を言いたてて、人心をまどわせてきた連中だ。ピカピカの看板がなくては、やっていけなかろう。しかし数年先のことなどは、いくら美味そうな絵を書いてもすぐにウソがバレる。そこでなんと二〇三〇年のホラを吹こうということらしい。
今やその手は通用しないから、勝手におやりなさい、と言いたいが、一昔前に自分たちがなんと言っていたかだけは、覚えておいてもらいたい。なにしろ一九八五年度末には、原発規模六千万キロワットは必要、などとつい七、八年前まで言い続けてきた連中なのだから。(高木)
「風車」-第九三号(一九八五年一二月)
山口県上関町の中国電力の原発計画地の中に、原発絶対反対のシンボルとして団結小屋が建てられた。近くもっと本格的な、人の住める建物も建てるという。
その話を或る人としていたら、「団結小屋でなく反原発のPR館にしたらよいのでは」と言われた。PR館は電力会社の専売特許でもないだろうというわけだ。「ソフトエネルギーの展示館として、建築家やデザイナーにも協力してもらい、地域の新名所になるくらいのものをつくったらどうか」と、その人は言う。
そういえば鹿児島県川内市の九州電力の原発近くに反対派が立てた大きくてきれいな絵看板があると聞いた。原発のある社会とない社会をならべて描いた絵で、観光客がその前で記念写真を撮っていくそうだ。
科学博の企業パビリオンなみのソフトエネルギー館といったものではなくて、原発の問題点や地域の自然、生活などを解説したパネルなりポスターなりを展示し、さまざまの資料を揃えた原発教室ができなくはないだろう。地域の小学校や中学校から見学にくるような、反対運動をしている人だけのものでない反原発PR館がつくれたら──なんてのんびりしたことを言っていると、厳しい闘いをしている現地の方に叱られるだろうか。(西尾)
「風車」-第九二号(一九八五年一一月)
旅先にて玉野井芳郎先生の訃報に接す。その夜は、次々といろいろなことが思い出されたなかに、宇治田一也氏のことがあった。
玉野井先生にも、宇治田さんにも、お会いしたのは、昨年のエントロピー学会のシンポジウムが最後であった。宇治田さんは「来年の『市民のエネルギー白書』は原発特集をやりたい、ぜひ協力を」とその際に言われた。「原発や廃棄物の問題を、広範な人びとの議論にのせたい」と玉野井先生。これはとかく仲間うちで閉鎖的になる私たちの運動に対する、かねてからの先生の忠言であったが、この日も、その言葉を言われた。
お二人とも、原発の非が今や火を見るより明らかになるなかで、運動の方が必ずしもそのことを説得的に示し得ていない、と自分のこととして感じていたのである。
私の記憶にいきいきと甦えるのは、八三年夏の「反原発運動全国集会」のシンポジウムの場面である。奇しくも、お二人がパネラーとして中心的な役割を演じられ、やや異なる視点から、共に生命の立場を訴えられた。一方は静かに切々と、一方は全身で熱っぽく。
生命の尊重のためにすべてを投げうっていた、かけがえのない先達の命が相次いで喪われたことの悲しみは大きい。お二人の遺志を、わが「反原発新聞」としても受け継ぎたい。(高木)
「風車」-第九一号(一九八五年一〇月)
原発の建設地や計画地には、県や電力会社のPR館がある。最近は建物も飾りつけも、金のかかったものが多い。
あちこちでよくそんなPR館に入る機会があり、この九月にも茨城と福井で、いくつかのPR館に立ち寄った。いつもながら、他に見物客はゼロまたは二、三人。事務室に入って、「静かでいいですね」と、所長さんに声をかけたら、皮肉と思ったか、「さっきまで百人ほどの団体がいたんですよ」という答が返ってきた。
PR館の所長さんは定年間近といった感じで、話し込んでみると、けっこう本音をのぞかせもする。あるPR館では、「もう新しいところに立地をするというのは無理ですね」といった話も聞いた。
もっともそこは卸の電力会社だから、新しく原発をつくっても電気が売れるか、との想いがあるのかもしれない。先ごろやっと引き取り先問題に一応の解決を見た電源開発の松浦火力の例では、今年初めには電力各社の受電拒否声明があったりした。「電気が余っている点では我々のところも同じ」(小林関西電力社長)、「どだい、需要もない発電所を建設することの方がおかしい」(松谷中国電力社長)というのが、受電を強要される電力会社の言い分だ。
しかし「施設計画に見合った需要をいかに確保していくかの方が急を要する課題」(八月十三日付日刊工業新聞)なのに、なお発電所を建てようとしているのは、さて誰なのか。(西尾)
「風車」-第九〇号(一九八五年九月)
日航機の大事故で、いやがうえにも事故というものを考えさせられる。
チャールズ・ペロウというアメリカのエール大学の社会学の教授が『ノーマル・アクシデント』という興味深い本を書いている。化学プラント、空、海の事故から、原発や宇宙の事故まで、今日の危険度の大きいテクノロジーを総まくりしている。
ノーマル・アクシデントというとらえ方自体が面白い。ノーマルとは正常(通常)のことで、アクシデントとは大異常事態だ。ところがペロウによれば、いまや巨大科学技術の事故は、「通常事故」というべきだと言う。TMIの事故が典型のように、ひとつひとつは小さなことが重なることで大事故が発生するのが、現代の事故の典型パターン。単一の原因を求めてもはっきりしない。システムの全体が事故を生みだす仕組みを内蔵しているとしか、言いようがない。まさに事故そのものがノーマルなのだという。
ペロウによれば、飛行機事故は目立つが、事故による改良がまだしも可能で、各種の事故のなかでは、まだ許される。最も許し難いのは原発で、彼の解析では原発はあらゆる指標が最悪で、放棄するしか対策がないという。原発事故は「ノーマル事故」だから、これからまだいくらでも起こるぞ、と気味の悪い予言をしている。(高木)
「風車」-第八九号(一九八五年八月)
廃炉の処分費三百億円と、どの新聞もデカデカと―中には一面トップで―伝えている。総合エネルギー調査会原子力部会の廃炉処分に関する報告書が出されたのである。
五年から十年管理した後、原発全体を完全に解体撤去し、跡地利用するという。そのことは別に目新しい話ではないが、この報告には衣の下から鎧が透けて見えるようなところがある。
処分費三百億円は決して安くない。しかしこれだと一キロワット時あたりにして一円にもならない。いったいこの安さのカラクリはどこにあるのだろうか。報告書には「五〇~五五万トンのゴミの九八パーセントは放射性物質として取扱う必要のないゴミで」ある。新聞もこれに疑問をはさんでいない。つまり、三百億円という低経費は、ゴミのスソ切り(放射能を放射能でないとして棄ててしまうこと)を前提としている。しかし、冗談はやめてほしい。まだ誰もそんな了承を与えていないはずである。
もうひとつカラクリがある。廃炉の処分で生ずる廃棄物は下北半島に持って行き貯蔵する、と事もなげに書かれている。その中にはかなり高レベルのものが含まれる。これは地元、下北にとっては初耳であろう。そもそも、廃棄物の受け入れを地元は了承していない。
それにしても、最近の新聞はどうなっちゃったのかな。(高木)
「風車」-第八八号(一九八五年七月)
原発を地域開発の起爆剤に―と誘致に走ろうとする自治体が少なからずあるという。だが"原発先進地"の実情は、そんな甘い夢とはほど遠い。福島県がさきごろまとめた報告書『原子力行政の現状』の訴えに、まずは耳を傾けてみよう。
同県の原発立地町では、確かに「財政規模は飛躍的に拡大し、このために公共施設の整備は著しく進ん」だ。しかし建設のピークをすぎた今、財政規模が急激に縮小する一方で「公共施設の維持管理費の負担増に対応しなければならず」「一時的に活況を呈していた地域経済も大きな痛手を受けることになる」。
結局、原発の開発効果は、「商工業基盤の弱さといった地域の本質的な停帯要因は何ら変えることなく、一時的なものでしかなかったという部分が大きい」として福島県は、国の救済を求めている。これが実情だ。
そんな実情を知らずしてか、衰えを見せない自治体側の誘致熱に、電源設備が過剰で困っている電力会社では、とうとう開発不要論まで持ち出して水を掛けるのに必死だ。五月二十九日付の東京新聞で東京電力の小牧常務いわく「開発はその地域の地縁血縁をズタズタにすることもあるんです。もちろん所得が増えるのは結構なことですが、そこそこの開発があればいいのでは」。
これにつけ加えるべき言葉が何かあるだろうか。(西尾)
「風車」-第八七号(一九八五年六月)
「核兵器とは何か」という、分りきったような問いが、いまあらためて問題となっている。「どんな形にせよ、核的な力、エネルギー、殺傷力などを組みこんだ兵器」と、まずここでは考えておく。これが最も常識的な考え方のはずだ。だが……。
SDI(戦略防衛構想)に関する、最近の政府の国会答弁を聞いていると、核兵器の範囲をせばめようとする、驚くべき「非核化」政策が始まっている。「核爆発が直接殺傷力や破壊力に使われる兵器」のみを核兵器という、と言い始めているのだ。
SDIの中心技術に、核爆発を利用するX線レーザーがある。これが核兵器でない、と政府は言いたげである。核爆発エネルギーでレーザービームをつくる。そのビームで破壊するのは核ではないというへ理屈だ。核爆発に絞るのも要注意で、最近話題となった放射能兵器やプルトニウムばらまき兵器は、なんと「非核兵器」になってしまう。
こんな取り越し苦労のような心配をしなくてはならないのは、アメリカ政府の要請で日本もSDI研究に参加しそうな気配だからだ。SDI研究への参加は、核の軍事利用研究への突破口となること間違いない。
中曽根流の詭弁だと「日本の防衛のために核爆発を使うのは、核の平和利用」などと言いだしかねない。反原発派ももっとこの問題に関心を!(高木)
「風車」-第八六号(一九八五年五月)
電源設備の"ベストミックス論"なるものが急浮上している。原発だけを増やすような考えを改めて、さまざまな発電方式の理想的な"ミックス"を図ろうというのである。
表向きは、それでも「原発の比率を現状の二倍くらいにするのがベストだ」と言っているが、電力会社の本音は、「もう原発はたくさん」ということだろう。原発を増やすことは、それだけ電源設備の運用を硬直化させ、全設備の利用率を下げることにほかならないからだ。
使い勝手のよさという点では石油にまさるものはないとあって、「脱石油」の看板を下ろしにくい今はともかく、将来の"ベストミックス"としては「石油火力の比率が再び上昇することも十分あり得る」との発言まで、すでに飛び出している(川合辰雄九州電力社長──四月十五日付日刊工業新聞)。かくて、経営幹部向けの情報紙『選択』三月号の記事のタイトルを借りて言えば、「原発から九電力が撤退する日」も遠くない。
しかし、だからこそ一方で、強引なコスト切り下げによってなんとか原子力の優位性を打ち出そうとのもくろみも、すすめられている。安全基準・被曝規制・廃棄物管理のスソ切り、建設工事や定検の手抜きなどなど。危険をいっそう増大させる末期の悪あがきだ。
反原発運動の役割は、ますます重要になったといえるだろう。(西尾)
「風車」-第八五号(一九八五年四月)
二月十五日に原研大洗研究所で、イリジウム192試料を輸送容器に移し替える作業をしていた二人が被ばくした。作業員A、B(Aは原研職員、Bは下請労働者)がともに二・九レムを浴びた、というのが当初の原研側の発表だった。
二・九レムといえば、三ヵ月につき三レムという許容線量すれすれの大きな被ばくだが、二人とも二・九レムで止まったとはいかにもみえすいた感じである。これはクサイぞ、と話し合っていた矢先に、ウソがばれた。
許し難いのは、その後の原研の発表である。Bはフィルムバッジをつけていて、二・九レムの被ばくは間違いない。Aはバッジをつけていなかったが、作業内容と位置からしてBより線量は少なく、二・六レムぐらいだろうという。やっぱり法律に触れませんと言いたいらしいが、まだウソがありそうだ。
原研の報告は、「安全手順の遵守」など「再発防止の対策」については型どおりに触れられているが、虚偽の報告をしていたことについては、まったく反省の色もなく、一言も触れられていない。国民が最も知りたいのは、こっちの方の「再発防止の対策」なのだが、そんなことに関心がないのが原研の体質か。いや、この方はいくらでも再発しますよ、ということかもしれない。(高木)
「風車」-第八四号(一九八五年三月)
それはアメリカの科学雑誌に掲載された、目立たぬ研究論文だった。何げなく目がとまって読み進むと、たいへん気になる内容を含んでいた。
昨年の四月に「岩手沖にキノコ雲発生」というニュースが、新聞の一面を飾ったことを覚えているだろうか。岩手沖三百キロの上空で、民間旅客機のパイロットが何人も、巨大なキノコ雲を目撃した。核爆発ではないか、と強く疑われたが、自衛隊の飛行機の採集したチリに放射能は発見されず、核爆発説は一応否定された形で、うやむやになったが、筆者にはずっと気になっていた。
ハワイにもそのことを気にして、原因究明をしていた研究者がいた。それがこの論文である。兵器の爆発以外の可能性として海底火山の噴火との関連が検討されたが、キノコ雲との関連は否定された。論文の結論にいう。「この謎の雲は、未知の自然現象によったのか、人工の大気圏内爆発のせいなのか、どちらかであったろう」。
つまり、人工的な爆発であった可能性が棄てきれないというのだ。研究者たちはそれ以上は言っていないのだが、ミステリーは深まった感じである。しかし、世間はこの事件を忘れ去っている。五年前の「南アの核実験」の疑惑も未だに霧の中である。そこのところが、とめどなくこわい。(高木)
「風車」-第八三号(一九八五年二月)
いわゆる電源三法交付金は、発電所だけでなく、原子力発電関連施設にも交付されている。その交付対象として八五年度から新たにウラン濃縮原型プラントや"もんじゅ"を加えることを科学技術庁は決め、政令の改訂と交付額の調整作業に入った。
電力業界紙の報ずるところでは、ウラン濃縮原型プラント向けの交付金は立地・隣接市町村の合計で四十億円強ということになるらしい。現行の、つまり七八年に実験プラントを新規の交付対象に決めたときの交付金計算式を使えば、百六十八億円になるはずだから、地元でそんな皮算用をしていたとしたら、大きく当てが外れることになる。四倍の規模の施設なのに実験プラントと同額なのだ。
