「風車」-第一八九号(一九九三年一二月)
十月二十五日に開かれた動燃事業団の第二十六回報告と講演の会で、石渡鷹雄理事長が「高速炉の開発はプルトニウムの増殖から消滅へ」と方向転換を宣言して話題となった。しかし、それより、後から講演に立った動力炉開発推進本部の高橋克郎次長のほうが、はるかに興味深い。
石渡理事長の発言は、すでに何度か言われてきたことだ。それでもいつかはウランが底をつき、プルトニウムの出番がくる―かもしれない、と高橋次長は言う。それは、まあ、いい。だから早期に高速増殖炉をというのも、よしとしよう。
興味深いのは、その後だ。高橋次長の言を予稿集から引用する(Puはプルトニウムのこと)。「そして、成熟期には、Puの増殖比を調整し、人類が他のエネルギー源に乗り換える頃に、地球上からPuをなくす、即ち消滅させることが必要である」。
はじめ消滅なか増殖その次はまた消滅と、そんな器用なことが可能かどうかはともかく、ならばはじめから他のエネルギー源に乗り換える準備を着実にすすめるほうが、ずっと穏やかで責任ある道筋だろう。
『原子力白書』で「原子力発電を進めていく以上、原子炉の中で生成するプルトニウムの利用は避けて通れない問題です」と述べている江田五月原子力委員長=科技庁長官は、そのことをご存じなのであろうか。(西尾)
「風車」-第一八八号(一九九三年一一月)
「同じ海でも北極海なら……。あまり人も住んでいないようだし」。
ロシアによる核廃棄物の海洋投棄に関しての、北村正哉青森県知事の言である。投棄場所は青森のイカ釣り漁船が出漁していた近く。ロシアの暴挙は決して許せないが、北村知事に批難の資格はない。
百五十万人余の人が生活している青森県を、まさに電力会社などは「あまり人も住んでいない核のゴミ捨ての適地」と見ている。そのことにおよそ無自覚な知事の姿勢は、そら恐ろしい。北極海に暮らす人びとばかりでなく青森県民をも、知事はないがしろにしているのだ。
「TRU廃棄物の処理について、ドイツは中間貯蔵及び処分時の安全を考慮し、返還廃棄物のうち、ビチューメン固化体は火災の危険があるのでビチューメン固化をやめるようにCOGEMAに申し入れしていたところ、COGEMAは一九九五年以降やめることになった」。
日本原子力情報センターが先頃まとめた『欧州再処理及び放射性廃棄物視察団報告書』中の一文である。日本からCOGEMA(仏核燃料公社)に同様な申し入れをした話は聞いたことがない。六ヶ所再処理工場でビチューメン(アスファルト)固化をやめるという話もない。この点でも知事は、とんと無自覚のようだ。
危うし青森県民。否、これは青森県民だけの問題ではない。(西尾)
「風車」-第一八七号(一九九三年一〇月)
九月二十五日に大阪で開かれたシンポジウム「今なぜプルトニウムか」で原発反対福井県民会議の小木曽美和子さんは、県発行の『福井県の原子力』から、もんじゅの開発年表をOHPで示した。
安全審査をする立場の科学技術庁が、審査に入る前にも審査中にも審査後にも、申請者である動燃事業団になりかわって地元に協力を要請している。何ともあっけらかんとした癒着ぶりには脱帽するよりない。
その科技庁の安全審査の結果をダブルチェックした原子力安全委員会の原子炉安全専門審査会というのがまた、希有なところだ。当時、申請者の動燃からの委員が二人。うち一人は高速増殖炉開発本部付の主任研究員と、ご念が入っている。実際の審査に当たった第16部会には加わっていないにせよ、答申は審査会が行なうのだから、答案を書いた当人が採点に与している趣である。
さらに驚くことに、審査会の現会長である藤家洋一氏が十月四日、高浜2号炉の運転差し止め裁判で証言台に立った。被告=関西電力の証人としてだ。原発の建設・運転の差し止めを求めた裁判は数あれど、こんな例は、かつて一度もない。
原子炉設置許可に最重要の役割を果たす審査会の会長が電力会社の証人になるというのに、ゼネコン汚職ほどの疚しさすら、誰も感じなかったのだろうか。(西尾)
