「風車」-第一六五号(一九九一年一二月)
十一月十九日から二十一日まで、経済協力開発機構・原子力機関の「オメガ計画」第一回専門家会合が、茨城県水戸市と原研東海研究所で開かれた。
オメガ計画とは、高レベル廃棄物のなかの長寿命の放射能を「消滅処理」する技術の情報交換を行なうもので、日本が提唱したという。欧米諸国では七〇年代末~八〇年代はじめに研究を打ち切った技術をずっと宣伝しつづけていたのが、日本だった。
それがここへきて再び欧米諸国も声を揃えだしたのは、廃棄物の処分計画がどこでもうまく進んでいないためだ。現に消滅の実験をしているのですらないのに言葉だけを一人歩きさせて、すぐにも廃棄物を無害化できるかのように思わせ、受け入れさせようというのである。
実は「消滅」とは、放射能を消してしまうのではなく短寿命のものに変えるだけのこと。しかも、短寿命とは半減期が三十年くらいのものだから、超長期の管理は不要になったとしても、短期的にはむしろ、はるかに強い放射能を抱えることになる。おまけに、実際に処理をしようとなったら、対象とする放射能と他の放射能との分離と、消滅処理とを、なんべんもくり返さなくてはならない。それこそ危険な話だ。
放射能の問題は、つくり出さないという以外に解決の道はない。(西尾)
「風車」-第一六四号(一九九一年一一月)
台風十九号の影響で、青森県産のリンゴは予定収穫量の七割以上が落果してしまった。手塩にかけて育てたリンゴが「さあ、これから出荷!」というときにやられてしまったのだ。
農家が受けた経済的な打撃を少しでも救えればと、「落果リンゴを買おう」という呼びかけがひろがった。しかし、倒木などの被害は、約六百万本のうち五十六万七千本にもおよび回復に五年から十年はかかるとみられ、生産者たちはいま「出稼ぎ」「離農」に追い込まれている。
上関原発の建設に反対している山口県の祝島も、百年に一度という被害を受けた。停電、電話の不通が長く続き、道路が崩れてしまった。十分ほどで行けた畑に二時間もかかったり、船を使って入るしかないところもある。
ビワの木は、海寄りのものは塩害で、まるで火あぶりにでもあったように立ち枯れて、葉をボロボロ落とした。山の上の方の木は風でなぎ倒されてしまった。みかんも全滅。出稼ぎに行かなくても島で生きていけるようにと始めたビワ茶やビワの実の産直も当分できないと、島の人たちは嘆いている。
農民が農業で生きていけない現実。今回の災害で農業離れに拍車がかかることが心配だ。核燃や原発の建設・計画地の厳しい現実を、都会に住むもののひとりとしてしっかり受けとめたい。(渡辺)
「風車」-第一六三号(一九九一年一〇月)
PKO法案の国会上程と軌を一にして、返還プルトニウムの輸送への自衛隊活用論が、またぞろ頭をもたげてきた。
現職自衛官を休職ないし海上保安庁への出向の形で新造の巡視船「しきしま」に乗り込ませる案から、その「しきしま」を輸送船にして自衛艦が警護につくといった案まで、政府・自民党の一部で議論が再燃してきたとか。これにより問題の本質がいっそう露わになったといえる。
一つは、「しきしま」が軍艦そのものであることだ。対空レーダーや近接防空システム、機関砲などの装備は保安庁の職員では使いこなせないという主張が、それを裏づけている。そんな船をつくり保安管区外で活動すること自体、海上保安庁の軍隊家にほかならないのに、それでもあきたらずに自衛官を乗り込ませようというのだ。
第二に、「しきしま」を輸送船にといった案が出てくるのは、輸送船の安全対策として何が必要かがまったく顧慮されていない事実の現われである。危険性の認識の欠如に驚くが、それというのも輸送船についての情報が、政府・自民党のなかでさえ、ごく一部の人間以外には隠されているからだろう。輸送量も輸送容器も輸送期日もルートも、いっさいが極秘なのである。
軍隊と秘密と超危険物の三題噺では、空恐ろしくて落ち・つかない。(西尾)