金額の大きさから考えて、見直しは無理もない。逆に言えば、七八年につくられた計算式があまりに過大だったということである。青森県に計画中の商業プラントにこの式を当てはめると、千二百六十億円にもなってしまうのだ。
ところが、"もんじゅ"については、現行の算定式では十二億円なのを、地元の要望に応え、七十~八十億円にするという。(百十万キロワットの原発で七十億円)。何ともでたらめな話だ。その場しのぎに金をばらまいてすすめてきた原子力開発の歪みを一体どこまでふくらませようというのだろうか。(西尾)
「風車」-第八二号(一九八五年一月)
謹賀新年。早くもわが「風車」七回目の正月を迎える。「85年危機」などと久しく言われて来た年だ。果して波乱を呼ぶか。容易ならぬ年であることは間違いなさそうだ。
早々から縁起でもない話だが、年頭にあえて話題にしたいことがある。他でもない、新聞を賑わした社会党の原発政策の事だ。まず実際に聞こえて来たホットな声を。「さあたいへん、さっそく抗議を」「抗議ではなく、申入れを。社会党にはとことん頑張らせなきゃ」「もうあの党には投票しないぞ」「反原発の党をつくる時が、日本でも来てるんですよね」。
もう少しクールな反応も。「社会党でちゃんと議論するよいチャンスじゃないの」「ああいう政策は誰が立案するんでしょうね。地方でまじめに反原発をやっている私のような党員には、意見をいう場もないんですよ」「既存容認、新規反対だっていいですよ。ちゃんと新規を阻止してくれるなら。実行は容認の方だけになるんだから」。
どこでもこの話でもちきり。つまり「社会党への期待が予想外に大きいってことですね」。最後に産業界内の某氏の"個人的意見"「うちの方がいろいろたいへんと思っていたら、おたくの方もね。お互い苦しい時代ですねぇ」。(高木)
「風車」-第八一号(一九八四年一二月)
東北電力が「土地利用の見直し」を言い出して安全審査がストップしている巻原発の原子炉設置許可申請を電力に突き返せ―と、巻原発反対共有地主会のメンバーらが通産省に要求している。すでに何度か交渉も重ねられた。
何をどう見直すのか、いっさいを尋ねることもないままに、「場合によっては安全審査をやり直すことになりかねないので、自主的な判断で」審査を中断している、というのが通産省のお役人の答弁。中断以来すでに一年二カ月になるが、「どうなっているのか」と電力側に問いただすこともないという。電源開発の計画的遂行をうたう電調審で計画に組み入れられたにしては、ずいぶんとノンビリした話だ。
地主会の土地を避けて通ろうとの土地利用の見直しはどうやら難しい。炉心予定地のすぐ近くにも未買収地があり、通産省が申請を早く却下しないお蔭で利権亡者たちの争いのタネになっている。町の多くの人々はさめきってしまい、「原発ができると信じているのは利権亡者たちと反対派だけ」との辛辣な批評が地主会に寄せられたそうだ。それなのにいつまでも申請を暖めて利権亡者たちを踊らせるとは、通産省も罪つくりである。
電力を助けるためにノンビリ屋をきめこむのでなく、ほんとうに長期的な見通しに立って計画を白紙に戻してほしいものだ。(西尾)
「風車」-第八〇号(一九八四年一一月)
「核の冬」など核戦争後の状況についての議論が欧米でまことにさかんである。評価をすればするほど、核戦争の直接的影響を生き延びた人びとを待ちうける状況は厳しい。その欧米で状況はここまで来たか、とつくづく考えさせられることが起こっている。
最初にその話を聞いたのは、アメリカのある大学で学生が投票を行なって、核戦争が起こったときの安楽死用自殺剤ピルを大学側が備えるべきであるという決議を"可決"した、というニュースだった。その時点での事は一種のパロディ風反核運動に思えた。
『科学』十一月号のディクスンの一文は、「核戦争時の安楽死」の問題が、西洋人にとって切実な問題として重くのしかかっていることを示す。イギリスのある村の医師たち二人が、村人の圧倒的支持を得て、核戦争時の「集団自殺」用にモルヒネ硫酸塩を医師が処方できるようにする運動を始めた、という。
この先、誰かが「いつでも安楽死できる毒薬の常備を」と言い出すのも時間の問題だ。「核戦争三分前」の苦痛に耐えられないと感じる人も少なくないだろうから。これを異常というのはたやすい。しかし、我々のまわりの世界の方が呑気すぎるのではないだろうか。
もちろん、我々の運動は人々に絶望を強調することでなく、生きる力を与えるためのものでなくてはならない。(高木)
「風車」-第七九号(一九八四年一〇月)
ギリシャ神話の中に有名なプロメテウス神話というのがある。プロメテウスが天上の火を盗んで人間に与え、そのため彼はゼウスの怒りにふれて、山に縛られ、肝臓をはげたかに食われた。
ギリシャ神話は驚くほど人間について示唆的である。十月となると原子力推進派は「プロメテウスの火」をもち出し、原発、さらにはプルトニウムに結びつけ、「火を盗んだ」英雄プロメテウスを讃える。
ところが、ヘシオドスによれば、人間をもともと天上で自由に神と同じ火を使っていた。プロメテウスが奸計を働いたがために、ゼウスは人間から火を奪い、やむなくプロメテウスは火を盗んだ。だがこの盗んだ火はもはや「天の火」と同じでなく、いつも燃料を与えて維持しないと燃え尽きる「死すべき火」であった。「プロメテウスの火」は、実は不自由な火の象徴だったのである。そう考えると、「プロメテウスの火」はそのままプルトニウムに結びつく。
現代における「プルトニウム神話」は、カレン・シルクウッド事件だ。プルトニウム工場の女性技術者が殺されたこの事件は、探るほどに神秘を宿し、病めるプルトニウム社会を象徴する。まさに「神話」と呼びたいほどに示唆的な事件である。カレンの死から十年、いま軍艦に守られてプルトニウムが戻ってくる。(高木)
「風車」-第七七号(一九八四年八月)
七月十八日、六ヶ所村への「核燃料サイクル基地」の立地が、小林電事連会長から発表された。否、小林会長の呼びかえによれば「原子燃料サイクル」だ。
「原子力平和利用に対する正しい理解をいただくために」軍事利用を連想させる"核燃料"という言葉を追放したい、という。一ヵ月前に発足したばかりの「核燃料サイクル立地推進連絡会議」は名称を変更、電力各社も「核燃料部」などの衣替えを決めた。
日本原燃サービスは八〇年の発足の時点から「原子燃料サイクル」と言っていたのだから、先見の明ありというべきか。同社は「再処理」の語感も嫌って「再生産」と言いかえている。『朝日ジャーナル』の七月二十日号によれば、東京電力では「放射性廃棄物」を「放射性派生物」と書きなおしているらしい。
電力会社などが「なんとかならぬか」(六月二十九日付電気新聞)として「不用意に使うことを避け」(政策科学研究所)『原子力安全性に関する総合調査研究』)たがっている言葉には、このほかに「原発」「被曝」「廃炉」「事故」「汚染」といったものがある。そういえば「美浜原発は欠陥原発ではない。能力的に見て欠点があるだけだ」なんて言ってたお役人もいたっけ。
言葉よりも「核燃サイクル基地」そのものの追放のほうが早道だと思いませんか、小林さん。(西尾)
「風車」-第七六号(一九八四年七月)
全炭鉱労組は、全国にある数百の石炭の廃鉱を、原発の放射性廃棄物の投棄場所として活用する案を推進することを決めた、という。
この手の話は、まじめに扱う気にもならないのだが、さりとて放ってもおけない。そこでいきおいわが「風車」欄の常連ということになるのだが。
それにしてもねぇ、いったい全炭鉱さんとやらは何を考えているんだろう。もちろん、これを報じた毎日新聞のいう通り、「斜陽化する一方の石炭産業の中で、何らかの雇用確保をはかるための苦肉の策」なんだろうけど、そんなことで雇用が確保されると本気で考えているのだろうか。そうだとすれば憤る以前に悲しくなる。
同じ毎日新聞によると、原子力研究所のエリートたちは、石炭産業ならぬ原子力産業の「斜陽化」の危機を本気で心配し、今後の乗り切り策をいろいろ検討しているらしい。もっともこっちの方は「ドラム缶を廃鉱に」という程の"メイ案"もないらしい。しかし、原子力を推進・宣伝しながら、その内側で逃げ道を考えているとは、さすがにエリートは抜け目なく、セコい。
それにしても、結局のところ、どちらも金の話、安全よりもエネルギー問題よりも、金にどうありつくかという発想だ。原子力の周辺には、死臭の如く金の臭いが漂って、亡者たちを誘うらしい。(高木)
「風車」-第七五号(一九八四年六月)
佐賀県玄海町。九州電力の原発二基が稼働しているが、「大事故は起きない」という固い信念のもと、町として「防災対策」はいっさい立てないという。
町長にとっては、原発よりも職員のほうが心配らしい。昨年九月に完成した町の新庁舎は「原発御殿」と呼ばれる豪華なもので、その文字通りの目玉が、職員監視の目、職場の隅から隅までを助役室のブラウン管に映し出すテレビカメラだ。ズームアップもできる新鋭機である。
各課長席と助役室をつなぐインタホンは、助役が相手に気づかれずに聞くだけの一方通行も可能。周辺の会話を盗み聞くことまでできるらしい。「これまでもしてきたことをカメラやインタホンを通すようになっただけ」で、"職場管理の近代化"なのだそうだ。
この玄海町に、さらに二基の原発を増設するべく、六月十八日に第二次公開ヒアリングが強行されんとしている。九州電力としては、ただでさえ発電設備が過剰となっていて、海外にまで企業誘致の使節団をくり出し、電力需要の開拓に必死なのに、それでも百十八万キロワットの超大型原発を二基もつくるのは、地元に金を落とす約束をホゴにできないからだ。
さらにその金で今度はどんな"近代化"をなそうというのだろうか。(西尾)
「風車」-第七四号(一九八四年五月)
いつ観たのか、どんな映画だったのか、すっかり忘れてしまっているのだが、コンピュータのご託宣に頼る宗教国家を描いた映画があった。神殿の中央に祭壇ならぬコンピュータが鎮座ましましていたのだけをはっきり覚えている。
急にそんなことを思い出したのは、原研が「緊急時環境線量情報予測システム」なるコンピュータ・システムを開発した、という記事に接したからである。うたい文句によれば、「原発の大事故の場合の避難誘導の参考とする」ために、「五十キロ四方の風下住民の受ける線量が鉄道や道路などの地形とともに事故後十分足らずのうちにブラウン管に映し出される」というのである。
コンピュータ信仰がここまで来たかと言いたくなる話である。本誌の読者の皆さんだったら、そんな机上の計算などおよそ実態を反映しないことはすぐにもわかるだろう。そんなものに命を預けた形で避難をさせられるようでは、もはや邪教の支配と同じことではないだろうか。
記憶が正しければ、かの映画ではコンピュータは最後に火を噴いて、裏で操っていた犯罪集団は化けの皮をはがされて自滅した。コンピュータ占いを制度化するようでは、わが科学技術庁の自滅も間近いかもしれぬ。(高木)
「風車」-第七三号(一九八四年四月)
日本の新聞を読んでいるだけでは分らない事柄が、あまりにも多い。特に海のむこうで何が起こっているのか、この国の新聞は少しもちゃんと伝えてくれない。
そんなことのひとつに、ソ連が繰返し行なっている「平和」目的の核爆発がある。とんだ「平和」もあったものだが、要するに開発目的の地下核実験である。アメリカでもかつてプラウシェア計画というのがあったが、環境運動の猛反対で中止された。ソ連では最近とみに頻繁で、昨年は十六回も爆発があったという。
爆発のひとつの目的は石油や天然ガスの採掘だ。そのうち、家庭のガスコックをひねったら、放射能入りのガスが……てなことにもなりかねない。日本にもシベリアのガスを開発輸入する計画があるだけに、右のようなことはあり得ぬことではない。
あり得ぬことといえば、メキシコからアメリカにかけて最近起こった、コバルト線源による大量被曝事故は、"あってはならない"放射能事故の恐怖をまざまざとみせつけた。ソ連とアメリカで信じられないようなことが次々と起きている。しかし、新聞を読んでいるだけでは、そんな大事なことが少しも分らない。マスコミさん、ミウラ騒ぎはいい加減にしたらどうでしょう。(高木)
「風車」-第七二号(一九八四年三月)
のっけから品格を疑われそうだが、「万里の長城からションベンすればゴビの砂漠にニジがたつ」という替え歌があった。植民地主義の臭いの強くのこる文句である。ところがゴビの砂漠もそれどころではなさそうだ。
中国の原子力開発の話がにぎやかだ。仏、独、日などから輸入して原発建設を、という話からついには、使用済み燃料や放射性廃棄物の引き取りをして外貨獲得という話にまで、一挙にエスカレートしてきた。そしてゴビの砂漠である。
西洋の報道機関によれば、中国は西ドイツの使用済み燃料をゴビの砂漠に保管し、その代金としてトン当たり百五十万ドル受けとるということで"商談"が進んでいるという。ゴビの砂漠もついに放射能の雲で覆われることになるのか。
中国政府の皆さん、「ゴビの砂漠は広いから」というような「反人民的」な考えをどうかやめて下さい。これは決して内政干渉などではなく、放射能の山に恐怖する日本列島住民からの切実なメッセジーなのです。
実際、日本の政府・産業界のなりふり構わぬ対中国輸出産業騒ぎはどういうことだろうか。日本には世界に卒先して原発の軍事利用を防ぐ使命があるはずだ。いま我々の運動ももうひとつ新たな課題を担わなくてはならないだろう。(高木)
「風車」-第七一号(一九八四年二月)
原子力船「むつ」をめぐる一連の報道を目にして、何とも奇妙に思ったのは、あたかも自民党がいっさいの決定権を持っているかのような報じられ方だ。実際にその通りらしいことは、このかんの経緯からして間違いないのかもしれないが、やはり、どこかおかしいのではないか。
原子力基本法によってタテマエ上の決定権を有している原子力委員会が、自民党側の政治決着(というより、決着の引き延ばし)にぶつける形で二十四日に発表した「むつ」存続の最終方針は、報道の扱いとしても小さく、ほとんど無視されている。向坊隆委員長代理をはじめとする全委員が一斉辞任、とのうわさが流れたりしたのも、無理のないことだろう。
しかし、だからといって、原子力委員たちに同情する必要は、さらさらない。事務局である科学技術庁の意向につねに追従し、みずから原子力委員会の権威を引き下げてきたのは、ほかならぬ歴代の委員たちだ。そもそも、ことここに至ったいまとなってなお、「原子力船の技術等の蓄積のための最も有力な手段」として「むつ」の存続をうたう姿勢は、まさに度しがたい。
