2004年01月22日

「風車」-第一七七号(一九九二年一二月)

「風車」-第一七七号(一九九二年一二月)

 能登原発の「試運転」が十一月二日からはじまった。同月十日、浜岡4号炉では「燃料装荷」が開始された。さて、問題です。「試運転」と「燃料装荷」は、どちらが先に行なわれるものなのでしょうか。

 これに答えるのは、少なからず難しい。右の例では、正解は「同じ」である。しかし、浜岡4号炉の場合、やがて初めて発電が行なわれるときに、試運転に入ったと言われることになる。とすると、やはり燃料装荷が先なのか。

 かつては、初発電から試運転と呼ぶのがふつうだった。二〇パーセント、五〇パーセント、七五パーセント、一〇〇パーセントといった具合に、出力を順次上げながら試運転を行なうのだ。ところが八八年十月十七日、泊1号炉が燃料の装荷をはじめるとき、これを試運転と称した。以来、試運転に定義が二つできてしまった。

 燃料装荷の開始を試運転入りと呼んだのは、泊1、2号炉と、今回の能登のみ。他は皆、初発電から試運転としている。後発の北海道・北陸両「北電」の焦りが、名目だけでも試運転入りを早めさせたわけなのだろうか。

 泊が運転に入って、北海道電力は「作ったものは売る」(戸田社長)と、需要拡大を余儀なくされた。能登が運転に入ると北陸電力では「全社的なコスト低減が必要」(森本社長)となり徹底した合理化が迫られる。

 焦ることもないのにね。(西尾)

Posted by 編集部 at 00:45

「風車」-第一七六号(一九九二年一一月)

「風車」-第一七六号(一九九二年一一月)

 十月十七日付けの『長周新聞』なる新聞を知人から見せてもらい、迎天した。「核武装が真の目的/プルトニウム輸送」と見出しのついた記事が載っている。

 そこに「原子力資料情報室通信 西尾漠氏」とあり、五十行近い文章がつづいているのだ。しかし、同紙の取材を受けた覚えは、まったくない。内容から察するに、『世界』十一月号の《特集・プルトニウム大論争》のなかの拙文から、つまみ食いをしたものだろう。

 それなら、そのように引用すべきだ。右の見出しの如き問題意識にもとづく取材に応じてコメントを寄せたと思われるのは、迷惑この上ない。引用にしても、そんな主張を補強するのに使われるなんて、やはりゾッとしないのは同様だけれど……。

 プルトニウムは原爆の材料であり、公開の原則の空洞化は軍事転用への歯止めが外れることを意味する。核武装への警戒は、あって然るべきだろう。が、右の主張は余りに短絡的に過ぎる。しかもこの主張は、プルトニウム利用に反対する多くの人びとの想いを一面的に切りちぢめるものでしかない。

 本紙前号の4面に書いていただいた藤田祐幸さんも、『長周新聞』の被害者だ。その藤田さんの論だが、同じような理由で、全面的には賛成しかねる。PKO法のもつ意味が、藤田説では却って矮小にならないか。(西尾)

Posted by 編集部 at 00:45

「風車」-第一七五号(一九九二年一〇月)

「風車」-第一七五号(一九九二年一〇月)

「当事者でないので所感の表明は差し控えたい」―もんじゅ行政訴訟の最高裁判決に対する動燃事業団の弁である。原告が負けた一審判決のとき、「誠に意義深い」とコメントしたのは忘れたものか。まさに"二枚舌の動燃"の面目躍如と言ってよい。

 九月末に開いた高レベル廃棄物処分技術の成果報告会でも、原子力産業新聞に載っていた参加受け付けの電話番号に申し込むと、招待者のみと断わりの返事。「記事は間違い」なのだという。数日後、今度は電気新聞に、同じ間違いの記事が出ていた。

 高レベル廃棄物の中間貯蔵地や試験研究地と、最終処分地との関係については、時により、別だと言ったり、動燃の処分の実施主体に非ず、と逃げたり。ただし、この点では、動燃のみならず、皆が二枚舌となるようだ。

 4面「反原発講座」にもご登場の川上教授は、両者の「区別を、とりあえず明確にする必要がある」と言いつつ、また、いわく「地下研究施設の立地を当面、容易にするために、処分の実施主体の将来の活動を制約するような線引きはできない」。

 動燃の技術報告書なるものは、一方で、地層処分は現状技術で可能と宣伝しながら、他方で、本格的な研究はこれからと言って研究施設の必要性を訴える。そんな動燃に、大丈夫、安心ですと請け合われてもねぇ。(西尾)

