「風車」-第一二九号(一九八八年一二月)
『エネルギーレビュー』誌の十一月号でお茶の水女子大の湊和夫氏が、アメリカの電力会社の節電奨励策の新しい動きを報告している。
省エネ基準にかなった家電製品を買った消費者や、基準を満たすビルの新改築をする建築主に対し、電力会社が数万円から数百万円の節電奨励金を支払っている例は、以前にもこの欄で紹介した。そうした節電奨励策をすすめる電力会社の数がさらに増え、年間の予算も、会社によっては数十億円を投じたりしているそうだ。ビルの節電の工夫もいっそうキメこまかくなり、さまざまなアイデアを電力会社の側から提案している。
アメリカの電力会社はまた、自家用の発電設備をもつ企業や個人から余った電気を買い、電気を必要とする消費者に売る「電気の集荷・販売業」の色彩を強めてもいるらしい。節電奨励と余剰電力の集荷・販売―ともに、既存の設備を有効に使い、新しい発電所の建設を抑制する考え方のあらわれである。そのほうが経済的で、しかも環境への悪影響をなくせるというわけだ。
日本の電力会社は、節電どころか、電力需要の開拓とやらに精を出し、自家発電が増えるのは不利益になるとして、これを非難する。なんと目先の利害だけした見ていないことだろう。いや、いまの電気事業法の下では、それも仕方のないことか。(西尾)
「風車」-第一二八号(一九八八年一一月)
厚生省が、ようやくこれまでの輸入食品の放射能検査の測定結果の統計を公表した。一九八六年十一月一日から今年四月三十日までに検疫所および国立衛生試験所で検査した数は一万五二三二件で、うち一三〇九件(八・六パーセント)が精密測定されている。
その内訳と、八七年五月一日から今年四月三十日までに厚生省が指定した検査機関で検査した五三二八件中、集計対象となった三三七八件の食品群別、放射能濃度別の分布が表になっている(4面にその両方を集計して掲載)。
これらを合計した全検査数一万八六一〇件のうち約七パーセントにあたる一二八四件が十一ベクレル(キロ当たり)以上。これはかなり高い汚染率で、しかも検疫所の検査ではシンチレーション・サーベイメータで第一次の振り分けをしており、サーベイメータの精度からして五〇ベクレル以下のものは最初からはねてしまっている可能性もあって統計に現われないものも相当数あると考えられる。また、一〇一ベクレル以上のものが合計で二七四件で一・五パーセントもある。
今回の発表で三七〇ベクレル以下の結果を公表してほしいという要求に答えたつもりらしいが、分類が大まかな上、「その他食料品」など具体的にどんな食品を指すのか不明な点など、もっとはっきり内容を示すべきだろう。(渡辺)
「風車」-第一二七号(一九八八年一〇月)
二十一世紀のエネルギー源として電力会社は何を考えているか―高速増殖炉? 核融合? それとも太陽エネルギー?
いずれもハズレである。正解を、東京電力の依田直常務から聞くとしよう。日商岩井のPR誌『トレードピア』の今年三月号で、依田常務はこう言う。「二〇〇〇年ぐらいまでは原子力が主力で、二一世紀に入るころには、石炭のほうに移行していくのではないかと考えています」。
原子力から石炭へ。これが電力業界の現実的な選択なのだ。プルトニウムの商業利用の見通しが立たないことを思えば、石炭のほうがウランよりはるかに資源量が豊富で、使い勝手もよい。奇異とするには当たらない選択だろう。しかし、環境への影響はどうなのか。その場しのぎで原子力に傾いたり石炭に乗り移ったりする電力会社の姿勢からは、安易に環境汚染源をたれ流す様子が目に浮かぶ。
「脱原発法」の制定運動の提起のなかで、環境を傷つけないエネルギー政策の実現のための脱原発であることが強調されるのも、右のような電力会社の動きが現にあるからだ。石炭などによる環境汚染に厳しい目を向けてきた人びとこそが、ヨーロッパの各国で国政レベルでの脱原発を実現してきている。その意味するところを、しっかりと見すえておきたい。(西尾)
「風車」-第一二六号(一九八八年九月)
西ベルリンで発行されている『シュトラーレンテレックス』の最近号でスパゲティのデータをみると、二十検体中、二ベクレル/キログラム以下(セシウム値)が六検体、最高値が一四ベクレル、平均四・五ベクレルと、だいぶ下がってきている。全体的に汚染値は低くなる傾向にはあるが、まだまだ安心できない。
スウェーデンで「パーチ」と呼ばれる淡水魚から八二二〇〇ベクレルが検出され、湖沼に棲む生物の食物連鎖による体内濃縮のすごさに驚かされる。また、飼料の汚染のせいで、ミルクや乳製品は下がっていたものが、再び高くなったりしている。
北海道消費者協会がフィンランドから輸入された「ピートモス」を測定したところ、四二四二ベクレル検出された。ピートモスや腐葉土には基準値がない。同じく飼料や肥料も検査されないまま輸入されていて、これらの影響での二次汚染の拡がりが心配だ。