原子力開発の大きな曲がり角を迎えて、原子力委員会のあり方もまた改めて問われている。(西尾)
「風車」-第七〇号(一九八四年一月)
謹賀新年。元旦に突然三十年前のことが記憶に甦った。科学マニアの友が語った「夢の原子力時代」の話である。自動車や飛行機までもがマッチ箱ほどの燃料で動くと、高校受験を目前にひかえた補習授業帰りの田舎道、友の話は熱っぽかった。
当時の私は文学少年で、友の科学万能論には情緒的にやや反撥したものの、原子力の印象は小さくなかった。その直後に起こった第五福竜丸事件で、初めて放射能という言葉の意味を知った。だが同時に始まった「平和利用」と結びつけて考えてもみなかった。
それから十年もたつ頃には、どういう風の吹きまわしか、科学少年だった友は小説を書き始め、私はといえば原子力産業に身をおいて、二十年後の原子力時代を想いつつも、ようやくビキニの意味を考え始めていた。
今にして思えば、現在はすっかり売れっ子SF作家となったかの科学少年の原子力論は、アイゼンハワーの国連演説「平和のための原子」直後のことで、おそらく正月の新聞の特集記事の受け売りだったろう。
一九八四年ということでオーウェルばりの未来予測が盛んだ。しかし、原子力三十年、その間私たちにとって原子力とは何だったのかを振り返るに相応しい年ではないだろうか。(高木)
「風車」-第六九号(一九八三年一二月)
いま、「軽薄短小の時代」だという。あまり好きな語感ではないし、そのしわ寄せがどこにおしつけられるのかを考えればとても手放しで歓迎というわけにはいかない。しかし、それにしても、エネルギー多消費の産業構造が二進も三進も行かなくなったことの意味は、やはり大きいといえるだろう。
「軽薄短小の時代」に、まさに逆行するのが原子力である。科学技術庁原子力局の高岡敬展局長が『電気情報』紙の十月号で「重厚長大の原子力」と題する巻頭言を書いている。いわく、「私共の携っている原子力の仕事は、重厚長大を画にかいたようなものである」。
むろん高岡局長は、ふたたび「重厚長大の時代」がくることを熱望して右の文章を書いているのだが、それが難しいとなればどうなるか。「重厚長大的開発の再活性化と結びつかないかぎり、原子力発電を中核とする原子力産業の活況は望めないようである」。
「重厚長大の時代」が再びくるとは、もとより高岡局長も自信をもって言えない。むしろ「それを望むこと自体が間違いなのか」と考えこまざるをえないのが実情なのだ。
原子力開発を推進する当事者ですら、その未来に自信を持てない時代―それが、いまである。私たちは自信をもって、反原発の運動を先に進めたい。(西尾)
「風車」-第六八号(一九八三年一一月)
「原子力白書」が出た。例によって官僚の作文で、言葉に魂が入っていない。だからそこから何か大きな示唆を受けるといった類のものではない。しかし読みようによっては、書いている連中の下心が察せられたりもする。
昨年の白書は、電力過剰のなかで原発の発電コストの安さが妙に強調されていたが、今年はすでにかげりが生じた(4面参照)。「他の電源に比して劣らないと考えられる」とは、後退した表現だ。
一方で、原子力産業についての記述をみると、従業員数は五万八千人、売上高は八千七百五十億円(八一年度)になり、「エアコンやテレビの売上高にほぼ匹敵している」と述べている。つまり、原子力産業はすでにいっぱしの産業で、労働者も多い。とにかく維持しなくては、と言いたいらしい。
白書のそんな言い方と呼応するようなニュースが伝わっている。中部地方電力関連産業労組連は、去る十月二十三日、名古屋市に中部電力労組員など五千人を集めて、"原発推進"のデモを行なった。この種の大規模な行動はこれが史上初めてのことだという(十月二十五日付け電気新聞)。「雇用のために兵器産業を」「雇用のために原発を」という合唱が少なからぬ労働者をまきこんで始まっている。そんな時代にどうたち向かうか。(高木)
「風車」-第六七号(一九八三年一〇月)
日本のマスコミは、スリーマイル島原発の事故など、もはや忘れたいらしい。UPI電の伝えた重大なニュースを、どの新聞も無視した。
九月十五日づけの「ジャパン・タイムズ」に載ったその記事は、NRC(米原子力規制委)の調査で、TMI原発の除染作業のずさんさが批判された、というものだ。
この話には、前史があって、同原発のパークスという技術者が、あまりにずさんな除染作業をしていた。そこでNRCの調査となったわけだが、その結果は現在ベクテル社によって進められている除染作業に、数々の安全規則違反があったことを認めた。調査チームはその結論として、さらに新たな調査班をつくって徹底した検討をすることを勧告している。
ベクテル社と原発を所有するGPU社は、予定された除染計画を期日までに消化したくて、強引な「後始末」計画を考え、実施しているのだが、それがいま周辺地域に「第二の危機」を生み出している。その危険性が指摘されたわけだが、そんなベクテル社の計画でも除染は、一九八八年までかかるという。慎重にやったらいったい何年かかるのか。事故はまだまだずうっと続いていく。マスコミもそこをちゃんと報道してほしい。(高木)
「風車」-第六六号(一九八三年九月)
こぶしをふりあげてのシュプレヒコールは暴力の象徴か。反原発全国集会の第八分科会で提起された問題が、集会を縁の下で支えた京都・大阪の若い人びとの「打ちあげ会」で再び議論の的になった。
こぶしは、武器をもたない、素手による抵抗を意味するのだ、という異議もあった。こぶしはダメというのなら、原発をおしつけられる現地の人びとの、腹の底からの怒りが一体どう表現できるのか、との反論もあった。
ひょっとしたら、問題を提起したのが東京からの参加者であったことも、反発を招いた一因だったかもしれない。京都や大阪では、口先で非暴力を喋々するのでなく、日常的な実践をつみ重ねてきている。シュプレヒコールについても、さまざまな創意工夫の努力をつづけてきた。「そんなことは東京でこそ言ってくれ」といいたくなるのも、むりはない。
とはいえ、安易にこぶしをふりあげてよしとすることは、やはり考えなおさなくては、という点では大方の一致がみられる。「戦術」とか「部隊」とかいった言葉の濫用についても、同様だろう。
まっとうな怒りを大切にしながら、全体集会で森滝市郎さんが語られた「愛の文化」をどう育んでいけるのか。反原発を掲げる私たちは、とてつもなく大きな問題にとりくんでいるのだと思う。(西尾)
「風車」-第六五号(一九八三年八月)
八月、反核の行事が続くなかで、インドの"核"をめぐる動きが注目される。最近レーガン米大統領が、インドのタラプール原発に必要な部品の輸出をみとめる意向を明らかにした。
これだけのことがなぜ大事件かというと、この輸出は一九七八年に成立したアメリカの核不拡散法の適用除外にあたり、核不拡散法を今後有名無実にしてしまうからだ。インドは核施設についてIAEA(国際原子力機関)の国際査察を受け入れておらず、アメリカの法では輸出できない。
タラプール原発は、GE社の輸出したものだが、名だたる欠陥原発で、事故の報や噂が絶えない。最近では燃料棒の輸入がストップし、自前の燃料棒を使ったことが、いっそう汚染を拡大し、労働者被曝は急増、二基の原子炉の一基は停止し、一基も出力を下げての運転と伝えられる。
そんな状況で、安全上待ったなしとして、あえて核不拡散法を侵しても、部品輸出する、というのがアメリカの言い分だ。もっとも議会の反対が強く、日本の会社にやらせたら、というとんでもない意見も出ているとか。
そんななか、米紙ワシントン・ポストによれば、インドは近く第二回の地下核実験をすべく、穴を掘っているという。(高木)
「風車」-第六三号(一九八三年七月)
久しぶりに裁判の判決に納得がいった。六月二十九日、大阪高裁の仲西裁判長は、「国鉄には視力障害者用の点字ブロックなど安全施設をどの駅にも設置すべき義務がある」のに、それを怠っていたと、大原隆さんの訴えを認め、国鉄に損害賠償の支払いを命じた。
国鉄は「少数の視力障害者の乗降しかない駅への点字ブロック設置の義務はない」と主張し、地裁の一審判決もそれを支持した。それによって死傷や不便を生じるとしても、その数が小さければ無視してもよい、ということだろう。だが、これこそ原発など現代テクノロジーを支配する確率論的切捨て論だ。
物事の軽重、そして命の軽重すらも、被害の大きさ×発生確率の積の大小で決められていく。事故の安全解析から許容線量の規制まで、原発の正当化の背景には、いつも確率論があり、それによる少数の切捨てがある。
いや、原発では事故確率も被害の規模も大きいぞ、といって反論するのは、すでに確率論にはめられている。いったんこの論理にはめられると、数字のやりくりなどは権力者の操作のまま、結局は多数による少数の切捨てからさらには少数権力者による多数者の切捨てまで許してしまう。
経済合理性という陥穽に入りこむことなく、生命の尊厳の無条件の優位を認めた仲西判決を、とくに今評価したい。(高木)
「風車」-第六二号(一九八三年六月)
「原子力発電は将来の国民生活に必要なものとの社の方針が決まっている」A新聞に、電力業界が働きかけ原発のPR広告を掲せはじめたら、Y新聞があわてて飛んできた。「原子力は、私どもの社長が導入したもの。そのPRをライバル紙にとられては面目がたたない」
Y新聞にもPR広告が掲るようになって、こんどはM新聞も広告を出してほしいと言ってくる。そこで電力業界側は答えた。「御社ではいま、原発の反対キャンペーンを張っている。反対が天下のためになると思うのなら、広告なんてケチなことをいわずに反対に徹すればいい」。
徹しきれないM新聞としては編集幹部までをくり出して頼み込んだ。電力側の答えはこうだ。「消費者運動を煽って企業を潰すような紙面づくりをやっていたのでは、広告だってだんだん出なくなりますよ。キャンペーンはそのうちやめることになると思うから、そのうえでの話にしたらいいのではないですか」。
しばらくしてキャンペーンは消え、M新聞にも原子力PRの広告が載るようになった。―と、以上は電気事業連合会の元広報部長鈴木建氏が近著『電力産業の新しい挑戦』で述べている自慢話である。
こんな"自慢話"をされてよいのですか、A、Y、M紙の皆さん!(西尾)
「風車」-第六一号(一九八三年五月)
二五年も前になるが、軍事炉ウィンズケール1号は、火災事故を起こした。大量のヨウ素が放出され、汚染ミルクが回収されるなど、史上有数の事故となった。しかしそれでも「死んだ人はいない」というのが、例によって推進派の宣伝文句となった。
遅ればせながら、最近になってイギリスの放射線防護審議会が事故評価の報告書を出した。それによれば、この事故は放射性ヨウ素で二六〇人に甲状腺ガンを発生させ、うち一三人を死亡させたはずだ、という。今さら言われてもとり返しはつかないし、その数も甘すぎるだろう。だが、死者があったことの追認の意味は重い。
ところが、もっと大変な大事故だった、という説が、英科学誌に掲載され、波紋を呼んでいる。事故時には、軍事用に生産中であったポロニウム210も大量に放出されたはずだが、今までその影響は無視されてきた。その評価をすると死者は千人を越えたと考えられ、白血病死亡率の増加がそれを裏づけている、というのだ。
説得力のある説だが、厳密な評価は当方としても少し留保したい。しかし、四半世紀も前の事故の死者数が十何人だったのか、何千人だったのかと、いま議論しなくてはならないとは!そのこと自体が、原発が私たちに押しつける不幸のひとつに違いない。(高木)
「風車」-第六〇号(一九八三年四月)
東海再処理工場がまたとまってしまった。もともと片肺運転中だった溶解槽とひとつしかない酸回収蒸発缶の穴あきなので、今回の停止は長期化しそうだ。動燃側も動揺を隠せない。
そのニュースに重なるようにして、「イギリスは再処理を放棄へ」という報道がつたえられて、大騒ぎとなった。もっとも『原通』(三月十四日号)によれば、このニュースの源である英中央電力庁のベイカー氏のニュアンスは、必ずしも「再処理放棄」ではなかったらしい。しかし、イギリスやフランスまでも、自国の再処理計画には慎重になってきたことは、どうやら否定しようもない。
先日、スエーデンのエネルギー問題研究者が訪ねてきた。彼は原発反対派というわけではなかったが、日本政府がなぜ再処理政策にそれほどこだわるのか、不思議でたまらないと言っていた。経済性、必要性とも、科学技術庁の役人の言い分には、少しも説得力がない。電力会社の連中に聞くと、むしろ再処理は必要ないという言葉がかえってくる。それなのになぜ、というのが彼の疑問だった。
もっとも、彼はすでにちゃんとその答えに到着していた。「日本では政府が一度決めたことは、どんなに不合理でも撤回しないようですね」。そう、日本の原子力問題全体が、まさにそのためにあるのである。(高木)
「風車」-第五九号(一九八三年三月)
まもなくスリーマイル島原発事故四周年を……と書きだして、穏やかな陽ざしに春を感じる。そして、突如として、あたりまえのことに初めて気づく。かのTMI事故は、春のただ中のことだった、と。
「アメリカでは、春が来ても自然は黙りこくっている。そんな町や村がいっぱいある。いったいなぜなのか」とレイチェル・カーソンは、名著『沈黙の春』の中で問うた。今から二十年も前のことだ。「沈黙の春」のメッセージを正しく受け止めて、ふたたび「萌えいずる春の日」を取り返そうというのがカーソンの思いだった。
私たちは「TMIの春」からほんとうに正しくメッセージを読みとっただろうか。この四年間にどれだけのことができたか、反省は多く残るが、無為ではなかったと思いたい。
日本の電力会社はTMI2号炉の損傷炉心の回収作業に資金援助するという。これは、我々の電気料金を注ぎこんでも、アメリカの原子力産業の崩壊を防ぎたい、ということだ。アメリカとの共倒れを惧れる露骨なやり方だ。だが彼らが学んだものが、そんなに姑息な「国際協力」でしかないとしたら、その前途も目にみえている。
私たちはゆっくりとしかし確かに春に向かっている、と信じたい。(高木)
「風車」-第五八号(一九八三年二月)
邦光史朗の『鉛の箱』が徳間文庫に入った。敦賀1号炉とおぼしき原発の輸入をめぐって汚職と殺人がからむミステリーである。GE、WH両者とおぼしき米企業と結んだ、東京電力および関西電力とおぼしき会社の出向者たちが、日本原電とおぼしき会社のなかであい争う。