Posted by 編集部 at 00:43

「風車」-第一七四号(一九九二年九月)

「風車」-第一七四号(一九九二年九月)

「誠にありがたく感謝に耐えない」。白糠漁協が東通原発計画に伴う漁業補償を受け入れたのに際しての東京電力・那須翔社長のコメントである。

 二十数年間も工作をつづけてきた

"立地マン"の苦労を思えば、当然の言葉ではある。「実は、まとまらなくてもよかった」なんて言ったら、社員が浮かばれない。

 しかし、原発建設が現実のものとなると、東京電力としては、やっかいな問題を抱えざるをえないのも確かだ。六百キロメートルから七百キロメートルに及ぼうという超々高圧送電線を新たに敷説しなくてはならないという問題である。

 八二年九月十六日づけの日本工業新聞では、その費用が二~三兆円とされている。十年の間の値上がりを考えずとも、たいへん大きな額だと言えるだろう。

 そこで、とりあえずは東北電力の一基だけ建設するとの話になっていた。それなら送電線の新設は必要ない。が、原発自体の経済性は悪くなる。東北電力のといっても、建設費の一部を東京電力が負担し応分の電力を引き取るわけで、これまた、正直なところ、大歓迎とはいかない。

 東通は結局原発以外の"何か"に化けるのでは、とのウワサの根拠はここにある。漁業補償協定後の記者会見で、東北電力の明間輝行社長は「他の目的に利用する計画は一切ない」と断言したというのだが……。(西尾)

Posted by 編集部 at 00:42

「風車」-第一七三号(一九九二年八月)

「風車」-第一七三号(一九九二年八月)

 ベラルーシの首都ミンクスで開かれたチェルノブイリ事故の影響に関する国際シンポジウムに参加した。ベラルーシでは科学者、医学者による調査研究はかなり精力的に行なわれている。事故直後のヨウ素131の汚染分布を再現する作業が進められており、プルトニウムについても239だけでなく各同位体の測定データが蓄積されている。

 IAEAはこれら現地科学者の貴重な研究をまったく無視し、放射能による影響はたいしたことなしと結論づけている。この結論の背景には広島・長崎の被曝の過小評価がある。日本から現地入りしている笹川財団を受け皿にした医療チームもIAEAと密接につながり、被曝に苦しむ人々には何も貢献していないという不満の声をいくつも聞いた。

 今回のシンポでは、日本側からは広島・長崎の放射線被害の実態とその評価についての報告がなされた。活発な意見交換があり、低線量被曝の危険性についての認識は一致し、核兵器の廃絶と原発およびすべての核燃料施設の廃棄をめざし努力するという内容の共同声明を採択した。

 しかし、原発を持たないベラルーシを原発を導入しようという動きもでてきている。シンポをきっかけにできた交流をさらに深め、情報の交換を密にし、ともに脱原発への道を歩みたい。(渡辺)

Posted by 編集部 at 00:42

「風車」-第一七二号(一九九二年七月)

「風車」-第一七二号(一九九二年七月)

 PKO(国連平和維持活動)協力法案が六月十五日、強行可決されてしまった。法の廃止を求めること、実際に自衛隊が海外に出て行くのをとめることが、今後の課題となる。

 カンボジアへの派兵を許せば、返還プルトニウムの輸送に自衛艦を護衛につけよとの主張も、きっとまた力をもってくるだろう。某野党の幹部議員の秘書が「プルトニウム輸送を考えればPKOは必要でしょ」と語ったと言われるように、本来は何の関係もないはずの二つのことが、彼らの頭のなかでは一つになっているようなのである。

 プルトニウムの輸送がつづく限り、右の主張は何度でも何度でもむし返されてきそうだ。そして、仮にもし自衛艦が護衛につくとすると、「核物質防護」を理由に、その装備は、いっさい秘密にされることになる。

 現在、プルトニウム輸送船「あかつき丸」(もと使用済み燃料輸送船「パシフィッククレイン」を改造)の護衛にあたるとされている海上保安庁の新造巡視船「しきしま」も、当初はそれなりに明らかにしてきた装備について、昨年六月の進水のときからは秘密にしてしまった。

 プルトニウム輸送という大きな無理が、海上保安庁を同庁設備の趣旨から逸脱させる無理を生み出した。その先には、もっと大きな無理が待っているようだ。(西尾)