「風車」-第一六一号(一九九一年八月)
前号に掲載した五月の各原発の設備利用率について、読者から問い合わせがあった。その前の月までは「定検中」としていた浜岡1、3号が「補修停止中」に変えられているのはなぜか、というものだ。
混乱させてごめんなさい。もっと前から「補修停止中」とすべきだったのです。
浜岡1号も3号も、ともに事故のために予定を早めて定期検査に入った。形式的には「定検中」、その実は「補修停止中」というわけだ。「事故停止中」の美浜2号にしても、四月十二日からは、形の上では「定検中」なのである。
そもそも、ほとんどの定検は補修を伴っているから、「定検中」と「補修停止中」を分けることは難しい。へたに分けようとしないほうがよいのかもと、もう思ったりしている。今後なお試行錯誤で混乱させることになりそうだ。あらかじめお許しを願っておくとしようか。
それにしても、「定期検査」とは奇妙な言葉である。ちっとも定期なんかじゃないのは、高浜2号の例にも明らかだ。同炉は、今年はじめまで十ヵ月間も定検がつづき、それから三ヵ月足らずでまた定検に入った。定検という名で事故の印象を弱めようとしている、とかんぐられるのは致し方なかろう。
検査の中味も、検査体制も、かなり怪しい。次号には「定期検査の七不思議」を書いてみようかしら。(西尾)
「風車」-第一五九号(一九九一年六月)
相次ぐ事故で何基もの原発が長々と止まり、電力供給を原発に頼ることの危うさが露呈した。そんななか、DSMなる言葉が"流行"の兆しを見せている。
デマンド・サイド・マネジメントの略で、電力会社が需要家側に働きかけて消費の抑制を図ろうとするものだ。本欄でもすでに一、二度紹介したが、省エネ投資に資金援助をしたり、需要家のクーラーのスイッチを順々に電力会社が無線操作で切るかわりに電気料金を割り引いたりする(送風は続けるし、短い時間なので、切られたほうではほとんど気づかないとか)。
アメリカでは昨九〇年に、年間の需要の一・三パーセント、ピーク需要の三・七パーセントをDSMで削減させた──と米国電力研究所では推定している。米国立オークリッジ研究所によれば、二〇一〇年の想定需要の一九パーセントを減少させることが可能だそうな。
五月末に日本の経済企画庁がまとめた公共料金政策に関する報告書でも、DSMを行なうための電気料金の多様化がうたわれた。しかしその中味たるや、「夜間需要の拡大による需要の平準化」でしかなく、また、発電所建設促進型の現行料金決定システムをよしとするものだ。
流行を本物にするためには、DSMが電力会社にとっても利益となるような料金制度をつくることこそ必要なのだが……。(西尾)
「風車」-第一五八号(一九九一年五月)
昨年度の原発の設備利用率は、平均で七一パーセントだった。とはいえ、一部には二〇パーセント前後のものもある(2面参照)。
定期検査の簡略化でむりやり利用率を上げてきたツケが、そこに現われてきているのではないか。八三年から八七年にかけての五年間では四〇パーセント以下のものは見当たらない。それが八八年以降ポツポツ目につくようになった。
事故で止まったり定検で機器の損傷が見つかったりすると、運転再開まで長くかかる例が、最近、目立って多い。浜岡1号炉では、昨年六月に定検に入って、いまだに運転を再開できずにいる。五体の燃料集合体で燃料被覆管の穴あきが確認されたうえに、その五体をふくむ七十八体で被覆管の表面がボロボロに剥がれているのがわかり、事態は深刻さを増した。
本紙一月号の「反原発講座」で、久米三四郎さんが米国電力研究所の実験結果を紹介している。高燃焼度燃料で被覆管表面の剥げ落ちが起こるというものだ。浜岡1号炉では八六年から、その種の燃料を使いはじめた。
高燃焼度燃料の採用で長期連続運転を今まで以上にすすめ、利用率向上を図ろうとすることの危険性が、早くも露呈したといえよう。(西尾)