肝心の「放射線殺人」はいささかならず無理があるようだが、一九六五年という早い時点で原発を主題にミステリーを書いた先見の明には敬意を表したい。邦光には『影の時間』(ノンノベル)という核ジャック小説もあり、短篇でも原発を扱っている。
原子力産業グループの結成をテコに旧財閥が復活したことや、バスに乗り遅れまいとしてありとあらゆる企業が原子力産業会議に名を連ねたことなど、黎明期の日本原子力事情がわかりやすく説明されているのも、『鉛の箱』のありがたさだ。
小説に描かれたような汚職がはたして実際にあったかどうかは寡聞にして知らない(まさか殺人までは!)が、アメリカからの軽水炉売り込みに道を開いたといわれている男の名を、中曽根康弘という。「ぐずぐずしている学者のほっぺたを札束でなぐってやるのだと、いち早く原子力予算をぶんどってきた代議士」である。(西尾)
「風車」-第五七号(一九八三年一月)
年をとったのか、月日のたつのが妙に早い。そのうえに仕事がら情報に追われ続けていると、ほんの少し前のことまで、遠い昔のことのように記憶の彼方に次々と追いやられていく。いや、これはあながち歳のせいではなく、情報の氾濫する世の中のせいであろう。
そのことをつくづく感じたのは、少しばかり土本典昭さんのお手伝いをして、「原発切抜帖」の映画づくりに参加した時のことだ。ヒロシマからTMI、そしてツルガまで、その時々には抑えることのできない憤りをもって受けとめたでき事も、いつしか歴史のひとコマとして、自分の中で受容してしまっている。そんな自分を発見した驚きは大きかった。
十年、二十年という時間を通じてみると、推進派の言い分の変質、その場しのぎの発言の無責任さには、あきれるばかりである。たとえば今から十年前に、彼らは石油ショックに乗って、「原発建てなきゃ電気が止まる」と騒ぎたてた。電気と石油のダブつく現在では、笑い話のようなことだ。
だが、そうやって推進派のその場しのぎにケチをつけているだけでは、こちらも状況対応主義から抜けきれない。私たちの運動も十年単位で物を考えるべき時に来ていないだろうか。今年もよろしく。(高木)
「風車」-第五六号(一九八二年一二月)
ミッテラン仏大統領のインド訪問中に、フランスからインドへの濃縮ウラン供給の協定が結ばれ、両国間で調印された。この濃縮ウランはタラプール原発用のもので、毎年同原発をフル稼働させ得る量だという。
タラプール原発は二十一万キロワット二基の原子炉からなり、アメリカのBWRである。そこでこれまではアメリカの濃縮ウランが供給されてきたが、アメリカ側がプルトニウムの軍事転用防止に関するインドの保障措置に満足せず、七九年から供給停止となっていた。その間隙をフランスがついたわけだ。
もっとも親原子力派のレーガンのことだから、今や自国であり余ってる濃縮ウランを、規制を緩和してでもインドに売りこもうと画策していた。それでも、インド側の軍事転用の意図があまりに露骨だったので、アメリカでは待ったがかかった。
フランスはインドの再処理も認めており、保障措置は尻ぬけになりそうだ。ミッテランは商売を優先したのか、仏印関係強化のための政治なのか、いずれにしても、原子力をとりまく環境はとみにキナ臭い。今回の措置が世界的な核拡散の引金になりそうでこわい。日本でも、原発利権屋の頭目が操り、核武装論者が首相となった内閣が誕生、たいへんキナ臭くなってきた。(高木)
「風車」-第五五号(一九八二年一一月)
今年の『原子力年報(原子力白書)』が、十月二十六日、原子力委員会から発表された。発表時の記者たちへのレクチャーのたまものだろうか、原発の経済性を強調した白書、と各マスコミは、これを報じている。
「一週間だけ貸します」と恩着せがましく言われて、安全委の事務局から、この白書を借りてきた。ページを開いてびっくり。経済性についての記述は、五五五ページのうちのわずか二ページでしかない。なるほど原発は安いとする発電単価の数値が書いてはあるが、その根拠は一行たりとも書かれておらず、通産省の試算値の丸写し。これで「原発の経済性を真正面から取り上げた」もないものだろう。
一年前までは大いに幅をきかせていた「石油危機」の錦の御旗が色褪せてしまったことから、急いでひっぱり出した借りものの旗が「経済性」ということか。原発推進が先に決められていて、後からその理由がつけられる。そんなやり方がいつまで通用すると、彼らは考えているのだろう。(西尾)
「風車」-第五四号(一九八二年一〇月)
大ロンドン市議会は、ロンドンにある三つの核シェルターを閉鎖する決議を採択した。同時に、イギリス政府が同市に押しつけている核攻撃からの民間防衛演習への参加を拒否することを決めたという。
この夏、神田の書店の店頭に、西ドイツ製のシェルターが展示されているので、見に行った。核爆発の爆心地から四百メートル以遠ならば、爆発の過圧に耐えられるというシェルターは、見たところ、あっけないほどのコンクリートの塊り、東京の雑踏の中に人目も惹かずに横たわっていた。
こんなもので、いったい何が守れるというのだろうか。千五百万円(工事費込み)を払ってこのシェルターを買いこみ、いざという時にその穴ぐらの中にひそみ、自分だけは生きのびようとするお金持ちたちの姿を想像しただけで、吐き気を催してしまった。
そんなもので身を守ろうとする思想をはっきり拒否し、核から身を守るためには核を廃絶するしかない、と宣言したのが、今回のロンドンの決議だろう。
大ロンドン市議会は、六月に非核都市宣言を行なっている。この宣言も、大方の諸都市の抽象的な決議と異なり、原子炉の新設拒否や民間防衛義務の解除などを含む、なかなか実質的なものだ。核のない社会への歩み出しがロンドンから世界の都市へ波及することを願う。(高木)
「風車」-第五三号(一九八二年九月)
期せずして、この夏、四半世紀も前の米ソのそれぞれにかかわる核の悲惨を告発した書物が出版された。ローゼンバーグ著の『アトミックソルジャー』とメドべージェフ著の『ウラルの核惨事』である。
前者はアメリカのネヴァダの核実験―原爆を用いた地下演習―にモルモットのようにかり出され、傷ついた兵士の物語である。後者は、ソ連の南ウラル地方で起こった、放射性廃棄物貯蔵庫の爆発による大規模な放射能放出事故の告発の書である。
どちらも、広島・長崎とともに、人々の心にはっきりとめておくべき核のもたらした悲惨、生命の尊厳への挑戦であった。その時に、世界の人々に克明に事実が伝えていたならば、歴史は変わっていたかもしれないとすら思える。だが、まさにその意味の大きさ故に、米ソはこの事実のいっさいを歴史から抹殺しようとした。核開発を正当化し、原発をバラ色に描きたてるためであった。この隠ぺいは、全人類に対する最大の犯罪といってよい。
核大国がそれ故に陥った道徳的退廃の底の深さを、あらためて思いしらされる。(高木)
「風車」-第五二号(一九八二年八月)
七月二十一日、かのスリーマイル島原発(TMI)2号炉の炉心に、事故以来初めて、水中ミニカメラがおろされた。制御棒駆動装置の穴を利用してのカメラ挿入だったという。
カメラでのぞいた炉心はどうだったか。「炉心上部はがれきの層」と外電は伝えている。原子力産業新聞に、その写真の一枚が掲載されているが、あまり鮮明ではない。しかし、まさに炉心はがれきを積みあげたように、がたがたに破損している。予想されたことだったとはいえ、あらためて事故のすさまじさを感ぜずにはいられない。
果して炉心は溶融していたのか、それとも被覆管の破損といった程度のことだったのか。UPI電によれば、GPU社のアーノルド社長は、「がれきは被覆管の破損によるもので、溶融の証拠はない」とがんばっている。だが、作業にあたった科学者ハミルトンは、ワシントンポスト紙に、「予想以上の損傷で、ほとんど全面的なメルトダウンだった」と感想をもらしたという。部分的な観測だから安易な推定はできないが、写真をみる限り、燃料は融けていた、という印象を受ける。
原子炉の蓋開けと燃料取り出しは来年以降。事故の全面的な後始末はさらに延々と続く。そのひとつひとつを、しっかりと見守りたい。(高木)
「風車」-第五一号(一九八二年七月)
今年の沸騰水型原発の定検予定がべらぼうに長い。福島第一の六基はどれも四ヶ月以上だし、1~3号炉は六ヶ月以上と見込まれている。浜岡1、島根1、東海第二も長い。予定がこんなだから、実際はもっと長びくかもしれない。
福島第一1号炉をみると、昨年四月から今年一月までほぼ九ヶ月の定検を行なった。その後八ヶ月動かして、再び六ヶ月の定検に入る予定が組まれているというのだから驚く。同2~3号炉についても似たような状況だ。
東電はいくつかの理由をあげているが、最大の問題は給水スパージャーの取替えだろう。炉内作業となるため、またまた下請労働者の被曝が増大するのは目に見えている。
それにしても、福島1号炉など、短期運転→長期定検の繰返し、まったく政治的に稼働させているに過ぎない。新設の大型原発が次々と運開入りするため、平均の稼働率が六〇パーセント台となり、目立たないだけだ。数字のインチキはいい加減にしてほしい。(高木)
「風車」-第五〇号(一九八二年六月)
原子力の世界では、信じられないようなニュースがよく伝わってくる。あのTMI2号炉を「日米欧で共同出資して修復する」というのも、そんなニュースの典型だ。
"修復"といっても、実際は除染など事故の後始末の作業である。その経費の見積もり額十億ドルを、当の電力会社もアメリカ政府もまかない切れない。そこで、七億六千万ドルを日・独・仏などに負担してもらいたい、という法外な話である(五月二十四日付日本工業新聞)。
これに対し、電気事業連合会は、協力要請に応じる方向だという。"研究用"に破損した炉心を買いあげるとも伝えられている。
アメリカ側の本音は、原子力はすでに過去のもの、いまさら除染や破損炉心の研究に、何千億円もの金を出す気はしない。軽水炉技術や濃縮ウランの提供の恩義で、日本にも金を出させよう。というところだろう。電事連も、アメリカを怒らせてはなにかとまずい。TMIの後始末が進まなくては、原子力のイメージが低下するばかりだ。金で済むのなら……というところだ。
しかし、電事連が金を出すということは、とりも直さず、われわれの支払う電気料金でTMI事故の後始末をするということだ。まったく信じられない世の中になったものだ。この計画に強い反対の声をあげよう。(高木)
「風車」-第四九号(一九八二年五月)
省エネ、イコール節約と考えるのは、「誤解」なのだそうだ。四月二十七日付の電気新聞が報じるところによれば、東北電力山形支店ではこのほど管内各営業所のサービス課長らを集めて、支店長が、そんな訓示を行なったという。
産業界の構造転換により大口電力需要の伸びが期待できない。「したがって、民生用需要を伸ばしていくことが必要になってくる」と、支店長氏は、サービス活動を通じての需要増進を訴えた。そこで邪魔になるのが「省エネ」という掛け声だ。お陰様で電力需要の伸びも落ち込んでいる。「省エネの本質を正しくわきまえ、需要家に正しく理解させることが大切」という次第である。省エネとは「エネルギー使用の適正化」のことであるから、適正にどんどん電気を使って下さい、というわけだ。
電力需要の落ち込みは、即ち料金収入の莫大な思惑外れとなる。初期投資の大きい原発なんか、とても作れなくなるだろう。ならば「電力危機」の宣伝に反発したりせずに、素直に「誤解」して節電につとめることを、ぜひ提案したい。言いかえれば原発を建設させないための、電気の"不買運動"を。(西尾)
「風車」-第四八号(一九八二年四月)
東京電力などで、「老朽火力」の休止が行なわれようとしている。すでに減価償却を了えた古い発電所だから、当然のことと思われそうだが、それは違う。
原発と違って、火力の場合は、古い発電所だからといって効率が落ちるわけでもなく、十分に使用に耐える。減価償却を了えているということは、適当な保修を加えるだけで、使えば使うほど利益をもたらすことを意味するのである。また、石油、とりわけC重油のだぶつきと価格安定で、石油火力の新設を禁じたオイル・ショック後の政策の見直しすら語られている時に、既存の火力を休ませる理由はない。
それをなお休止というのは、一方で原発の新設がすすめられているからだ。平岩社長が「我々のではなく国の計画」と呼ぶものに協力して、社内的にも無理をしながら原発の建設がすすめられていることが、よくわかる。もっとも、そのツケは、電力料金の値上げとして消費者にまわせばよかったのだが。
しかし、そんな無理にも限度がある。電力需要の構造的な落ち込みは、何よりも電力の設備投資の財源を直撃した。しかも、値上げをすればいっそう需要は落ち込む。それを承知でゴリ押しをするのは自分で自分の首を締めることだと、いつになったら気づくのだろうか。(西尾)
「風車」-第四六号(一九八二年二月)
自らの死体を焼いた死の灰の中から甦るという古代エジプトの伝説上の不死鳥フェニックス。それにスーパーがついたのだから、さぞかし不死身かと思いきや、ロケット砲五発でとたんに大騒ぎとなった。
といってこのニュースをはやしたててはいられない。もし運転中の高速増殖炉だったら、もしプルトニウム燃料の搬入作業中だったら……と考えると、心底恐怖すべきことだ。求められてある所に書いたことなのだが、もし、もしと想定を立てているうちに、どんどん憂うつなことが現実化する。その度に「もし」の内容は一層悲惨なものとなり、それでも自分が生きていることにかろうじての慰めを見出す。
「もし」の絶えざる後退とともに、「プルトニウム帝国」は少しずつ完成していくのだろうか。イスラエルのイラク原子炉爆撃といい、今回のスーパーフェニックス砲撃といい、思わぬところから新たな核の恐怖がもたらされる。事態の進行は、悲観論者の予測をも上まわっているのではないだろうか。
アメリカで出された「二〇〇〇年の地球」という報告でも、高度の文明社会ほど、思わぬ災害や天災にもろいと指摘されていた。ユンクの言葉が想起される。「近代技術のうえに成り立つ専制政治は、昔の権力支配よりも強力であると同時にまたもろさをそなえている。最終的には水のほうが、石よりも強いであろう」。(高木)
「風車」-第四五号(一九八二年一月)
謹賀新年。例年の如く、南房鴨川の海を見下ろす山裾に、元日の朝を迎える。晴れ渡った穏やかな元旦、戌年の始まりである。だが私たちが最初に目にしたのは、三十頭近い野猿の群であった。