Posted by 編集部 at 00:41

「風車」-第一七一号(一九九二年六月)

「風車」-第一七一号(一九九二年六月)

 五月三十日、井上光晴さんが、がん性腹膜炎で逝った。井上さんには、長崎の被爆を扱った小説の『地の群れ』や『明日』のほかに、原発を主題とした戯曲や小説が数篇ある。

 八九年に文芸春秋から刊行された小説『輸送』は、使用済み燃料の輸送車の"事故"を描いたもの。そのあとがきには、こうあった。「あえていうが、『輸送』は近未来小説ではなく、SFでもない。この作の主題は文字通り『明日』にかかわる『今日』そのものの現実におかれている」。

 それは、原発が現に運転され、使用済み燃料などがひんぱんに輸送されている「今日」が「明日」の大事故を準備しているという以上に、原発の存在そのものが「今日」、人々の心を、また、社会全体をゆがめていることを指しているのだろう。核物質の輸送に係る情報を秘密にせよ、という科学技術庁の通達があらためて浮かび上がらせた「核管理社会」の姿は、まさにSFどころではない。

 八六年に同じ文芸春秋から出た『西海原子力発電所』も……と、ここまで書いてきたとき、今度は山戸順子さんの訃報が飛び込んできた。順子さんには、彼女が山口県上関町の町議に当選したとき、インタビューをさせてもらったりしている。肺がんのため三十日死去。三十八歳だった。

 口惜しくも、ただ冥福を祈るのみ。(西尾)

Posted by 編集部 at 00:41

「風車」-第一七〇号(一九九二年五月)

「風車」-第一七〇号(一九九二年五月)

 高速増殖炉から増殖抜きの高速炉へ、という動きはすでに八〇年代の中頃から生まれていた。それに逆らいつづけてきたのが、日本だ。

 ところが、四月二十日、動力炉・核燃料開発事業団の石渡鷹雄理事長が、外国特派員協会との記者会見で「高速炉への移行」を表明、こっそり軌道修正がはかられていることを認めた。いわく「プルトニウムを増やす技術があれば、減らすこともできる。時代の要請によってどちらの方向へも向けられる」。

 二十一日付の電気新聞はこれを「夢の炉はマルチ原発?」と評したが、正しくは「二枚舌原発」とでも呼ぶべきだろうか。そういえば、新型転換炉については一足早く、「軽水炉よりプルトニウムが余計に生まれる」とされていた宣伝文句が「軽水炉よりプルトニウムを余計に燃やせる」というものに変わっていた。科学技術庁内では「ゴミ焼却炉」と名づけたそうだ。

 高速炉も、「夢の炉実はゴミ焼却炉」の正体をあらわにした。プルトニウムを減らすのが時代の要請だと言うのなら、消却するよりまずプルトニウムを取り出さなければよい。再処理をやめるべきことは、言をまたない。

 高速増殖炉によってウランを六十倍に有効利用できるなどという与太話が聞けなくなると、原子力の"夢"もずいぶん色褪せたものになりそうだ。(西尾)

Posted by 編集部 at 00:40

「風車」-第一六九号(一九九二年四月)

「風車」-第一六九号(一九九二年四月)

 原子力資料情報室の大熊富夫さんを火災に伴う一酸化炭素中毒で喪った。享年三十三歳の、早すぎる死だ。

 同情報室と反原発運動全国連絡会は事務所を共有しているが、二月末に移った新事務所は手狭なため、近くに"分室"をもった。その"分室"で三月六日、大熊さんは引っ越し荷物の整理をしていた。ところが、部屋に入る際に、入口近くにあった電気コンロのスイッチが荷物に押されて着火してしまったらしい。部屋の奥にいた大熊さんが異変に気づいたときには、すでに一酸化炭素を吸い込んで動けなくなっていたのだろうという。意識不明のまま病院に運ばれ、翌日、息を引きとった。

 火災は延焼に至らず小火でおさまったが、そのことがかえって理不尽に思えるほど悔しい大熊さんの死だ。大熊さんには、『反原発新聞』の発送や書店への委託販売などで、とてもお世話になった。また、最近は電気事業法の国際比較に興味を示していて、資料の収集やまとめ方について相談を受けたりしていた。

 電気事業法をめぐっては、分散型電源の普及を図る趣旨での見直しがすすんでいる。大熊さんはさらに、発電・送電・配電を地域独占の電力会社が一貫して行なう体制の問題点を指摘していた。冥福を祈るとともに、右の問題意識を引きつぎたいと思う。(西尾)