日本の畜産事業団が緊急輸入した脱脂粉乳の汚染が問題になったが、膨大な量の汚染食品が世界で流通していることを思い知らされる。ジャマイカ、バングラデシュ、メキシコなどの国々に援助やダンピングされて汚染粉ミルクが大量に入っている。日本で積み戻しとなった食品の行方はどうなっているのだろう。追跡の必要がある。(渡辺)
「風車」-第一二四号(一九八八年七月)
RCサクセションの反原発をテーマにしたレコードを東芝EMIは「すばらしすぎて発売できません」というコメントで発売を中止した。
レコード製作基準管理委員会の審査も通り、テスト盤も大量配布しラジオでも放送され評判を呼んでいた作品だった。親会社である東芝からの圧力か、原発擁護派への配慮からか……いずれにしてもとんでもないこと。「表現の自由」はどこにふっとんでしまったんだろうか。
アメリカでロックミュージシャンたちが反原発運動支援のMUSEコンサートを開いたのは一九七九年。反核コンサートの波はたちまちヨーロッパに広がった。各国の脱原発への動きとピッタリ重なり合う。日本のミュージックシーンは奇妙なくらいこうした動きには無縁で、チェルノブイリ事故を経てようやく出てきたという感じだったのだが。
ブルーハーツが大々的宣伝では売りたくないと自主製作したレコード「チェルノブイリ」もまた発売を自粛したそうだ。日本の音楽の世界では原発問題はタブーになってしまうのか。テーマによって表現そのものが否定されるなんてあってはならないことだ。
今回の事件で、日本が、感じたことを卒直に表現することすら許さない窮屈な社会であることを、あらためて強く感じた。(渡辺)
「風車」-第一二三号(一九八八年六月)
「巨悪は眠らせない」なんていきがる人がいて、さすが検察官は骨っぽいのかと思っていたら、けっこうセコいのもいるんですね、これが。
伊方2号炉での出力調整実験は原子炉等規制法違反だ、として、第一次(二月二十六日)、第二次(四月十五日)合わせて千四百三十八人の人が、四国電力などを被告発人に、松山地検に告発した。すると、担当の佐藤俊司なる検事が、告発人の何人かに事情聴取のための出頭を求め、出頭しないでいると「質問書」を送ってきたという。
その中味たるや、生年月日は、職業は? 反原発団体に所属しているか、属しているなら、その名称、事務所所在地、加入年月日は? さらには告発状連盟者との関係は?―と、捜査をすべき対象が、まるであべこべ。
告発は自発的か他人にすすめられてか、とか、告発は単なる署名とちがうことを理解した上で告発状に署名をしたのかと問い、また、告発の法的根拠を糺すことで、不起訴処分とすることの言いわけづくりを策し、ついでに反原発運動の調査までしてしまおうというのである。
告発人有志は五月六日、佐藤検事に抗議。全国の告発人の中で「出頭命令」や「質問状」を送られた人は、〇八九九―三二―一六六六 草薙・薦田法律事務所の薦田弁護士あてにご一報を、と呼びかけている。(西尾)
「風車」-第一二二号(一九八八年五月)
見てやったかい? 四月二十七日の電気事業連合会の広告。三十三の新聞に出した掲載料の合計が、ざっと二億とは豪気じゃねェか。これからも最低十回は出すんだとさ。
十六日の朝日新聞には、原発を止めたら標準家庭で月に四百円の負担増になるってな記事が出て、「四百円払うから原発を止めれてくれ」てェ人が電力会社に金を送りつけてきたりしてるそうだけど、原発を止めれば広告費の大部分は要らなくなるってもんじゃないかね。もちろん、四百円説のインチキの最たるもんは、放射能のゴミの始末にかかる費用を無視してるってことだがね。
ついでに言うと、朝日の記事で火力の点検停止なんかがあるから、ピーク需要時には原発なしでは供給力が不足するっての、ありゃおかしいぜ。以前にゃピーク時には火力の点検は避けてたんだ。それをいまは、わざわざこの時期に点検に入れて、見かけの供給力を下げてるんだよ。「発電設備は過剰じゃございません」て言いたくてね。
それにしても電事連の二億円広告のお粗末なこと。やはり、なんだね、まっとうな不安を広告でおさえ込むなんて、どだい無理な話さね。なまじ中味のある書き方をしようとすりゃあ、かえってボロが出る。ムードだけじゃ説得力がない。張り子のダルマみたように手も足も出ないってやつさ。(西尾)
「風車」-第一二一号(一九八八年四月)
香川県仁尾町に通産省がつくった海水中のウラン回収の実験プラント(金属鉱業事業団が委託を受け建設・運転)が、八七年度限りで閉鎖されることになった。