思わず、犬猿の仲という言葉が口をつく。早くも、八二年という年の厳しさを思い知れ、ということか。穏やかな日ざしに感謝しつつ、この穏やかさも後何時間かして山を下りるまでのことだ、と自ら心がひきしまる。
はっきりとした電力需要の屈折(停滞)によって、原発計画の下方修正は必至、一方米ソを中心とした核開発は一層きわどさを増す。弦をぎりぎりまで張りつめたような中で、八二年が始まろうとしている。金で命を買いとることをほとんど唯一の戦術とするかのような、強引な原発推進が一層進むことだろう。そして今年は、いよいよ第二再処理工場の候補地も打ち出されてくることだろう。
私たちの反原発運動は、これまでにもまして多様な困難を覚悟しなくてはならないだろう。だがこの困難の先に、私たちははっきりと一条の光を認めることができないだろうか。闘いの前方に勝利を確信してよいだけの蓄積を、八一年の全世界の人びとの闘いは残し得た。私はそう思う。(高木)
「風車」-第四二号(一九八一年一〇月)
省エネルギーの時代は、すでに終わったのだろうか。
通産省は九月二十二日、企業の設備新増設に対して七四年から適用してきた電力料金の割増し制度を廃止する方針を明らかにした。第一次石油危機後の電力供給不安のなかで設けられた制度だが、いまや夏のピーク時ですら電力はあり余っている。今年八月の九電力平均の予備率は、実に二十五・五パーセントにまで達しているのだ。電力需要増にブレーキをかけるどころか、アクセルをいっぱいに踏みたいところ、という次第。
もっとも、これまでだって、実は誰も本気で省エネなんて考えちゃいなかった。東京電力発行の『地域開発ニュース』八月号で、深海博明慶大教授は言う。「自動車の耐用年数を伸ばすことは……省エネルギーにつながりますが、同時に反面、それは自動車の新規消費を減少させ、自動車産業を不況に陥れる危険性がある。……各産業内での省エネルギーの努力は重要ですが、マクロ的な大きな判断なり調整を考慮すべきでしょう」。
今また堂々と「消費は美徳」をうたい、大量生産大量消費(新規消費)をすすめようとする動きがはじまろうとしている。「エネルギー危機だから原発を」と言った舌の根も乾かない先に、今度は「不況克服のため、原発で電気を大量生産し、大量消費を」というわけだ。いやはやまったく――と呆れてばかりもいられない。(西尾)
「風車」-第四一号(一九八一年九月)
原発と原爆は実はひとつのもの、とこれは反対派の言い分にあらず。アメリカ政府が堂々と言い出した。
最近公表された議会の秘密聴聞会の記録によると、米政府は商業原発からのプルトニウムを核弾頭に組みこむことを計画中という。核兵器用プルトニウムはいくらあっても足りないらしく、現在増産体制に入っているものの、アメリカは八〇年代末には不足に直面するという。そこで保存中の原発の使用済み燃料に含まれる七十トンのプルトニウムに眼をつけた。
タカ派レーガンの本領発揮か、と考えるのは早トチリらしい。実はこの計画、フォード政権末期から進行していた。再処理ののち、レーザー濃縮して高純度にする。その研究は七五年から続けられているという。ようやく実施のメドのついたことで発表に踏切ったらしい。
レーガンらしいところは、計画を公けにチラつかせたことだ。もっともこの公表で一番困っているのは、親原子力派のレーガンに期待していた原子力産業界とか。それにしても、核防条約は非核保有国の軍事利用は禁止しても、核保有国の軍事転用は野放し。なんて手前勝手なことか。
やっぱり原発は原爆製造工場だった。日本の推進派諸君も、米政府に抗議文を送ったらどうだろう。(高木)
「風車」-第四〇号(一九八一年八月)
アメリカ下院本会議は六月二十六日、クリンチリバー高速増殖炉原型炉の建設予算を復活させた。五月七日に下院科学技術委員会が全面削除の議決をしていたのを逆転させたものだ。二億五千万ドルの原案から二億三千万ドルに減額はされたものの、FBR推進を打ち出したレーガン政権としてはほっと一息というところか。
とはいえ、実際に工事にかかるには公聴会など多くの手続きが控えている。いや、そもそも表向きの推進姿勢はともあれ現実的な考えとしては、レーガンもFBRを「むしろ当面やる気はないようだ」と、東京電力の堀一郎副社長は言う(七月二十一日付日経産業新聞)。アメリカのみならず「英国も表向きは国際協力に前向きのようなことを言っているが、やはり資金力に問題がある」そうだ。
FBR開発では最もすすんでいると言われるフランスでさえ、ミッテラン政権が誕生するはるか以前から実証炉建設延期の観測があった(深井秀昶海外電力調査会主任研究員の言―五月十二日付日経産業新聞)。"金食い虫"FBRの経済性がいっそう悪化しつつあるのが原因らしい。誰もエネルギーのことなんか考えちゃいない、というのがホンネだろう。(西尾)
「風車」-第三九号(一九八一年七月)
上欄で紹介したアメリカの技術評価局の核戦争の影響報告は、かなり徹底したものだが、ひとつだけすっぽり抜け落ちたことがある。それは原子力施設が攻撃されたときの放射能流出に関する影響評価だ。
それもそのはず、原子力施設はこの種の攻撃には、全くのお手あげだからだ。アメリカの原子力委員会は、原子力産業の負担を軽減するために、かつてごていねいに「原子力施設は軍事攻撃に対して特に備えていなくてもよい」と通達まで出している。
しかし、通常兵器による原子力施設への攻撃は、核戦争と同じ効果をもつ。この古くからあった懸念は、イスラエルの暴挙によってとたんに現実の問題となった。
原子炉は厚い格納容器で守られている。という意見もあるが、それもあやしい。仮に格納容器が破壊を免れても、冷却系や電源が破壊されればメルトダウンは避けられない。廃棄物置場や再処理工場が破壊されたら、放射能は一気にまき散らされよう。
仮に東海再処理工場がフル稼働中に破壊され、その廃液がまき散らされたら、という仮定で死の灰のひろがりを推定したのが図3だ。これはあくまで大ざっぱな推定で、推定値に大きな幅があることは断わっておく。しかし、核施設と戦争があるかぎり、我々はいつも死と隣り合わせであることに間違いはなかろう。(高木)
「風車」-第三八号(一九八一年六月)
「原子力発電所からの"声"」が原発推進の民間グループによるアンケート調査から漏れ聞こえてきた。「行動するシンク・タンク推進グループ」が、電気事業連合会の依頼を受けてまとめたという作業従事者実態調査報告書は、なるほど電事連が公表を渋るのも無理はない実態を示している。
『原発ジプシー』や『原子炉被曝日記』に共感する者が六四・八パーセント、フィルムバッヂなどの測定器を信用できないとする者が二二・五パーセントといった調査結果があり、「ポケット線量計の読みをごまかす時がある」との告白も、ありえないはずだと言い訳しながら紹介されている。「初期に開発された原発は相当汚染されており、そこで働かされている者は、ゴキブリ以下だ」「原子力は危険で、『原発ジプシー』より現実はもっとひどい」といった指摘もある。
原発についての評価でも、必要性を否定する者が四一・八パーセント、安全性を否定する者が四四・九パーセントに達した。原発への信頼度も期待度も、職場での満足度も、学歴が高いほど否定的だ。この「理解に苦しむ結果」を、調査グループは、「作業従事者に対する教育が不足している」からだと理由づけた。
そうした"教育"こそ、アンケートの回答が「疑惑」と「不満」を表明している当のものではないのだろうか。(西尾)
「風車」-第三七号(一九八一年五月)
「無理が通れば道理がひっこむ」とは、まさにこのことだろう。原電の犯罪行為は、原電に関して新しいことわざを生んだ。曰く「稼働率を上げれば事故が隠れる」。
敦賀原発は、古い原発の中では、抜群(?)の稼働率を誇ってきた。運開以来の平均利用率が六三・六パーセント(同時期に運開した福島一の1が四〇・八パーセント、美浜1が二二・九パーセント)、昨年度は六九・一パーセントだった。少なくとも昨年の高稼働率は、給水加熱器修理を運転継続しながら行なうという無理を押しての数字だったことははっきりしている。
さらにその根源をたどれば、無理な原発計画に原因がある。「無理な計画、事故隠しを生む」。電力各社の今年度施設計画に示された原発の開発計画(2面に掲載)をみれば、その無理は明らかだ。昨年十一月に閣議決定された、一九九〇年度に五千百~五千三百万キロワットという目標にムリやり数字合わせをして、ようやく五千九十二万キロワットをはじきだしたのが、計画の実体だ。
計画策定に際しては、電力業界の抵抗を押して通産省が強引に考えを通した──と業界紙も報じている。その無理のしわ寄せの最たるものが廃棄物問題であり、その一端が敦賀で顔をのぞかせたのである。(高木)
「風車」-第三五号(一九八一年三月)
日本原子力産業会議が七九年度の原子力産業実態調査報告をまとめ、一月末に発表した。
それによれば、原子力関係鉱工業の同年度売上高は五六六四億円、同じく支出高は五八二七億円だという。七七、七八年度と、初めて二年続きの黒字を出した日本の原子力産業だが、再び赤字に転落した。その大きな理由は、スリーマイル島原発事故の影響による受注の停滞だ。
しかし、対前年度比で二一パーセントという原子炉機材部分のマイナスの割には、赤字の幅は小さい。これは、他方で核燃料サイクル部門における対前年度比九二パーセントもの著しい伸長があることによる。原子炉機材部門の減少額七五五億円のうち、四六三億円が核燃料サイクル部門での増加額で補われている。同じことを別の側面から見るなら、電気事業向けの売上げの減少と、政府向けの売上げの増加ということになるだろう。すなわち電気事業向け売上げの対前年度比一二パーセント減の一方、政府向けの三四パーセント増である。ここでも、電気事業向け売上げの減少額五四六億円のうち、一八八億円が政府向けの売上げによってカバーされている。
核燃料サイクル部門(これだって、本来は電気事業が行うべきものだ)を中心に、国家予算を注ぎこむことで電気事業の負担を軽くし、原子力産業を辛うじて成り立たせる仕組みは、かくて露骨にその正体をさらけ出した。(西尾)
「風車」-第三四号(一九八一年二月)
新年早々の驚きではあるが、ここはひとつクールに受けとめたい。ここで言うのは、かの自民党運動方針のことである。「ここできびしく批判すべきは、わが国の一部勢力によるイデオロギー的な反対のための反対である。……われわれは、自主的安全技術の開発を促進し、これに関する情報を普及することによって、この反対運動の本質を暴露し、その動きを断固粉砕しなければならない」と、大変な勢いだ。
一部勢力、と言い、反対のための反対、と決めつけたわりには、自民党も原発反対運動を大変気にしている。運動方針のどこにも、反原発運動以外に「断固粉砕」の対象としているものはない。
大義がますます彼らから離れ、「推進のための推進」と化したことのあせりの表現ともとれる。この方針を冷静にみた時、むしろ重要なのは次のくだりだ。「方針」は、原発推進の最大の難点は、地方対都市、生産地対消費地の対立にあるとして、「全国的な裾野をもつ労働組合や消費者団体に……都市と電源地帯の連帯の実現に協力してもらうよう呼びかけて行かねばならない」と言う。これに生産者団体を加えれば、まさにこの点にこそ、今後の彼らの攻撃の標的を絞っているともいえよう。(高木)
「風車」-第三三号(一九八一年一月)
泥仕合。広辞苑の定義は、互に相手の秘密や失敗を暴露し合ってみにくく争うこと。
あのスリーマイル島原発の所有者GPU社が、米原子力規制委を相手どって、約八千億円に及ぶ損害賠償請求をした。指導の悪さが事故につながったからだという。
一方、GPU社は、いまワシントンでさかんに議会工作をしている。原発一基の建設費にも当たるスリーマイル島原発の除染費用を国に出させるためだ。盗人猛々しいとはこのことだが、それほどに同社の経営は苦しいのだ。
最近、GPU社は、フォークド・リバー原発の建設を断念した。VEPCO(ヴァージニア電力)社も建設中のノースアンナ原発4号炉を諦めた。これで、八〇年中のアメリカでの原発建設キャンセルは九基に達した。
尋常なことでは原発を建設しきれない、建設しても廃棄物や廃炉の問題などで、採算の展望のないことが明らかな時代に入ったのである。眼を日本に転ずると、「広域運営」などと称して東京電力と東北電力など、原発建設路線をとにかく維持するための事実上の合併が始まっている。原発は九電力体制をも崩壊させつつあるのだ。
新年から味気ない話になった。今年は酉年。鶏はいまどんな時を告げようとするか。折からレーガンが就任する。(高木)
「風車」-第三二号(一九八〇年一二月)
面白い、といっては語弊があるが、去る十月十七日の参議院科技特委における中川科技庁長官の、海洋投棄問題に対する答弁は、ある種の本音がよく出ている。
中川長官「そこで海上投棄と陸上投棄のどっちがいいか、それは陸上投棄の方が安くていいことには違いないが、……フランスが陸上でやっているから、じゃあ日本でもやれと言って、それじゃ私どもが責任をもって陸上についてどこの場所ということになったら、これまた社会党の皆様を初めとして、陸上に投げたら安全性がどうのこうのということで、また非常な国際的な反発よりは数倍の反発があるであろうことも想像されるわけでありまして、……」(傍点引用者)。要するに「日本に投げないで向こうへ投げる」(中川)方が、反対が少ないからということらしい。
次のようなくだりもある。「フランスその他の国が海洋投棄で何にも支障がなくて、反対があったからやめたわけじゃない。私の聞いておるところではあそこは国家権力もあるし、国民の理解もあるから陸上投棄の道の方が安いから変わっただけのことであって、……」。国家権力がある(強大だ)から、フランスは安上りの道を選べたのだ、というのは、原子力国家の本質の何たるかを言い得ているとはいえないだろうか。(高木)
「風車」-第三一号(一九八〇年一一月)
「いよいよ日本にも『核兵器から身を守るシェルター(退避ごう)売ります』という会社が現れ」た、九月二日付の毎日新聞夕刊が報じていた。
"核時代の防空壕"を売り出したのは、原発の警備も請け負う大手ガードマン会社の綜合警備保障。同社研究室と植村技術研究所が共同開発したものだという。