Posted by 編集部 at 00:40

「風車」-第一六八号(一九九二年三月)

「風車」-第一六八号(一九九二年三月)

 日本企業が輸出を狙うインドネシアの原発建設に反対する集会が、三月三日、横浜で開かれた。そこで出た質問が、同国の電力需要は?というもの。しかし「需要」とは一体何なのか。

 インドネシア電力公社によれば、九〇年度のジャワ島の電力需要は二百六十六億キロワット時、ジャワ島以外では七十五億キロワット時である。人口の六五パーセントが住むにすぎないジャワ島に、他のすべての島を合わせた需要の三・五倍もの需要があるというのは、そこで言う需要が、住民の暮らしに伴う必要量とはまったく無縁なことを示している。

 電気が送られていない地域では、住民が電気を欲しがったとしても、それは需要には数えられないのだ。一方、電気が送られている地域では、電気をつかわせるための需要の喚起が行なわれる。そうでなくては、電力会社が成り立たない。

 日本でも八九年一月一日付の電気新聞で、九州電力の渡辺哲也社長=当時(故人)がこう言っている。「需要と供給が大きなかい離、アンバランスが生じています。これを適正にするためには需要を拡大しなければなりません」。

 需要は、そのようにしてつくられるものである。供給力過剰の九州電力が新規の原発をつくれば、また必死の需要開拓が行なわれるようになる。いい加減でそんなことはやめるべきではないか。(西尾)

Posted by 編集部 at 00:39

「風車」-第一六七号(一九九二年二月)

「風車」-第一六七号(一九九二年二月)

 上段にあるように、回収ウランの大規模な転換試験が人形峠で行なわれようとしている。回収ウランとは、再処理をして回収されたウランということだ。

 プルトニウムとウランと死の灰とを分けて取り出すのが再処理だが、実際にはきれいに分かれないで、微量のプルトニウムや死の灰が回収ウランには混じっている。おまけに、ウランのうちでも、娘核種が強いガンマ線を出すウラン232が増えていたりして、やっかいなウランである。

 このウランをもう一度転換・濃縮して核燃料にしようとすると、工場が"汚れて"しまう。そこで、環境汚染や労働者被曝の評価と対策、廃棄物の取り扱いなどについて試験を行なうわけだが、そもそも無理をして回収ウランを使う必要はない、というのが世界的な認識だ。

 ところが日本では、いまさら試験だとか。それは、プルトニウムを利用するというだけでは再処理を強行する説明がつかず、プルトニウムの利用そのものにブレーキがかかってしまうからだろう。使用済み燃料の大部分を占めるウランを―大量の放射能のゴミとはせず―利用できるならば、確かに再処理の合理性を主張する根拠となりそうだ。

 とはいえ、回収ウランの利用も不合理・不経済なのは自明。どう考えても再処理に合理性なんてない。(西尾)

Posted by 編集部 at 00:38

「風車」-第一六六号(一九九二年一月)

「風車」-第一六六号(一九九二年一月)

 ソ連が消滅し、戦略核・戦術核合わせて三万発を超すという核兵器の行方が懸念されている。廃棄される核弾頭から取り出したプルトニウムなどの管理も、まったく不透明である。

 もっとも、それは政治体制の変化で初めて生じた危惧ではなく、旧ソ連だけの問題でもない。これまでは厳重に管理されてきたと見るのが錯覚であり、核を管理できるとする考えにもともと無理があることは、ことさら指摘するまでもなかろう。

 そこで、核弾頭の廃棄後のプルトニウムについては、管理をしなくてすむように、高速炉をつくって燃してしまうとか、高レベル廃棄物と混ぜて埋設処分するとかの案がある。高木仁三郎さんが参加したベルリンでのこの問題の専門家会議でも、専らそんな議論だったそうだ(『原子力資料情報室通信』12月号)。

 しかし、人間による管理は信じられないから技術的解決をとの発想は、やはりおかしい。それ自身危険で、後戻りのきかない技術ではなおさらだ。すでに生み出されてしまった核物質だけは、技術的解決をあてになどせず、管理していくしかないだろう。しかも、あくまで民主的に、と無理を承知で強調したい。

 管理社会化や人間不信の技術主義を排して、それでダメならあきらめると言ったら、乱暴にすぎるだろうか。(西尾)

Posted by 編集部 at 00:38