「風車」-第一八六号(一九九三年九月)
科学技術庁長官=原子力委員長が江田五月さんに代わっても、原子力利用の基本政策は、さして代わり映えがしないらしい。長期計画の改定手順は当初のまま、委員の交代もない。
もっとも、実を言えば、基本政策なるもの自体、従前からかなり怪しかった。プルトニウム利用政策ひとつとってみても、長官の"継承"論とは裏腹に、皆がやりたがっているわけではないのである。
高速増殖炉の実証炉計画に向けて、技術の実証試験が必要とされる。「これは国の責任でやってもらいたい」と、六月二十三日の原子力委高速増殖炉開発計画専門部会で、電力業界代表の委員が言い出した。これに対し国側は、日本原電が自らの費用で行なうべきとしている。
同委長期計画専門部会の第二分科会では七月二十八日、新型転換炉の実証炉用の海外返還プルトニウムの輸送は電源開発で、との話に電源開発の委員が「やる気も能力もない」と反発する一幕があった。いずれも結論は先送りとされ、そう簡単に決着はつきそうにない。
専門部会なんぞともったいをつけても、しょせん業界代表とお役人の利害調整の場にすぎないのである。江田長官が「国民が納得する政策」と本気で言うなら、政策立案に民意の反映される専門部会に衣替えしてもバチは当たらないのだが…。(西尾)
「風車」-第一八五号(一九九三年八月)
七月八日に発表された東京サミットの政治宣言は、九五年で期限が切れるNPT(核不拡散条約)の無期限延長を強く打ち出せなかった。日本の支持が得られなかったからだ。
内外のマスコミが大きく報じたように、「核保有の可能性を永久に放棄していいのか」とする政府・自民党内の議論は、きわめて根強いものがある。それは一部のタカ派の主張であって、政官界の主流は、製造能力はもつが核兵器はつくらない、との政策を切り札に、核をもたない国々を代表する大国たらんとしてきた。しかし、それもまた、核を弄ぶ考えに変わりはない。
そうした考えが、タカ派の温床にもなってきた。核開発を駆け引きにつかうような外交のあり方を改め、NPTを具体的な核廃絶に向けたものに変えていくことがいま、政治に求められている。
衆院選を前に、立候補予定者を対象に各地で実施されたアンケートの結果を見ると、自民党の候補者たちの回答でも、高速増殖炉計画は一様に「見直すべき」としていた。「軍事、非軍事にかかわらずプルトニウムは利用すべきでない」「この様な物質を使用しない事を原則としたい」などの回答もある。
原発は廃止と回答している自民党候補者もあって、五五年体制とやらが崩れたぶん、変化の兆しも見えてきた。そこに期待したい。(西尾)
「風車」-第一八四号(一九九三年七月)
六月十八日、衆議院が解散した。「うそつき解散」と呼ぶのだという。
うそをつくのは悪いにちがいないが、正直ならよいというものでもない。原子力安全委員会の内田秀雄前委員長が、五月十日付の電気新聞で書いている。「もう故人になられた元原子力委員の大先輩が私に、『当初は安全の問題など考えなかったからね』と述懐されたことがある」。
ところで、次のような発言は正直というか何というか。「ふつうの原発では、その燃料をつくるのにウラン採掘などで多くの犠牲が出てくるのです。アフリカでもオーストラリアでも問題が起こっている。その点プルトニウムはこのような汚染の問題は起きない」。発言者は、東大工学部の鈴木篤之教授。広島市議会で、プルトニウム政策を転換せよとの意見書の提出を求める請願を審議するために開かれた参考人の意見聴取におけるものである。
多大な犠牲のもとにウランを採掘し、その後も犠牲をはらいつづけて燃料に加工し、原発で燃やし、再処理をしてはじめて、プルトニウムは取り出される。それをあたかも手品の如く空中から取り出すかのように言うところに、机の上でしかものを見ていない鈴木教授の料簡が正直に示されたと言うべきか。