綜合警備保障といえば、確か日本市民防衛協会の事務所が同社の子会社内にあるのではなかったか。七七年十二月に設立されたこの団体は「核災害に備えた市民防衛体制の整備」を目的とする。会長は藤井丙午参院議員・元国家公安委員。綜合警備保障の村井順社長(同社業務案内によれば「戦後におけるわが国警備警察制度の創始者、内閣調査室の創始者」)が副会長をつとめ、常務理事に植村技術研究所の植村厚一社長の名が見える。
同じく藤井丙午会長で、今年四月には、防衛庁長官経験者をずらっと並べた市民防衛議員連盟も誕生した。「国民の核アレルギーがなくなれば将来性のある分野」という耐核シェルター売出しの弁も、単に新商売という以上にイデオロギー的なものを感じさせる。まさしくキナくさい世の中になってきたようだ。(西尾)
「風車」-第二九号(一九八〇年九月)
異常な夏が終わろうとしている。その異常さは必ずしも気象だけのことではない。
「危機」の大合唱だ。ソ連の脅威。核の選択。「国を守る気概」教育。防衛予算の別枠制。破滅的な未来をコンピュータに予測させる未来学がはやり、危機ムードをあおる。
「エネルギー危機だ、電気が止まる」と生活上の危機感だけあおっているのでは、どうしようもなくなってきたのである。「国防」と結びつけて、エネルギーや食糧をとりあげる。鈴木善幸という「スモール・リーダー」の故か、一層「国家」の不気味な影が大きくのしかかってくる。
誰だっていま危機感をもっている。だが上からの「危機」の押しつけはまっぴらである。危機についての饒舌の影で、彼らは決して本当の危機について語ろうとしない。「異常気象」をもたらすエネルギー浪費社会こそ、私たちが感じている危機である。火災を起こした原潜が、放射能を満杯して漂流する姿にこそ、私たちは危機を感じる。
いや、それを「無害航行」などと言いくるめる官僚たちにこそ、もっと大きな危機感をもつ。危機意識に頼った運動はしたくない。ずっとそう思ってきた。しかし、いま危機感は募るばかりだ。(高木)
「風車」-第二七号(一九八〇年七月)
あなたが原発から一〇キロメートル以内に住んでいて、もし原発で大事故が起こったと知らされたら、どうしますか。被曝線量が十レムに達するレベルまでは、窓を締め切ってじっと自宅で息をひそめている。十レムを越えそうになったら、放射能の雲の中を。ぞろぞろとコンクリートの建物を求めて移動し、そこでじっと恐怖の時を過す。そんな人が果してほんとにいるでしょうか。
そうしなさい、というのが原子力安全委の防災対策報告書(六月二十六日発表)の指示なのです。机上の空論とはまさにこのことではないでしょうか。
誰だって事故が起こったら、一刻も早く放射能の通り道から逃げようとするでしょう。しかし、「対策地域」に入ったのが運のつき、自宅に閉じこめられ、さらに事故が深刻化したら、今度はコンクリートの建物に「収容」される。たぶん道路も閉鎖されて、十キロメートル以内の人は、逃げ出すこともできなくなる。
このプランは、たぶん、防災対策もありますよ、と言いたいためだけの作文です。しかし、このプランは事故時の周辺住民閉じ込め策ともいえます。「パニック」を起こさせないためか、汚染した人や車が移動するのを阻止するためか。いずれにしても、このプランに従わないことを、現状では最良の「対策」としておすすめします。(高木)
「風車」-第二六号(一九八〇年六月)
電力会社が、どんどん電気代を返している。四月一日からの値上げ(七月一日から電源開発促進税の三・五倍アップで再値上げ)に際して、値上げ日に検針せず、日割り計算というのは納得できない、すでに支払い済みの四月分電気代の「水増し徴収分」を戻して欲しい、との申し出に電力会社は大あわて。
なにしろ「電気代をまけろと言っているのではない。一円でも間違いのない正碓な計算の電気代を支払います」というのだから、グウの音も出ない。ひたすら低姿勢で、消費者の言い分通りに返したり、値上げ後の検針日までの分は旧料金としたり。ともかく早く申し出をのんで、騒ぎたてられるのを防ぐという受け身の一手だ。
一方、消費者の側は、二ヶ月後でも半年後でも、時効前ならばいつでも、電話一本で攻撃を開始することができる。しかも、現に返している実例が全国各地に数多くあるのだから、必ず勝つこと保証つき。その勝利が拡大すればそれだけ、申し出ないで不正料金を取られっぱなしになっている消費者のことはどうするのか、という大問題を鮮明に暴露することになる。
と、以上は大阪の「日高に原発をたてさせへんぞ! 電気料金不払い連合」のビラなどからの抜き書き。次号の本紙編集担当は大阪なので詳しい記事が載るかもしれないが、それまで待てない方は、〇六―六四七―四〇八九、不払い連に乞うご連絡。(西尾)
※この番号は現在は存在しません
「風車」-第二四号(一九八〇年四月)
ルイス・キャロルの有名な『不思議の国のアリス』に、「猫のない笑い」というくだりがある。木の上の猫の姿が消え失せて、笑いだけが残った場面は、テニエルの絵で有名だ。「笑いのない猫」をもじった、キャロル一流の遊びだというようなことを読んだ記憶もある。
この間もキャロルを読んでいて思った。彼の流儀で言えば、原子力は「マンションのないトイレ」なのではないかと。「トイレのないマンションかと思っていたら、実はトイレだけだった、ということにならないか。もっとも、そう言ったらすぐに、下水道もないからトイレにもならんよ、という声もあったが。
原産会議の森一久氏と対談する機会があった。「日本の濃縮や再処理の技術が軍事転用できるのはあたりまえのこと」と、ことも無げに言い、だから「公開の制限」を検討しているという。しかし、「軍事利用と平和利用は区別できる」と言いふらして、「あたりまえのこと」を認めてこなかったのが推進側だ。認めざるを得なくなったら、とたんに「公開の制限」ときた。「平和のない核利用」と言い出すのも時間の問題か。
設立総会からマスコミをシャットアウトして悪名高い「日本原燃サービス」に行って驚いた。サービスどころか、あるのは警備だけ。いかにも「下水道のないトイレ」を「サービス」する会社らしい。(高木)
「風車」-第二三号(一九八〇年三月)
福島第一原発の1号炉は廃炉にすべきである。設備容量では全国の原発の三パーセントほどを占めるに過ぎないこの原子炉で、昨年度は全国の労働者総被曝線量の四分の一にも及ぶ被曝があった。さらに現在は、一日一人あたり千ミリレムの「計画線量」のもとに、苛酷な炉内修理が続いている。このことだけをとっても、この原発を動かし続ける合理的な理由づけは見出せない。
同炉は美浜1号炉と並んで、動かない原子炉としても有名だ。七五~七九年の五年間の平均利用率は三十パーセントを割り、利用率六パーセントなどという年もあった。
給水ノズルのひび割れが発生し続け、削りを繰り返して運転を続けようとしていることも恐ろしい。それにともなって、七七年、八〇年と給水スパージャーの交換が続いているが、その経費も、一回あたり何十億円かかるはずだ。
西ドイツでは、ついにグントレミンゲン原発を廃炉にすることを決めた。もっともどう廃炉にするのか、処分の目途が立たないことが悩みの種という。
廃炉に踏み切れないのは、予想外に早くポンコツ化してしまった焦りを覆い隠すためなのか。それとも「原発は故障でももうかる」電気料金制度のためなのだろうか。(高木)
「風車」-第二二号(一九八〇年二月)
『原子力帝国』の著者、ロベルト・ユンク氏が来日した。来日直後に、親しく語り合う機会をもつことができた。原子力社会への鋭い批判は予期したとおりだが、気さくで優しい目をもった老人でもあった。
ある企画で氏にインタビューする役になったのだが、インタビューの終わった後でも、話はつきない。どうしてもユンク氏の考えを確かめておきたいことがあった。
「間に合うと思いますか」と極端に聞く。既に世界は核兵器網で覆われ、原子力開発が「核の時代」に拍車をかける。我々は地上が氏の言うカタコンベ(地下墓場)になることを阻止できるのか。現在の政治情勢下では、八〇年代に多くの国が核武装するのは必至だ。ほんとうに間に合うのか、今の私には確信がもてない。
「今なら間に合う」という答。しかし「私は長い間核を見つめてきた。世界は一歩一歩深刻な核の泥沼に入っている。今という時を失したらもうこの泥沼からはい上がれない」ともいう。鋭い時代意識をもったジャーナリストの眼がそこにはある。
今なら、と今しか、では大部違う。「あなたは本当に未来に確信がもてますか」「私は人民の力を信じたい。」そして老人は言った。「私が日本各地を見た後でもう一度話しましょう」。大きな期待と不安をもって、私はいま十日後の再会を待つ。(高木)
「風車」-第二一号(一九八〇年一月)
いよいよ八〇年代に入る。七九年から八〇年と暦が変わったことにどれだけの意味があるかは分からないが、大きな時代の流れを感じないわけにはいかない。
七〇年代を振りかえるとき、科学技術がことごとく市民を裏切ってきた時代であったという感が強い。七〇年代の初めに、すぐにでも「安全性」が立証されるかのように言われた原発は、次々に危険性をさらけ出し、七〇年代のどん尻には、TMI事故によって安全論争に決着をつけてしまった。
「プルトニウムの時代」といううたい文句も十年前に見かけた気がする。人工心臓から「打出の小槌のような高速増殖炉」まで、大活躍するはずだったプルトニウムは、すっかり「地獄の王の元素」の悪役イメージを定着させてしまった。インドに続いて七〇年代末には南アも核クラブ入りし、「平和利用」の幻想も打ち砕かれた。
世界に原子力船を駆けめぐらせているはずだった原子力船事業団は、ポンコツ「むつ」をかかえ崩壊寸前のありさまだ。原子力宇宙船などという話すらあった十年前だが、いまや空から原子炉衛星が落ちてくるのを心配する時勢となった。
夢物語にだまされる時代は終わったのである。いよいよ「危険を承知で原子力推進」の時代に入ったことを、原子力白書も示している。(高木)
「風車」-第二〇号(一九七九年一二月)
「学術」シンポ当日の経過もさることながら、その後始末のつけ方も、それを強行した人たちの意識のほどを示している。
翌日、伏見学術会議会長は記者会見し、「原発事故情報の収集、蓄積、整理、公開システムを制度化することの緊急性について全パネリストの意見が一致した」というコミュニケを発表する予定でいた。
こんなことが「シンポの成果」とはあきれるが、驚くべきことに「公開」の二字に安全委側がクレームをつけてきて、伏見氏も発表ではあっさり公開を省いてしまったという。
記者団から「肝心な語句を抜くようなことでいいのか」と質問されて、伏見氏は「いわれてみれば、その通り」と再修正の意を表明したという(以上二十八日付毎日新聞)。
この人にも安全委にも、原子力問題の本質が少しもわかっていないのだ。彼はぬけぬけと「ルールを守れば、今後、反対派とも話し合う」と言ってのけ、またシンポの中で米大統領調査委の報告をつまみ食いした石谷氏(当日の陣頭指揮者)は、「市民参加型の第三者検査機関が必要」と言ったという。ルールを無視し、市民を締め出しているのが自分たちだという意識がないとしたら、この人たちの今後が恐ろしい。(高木)
「風車」-第一九号(一九七九年一一月)
東京での反原子力週間の企画の一つに、ルポライターの堀江邦夫さんの話を聞く小さな集まりがあった。
堀江さんは、被曝労働者の実態を知るために自ら下請作業員として美浜、福島、敦賀の各原発を渡り歩いたとのことで、たいへん貴重な体験談を聞くことができた。ここに紹介しておきたいのは、しかし、そうした原発内での話ではない。
原発で働く労働者の被曝データをコンピュータ管理する「放射線従事者中央登録センター」なる機関が、昨年一月、財団法人放射線影響協会の下で発足した。それまで電力会社などによってバラバラに行なわれていたのを、労働者に背番号をつけて中央で一元管理しようとするもので、すでに十万人を超す労働者が登録されている。
ところで、堀江さんの話というのは、彼が、自分の放射線管理手帳の被曝歴の欄で、内部被曝の項が空欄になっていたため、センターに尋ねに行ったときのことだ。センターの職員は、「プライバシーの侵害になるから教えられない」と答えたという。プライバシーとは電力会社のプライバシーのことらしい。とにかく、センターが労働者の「健康と安全のため」のものでないのは確かなようだ。(西尾)
「風車」-第一八号(一九七九年一〇月)
九月二十九日付けの朝日新聞報道によれば、日本原子力産業会議が、"原子力平和利用三原則"の「公開の原則」を見直す原子力基本法の改正を検討しているという。同会議内に設けられた原子力基本法問題研究会の中間報告のうち、「まとめ」の部分を一暼してみよう。
そこでは、「核不拡散や核物質防護上、問題のあるような情報の公開」は「拒否すべき」であるとされ、「秘密保護の法制化について」「現行法では公務員以外の者による漏えいは基本的に不可罰とされているが、原子力の分野でそれで差しつかえないかが問題」とされる。
こうした法制化が行なわれるなら、「公開の原則といっても、現実はそうなっていない。運転を開始した人形峠のウラン濃縮工場だって公開されていない」と森一久原産専務理事が居直ってみせる現実がさらに悪化し、いまも隠されている事故や被曝の実態がますます闇に葬られて、内部告発もできなくなるのは必至だろう。
この「公開の原則」見直し論でいっそう明らかになったのは、軍事利用と平和利用との間に壁を設けることなどできないという事実だ。そうすることができるとの前提に立ってすすめられてきた日本の原子力開発自体が見直されるべきだろう。(西尾)
「風車」-第一七号(一九七九年九月)
大新聞紙上で、「実はTMIでは避難の必要はなかった」などという悪質なキャンペーンがなされている折から、やや旧聞に属するが、事故直後のNRCの秘密会議における委員や役人たちの混乱・腐敗ぶりの一端を紹介しよう。
〈ヨウ素の障害を防ぐためヨウ化カリを飲ませることについて〉●B委員=甲状腺に厄介なことはないか●K1スタッフ=神経異常になるって説には、その反対だって説もありますよ。●委員長=オーボーイ。俺はそいつが欲しかった。運転員は神経過敏になっちゃってるからな●K2委員=そいつはいいぞ。
〈四月五日、ヘンドリー委員長は、オコニー原発を使ってTMIのための冷却実験をするという驚くべき計画を明かす〉●B委員=もし、オコニーもTMIと同じ状態にもっていくなんてことを、誰か不注意で口にしたら……(満場哄笑)●委員長=そんなこと言ったら大変だぞ!
