「風車」-第二二三号(一九九六年一〇月)
チェルノブイリ原発4号炉内の放射線レベルが急上昇―九月十七日に飛び込んできた外電に驚かされたが、測定器に問題があったものとわかり、胸をなでおろした。
とはいえ、このことは、いまもなお事故炉のなかで燃料の再臨界の危険性があると、改めて示したと言える。先の外電によれば、炉内の放射線上昇に対する緊急調査は、過去十年で三回目だそうだ。
『原子力工業』誌の十月号がチェルノブイリ原発事故から十年の特集を組んでいて、燃料の安全性についての報告もあった。燃料は、金属やコンクリートとの溶融混合物などの形で残っており、未臨界度の測定が実施されている。心配はないとしながらも、万一の再臨界に備え、中性子を吸収するホウ酸化合物の注入装置が設置されている。
酸化した多量の水がたまっていることも指摘されており、石棺の崩壊により、燃料含有物質が移動するかもしれない。石棺の崩壊は、もちろん、放射能の大量放出を意味する。燃料含有物質は劣化し、塵化が進んでいる。不安の種は尽きない。
事故時に環境に出た燃料片からストロンチウム90が溶け出し、根から植物に吸収されていくことが、今後の重要な問題だとか。プルトニウム241の崩壊で生じるアメリシウム241の蓄積も観察され始めた。
チェルノブイリ原発事故に終わりはない。(西尾)
「風車」-第二二二号(一九九六年九月)
都市問題解決団主催の「都市交通シンポジウム」で、こんな話を聞いた。九五年度の日本政府の地球温暖化防止行動計画執行額は約十一兆円とされるが、うち八兆五千億円が道路建設費、五千億円が原子力利用促進費である……。
残りが本来の温暖化防止費用、かどうかも相当に怪しい。それはさておき、道路建設は交通渋滞を緩和し、燃費の向上に寄与するから炭酸ガスの放出抑制になるなんて、まさに火をもって火を救うの類だろう。道路建設は車の数を増やして炭酸ガスやその他の公害物質の放出を増大させ、しかも再び渋滞に行き着くことは明らかだ。
シンポジウムでは、車の排熱や道路の建設・舗装による土壌からの水分蒸発の減少がクーラー需要を押し上げて、発電に伴う炭酸ガスなどの放出を促すことも指摘されていた。車の製造やガソリン・軽油の精製にかかわる電力の使用を考えれば、車は「動く原発」であるとは上岡直見さんの言である。
原発がやはり、温暖化防止には水をもって水を救うの例であることは、いまさら弁ずるまでもない(八九年一月号、九五年六月号「反原発講座」参照)。それにしても呆れたのは、七月十九日付の電気新聞トップ記事だ。原発の定期検査を短縮して利用率を上げ、温暖化防止の「決め手」にするとか。
かくして温暖化は進むばかり──でよいのか!(西尾)
「風車」-第二二一号(一九九六年八月)
東北電力の東通1号計画が、電源開発調整審議会で着手を認められた。しかしこの計画が電力会社にとってお荷物にしかなりそうにないことは、九二年九月号の本欄で指摘した通りだ。
話は変わって、東京電力の原子力本部で、六月末に大幅な組織再編が行なわれた。このリストラで、二十二年の歴史をもつ原子力建設部が姿を消したことに注目したい。
他に廃止されたのは、原子力発電部、原子力業務部と、原子力保健安全センター。代わって、原子力計画部、原子力管理部、原子力技術部が設置されている。従来のまま残ったのは原子燃料部と原子力技術センターだ。
これまで「原子力本部の両輪」と言われてきた建設部と発電部が、ひっくるめて原子力管理部とされ、しかも極力スリム化を図るという。発電所や建設所の現場に大きく権限を委譲するとか。原子力技術部も、発電と建設に分かれていた技術者をいっしょにして、建設技術者が手持ち無沙汰となるのを避ける意味がある。
原発の建設時代の終焉に対応したものであることは、明らかだろう。原発は、建設時代から、あと始末の時代に移った。原子力計画部は、廃炉や廃棄物の処理・処分などを担当し、原子力本部の中心的存在となる。いよいよ電力会社も、あと始末に?被りはできなくなってきた。
新設どころではないのである。(西尾)
「風車」-第二二〇号(一九九六年七月)
