2004年01月22日

「風車」-第一一七号(一九八七年一二月)

「風車」-第一一七号(一九八七年一二月)

 今年の『原子力白書』が十二月一日、発表された。かつては大々的に内容を紹介したマスコミも、もはや食指が動かないようで、扱いは小さい。

 いまさら原発推進なんて、というのが大方の評価だろう。現に建設中の伊方3号が三年、玄海4号が二年、運転開始の予定を先に延ばされた。電力会社にしたって「いまある計画を延期するので大変」(小牧正二郎東京電力常務)なのが現実の姿である。官僚の作文を信じて「原発は国民生活を支える重要なエネルギーへと成長した」などと言い出すのは、一部の労働組合くらいのものだ。

 資源エネルギー庁の肝煎りで昨年から行なわれている「エネルギーフェア」も、今年は原発立地市町村のどこからも開催地となることを断わられた。やっと美浜町に泣きついて開いたものの、あいさつに立った敦賀市の高木孝一市長は「原発は安全第一が願い。立地市町村は血みどろに取り組んでおり、このようなお祭りは無意味でないか」と痛烈な"祝辞"(十一月七日付福井新聞)。

 これには、原発推進で知られた美浜町の自民党町議も「胸がスーッとした」という。一方、資源エネルギー庁の浜岡平一長官らは、ご機嫌ななめで早々に退席したとか。現実から遊離した原発推進派は、退席の時機を誤らないのが肝要なようだ。(西尾)

Posted by 編集部 at 00:10

「風車」-第一一六号(一九八七年一一月)

「風車」-第一一六号(一九八七年一一月)

 衆議院議員の小澤克介さんが、マイッタ、マイッタと言う。話を聞いても、私も「ウーン」とうなってしまった。まったく日本の役人というのは、どこまでも小賢く、そしてどうにもならない連中なのだろう。

 話というのは次のとおりだ。小澤さんが先日、政府に対してチェルノブイリ事故に関連して、文書質問をした。その中に、「ソ連国内の七カ所の放射線測定ステーションのデータをIAEAを通じて政府は入手していると伝えられるが事実か、事実とすればその内容はいかなるものか」という問があった。これは、ソ連からデータを得ながら秘密にしている政府に、公開を迫る質問で、回答やいかにと大いに期待をもたせた。

 ところがである。政府の回答は、データを入手している事実を認めながら、「その内容は、空間線量率、気温、露点温度……である」。これで終わりである。つまり、「内容」という言葉で、もちろん質問者は具体的なデータを聞いたのに対し、回答の役人はわざと取りちがえたふりをして、「内容」として、項目名のみを答えてきたのだ。これによって、彼らの具体的なデータを公表しないで済み、おそらく「してやったり」とほくそ笑んでいよう。

 まったく役人の小賢さといったら、想像を超える。しかし、この賢さは、まったく国民からそっぽを向いたものだ。こんなことでは、未来はいよいよおそろしい。(高木)

Posted by 編集部 at 00:10

「風車」-第一一五号(一九八七年一〇月)

「風車」-第一一五号(一九八七年一〇月)

 原子力安全委員会が、過酷事故時の格納容器の健全性の研究を、新たな研究計画に盛り込むという。

 チェルノブイリ原発事故の調査報告書では、原子炉設計の際に基準とした想定事故を超える過酷事故に際しても、格納容器は「かなりの耐力をもつ」としたが、本当のところはどうなのかを研究しようというわけだ。格納容器は事故時の環境への放射能放出の最後の障壁なのだから、安全委員会としても、さぞ心配なことだろう。

 右の事故調査報告書では、日本にある原発では暴走事故が起こらないかに言っていた。しかし、やはり不安は隠しようもなく、原子力工学試験センターで、今秋から七年計画の炉心内ボイド(蒸気泡)挙動試験がはじめられる。

 炉心の水を沸騰させないよう圧力をかけているのでボイドは発生しないはずの加圧水型炉でも、異常時には発生の可能性ありとして試験を行なうそうだ。動燃事業団もまた来年度から、新型転換炉の過酷事故時の安全性研究を行なうという。

 そんなに心配なら、現に動いている原発の運転管理は、さだめし慎重に行なっているだろう―と思うと、あにはからんや、本紙の毎号の記事に明らかなように、経済性優先の乱暴な運転管理が罷り通っているのだから、奇ッ怪だ。

 原発を動かしつづけることの矛盾ここにきわまれり。(西尾)