〈報道に関して〉●委員長=ホワイトハウスが記者近づけるなっていってきた●K2委員=それが賢明だよ……ブン屋って奴は何てタフなんだ。あいつらは飲んだくれさ。
B=ブラドフォード、K2=ケネディ、委員長=ヘンドリー、K1=ケネッケ(NRC職員)。(高木)
「風車」-第一六号(一九七九年八月)
かの「チャイナシンドローム」の試写会を見る機会があった。
映画としてのできはともかく、原発のコントロール・ルームの状況や原子力産業によるデータねつ道、事故隠しなど、現実感にあふれるものであった。
そして、日常的な安全性軽視や政治的配慮などが重なって、大事故を暗示させる後半へと盛り上がっていく展開は、評判の映画だけのことはあった。
と同時に、見ているうちにイライラしてきた。当日は、大飯1号炉が緊急停止した後、通産省と安全委に認められて、関電が運転を強行再開したその日だった。大気逃し弁が異常作動し、ECCSが入り、加圧器逃し弁が噴いた。その原因も不明なままに、圧力スイッチだけを交換するというその場しのぎの再開だった。これは、映画の中で、ポンプの異常振動に気づきながら、パッキングだけを取り換えることにより、運転を強行再開していった過程とそっくりではないか。
しかし映画と違って、日本の現実には、無暴をとがめる技術者もなく、我々の力も運転を阻止し得ていない。急にサスペンス仕立てとなり娯楽映画化していく後半の場面をぼんやり眺めながら、そのことばかりを考え続けていた。(高木)
「風車」-第一五号(一九七九年七月)
スリーマイル島原発事故の際、制御室ではどんな光景がくりひろげられたのか。断片的な記録をつなぎ合わせると、およそ次のようになる。
主給水系が停止し、補助給水系のポンプが入ったが、一次系の温度と圧力は急上昇する。弁が閉じていて補助給水が行われていないことに気づくまでに八分かかっている。札が下がっていて、弁の開閉を示すパイロット・ランプが見えなかったのだ。
そうこうするうちに、炉心は過熱状態になり、水位計も温度計も振り切れた。ECCSのポンプはたびたび停止し、主冷却材ポンプも異常をきたした。放射能洩れが始まり、やがて放射性ガスが制御室を襲った。警報の鳴りわたる中で、五十人とも六十人ともいわれる大勢の人々が、制御室中でてんてこ舞いをした。
事故発生約六時間後、制御室モニターは、毎時十レムという高線量を記録し、制御室からの避難命令が出された。制御室には"決死隊"の数名が残り、ガスマスクをつけて運転にあたった。
これは決して誇張ではない。制御室の状況を想像してみるだけで、戦慄が背筋を走る。それでもまだ、"運転ミス"にすべてを帰着させようとする人がいるのだろうか。(高木)
「風車」-第一四号(一九七九年六月)
「『話し合い主義』をとることで、果していつまでも問題を解決できるであろうか」と、財団法人社会経済国民会議がまとめた『紛争と合意形成――原子力への期待』は言う。原発立地の合意をいかにして得るか、についての報告書である。
正々堂々たる議論では勝ち目がないと見てか、彼らは、「日本人の妥協のしかたとして、『反対だが、しようがない』といった状況がある」と言い、「こうした状況を設定すること」を勧めている。たとえば、「調整役たる町の有力者は、表向きはあくまでも中立の立場を堅持することが必要であって、その間根回しによる説得を行うほうが効果的である。そして、最終的な段階で調整役自身の態度決定が大義名分を与えることになって、共同体の一つの決定としてまとまる」といった次第。
その最終的な段階では「押しきるべきところをもう一度話し合おうとするとかえってマイナス効果をうむことになってしまう」と、「一気呵成にことを運ぶ」よう訴えるのだ。
運動の着実な前進に追いつめられた彼らの焦りが、実によくあわられた報告書と言えようか。(西尾)
「風車」-第一一号(一九七九年三月)
イラン国民は、ついにパーレビを追い出し、イスラム共和制樹立に向かって歩み出した。このところイランに関する記事が新聞紙面をにぎわしている。
ところで日本での関心は、石油の問題に偏り過ぎていないだろうか。先日もラジオで、この間まで通産官僚であった"エネルギー通"のS氏が、「パーレビ国王は、オイルダラーを使って、工業開発をすすめ、道路や学校をつくって近代化をなし遂げた。日本人ならこれはすばらしいことと喜ぶのだが、保守的なイスラム教徒たちは、これについていけなかった」と言っていた。その口ぶりは、何と理不尽なことよと言わんばかりだった。
しかし"立憲君主制"の日本に比べたら、イランの方がこの革命によってはるかに進んだのではないだろうか。パーレビの計画していた大規模な原子力開発計画は、核兵器開発の意図がありありとしていた。新政府は、その計画をストップすることだろう。
物、金、エネルギーだけに眼を奪われ、人の心を理解できない官僚たちが、エネルギー政策を押し進めていることはおそろしい。私たちの反原発運動は、そんな人たちや政府に対して、はっきりと"ノン"を言っていく運動なのだと思う。(高木)
「風車」-第九号(一九七九年一月)
無理が通れば道理ひっこむ。子供相手にかるたをしていると、これはそのまま原発推進派のやり口ではないかと気がつく。
それでは、というので、しばし「反原発かるた」作りに興じる。かるたにもいろんなタイプがある。「イヌも歩けぬ原発廃墟」「論より証拠事故続き」というのは、いろはかるたをもじったパロディ風。もっとストレートに迫れば、「ハンゲンパツ世界の人と手を結び」とこれはスローガン風だ。「二万四千年はプルトニウムの半減期」というのは教科書風で、やや味気ない。
イロハニと進んできたが、こんな調子で各地の皆さんもつくってみてはどうだろう。本誌あてに送っていただければ、楽しい絵をつけ、来年のお正月にはかるた会をやってみたいのだが。
本誌の見出しにも、そのまま使えそうなのがあった。「ムラサキツユクサ、モニタリングのからくりを暴く」
つくってみると、短かい字数だけに、作者の潜在意識が凝縮されているのがわかる。そういえば、科技庁のはだかポスターなどお役人の意識まるだしだった。
各地の運動の熱気が伝わる傑作をどしどし作って下さるようお願いする。
原発は冥土の旅の一里塚。(高木・西尾)
「風車」-第八号(一九七八年一二月)
アメリカのユタ州のソールトレーク・シチーは、かつてウラン鉱の町として活況を呈した。いまや廃坑となったその地には、二百万トン近くの採鉱・精錬のかすが、五千アールの土地に放置されたままだ。
このかすには、ラジウムなど多くの放射性物質が含まれており、いまも放射能を放出し続けている。そのなかに、放射性気体ラドンが含まれている。空中に放出されるラドンは、住民の健康を脅やかすまでに、空中の放射能濃度を高めている。
事態を無視できなくなった州当局は、このかすを除去する方針だ。五千アールの土地を六十センチにわたって削りとり、鉄道で百五十キロ離れた砂漠に運ぶ。さらに、その上を七、八メートルの土か二メートルあまりのセメントで蔽うという。その経費は六十億円以上ともいわれる。
これは、これから世界の各地で起こることの一例にすぎない。岡山県の人形峠周辺も許容量すれすれに汚染されている。ウラン鉱の後始末の問題は、かつては無視され続けてきたが、いまや再処理残渣にも劣らない深刻な問題として認識され始めたのである。
アメリカではこれらの経費は、税金から出されるという。またまた、国民は高いツケを後から払わされることになるわけである。(高木)
「風車」-第七号(一九七八年一一月)
通産省は、電源開発社のカンドゥ炉導入を十月二十四日の総合エネルギー調査会原子力部会で正式決定するつもりでいたが、電気事業連合会などの強い反対で、見送りになってしまった。
カンドゥ炉は、カナダの開発した天然ウラン重水冷却型の原子炉だが、通産省の意図は、濃縮ウランを使わないカンドゥ炉の導入により、アメリカの核拡散防止政策をすりぬけ、さらに、国策会社電源開発を通じての国家主導型原子力推進をいっそう強めたいことがみえみえだ。
電事連は、安全性に問題があるなどと言っているが、いまさら安全性を心配するわけもなかろう。電力会社は、これまでしがみついてきた軽水炉から転向するわけにもいかず、電源開発の原発進出にも反発している。
この対立に、動燃事業団も一枚かんで、カンドゥ炉批判を始めた。同炉が、「次期原子炉」の座をめぐって、動燃の新型転換炉と競合するからだ。その新型転換炉には、ところが電事連も気乗りうす。ここに、さらに、新行政機構で開発計画の責任をもった科学技術庁が、独自の思惑で介入するという見方もある。
要するに、これは国民不在、無展望、無政策の原子力政策の典型だ。かんじんなのは、たまり続けるプルトニウムをどうするのか、ということだが、その策も立たないままに五者の思惑だけが入り乱れている。無策のツケは、国民にまわるのだからたまらない。せめて、もう一枚防衛庁がからむということにはならないでほしいのだが……。(高木)
「風車」-第五号(一九七八年九月)
電力業界の円高差益「還元」が本決まりになった。とはいえどうもすっきりしない。政党やマスコミは、我が党の試算、我が社の試算と、数字を競い合っているけれど、今年度分の差益額が今からはっきりわかるわけがない。むしろ問題なのは、そのはっきりしない今年度分の差益だけを返しますという政府・電力会社の姿勢そのものだろう。
差益の額だけが大事であるかのように数字を競い合うのは、問題のすりかえではないか。差益を「還元」する、値下げだなどと言うが、言いかえれば二年前の料金値上げこそが不当だったということなのだ。
その料金値上げに反対して不払い運動で対抗してきた諸グループは、さすがに正しく問題の本質をとらえているばかりでなく、創意に富んだ対応を提起している。
あるグループでは、「福田再選のためのお恵み値下げ反対」として、「還元」期間中の料金支払い保留を呼びかけた。また別のグループは、「差益ごまかしを許すな」と、差益分の自主値下げをすでに始めている。
「差益ごまかし」でごまかされた分は、原発を中心とした設備投資にまわってくる。すでに電力各社は「将来の設備投資にまわす」として昨年度までの差益を隠してしまった。通産省は八月二十二日、電力業界に対して「還元」を指導するのと並行し、差益の一部を「電源確保税」(仮称)として徴収、電源三法の補完にするとの方針を明らかにしている。「差益ごまかし」を許さない運動は、反原発運動の重要な課題の一つと言えるようだ。(西尾)
「風車」-第四号(一九七八年八月)
第二面の記事のように、通産省と科学技術庁は、美浜一号の燃料棒破損事故に関して、政治決着をはかってきた。
しかし、この決着のもとになった報告書は、ずさんきわまりないもので、かえって、「燃料棒の一部が溶融していたのではないか」という疑惑をつのらせる効果をもった、不思議なシロモノである。
この報告書は、事故の際に欠落し、原子炉内をまわっていたと想像される燃料やジルコニウム被覆管の回収状況と今後の運転への影響について述べたものであるが、その一部を紹介してみよう。
曰く「ジルコニウムについては折損量を上まわる量が回収確認されたことになるが、これは主に燃料棒の酸化ジルコニウム被膜のはく離によるものと思われる」
余分なジルコニウムが八キログラムも発見されたとなると、被覆管はいたるところで酸化し、ぼろぼろになっていたということらしい。
曰く「核燃体C―34内部のペレット片の存在の確認については、……その損傷状況からみて、なおその調査にも限界があり残余のペレット片が存在している可能性が残っている」
結局、燃料体の損傷状況も十分把握できていないのだ。それで、どうして「溶融はなかった」などと言えるのか?