前号「反原発講座」で吉岡斉さんは、電気事業法改正に伴う「シビアなコスト計算が、国策協力への拒否権発動の論拠として、強い説得力をもつことになる」と論じた。
その拒否権発動の第二弾と言えるかどうか……上段で根本がんさんが報告している東海原発の廃炉決定の話だ。
同原発の発電単価は一キロワット時あたり約二十円で、高い電気を東京電力に押し売りしてきた。売るほうも買うほうも、もっと早く廃炉にしたかったに違いない。大間の新型転換炉計画(拒否権発動第一号)の発電単価が約三十八円になることが昨年夏に初めてわかったわけでないのと同様、東海原発の経済的な破綻も、前々からわかりきっていたことである。
しかし、反原発の運動を勢いづかせてはならないとする政治的理由のみで、廃炉は先延ばしにされてきた。お陰で九三年から九四年にかけて一年以上も運転を休み、低圧タービン二基をまるごと交換するようなムダづかいまで強いられてきたのだ。できればその前に廃炉にしたかったことだろう。
やっと廃炉は決まった。とはいえ、解体撤去となれば、運転期間と変わらないほどの時間と膨大なコストをかけ、処分も再利用も困難な廃棄物の山を抱えることになる。
次の拒否権発動は、解体撤去をやめにして、原発の墓場のまま投げ出すことだろうか。(西尾)
「風車」-第二一九号(一九九六年六月)
現代美術の登竜門「現代日本美術展」の今年の大賞が、福井市の小林栄治さんの立体作品「囚われた科学技術の文明」に決まった。写真で見るに、籠の鳥ならぬ籠の「もんじゅ」である。
美術の世界にまで事故の衝撃が顔を出す一方、美浜町の観光ポスターからは「原発が消された」。水晶浜の海水浴場を宣伝するポスターのなかに使われた写真で、美浜原発の姿がきれいに削られたのだ。
「原発だからでなく、人造物なので、自然の海を強調するためには、ないほうがよいと思った」というのが、美浜町の商工観光課長氏の言いわけ。とはいえ、地元の誰もが、原発のマイナス・イメージを嫌ったものを受けとめたようだ。
「これまでのようなエネルギー必要論や、地域振興だけで原子力を推進する時代は終わった」と、福井県の石井佳治県民生活部長は、五月三日付の福井新聞で語っている。地域振興どころでないのは、右の話からも明らかだろう。とすればなおのこと、国や電力会社の言いなりになるわけにはいかない。
その歯止めが、新潟県巻町で行なわれようとしている住民投票であり、福井県が求める「国民合意」である。国民合意とは、もちろん、国の政策に国民が合意することではない。「国民の主張をどう政策に反映するか」なのだと、石井部長は説明している。住民・国民の責任も重い。(西尾)
「風車」-第二一七号(一九九六年四月)
九五年版の『原子力安全白書』が、三月二十九日に公表された。「もんじゅ」の事故が起きて、遅れていたものである。
しかし、その遅れは、単に「もんじゅ」事故に関する、およそ貧弱な一編を書き加えるためだけのものだった。それ以前にまとめられた部分については、何の変更もなかったことが読みとれる。これでは、「専門のワーキンググループを設置し、徹底した調査審議を行っている」と言われても、事故の本質に迫る調査審議が、とても期待できない。
大きな事故が起こるたびに、今回のワーキンググループに類するものがつくられながら、狭い意味の原因追及のみに終始し、「次の事故」を妨げずにきた。「もんじゅ」の事故もそのようにして起こったと言えるだろう。
事故の調査は「第三者」でと言われるのは、「身内」の調査の限界が、はっきり示されてきたからだ。「原子力安全委員会こそ第三者機関」との主張は、もともと説得力がなかったが、今回の『白書』がはしなくも第三者機関を名乗る資格のなさを立証した、と言えそうだ。
『白書』の公表に先立つ二十六日、原子力資料情報室の呼びかけで「もんじゅ事故総合評価会議」(小出昭一郎代表)が活動を開始したことが発表された。第三者機関は、いくつもあったほうがよい。
多くの「生活者」の声で、「もんじゅ」事故の真の教訓を生かしたい。(西尾)
「風車」-第二一六号(一九九六年三月)