「風車」-第一五七号(一九九一年四月)
チェルノブイリ原発の事故から、五年目を迎えようとしている。電力・原子力産業側では広報担当者の調査団をソ連に送り、事故の影響を報ずるマスコミに対抗しようと躍起だとか。
とはいえ、それは、しょせん無駄な努力でしかなさそうだ。大正海上火災では四月一日から、外航貨物の保険について放射能汚染は免責とした(同社の資料しか手元にないが、他社も同様だろう)。危険評価のプロが、チェルノブイリの事故は「今日に至るまで長期かつ予想外の広範囲にわたり放射能汚染等の被害を及ぼし続けて」いるとして、外航貨物の放射能汚染を「算定不可能な巨大リスク」と評価した、というのである。
右の決定は、昨年十月、英国海上保険市場が放射能汚染免責の協会約款を制定したことによる。海上保険以外ではすでに免責扱いになっていたが、従来は、輸送中のリスクまでは考えていなかった。それがチェルノブイリで認識を新たにしたという次第。
原子力と保険の問題の詳細は、本号と次号の「反原発講座」で池野高理さんに論じていただいているのをご参照下さい。さらに興味のおありの方は、同氏著の『保険社会』(技術と人間)をどうぞ。
それにしても、「算定不可能な巨大リスク」を抱えた産業がなお存続しているとは!(西尾)
「風車」-第一五六号(一九九一年三月)
福井県小浜市議会の保守系会派・平政会が二月二十三日、関西電力から美浜事故の説明を受けた。その席上、同電力福井原子力事務所の和田章副所長が言ったことがすごい。
いわく「三千二百六十本の細管が一気に破断しても大丈夫な設計になっている」。保守系の議員が相手ならと、高をくくったということだろう。陳謝して発言を撤回したが、「安全性を強調したいばかりに誤解を招く発言となった」のだという。
問題は、何もわからないうちから、ともかくまず「安全性を強調」することにある。破断の大きさも一次系から二次系への冷却水流出量も、はじめはできるだけ小さく言い、それから徐々に大きな数字に変えてきた。
二月十二日に記者会見をした原子力安全委員会の内田秀雄委員長も、まず「想定していた通りにそれぞれの安全系統が働き、うまく対応してくれた」「あってもやむを得ない事象だった」と断言する。だが、実はまったく想定通りでなく、むしろECCSの有効性を疑わせる事故経過だったことが、後にわかってきた。
まず「安全性を強調」する国や電力会社の姿勢が気になるのは、これでは住民の避難を必要とする事故が起きた場合、対策が遅れるのは必至だからだ。まさに命を蔑ろにするものだろう。(西尾)
「風車」-第一五四号(一九九一年一月)
正月は冥土の旅の一里塚──と、ひねくれ者の俳人は詠んだ。いまは正月ごとに年をとることもなくなったが、正月であれ誕生日であれ、年をとるのに変わりはない。
原発だって年をとる。日本の原発も、東海原発は満二十四歳に達して昨年には「廃炉推進チーム」が日本原電の社内につくられた。七〇年代初期に動き出した原発も、次々、二十年という節目を迎え、老朽化の問題がいよいよ目につき出している。
ところが原子力産業側は、寿命延長などという。米原子力規制委員会は昨年七月、最長で六十年までの延長を認める考えを打ち出した。日本でも、電力中央研究所や原子力研究所などで延長の研究がすすめられている。日本の場合には運転期間の定めがないから、法令上はいくらでも延長が可能である。
しかしこれも、新しい原発がつくれないなかで原子力産業を維持する苦肉の策。原子力産業そのものの老朽化を意味していると言ってよいかもしれない。実際、アメリカでも日本でも、原子力工学科に入学する学生はめっきり減り、教官側も若返りがなく老齢化しているとか。寿命延長といっても、すでに先は見えていよう。
人間にとっては年をとるのも必ずしも悪いことではないが、原子力産業としては亀の甲より年の功とはいかないようだ。(西尾)