そして結論に曰く「今後の運転において残留折損燃料棒片の存在が安全確保上支障となることはないと判断されるが、仮に固形物であると仮定して、折損燃料棒片が支持各子部にひっかかった場合の限界熱流束比……等を検討したところ安全確保上支障となるような結果は得られなかった」
根拠はなに一つ示されていないが、ともかく安全という結論になるのだそうな。(高木)
「風車」-第三号(一九七八年七月)
六月十二日の宮城沖地震は、一見頑強そうに見える現代技術とそれにがんじがらめにされた都会生活のもろさを、改めて教えてくれた。
それにつけても、日本でも有数の地震地帯である福島や茨城に原子力発電所が集中しているのも気になることだ。
震度五の地震で原発はどうなったかと気にかけていたら、奇妙な現象にぶつかった。この地震では、原研大洗の材料試験炉以外どこの原子炉もスクラム(緊急停止)しなかったという。一部の新聞では、福島や東海の原発が「ビクともしなかった」と、誇らしげに報道されている。
しかし、震度五の地震でスクラムしないことが、果して誇るべきことだろうか。安全性の考え方からすれば、むしろ止まるべきときにちゃんと止まってこそ、安全装置が健全に働いているというべきだ。
「震度五ぐらいの地震」では止まらないような運転をしているとしたら、その方が問題である。ましてや、福島原発では、昨年の事故以来、原子炉圧力容器の給水ノズルコーナー部を二十五ミリも削ったままで無理な運転をしている。
安全についての考え方を変えないと、とりかえしのつかない大事故を招くことになろう、と警告しておきたい。(高木)
「風車」-第二号(一九七八年六月)
五十二年度の原発稼働率は史上最低を記録したが、五月九日付の朝日新聞によれば、この低稼働率による計算上の損失は、電力業界自身の試算によっても、約千二百億円にも達するという。
電力会社ごとの損失額の試算を再録しておけば、東京電力の約五百四十億円を筆頭に、関西電力が約四百七十億円、中部電力が約九十億円、日本原子力発電が約六十億円、中国電力が約三十億円と続く。
もっともこの試算は、原発が動かなかった分の穴埋めとして使った石油代金と核燃料費の差額を計算しただけの単純なもの。一基あたり百億円ともいわれた昨年の修理費などを含めた実際の損失額は、はるかに大きなものとなる。
関電の小林社長は、「新技術をこなしていく過程で一々責任を取っていたら、原子力開発を進める人間がいなくなってしまう」と居直っている。
その無責任のツケが国民にまわってくるのではたまらない。「原発はひきあわない」という明白な事実を認めて電力会社が撤退するまでに、あとどれだけかかるのだろう。(高木)
「風車」-第一号(一九七八年五月)
めまぐるしい世の中の動きのなかで、すっかり忘れ去られたかたちになったが、カレン・シルクウッドの名は、一時新聞誌上をにぎわせた。
彼女はアメリカの核燃料会社カーマギー社の技術者で、労組の活動家だった。彼女が高速道路で"交通事故死"をとげたのは、四年前のことだった。彼女は、カーマギー社のずさんな放射線作業を告発する文書をもって新聞記者に会いに行く途中だった。"事故"の現場からは文書がなくなっており、他殺の疑いが濃厚となった。一時はFBIも調査を始めたが、いつの間にかうやむやになって現在にいたっている。
ところが最近のアメリカの科学誌によれば、当時カーマギー社がウエスチング・ハウス社に納めていた高速増殖炉用の燃料棒に欠陥品の疑いが出てきた。とすれば、彼女はずさんな品質管理や試験結果のねつ造の実情を知っていたために抹殺されたのかもしれないという。
彼女の死とそれにつきまとう底しれぬ無気味さは、決して過去のものではない。原子力社会は無数のカレンを生み出すのではないだろうか。第二、第三のカレンを日本で生み出してはならない。(高木)
『はんげんぱつ新聞』310号(2004年1月)
飯田哲也(環境エネルギー政策研究所)
鈴木かずえ(グリーンピース・ジャパン)
畑直之(気候ネットワーク)
武本和幸(刈羽村を守る会/反原発運動全国連絡会)
武本
柏崎刈羽で原発の問題が始まって三十五年くらいになります。いろんなことがありましたが、ここ数年というのは、かつての十年分もの変化が毎年起こっている気がします。昨年(二〇〇三年)で言えば、珠洲原発計画を電力会社が断念したというのが、一つの締めくくりになりました。その前に、東京電力の原発の圧力抑制プールでの異物混入があり、さらにさかのぼれば、前の年のトラブル隠し発覚から東京電力の原発が一時は全部止まって、冷夏のせいがあるにせよ、原発なしでも必要な電気は供給できるという事実が明らかになりました。後始末の費用が十九兆円になると電気事業連合会の試算が公表されて、それ自体が過小評価だという点はともかく、全体として、原子力発電が安いというウソも、きちんと管理されているというウソも、電力の安定供給というウソも、すべて化けの皮がはがされたわけです。そんななかで私たちとしては次に何ができるかという議論ができるとよいのですが……。
飯田
おっしゃられたように、いろんな側面で今、変化が出ている。原子力だけじゃなくて、右傾化とか保守化とか言われているものも、皆いっしょですよね。日本全体が流動期に入っていて、変化のマグマがあちこちで噴き出ている感じです。問題は、古いしくみを守ろうとしている人たちが、未来に対する明るい展望をもっていなくて、被害者意識しかないことです。まずいことに、ビジョンはないけど金と権限はあるから、ともかく抑え込もうとしたり、捨鉢というか、とんでもない方向に変えようとしている。そういう意味で、今はどちらの方向に向かうかという重大な局面ですね。
鈴木
十二月にグリーンピース・フランスが、EPR(欧州加圧水型炉)の実証炉の建設計画が具体化しようとしているのに対抗する報告書を出しました。EPRの建設費を風力発電に投資したら、雇用は五倍、発電電力量は二・三倍としています。十九兆円という後始末費用が正しいかどうかはともかく、その額を風力発電なり太陽光発電なりに投資したら、どれくらいの電気がつくれるのか、どのくらいの雇用が地域で現実のものになるのか--そういったことを試算して発表できたらいいですね。
畑
原発の問題の一つは、「地球温暖化防止」を推進の看板に使っていることです。私たちは、放射能も温暖化もない未来をめざしているんですが、温暖化防止については、京都議定書の批准がなかなか進まない中で「だったら日本も無理しなくていいんじゃないの」みたいな声が市民権を得てきています。それでも原発のほうは、もともと原発推進のために温暖化防止を理由づけとしているだけで本気じゃないから、そこは知らんふりして原発推進の看板はおろさないんじゃないでしょうか。
武本
原発が止まったぶん、東京電力では二酸化炭素の排出量が増えたといった宣伝は、相変わらずつづいていますしね。飯田
とはいえ、現実に原発を増やせないことも確かですから、余り大きな声で「原発推進で温暖化防止を」と言うと、逆効果になりかねない。長期エネルギー需給見通しの改訂作業が十二月から始まりましたが、環境の位置付けをだいぶ下げるようです。今度の見通しは二〇一〇年と二〇三〇年を目標年にするので、二〇一〇年はそれこそ京都議定書を無視したような現状維持シナリオが出るでしょう。二〇三〇年は「水素社会」。アメリカと同じで、根拠もなしにいい加減な絵を描くんだと思います。
武本
今年は原子力委員会のほうでも原子力長期計画の見直しが行なわれることになっていて、そこでやはり「水素社会」と言い出すようです。原子力で水素をつくります、と。鈴木
何もそこまでむりして原子力を使わなくてもいいのにね。畑
長期エネルギー需給見通しの議論では、産業界の委員から「原発の見通しがいちばん外れているのだから、もっと現実的なものにすべきだ」と発言がありました。もともと経済産業省の考え方というのは、原発と石炭を両方増やすというもので、それによってCO2排出量の帳尻を合わせるというものです。原発の見通しを現実的にするとなると、原発は建たないけど石炭火発のほうは計画通りできてしまっているので、CO2削減のために「もっと省エネを」とか「自然エネルギーを」とかいうことになることが期待されます。
武本
原発は増やせないから、設備利用率を上げて辻つまを合わせよう、と経済産業省では考えています。電力会社も、経済的な理由で、そうしたい。ところが、地元から出てきた声は「定期検査の短縮は困る」と言うんです。地元に落ちる金が少なくなるからなんですね。そんな矛盾もでてきている。
武本
一昨年八月の東京電力の不正発覚の前は、国と電力会社がいて、その言いなりになる県・市町村がいて、対極に反対運動があった。それが県・市町村はちょっと国・電力と距離を置き始めました。国と電力会社の間でも、本音ではもう原発をつくりたくないというのが出てきている。珠洲の話は、それが端的に出たのだと思います。鈴木
有害物質の使用なんかでも、政府の規制はヨーロッパよりずっと遅れているけど、企業の側は先取りをして不使用物質のリストとかをつくったりしている。そのほうが得だというのを敏感に見ているんですね。電力の世界も、やはり企業の側が先に変わっていくと思うんですよね。飯田
消費者が目の前にいる企業のほうが、対応は早いんですね。電力会社は、いままでは国のほうばかり向いていて、消費者が見えていなかったんですが、自由化という形で消費者が現われた。それと株式市場や金融市場の意味も自由化で変わってきました。原発への投資が難しいのは確かだと思います。鈴木
さっきの話に戻りますけど、政府って、国民を追い詰めるような宣伝の仕方をするじゃないですか。「原発をつくらないと温暖化になっちゃうよ」とか。リスクとリスクを並べて「どっちがいい?」って言うのはおかしいですよね。畑
それも、どっちがいいかは彼らのほうで決めてしまっているんですよね。放射能のほうがCO2よりこわくないと。
鈴木
暗い人たちだなって思いますね。私たちは、「リスクを回避できる道が、ここにあるんだよ」って見せていけたらいい。武本
原発がよくないことは皆わかっているけど、ここまで来て簡単に軌道修正できないというのが、原発の立地した地域の共通した意識だと思うんです。だから、ちゃんと軌道修正できる道が示せたら、変われると思う。飯田
実質的な変化は、地域地域で起こしていくのがいいのかな、と思います。鈴木
去年の夏に東京電力の人たちが「節電のお願い」で企業をまわったときも、すごく協力的だったっていうんですよ。やっぱり皆、原発なんてないほうがいいと思っているんじゃないですか。畑
「早く再開しろ」とか言う人は、いなかったんですか。鈴木
いなかったみたいですけどね。グリーンピースが東電の人を招いて開いた需給調整契約の説明会でも、参加者が「原発がなくてよいようにするには、どれくらいの省エネをしたらいいんですか。ただ『省エネをしてください』じゃなく具体的に数字で教えてくれたら、できるようにしたい」って迫っていました。畑
エネルギー消費を下げると言うとすぐ「現実的じゃない」と反論されるけど、「原発二十基増設」ほど非現実的なものもない。霞が関における「現実的」という言葉のほうがよほど「非現実的」ですよ。武本
それでも珠洲の計画断念のあとの経済産業省の大臣官房のコメントで「供給力を増やし量を賄うより、この先は需給の質を高めることにシフトする」とかいうのがありました。原発こそが安定供給を脅かすことは、昨夏ではっきりしたわけです。畑
はじめに今度の長期エネルギー需給見通しでは原発が抑えられそうとお話ししましたが、抵抗勢力ががんばるかもしれない。でも、それで議論になればしめたものですね。いままで議論にもなっていなかったんですから。飯田
そこで日本のNGOサイドでは、政府の見通しが余りに非現実的なので、ほんとうの意味で現実的な、そして希望のもてるシナリオを共同でつくろうということで、作成中です。政府側に合わせて二〇一〇年と二〇三〇年をにらんだシナリオをつくります。鈴木
二〇三〇年というと自分が生きていないかもしれない人がいっぱいいて、責任があいまいになるので、責任のとれる設定にしてほしいですよね。飯田
でも、逆に、そこにどういう絵を描けるかで哲学が問われるんだとも思いますね。イギリスの『エネルギー白書』では、二〇五〇年を目標年度にCO2を一九九七年比で六〇%削減する、七〇%でも可能だとしていますし、ドイツの政府諮問委員会の報告書では、世界全体で二〇五〇年までに三〇%削減という目標を示している。途上国で増える分を先進国が大きく減らすことで全体的に削減していくというものです。日本政府の政策は、中国と石油の取り合いになるとか、非常に下品ですね。やはり東アジアと共通の基盤に立って、いままでたくさんのエネルギーを使ってきた日本は最も率先した省エネ政策をとるといった、恥ずかしくないシナリオをつくりたいですね。
武本
かなりの人が、原発に限らず、日本社会の現状はおかしいと思っている。それに代わる社会の全体像が示せたらいいですね。
鈴木
省エネっていうのは、何も大ガマン大会ではないんですよね。利便性は保ったまま効率を高めて需要だけ減らしていける。飯田
昨年策定されたエネルギー基本計画は典型的な上から下へのエネルギー政策ですが、そうでなく下からつくりあげていくことが大事です。効率化についても、その方向性が必要だと思うんですよ。石油換算何キロリットルの価値だけで見るのではなく、人間一人ひとりの暮らしの基本が満たされるということをもとにね。特に日本は暖房がひどいですから、熱の使い方も考えてエネルギーの大量消費をせずにもっと質感の高い暮らしができるようにしたい。
畑
CO2を六%削減するなんていうのは、少しも難しいことではありません。エネルギーの利用効率を高める技術は十分にあるので、要は政策の問題なんですね。その先のところで先進国は七〇%削減しないといけないとなったら確かに簡単ではないでしょうが、そうした先まで見越していまからきちんと準備していけば、決して不可能なことではないと思いますね。武本
地元にはまだ原発がありますから、事故を起こさせないように緊張関係を保っていくことが最大の仕事だろうし、少しでも早くとめられるように、自治体の首長や議員という、いちばん身近な選挙で地域を変えていきたい。方向としては確実に未来が見えてきました。好機を活かせるよう進んでいきましょう。
(03年12月15日、環境エネルギー政策研究所にて収録)
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『はんげんぱつ新聞』310号(2004年1月)もくじ
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対談・私たちは次に何ができるか
-「原発のある社会」を終わらせるために
飯田哲也(環境エネルギー政策研究所)
鈴木かずえ(グリーンピース・ジャパン)
畑直之(気候ネットワーク)
武本和幸(刈羽村を守る会/反原発運動全国連絡会)
================各地からの便り===============
巻原発計画白紙撤回へ
-東北電力が「断念」表明
桑原正史(原発のない住みよい巻町をつくる会)
珠洲原発計画を断念に追い込んだ私たちの運動
北野進(珠洲原発反対ネットワーク)
珠洲、巻、そして……
自治体の思惑のずれを敦賀・美浜に見る
松下照幸(福井県美浜町)
「もんじゅ」運転を再開するな!
-県民の声、さらに高まる
小木曽美和子(もんじゅ訴訟原告団)
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映画評-「東京原発」http://www.genpatsu.bsr.jp
イラスト・文=橋本勝
原子力の発電コストは5.3円/kWh?
-電気事業連合会が電源別試算値を報告
編集部・西尾漠
反原発講座:予算から見る米国核政策
中村桂子(ピースデポ)
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月間情報(2003年12月)
11月の設備利用率
DATA BOX:人口1人当たり家庭用電力使用量(2002年度)
-地域別(東京・福井・大阪・新潟・福島・青森)
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