東京電力、関西電力の二社が、プルトニウムの燃料加工を海外で行なうべく、すでに契約を結んでいたことが、二月二十六日付の読売新聞にすっぱ抜かれた。
東京電力は昨九五年四月に東芝と、関西電力は同十二月に三菱重工と委託契約を締結、さらに東芝がベルギーのベルゴニュークリア社、三菱重工がイギリスの核燃料公社(BNFL)に再委託している。契約量は、燃料集合体の数にして、東京電力が約六十体(フランスのラ・アーグ再処理工場で取り出されたプルトニウム四百キログラムを使用)、関西電力が十六体(英セラフィールド再処理工場で取り出されたプルトニウム使用。量は不明)。
ベルギーへの加工委託については、日本とベルギー両国の原子力協力協定で核兵器への転用防止などを定めなければならず、アメリカの事前同意も必要。これまたすでに政府は交渉をはじめているらしい。
「もんじゅ」の事故であれほど情報隠しが批判されたのに、まったく性懲りもない。東電は「私企業簡の契約でもあり公表しなかった」と言うが、海外への加工委託の話はしばしばマスコミで報道されている。それだけ社会的関心も高いということだ。「別に隠していたわけではない」とは、いかにも白々しい。
昨年は、地域が自ら決めることがはっきり世論化された年だった。地元無視の姿勢は、手痛い報いを受けることになろう。(西尾)
「風車」-第二一五号(一九九六年二月)
一月二十三日、福島、新潟、福井三県の知事が内閣総理大臣に「今後の原子力政策の進め方についての提言」を行なった。「陳情」でも「要望」でもなく、「提言」である。
福井県の県民生活部長は県議会での答弁で「国へは忠告しており、お願いしている意識は全くない」とまで説明している。その忠告とは、原子力政策の基本的方向について「幅広い議論を行い、改めて国の明確な責任において国民の合意形成を図ることが重要」というものだ。
つまり、現在、合意はないと言うのである。合意形成に際しては、「専門家の意見だけでなく、国民や住民の生活者としての意見や受止め方も十分踏まえたものとなるよう」注文することも忘れない。
また、「検討の段階から十分な情報公開を行う」ことや、「プルサーマル計画やバックエンド政策の将来的な全体像をこれらから派生する諸問題も含めて具体的に明確に」示すことを求めている。国が「必要な取組みに進んで努めなければ」「原子力行政に対する不安、不信を募らせる」とは、忠告というより、むしろ恫喝に近い。
それはともあれ、「提言」の背景には、言うまでもなく、そうした不信、不安が現にある。松下さんが3面で報告している福井県二十一万余の草の根署名あってこその「提言」だと、つけ加える必要があるだろうか。
福島、新潟、また然りだろう。(西尾)
「風車」-第二一四号(一九九六年一月)
御用納めの十二月二十八日、岐阜県庁で、超深地層研究所建設の協定書調印が強行された(3面記事参照)。
動燃から出向いたのはアノ大石博理事長、と聞いて仰天。「もんじゅ」のナトリウム火災で「これ以上情報が隠されていない、と断言する自信はなくなった」と述べ、「動燃の体質が根っこにあると思う」と語った人物である。
組織を掌握できていない理事長が、自ら信用していない組織を代表する二重の信頼性のなさ。始めから反故同然の協定書の調印は、茶番ですらない。
さて、右の動燃理事長談話が無責任発言ナンバーワンかと思っていたら、なかなかそうでもなさそうだ。原子力委員会の伊原義徳委員長代理が言う。「プルトニウムとウラン濃縮にかかわってきた動燃は、情報を公開しないよう国際的にも圧力を受け続けてきた。それが、組織の体質として染みついてしまったのだろうか」。
プルトニウムやウラン濃縮にかかわる以上、情報の非公開は当然のこと、と原子力委員会は勝手に決めこんできた。情報隠しと切り離せないことを明らかにし、それでもプルトニウム利用・原子力利用をつづけるか否かを国民に問うたことは一度もない。委員長代理の言は、動燃だけを悪者にして済ませられないことを示している。
問題は動燃の体質に非ず、原子力そのものの本質にあるのだ。(西尾)