ただし世間では、そうした物言いをこそ「真っ赤な嘘」と呼ぶ。(西尾)
「風車」-第一八二号(一九九三年五月)
資源エネルギー庁が、同庁の名前を伏せて、記事の形でプルトニウム利用のPRを新聞に載せていた──と、四月六日付の朝日新聞が報じた。
同庁は、「一方的な見方とみられる意見広告ではなく、幹部が参加した座談会形式の企画にしたい」と、広告代理店を通じて読売、毎日、産経、日経、朝日の五社に打診、日経と朝日は断わったが、他の三紙はエネ庁の側の要請に沿った座談会を行ない、読売と産経は三月二七日付、毎日は同三十一日付の紙面に掲載したという。これで「プルトニウム問題に対する国民の理解を深める」とは!怒りを通りこして呆れてしまう。
信用よりお金が大事な新聞社の姿勢も、怒る以前に情けなく思えるのだが、ここはやはり、きちんと怒るべきだろう。「政府が『原子力は安全だ』というほど、国民は心配になる」から、名前を伏せて広告料を払い、新聞の「信用」を借りてPRをしようなんて、まったく以て言語道断だ。
その卑劣さは、いまなお続いている私たちへのイヤガラセに通じる。私たちが堂々と名前を出して意見を言っているのに対し、自らも名乗って反論するのでなしに、覆面PRやイヤガラセでしか対応できない点に、彼らの正当性のなさがよく示されていると言えよう。
私たちに自信を与えてくれたことには多謝。(西尾)
「風車」-第一八〇号(一九九三年三月)
大きな地震が北海道・東北を、つづいて北陸を襲った。いずれもっと大きな地震が避けられないというが、今回の地震ですら十分にこわかった。
それというのも、原発や核燃料サイクル施設のことが心配になるからだ。無事に運転をつづけています、と自慢気に発表されても、そのほうがよほど不安になる。
いや、大地震がきたって原発は大丈夫だ、と七五年二月六日付の毎日新聞に載った日本原子力文化振興財団の広告で大見得をきっていたのは、東大の都甲泰正教授(当時)。「発電所はひん曲がるにしろ全部、壊れることはないと思います」と、涙が出るほど有り難いお言葉だった。
このたび新しく原子力安全委員長に就任した人である。「一般の建物はみんなつぶれてしまって、発電所だけがそこに残る」というのだが、原発と一般の建物を同列に見る人が安全委員長だなんて、それこそこわい。
そういえば、新しく社会党の書記長になった赤松広隆という人も、「古い原発は危ないから新しいものに変えていく」なんて、トンチンカンなことを言っていた。スリーマイル島原発は営業運転を始めて三ヵ月、チェルノブイリ原発は二年の新しい原発で大事故が起きたというのに。
古かろうが新しかろうが、しょせんダメなものはダメなのである。(西尾)
「風車」-第一七九号(一九九三年二月)
ドイツの電力会社の首脳が首相に手紙を出して脱原発への具体策を提案、と前号で山本知佳子さんが報告した。
国内外の反響に慌てて、電力会社側は報道の打ち消しに躍起となっている。とはいえ、いっかな歯切れのよからぬ否定のしかただ。いずれにせよ欧米各国ともに、大きな流れが脱原発に向かっていることに変わりはない。
それにひき比べて日本では―とよく言われる。だが、日本だけが特別なんてことはありえないだろう。新増設の話が飛び交ってはいるものの、さて電力会社が本音で原発を推進したがっているのかどうか。使い勝手の悪さと高コスト、事故の重荷を考えるなら、ほんらい疾うに見切りをつけて当然なのだ。
ましてプルトニウム利用ともなれば、それこそ金をドブに捨てるようなもの。そしてまた、プルトニウム利用がダメだとなったら、原子力利用のメリットは、それこそ皆無に等しい。
残念ながら、しかし、これは日本も脱原発に向かっているという楽観論ではない。それでも脱原発の政策へと転換することができないのが、欧米各国と日本との大きなちがいなのだ。原子力船「むつ」の例がよく示すように、政策転換の責任を誰もとりたくないから最後までやめられない。官民の別なき官僚主義。
これが何よりこわい。(西尾)