地球上の海水全体には約四十億トンのウランが含まれており、これを回収すればウランは無尽蔵だなどとして、通産省が「胸をはってすすめていけるプロジェクト」だったはずなのだが、採算性があまりに悪く、二年間動かしただけで淋しく幕。九〇年代には年間千トンのウランを回収する商業プラント三基を完成させることになっていた―などとかつての計画を振り返ってみるのは、酷というものかもしれない。
ともあれこれで、ウラン国産化の夢は、はかなく消えた。それでも、使用済みの核燃料からプルトニウムを取り出せば、これぞ「準国産資源」なり、と原発の推進者たちは言う。が、しかし……。
その「資源」の出番は、ほんとうにあるのか。プルトニウムの商業利用は、高速増殖炉にしろプルサーマルにしろ何にしろ、技術的にも経済的にもしょせん現実性はない。プルトニウムは余る一方。原発計画の後退で、ウランまでが余っている。
プルトニウムの回収こそ、早く幕にすべきだろう。ここで無理を通そうとすれば何が起こるかは、本紙の4面の解説を乞う精読。(西尾)
「風車」-第一二〇号(一九八八年三月)
グリム童話は、童話といいながら、けっこう残忍な話の多いことで有名だ。かの有名な「赤ずきん」のもとの話では、赤ずきんちゃんが狼に食べられてそれっきり、というのはよく知られている。
グリム童話ゆかりの地は西ドイツのあちこちにあり、観光ルートになっている。その起点はハーナウ、兄弟の誕生の地だ。ところが、今やハーナウといえば、史上最悪の核スキャンダル発生の地となってしまった。
この地にある核物質輸送会社「トランスヌークレア」社が、ドラム缶入りの放射性廃棄物を、ラベルをごまかしてベルギーの施設から、西ドイツのあちこちにこっそりと運んでいた。同社の汚職事件がきっかけとなって調査が行なわれると、出てくるわ出てくるわ、プルトニウムやコバルトを含むドラム缶が、西ドイツのあちこちから発見された。赤ずきんを被って潜んでいたのが、狼ならぬプルトニウムとは、現代童話は身の毛のよだつグリムな(ぞっとする)話である。
調査が進むにつれ、事件は親会社NUKEM(西ドイツ最大の核燃料会社)をまきこむプルトニウムの国際密輸への疑惑にひろがり、西ドイツの原子力産業は大揺れだ。赤ずきんの話は、狼に近よるなという警告だとされる。現代のグリム話は、もうこれ以上核に近よるな、の警告であるにちがいない。(高木)
「風車」-第一一九号(一九八八年二月)
伊方2号炉での出力調整実験は、同原発の所有会社である四国電力だけの実験ではない。加圧水型原発を持つ五つの電力会社とメーカーの三菱との共同実験だ。
それをなぜ伊方で?―という問いの答は、やはり四国電力がいちばん出力調整に熱心だからだろう。総発電量のうち原発の発電量が占める比率は関西電力のほうがやや高い。だが、原発の基数は、関西の九基に対し四国は二基。およそ小回りがきかない。
社長やら常務やらが口を揃えて言うように、「需要の低迷には最も弱い」体質を、四国電力は抱えている。そこで同社の佐藤社長は、「お客さまに電気を大いに使っていただくよう取り組んでまいりたい」と、昨年の年頭に語った。しかし、現実は厳しい。「大電源の時代は終った」と自ら宣言した言葉の意味を、同社長は、さぞやかみしめたことだろう。
建設中の伊方3号炉が運転に入ったら、それこそ年中、出力調整が必要な事態になる。にもかかわらず、工事の三年延期がやっとで、キャンセルはできないらしい。
もはや原発はお荷物になっているのに、電力会社には、自分の力でこれを止める能力が欠けている。苦肉の策が、すなわち出力調整である。反原発運動のひろがりは、電力会社にとっても救いの神と言えそうだ。(西尾)
「風車」-第一一八号(一九八八年一月)
謹賀新年。めでたさよりも大変さが気にかかる辰年の春だが、わが反原発新聞も早くも十周年。その年頭にあたり、心に期するものもある。まずは今年もよろしく。
ウランの原子核に中性子をあてると、さまざまな放射能ができる。かつてフェルミは、これをウランより重い新元素とみたが、ドイツの化学者ハーンは、その説に納得せず、化学分析の結果に基づいて、生成した放射能のひとつはどうしてもバリウムでしかない、と結論した。ウランが半分ほどの大きさのかけらに割れる―これは驚くべき発見であった。核分裂が発見されたのは一九三八年。今年でちょうど五十周年にあたる。
才たけた科学者は、えてして理論的可能性ばかりを追い求め、現実に足をすくわれる。鈍重なまでに経験的事実にこだわる観測者が、時として大きな発見をなしとげる。核分裂の発見にまつわる、この貴重な教訓がかえりみられず、核エネルギーの利用という可能性ばかりが追い求められたのが、この五十年であった。
世界各地の核被害者の続出、スリーマイル島やチェルノブイリなど巨大事故の頻発、そしてやり場なく蓄積を続ける核廃棄物やプルトニウム。五十年の歴史が残した現実を直視せよ。これからの歳月は夢から醒めるためのものでありますように。(高木)