2004年01月28日

風車(第309号=2003.12)

風車(第309号=2003.12)

▼来年一月から、原子力委員の顔ぶれががらりと変わることになった。

▼新しい委員長は近藤駿介・東大大学院教授。委員には斎藤伸三・原研理事長、町末男・前IAEA事務次長、前田肇・前関西電力副社長が新任。評論家の木元教子委員のみ留任である。木元委員は非常勤であり、一時は休職宣言をしていた。実質的には総入れ替えと言ってよく、過去には例がない。「それまでの慣習やしきたり、前例」に木元委員が泣かされたという原子力委員会で、前例を知る者は木元委員一人になるというのは、皮肉が過ぎよう。

▼中央省庁再編を契機に変更されるまで、原子力委員長は国務大臣がつとめていた。原子力委員会の設置法には、委員会の決定を内閣総理大臣は「十分に尊重しなければならない」とする条文があった。委員長代理をつとめた故・有澤廣巳氏が原子力委員会の唯一の存在価値と呼んだ「平和利用の番人」の担保だ。それらもなくなり、委員会不要論に拍車がかかる中での委員一新は、いよいよもって同委員会の重みを問うことになる。 唯一の存在価値に期待できなくなった今なお、「最後の仕事が残っている」と説くのは、原子力未来研究会。「時代遅れになった『国策』の呪縛を解く」仕事だという。

▼新原子力委員会の初仕事は原子力長期計画の見直しだが、「最後の仕事」を期待できるだろうか。

Posted by 編集部 at 17:38

風車(第307号=2003.10)

風車(第307号=2003.10)

▼3面[WEBでは略]の小木曽さんの記事にあるように、「もんじゅ」運転再開に向けた改造工事入りの同意取り付けを狙う動きが騒がしさを増している。しかし、再開の理由は不透明だ

▼なにせ四半世紀近くも以前に設置許可が申請された炉である。百歩譲って当時は建設の必要があると考えられたとしても、もはやその意義は失せているのではないか。設置許可申請書の添付書類「原子炉の使用の目的に関する説明書」は言う。「近い将来エネルギー需給の逼迫が予想される状況下におかれており」、"資源小国"日本は「高速増殖炉の実用化を最も緊急に必要とする立場にある」。そこで、「一九九〇年代に実用化するため、実証炉、実用炉にいたる原型炉を自主開発する」のだ、と

▼「近い将来」だの「緊急に」だのといった言葉をちりばめて必要性が強調されていたのだが、「近い将来」も一九九〇年代も疾うに過ぎてしまった。「実証炉、実用炉にいたる」計画は白紙に戻され、高速増殖炉はいまや「百年、千年という長いスパンで見てほしい」(藤家洋一原子力委員長)ものに変わった。今年一月の高裁判決は、「もんじゅ」の危険性を重く見て設置許可の無効を宣したが、使用目的の消失からも許可は無効だろう

▼許可から二十年の歳月は、その誤りを白日の下に曝け出した。運転再開が許されるはずもない。(N)

Posted by 編集部 at 17:36

「風車」-第三〇六号(二〇〇三年九月)

「風車」-第三〇六号(二〇〇三年九月)

 本紙に時折フランスのホット・ニュースを届けてくれているパリ在住の美術家でフリージャーナリストのコリン・コバヤシさんが、編著『市民のアソシエーション』を太田出版から刊行した。

 副題に「フランスNPO法一〇〇年」とある。アソシエーション(アソシアシオン)は、日本のNPO法人に相当する市民団体のことだが、根本にあるのが「市民活動の自由」だという点で、百年前のフランスの法律のほうが日本のNPO基本法より新しいと言える。否、日本の法律が遅れ過ぎているのである。

 フランスNPO法の成立過程と現状を考察し(巻末に条文と解説)、さまざまな団体の活動を紹介したなかには、「有効なシビリアン・コントロールとは何か?」と題した章で、私たちに馴染みの深いアクロ(西部地方放射能監視協会)とクリ=ラッド(放射能に関する独立の研究と情報委員会)も取り上げられている。この章の筆者はもちろんコバヤシさんだ。

 コバヤシさんは日本のNPO基本法について「国が管理・検閲しようとする意志」に危惧を抱いているが、六月五日発行の個人誌『原発雑考』で田中良明さんは、偽装した営利活動や企業・行政の別動隊がNPO法人となれる点に、むしろ法制度の固有の矛盾を見ている。

 NPO法人の意義とは何か。理念と現実の両面から考えてみたい。(N)

Posted by 編集部 at 17:34

「風車」-第三〇五号(二〇〇三年八月)

「風車」-第三〇五号(二〇〇三年八月)
 平沼経済産業大臣は七月九日、新潟県と柏崎市、刈羽村の各議会で、柏崎刈羽4号炉の「安全宣言」を行なった。同炉の運転再開を容認すると地元自治体が決めたのは同月十八日だが、「安全宣言」が拠り所となったのは確かだろう。

 自治体側は大臣に対し、原子力安全・保安院の経済産業省からの独立を求めていた。その要望に否定的な対応しか得られないまま再開を容認した自治体の姿勢が問われる。そもそも大臣に「安全宣言」をさせること自体、許すべきでなかったのではないか。原子力安全・保安院や原子力安全委員会が「安全宣言機関」に堕している問題はさておき、大臣に「宣言」をさせたのは、安全規制行政が大臣の下にあると認めたことになる。

