「こんなこと、知っていました?」と見せられたのは経済産業省の裁決書。同省による行政処分に対する不服申立てである審査請求へのご返事だ。「ン十年前のものまでさかのぼって、なぜかいま、せっせと処理しているんですよ」と知ったかぶりをしたのは間違いで、問題は裁決の中身だった。
審査請求は、01年11月の浜岡1号でのECCS系配管爆裂事故を受けて点検のため停止され、02年5月に運転を再開しようとした途端に冷却水漏れ事故を起こして7月から定期検査に移行した同2号が03年1月に定期検査終了証を交付されたことへの異議。裁決は、予想通り審査請求を却下するものだが、予想外だったのはその理由だ。検査は適法になされた、というのではないのである。
裁決書は言う。「関連法令上行政庁が定期検査を終了したと認めて終了証の交付を受けた後でなければ設置者として当該電気工作物を使用してはならないとの規定が置かれているわけではない」。即ち「検査終了の確認及び検査終了の通知に過ぎな」く行政処分でないので「不服申立ての対象とはならないものと解される」。
へえ、定期検査ってその程度のものだったんだ。ならば検査を終了させずに使用を再開してしまえば、法令上、次の定期検査を受けることなく運転が続けられそうだ。いいのかな、それで。
原子力安全・保安院は6月24日、原発の定期検査の間隔延長をふくむ新たな検査制度の導入に向けた関連省令の改正案をまとめ、意見公募の手続きを行なった。現行では13ヵ月以内を原則としている間隔を、原子炉ごとの評価により18ヵ月以内、さらには24ヵ月以内に延長できるようにするものである。
美浜3号事故、不正総点検、相次ぐ地震の中での提案に反発を強める立地自治体の説得に時間をかけてきたが、いよいよ強行の態勢に入った。それにしても「地元側が『現行の13ヵ月でなくても安全なのか』と問えば、経済産業省原子力安全・保安院は『現行制度にも科学的根拠はない』と異例の“自己否定”で反論」(7月7日付日経産業新聞)とは、余りといえば情けない。
この間隔延長を急ぐのは、世界の各国と比較して低すