「風車」345号(2006.12)
2面(略)の「月間情報」にあるように、原子力、火力、水力の各発電所で計測データの改竄や無許可工事などが相次いで発覚、原子力安全・保安院が度々、電力各社に点検を指示する事態となっている。
保安院の指示には「データの改ざん」とあるが、東京電力は、柏崎刈羽原発での改竄では「取排水温度差の補正」と発表して、不正の隠蔽を図った。地元の反発を招いた反省からか福島第一原発での改竄は「温度測定データの不適切な取り扱い」と改めたものの、あくまで「改竄」を認めない姿勢だ。
柏崎刈羽での改竄発覚時の、勝俣恒久東京電力社長の記者団への説明がふるっている。「生活の知恵的なものがあったのではないか」(12月1日付朝日新聞)というのだ。同日付毎日新聞によれば「届け出手続きなどをちゃんとしなくても許されるという時代がかつてあった」とも釈明したとか。
福島第一での改竄発覚時のプレスリリースでは最近の東京電力は「信頼回復のため『しない風土』と『させない仕組み』のもとで、企業倫理を遵守した業務運営の実践・定着に取り組んでまいりました」そうだ。福島第一の大出厚所長が言うように「改ざんは02年の不祥事以前のもの」(12月6日付河北新報)かもしれないが、むしろ現在の発表の仕方こそが、以前の不正以上に信頼回復を裏切っている。(N)
コラム「風車」344号(2006.11)
悲しい知らせが続いた。9月26日、敦賀の増田悟さんが心不全で急逝。51歳の若さだった。体調を崩したとは聞いていたものの、
まさかと信じられない思いだった。
独特の語り口が聞こえるように、はにかんだ笑顔が目に浮かぶ。増田さんひとりではなく、仲間たちといっしょの姿だ。もう語り
合うこともできなくなったのは口惜しいけれど、増田さんを通じて知りあえた、そうした人たちとともに、遺志を継ぎたいと思う。
10月17日には八幡浜の斉間満さんの訃報が届いた。急性心臓死という。享年63歳。脳梗塞のリハビリ中だったが、南海日日新聞のコラム「海鳴り」で健筆を揮いつづけておられたことから、すっかり安心していた。やはり、まさかとの思いだ。その日の朝にも執筆されていて、21日付けの紙面に掲載された。もっとたくさんのことを書いていただきたかった。
伊方原発はどのようにして建てられてしまったか、原発が来て町はどう変わったかを詳述した斉間さんの著書『原発の来た町』が在庫切れとなっていて、この本をぜひもっと多くの人に読んでもらいたいと、反原発運動全国連絡会では再刊行の準備をしたが、残
念ながら頓挫した。斉間さんを偲んで、ホームページ( http://www.hangenpatsu.net/modules/news/article.php?storyid=64 )に掲載させていただくことにしたので、ぜひお読みください。(N)
コラム「風車」342号(2006年9月)
総合資源エネルギー調査会の原子力部会が8月8日、「原子力立国計画」を決定した。「立国」とは、国家の創建を意味する。1次エネルギーのたかだか1割強を占めるにすぎない原子力で、どうやって国がつくれるというのだろう。
原子力開発がはじまったばかりの頃には、「原子力で山をくずし、運河を掘り、湖や海をつくることさえ可能になる」などといった記事が新聞に載っていた。「原子力立国」は、そんな時代の大風呂敷にこそ、まだしもふさわしい。ところが今では、原発の建設は電力会社にとって、明らかに重荷となっている。「原子力立国計画」自身がいみじくも言うように、「原子力発電に特有な投資リスク」があるからだ。
つまり「原子力立国」とは、電力会社が原子力に背を向けるのを何とかおしとどめるために「国策」を強調した苦肉の命名に他なるまい。「中間貯蔵」分の後始末費用や新増設費の引当金積立てといった会計上の優遇策などで、どこまで電力会社に原発への投資が続けられるか。いわば精神論で支えようというのだから、前途は多難だろう。
夢を高速増殖炉に託すとはいえ、実用化に電力会社も参画することを強く求めている点に、電力会社が逃げ出したがっている事情こそが透けて見える原子力立国の建国神話は、始めから成立しそうにない。(N)
コラム「風車」341号(2006年8月)
タービンの羽根の破損やひび割れで、浜岡5号と志賀2号の長期運転停止が避けられなくなった。138万キロワットと135・8万キロワット。最新の大型原発が、夏の電力需要のピークを前に揃って動かせなくなったのだ。
浜岡では1、2号が長期に運転を停止して耐震裕度の向上工事なるものを行なっており、3号も長い定期検査に入った。定期検査を終えて動きはじめた4号だけで、夏を乗り切ることになる。499・7万キロワットのうち386万キロワットの脱落である。志賀では、1号は54万キロワットと、2号の4割の出力でしかない。女川では、配管の減肉で3基計217・4万キロワットが全滅した。この3基は昨年8月にも、宮城県沖地震で全基停止を経験している。美浜3号も、なかなか運転が再開できずにいる。