 大臣は六月十七日、やはり保安院の分離独立を求めている佐藤福島県知事の主張に反論して、「原子力を推進するうえで安全を知らないという体制は無責任だ」と述べたという。大臣の「安全宣言」は、まさに傘下の(より厳密には、経済産業省の「外局」として原子力推進の行政を担う資源エネルギー庁に属する「特別の機関」である)保安院の安全規制行政を包摂することで、より有効に「国策」たる原子力の推進を図る、との明確な意思表示だった。

 だからこそ、安全規制行政の独立と原子力基本法上の位置付けの明確化がどうしても必要なのだが。(N)

Posted by 編集部 at 17:32

「風車」-第三〇三号(二〇〇三年六月)

「風車」-第三〇三号(二〇〇三年六月)
 ご好評をいただいている(?)「原発『推進者』の発言から」が、二号続けて休載となってしまった。「賞味期限切れ」とならない内に、代わって本欄で紹介しておきたい。

 「もんじゅの安全審査については私の知る限り、世界最高水準にあったことは間違いない」--三月三十日付中国新聞のインタビュー記事での、藤家洋一・原子力委員長のお言葉だ。世界中、どの国の安全審査も五十歩百歩と喝破したのである。

 藤家委員長は、さらに言う。「広島、長崎という被曝体験を持つ国としては、核不拡散という観点からもプルトニウムをそのまま保管せず、核燃料サイクルを動かして利用することが重要」である、と。屁理屈としても筋の通らない強弁で核燃料サイクル政策に固執する原子力委員会。それを「国策」だと押しつけられる電力業界から悲鳴が上がるのも当然か。

 4面の「講座」で取り上げた再処理コストの試算も、「国策」の無理を訴える電力業界のアドバルーンである。五月二十三日付毎日新聞は「核燃料サイクル見直しへ/自民が政府に要求/電力業界の意向を反映」と報じた。藤家流プルトニウム利用論を「硬直的」と批判し、電力業界が再処理能力を年間四百トンに半減させたりできるよう「柔軟な対応」を求めるという。

 工場建設を中止することこそ、最も柔軟な対応なのだけどね。(N)

Posted by 編集部 at 17:32

「風車」-第三〇一号(二〇〇三年四月)

「風車」-第三〇一号(二〇〇三年四月)

 二〇〇三年度の電力供給計画が、電力各社によってまとめられた。「経済状況及び省エネ効果等を踏まえた結果」(資源エネルギー庁)、各社とも電力需要の伸び率を前年度より下げて計画している。

 その後は伸びるとしているものの、今年度は昨年実績よりマイナスの計画だ。最大電力また然りである。但し、東京電力だけは昨年実績を上回る予測を発表している。なぜだ、なんでだろう? 同電力では目下、大々的に節電キャンペーンを行なっているはずではないのか。

 同電力によれば、最大電力は猛暑だった昨年の二%増の六千四百五十万kW。原発が全部止まっていると供給力は五千五百万kWで、九百五十万kWが不足する。不測の事態を考慮すれば、不足分はさらに大きい。そこで、福島第一原発の1、2号以外の十五基は動かせるとして千六百万kWを加え、最大電力時にも一〇%の予備率を確保するという。原発を動かす世論づくりのためには、需要を過大に見積もって不足分を大きく見せる必要があるというわけだ。

 実際には供給力をもっと増やすこともできるが、むしろこの機会に需要を小さくする方向に舵を取りたい。原発を止まったままにした上で、二酸化炭素の排出も減らせるのだ。「節電」と言いながら、実はそうならないように原発を動かそうとする電力会社の企みを皆で打ち破ろう。(N)

Posted by 編集部 at 17:31

2004年01月22日

「風車」-第二九八号(二〇〇三年一月)

「風車」-第二九八号(二〇〇三年一月)

高速増殖炉「もんじゅ」を動かせば、原子力船「むつ」の二の舞いになる--といった言い方をすることがある。この場合、言うまでもなく「むつ」は失敗の象徴である。

ところが、たとえば『原子力白書』を見るなら「むつ」は「実験航海を成功裏に完了した」らしい。その成果を生かして原子力船が実用化したわけでもなく、むしろ実用化計画は事実上は雲散霧消してしまっていても、彼らの間では「むつ」の開発は成功なのである。

とすれば、いまなぜむりをして、「もんじゅ」を動かそうとするのかがわかる。事故で止まったままなら失敗だが、ともかくも一度動かせば成功に化けるのだ。十二月六日付の福井新聞によれば、「もんじゅ」は運転再開後五年で、運転を継続するかどうかの判断がなされることになるのだという。五年どころか二年でも動かせばいいのだ、との話すら聞こえてくる。

その成果を生かして高速増殖炉の実用化の目途がつくわけでもなく、むしろ実用化計画は頓挫してしまっても、なおかつ彼らの間では「もんじゅ」の開発に成功ということになるのだろう。六ヶ所再処理工場も、運転を開始さえすれば成功で、その後、現実に即して再処理を抑制するのは失敗ではないのだ。原子力船「むつ」の二の舞いは、その意味で彼らにとって既定の方針なのかもしれない。(N)

Posted by 編集部 at 17:46