Posted by 編集部 at 00:09

「風車」-第一一四号(一九八七年九月)

「風車」-第一一四号(一九八七年九月)

「ポケットの中にはビスケットがひとつ ポケットをたたくと ビスケットがふたつ……」のどかな唄声が聞こえてきた。ふりむくと、物理学者の父親とその幼い子供たちだった。

 もう二十年も前のことが、童話のひとコマのようによみがえってくる。唄っていたのは、誰あろう、水戸巌さんと二人の息子さんだった。原子核研究所の裏庭から東大演習林へと続くあたりで、小春日和の秋の日の、静かな日曜日の昼下がりであった。

 水戸さんも私も、原子核研究所に移って間もない頃で、水戸さんは三十代前半で気鋭の行動派物理学者としてすでに評判だった。僕はまだ二十代で何事にも自信がなく、"噂の水戸さん"が目の前にいるのに、なかなか声もかけられなかった。もちろんその時には、その後二十年、反原発ということを通じて、これ程にも深いつき合いとなろうとは、思いもよらなかった。

 あの時もそれからも、水戸さんがポケットをたたくと、救援、反原発、死刑廃止……と、次々に課題がとび出して、そのどれをも水戸さんは誠実にこなしていた。その姿にいつも励まされてきたし、水戸さんは「ふしぎなポケット」をもっていると、いつも感じさせられた。

 山に倒れたことを嘆くまい。それは水戸さんにふさわしくない。「ふしぎなポケット」は望むべくもないとしても、せめてその志を受け継ぎたい。(高木)

Posted by 編集部 at 00:09

「風車」-第一一三号(一九八七年八月)

「風車」-第一一三号(一九八七年八月)

 記録的な猛暑となった七月二十三日、東京電力管内の一都五県で、「クーラー停電」と呼ばれる広域大停電があった。

 この日の午後一時十九分、昼休みが終わって企業活動がいっせいに再開されるのに伴って急速に電力需要が伸び、送電電圧が急降下したために変電所の保護装置が働いて、三カ所の変電所が同時にストップ。発電所は「大過剰」で供給力には十二分の余裕があるのに、系統運用の誤算から大停電となった点が特色だ。

 だから、この停電を原発建設の促進キャンペーンとすることは、本来、できない相談である。それどころか、原発の拡大こそが大停電の元凶のひとつと言ってよい。

 送電電圧を降下させた大きな原因が、過度の都市集中にあることは論を待たない。と同時に、原発を中心とする発電設備の側の集中・大型化、そして長距離にわたる超高圧送電線による大電力輸送と、送電系統の複雑化も、電圧の維持を著しく困難にさせているのだ。そしてまた、事故を連鎖的に波及させる素地となっているのである。

 とすれば、今回の停電の教訓を生かそうとするならば、需要の削減と、その需要のある場所で発電をする分散型の発電方式への転換こそが、選ばれるべき道だ。くれぐれもお間違えのないよう願いたい。(西尾)

Posted by 編集部 at 00:09

「風車」-第一一二号(一九八七年七月)

「風車」-第一一二号(一九八七年七月)

 ラシアン・ルーレットというのがある。西部劇でおなじみだ。六連発の拳銃に弾丸を一発だけ詰める。シリンダーをまわし、銃口を頭にあててひき金をひく。運悪く弾丸があたれば一巻の終わり、その確率は六分の一である。

 昨夏来、イギリスの科学雑誌『ネイチャー』誌上で専門家が原発の大事故の確率論争をくりひろげている。学者の議論は式の使い方がどうのと細かいが、基本となっている認識は単純だ。要するに、TMI、チェルノブイリと二つの大事故が約四千炉年の稼働歴の間に起こった。現在の世界原発数からすると、大事故の確率は一年あたり〇・一八ぐらいとなる。学者たちはこの先で、難しい議論をするのだが、それはどうでもよい。

 要するに右の事故確率は、先に述べた拳銃ゲームの恐怖の確率にほぼ等しい。ということは、我々が原発と共に生きているのは、この拳銃ゲームをやっているようなものだということになる。毎年一度ひき金をひく、助かったらまたシリンダーをまわして次の年にひく。既に二発の弾丸が出てしまったのだが、それでも弾丸を詰め直して、ひき続けているのだ。

 学者たちの確率論によると、この先十年間、運よくまったく弾丸の出ない確率は、約一六パーセント。我々のサバイバルの確率は、か細い糸のようだ。ま、安全委員会は、拳銃の型が違うから日本は大丈夫というけれど……。(高木)

Posted by 編集部 at 00:08

「風車」-第一一一号(一九八七年六月)

「風車」-第一一一号(一九八七年六月)

 原子力安全委に提出されたソ連原発事故調査特別委の最終報告書は、その場で直ちに了承されたという。あらかじめ出すべき結論を与えた上でつくられた特別委であるとはいえ、腑に落ちない話だ。

 それほどまでして、誰もが納得しうる結論だと誇張したかったのだろうか。しかし、報告書の中味は、特別委の委員の間でも、大いに異論が出て然るべきものと見える。

 委員の一人である佐藤一男氏は、ある雑誌の座談会で、反応度投入事象(暴走事故)評価指針は「たぶん見直すことになるでしょう」と語っていた。同じく委員の一人、宮永一郎氏は、防災対策の見直しを示唆する発言をしていた。しかし報告書は、何らの見直しも必要ない、と結論づけている。

「最高の権威」を以て任ずる特別委であり原子力安全委であればなおさらに、委員の間に異論のあることは、むしろ当然ではないか。意見の表示を義務づけられた最高裁の裁判官と同様に、各委員には、いまからでも自らの考えを、ぜひ堂々と明らかにしてもらいたいものだ。

 それにしても、報告書には、原発の推進者なりの責任感が微塵もない。委員の欺波正諠氏は、マスコミ向けの対応が「一段落したところで本当の検討をしたら」と、通産省の事故検討会で発言したらしいが、それは一体いつ始まるのだろう。(西尾)

Posted by 編集部 at 00:08

「風車」-第一一〇号(一九八七年五月)

「風車」-第一一〇号(一九八七年五月)

 この数年間に行なわれたフランスの原発の制御棒挿入テストでは、七つの原発で制御棒がうまく入らなかったらしい。そしてそのうち、一九八三年のトリカスタン原発など三つの例では、なんと最後まで原因が不明だったという。身の毛もよだつ話ではないか。

 アルゼンチンのエンバルセ原発では、一九八三年に二次冷却系ポンプが故障で停止し、弁の故障から非常ポンプも機能しなかった。あせった運転員はマニュアルを無視して余熱除去系ポンプを稼働させ、かえって危機を招いた。蒸気漏れの続く弁を運転員が閉めることに成功し、あわや大惨事を逸れたのは、三時間後のことだった。

 西ドイツの週刊誌『デア・シュピーゲル』が、こんな未発表事故例を数多く紹介している。IAEA(国際原子力機関)が集約した各国原発の事故情報二五〇のうち四八を同誌が入手したが、その四七までは、これまで公表されていなかったものだという。

 こんな事故のリストを前にすると、私たちが毎日ぐっすりと眠れるのは、それらの事実を知らされていないからだと思えてくる。IAEAは、世界の人々の安眠のために大きな貢献をしているのかもしれぬ。もっともこのままでは、彼らは人々の永眠にこそ道を開きそうだが。(高木)

Posted by 編集部 at 00:07

「風車」-第一〇九号(一九八七年四月)

「風車」-第一〇九号(一九八七年四月)

 電力消費量を抑制する「節電型」と呼ばれてきた電気料金の体系が、いわば「増電型」に変えられようとしている。三月末に電気事業審議会の料金制度部会がまとめた中間報告に示されたものだ。

 具体的には、新増設工場の電気料金を高くする特別料金制度、および使用量が増えると割高な家庭用料金の逓増制を、将来は廃止する方向で、格差の縮小を図るという。また、新たな季節別・時間帯別料金の導入も、盛り込まれている。

 季時別料金なるものも、ピーク需要の抑制が目的でなく、需要が少ない季節・時間帯の料金を割安にして需要を拡大しようというもの。特別料金制度や逓増制の「漸進的廃止」は、料金を実質的に下げてでも需要拡大を求める、電力業界の無謀な賭けを促す以外の何ものでもない。

 それで需要が再び伸びるとは考えにくいが、あえて賭けに踏み出そうというのは、それだけ電力業界が発電所、とりわけ原発の過剰に追いつめられているからだ。おまけに、まだまだ原発を増やすことが強いられている。発電用にしか使えない原子力利用の拡大のためには、電力需要を拡大するしかないのである。

 かくて打ち出されようとしている「増電型」料金制度の賭け。丁目も半目も、ご免こうむりたい。(西尾)

Posted by 編集部 at 00:07

「風車」-第一〇八号(一九八七年三月)

「風車」-第一〇八号(一九八七年三月)