長期停止には至らずとも、原発の運転停止は次から次へと起こっている。03年の東京電力の全原発停止はトラブル隠しの発覚という特異な原因のものだったが、このところは事故による多数原発の長期停止といわば正統的な原発の脆弱性の現われと言ってよいだろう(「安定電源」が聞いてあきれる)。
それでも電力会社に危機感が見られないのは、ひとえに需要の伸びが止まっているお蔭か。昨年のピーク需要の実績は、理論値の8割ほどなのだそうだ。(N)
「風車」339号
■兒島伊佐美・日本原燃社長が「おおむね順調に進行」と4月25日の記者会見で述べた後も、アクティブ試験中の六ヶ所再処理工場では、事故・トラブルが続いている
■5月19日には電気事業連合会の勝俣恒久会長(東京電力社長)の記者会見で、「このぐらいですんで大変ありがたい。許容していただければありがたい」との発言があったが、事故・トラブルはなおも跡を絶たず、同月30日の会見では、兒島社長が「予想よりも数が多い」と語るに至った
■試験そのものへの反対を措くとすれば、試験での事故・トラブルはあってよい。その一つひとつに対策が立てられ機器の補修が行なわれることに意義がある。問題は、使用済み燃料を用い、施設の多くの場所に人間が補修に入れなくなった後での試験でなく、もっと以前の試験をきちんとやって、対策を立て補修をしておけば起きない類の事故・トラブルではなかったかということと、事故・トラブルが起きた後の姿勢だろう
■実際、5月17日の硝酸ウラナス溶液漏れは、ウラン試験中に同種の事故が起きていながら、対策を講じていなかったために起きている。4月11日の洗浄水漏れなどの事故を軽く見なして「おおむね順調」と宣伝するのでは、青森県民は、「このぐらいですんで」と安心するどころか、不安を強めるばかりだ。(N)
「風車」338号
■本号2面に解説があるように、日本原子力研究開発機構は3月末、高速増殖炉サイクル実用化戦略調査研究のフェーズII報告書をまとめた。しかし、いったい誰が「実用化」をするというのだろう?
■昨年1月の原子力委員会新計画策定会議では、藤洋作委員(電気事業連合会会長=当時)が「国が主体となって開発を進めていくことを期待します」と述べ、電力会社が主体となる考えのないことをアピールした。その後も、藤委員、勝俣恒久委員(東京電力社長、現電気事業連合会会長)は一貫して高速増殖炉に背を向けていたのが印象的だ。推進派の某学者委員からは「電力、逃げるなよ」とヤジまで飛んだ(伴英幸『原子力政策大綱批判』七つ森書館)が、2人とも知らん振りだった。
■原子力機構は「高速増殖炉」と呼ぶが、主務官庁の文部科学省は米提唱のGNEPに迎合して「高速炉」と言い換えている。他方で資源エネルギー庁は自立路線の「高速増殖炉」派だというのだから、ややこしい。4月25日付の電気新聞によれば自民党エネルギー総合戦略合同部会の原子力推進戦略分科会で両者がぶつかり合ったとか。
■それにしても、高速増殖炉だろうが高速炉だろうが、プルサーマルすら嫌われている中、どこに建てられると考えているのだろう。いや、「実用化」は掛け声だけだからそれでいいのか。(N)
「風車」335号(2006年2月)
六ヶ所再処理工場で、いよいよアクティブ試験入りが強行されようとしている。2月は無理としても可及的早期に始めたい、というのが推進者たちの現在の考えだろう
少し前までは、何とか止められないか、との動きもあった。しかしそれに失敗したいま、ともかくも計画通りに稼働させ、政策に誤りはなかったと強弁するしかない、と。そして操業開始の後には、プルトニウムの需給を見て処理を抑制するのは政策の誤りでなく現実的な対応だと、また強弁すればよいというわけだ
そんな推進者(?)にとって、アメリカ議会が昨年11月、新年度予算案に再処理技術開発費を上乗せしたことは、アクティブ試験入りの後押しとして歓迎どころか、第二再処理工場の論議を睨んで傍迷惑と言いたいところだろう。それかあらぬか1月25日付電気新聞は、電力中央研究所の鈴木達治郎上席研究員による解説「再処理復活に疑問符」を載せている。いわく―ブッシュ政権もプルトニウム分離には反対、アクチノイド混在抽出の先進再処理ならよいと言うが核拡散の専門家はそれでも十分に核兵器製造は可能と証言、物理学者も先進再処理技術は未完成と証言、使用済み燃料の処分を遅らせると産業界が反対
ストップ六ヶ所再処理は、決して万策尽きていない。今さらでなく今こそ止めなくては。(N)
『はんげんぱつ新聞』335号(2006年2月)