 招待を受けて、再びウィーンを訪れた。今度は招待なので、いろいろな料理をすすめられる。特にウィーンといえば、ウィンナーシュニッツェル―仔牛の肉の大きな切れをカツにしたもので、たいへんおいしい。

 しかし仔牛の肉といえば、最も汚染のひどい食品のひとつだ。オーストリア政府の二月のデータによると、仔牛の肉のセシウム濃度は、平均でキログラムあたり七四〇〇ピコキュリー、先日インスブルックの屠場で、なんと十万ピコキュリーという"新記録"が出たという新聞記事もあった。ウィンナーシュニッツェルをすすめる人たちに、そのことを言うと苦笑い。「そんなことを言ったって、私たちの食べるものはみんな汚れている」。

 そう言ってしまうのも無神経だが、その言い分も一理ある。毎日の生活者にとっては、汚染のないものを選んでいる生活など、もう続かなくなっているのだ。というのは、汚染の持続は当初予測されていた以上だからだ。牛肉六〇〇〇、羊肉二三〇〇、豚肉一四〇〇(ピコキュリー/キログラム)など、すべて予想以上の汚染である。

 この分では、半年前のヨーロッパのガン死者予測を上向きに修正する必要もあるのでは、という声さえあった。あたらめてチェルノブイリ事故の深刻さを知る。だが、人びとの関心の低下も否定しようもないウィーンであった。(高木)

Posted by 編集部 at 00:06

「風車」-第一〇七号(一九八七年二月)

「風車」-第一〇七号(一九八七年二月)

 難航していた日米原子力協定の改定交渉が、ようやく合意をみたらしい。ともかくも政府レベルでは、最終的な妥結に達したようだ。

 現在は、米国で濃縮されたウランを燃料として使った後、再処理工場に使用済み燃料を送り、再処理し、製品としてのプルトニウムを動かす、そのたびごとに、米国の同意が必要とされる。これに対し、一定の条件の下であらかじめ包括的に同意しておく方式(ただし、停止権あり)に変更するというのが、改定の骨子。実質的には新しい協定になる、と考えてもおかしくない。

 問題の一つは、その条件に、核物質防護の体制の強化がうたわれていること。報道によれば、海外の再処理工場からのプルトニウム輸送は空輸に切りかえ、日本の警察官を同乗させるという。到着空港は、米軍や自衛隊の空港がよい、との意見もあるそうだ。

 国内の輸送についても「核兵器の材料は、核兵器なみに厳しい武装防護を」との声が聞かれるとか。一月二十九日付の日経新聞の社説には、「平和ぼけは禁物」なんぞという表現も飛びだした。核兵器をもたないハズの国で、核兵器なみの防護が必要とは!

 原発推進の理由に事欠いて、「戦争で物資の輸入が止まっても、原発なら一年半はもつ」ことが第一の"大義名分"とされるようになってもきた。原発推進の行きつく先は、いよいよもってきなくさい。(西尾)

Posted by 編集部 at 00:06

2004年01月21日

「風車」-第一〇六号(一九八七年一月)

「風車」-第一〇六号(一九八七年一月)

 新しい年を迎える。わが『反原発新聞』にとっては、ひとしお心ひきしまる新年である。

 チェルノブイリ事故でお祝い気分など吹っとんだが、本紙は昨年百号に達した。幸い野草社の称讃すべき協力を得て、みごとな縮刷版が完成した。後向きに過去を振り返るほどわが新聞も私たちも老けこんではいない。しかし、縮刷版を手にすると、とにかくも百号まで到達したことへの感慨に胸が熱くなるのは否定しようもない。

「たたかいの武器に反原発新聞を!」を合言葉に、伊方1号炉一審判決とともに第1号のスタートを切ったのが、一九七八年五月である。その号に中央電力協議会の長期計画として、「今後十年間に原発三十六基、設備容量にして三四一九万キロワットを建設」と紹介されている。その十年の計画期間の九年までを『反原発新聞』とともに歩んできた全国の運動だが、この期間に建てられた原発は十八基一六五三万キロワット分であった。半分を阻止したことになるが、やはりこの数字は苦い思いで受けとめざるを得ない。そのほとんどは既存地点への増設であった。

 十年のうちにはたたかいも変わる。チェルノブイリという不幸な事件を通じてではあったが、支える層の広がりも生まれている。「たたかいの武器」も、初心に帰っての努力を誓って、十年目の決意としたい。(高木)

Posted by 編集部 at 18:00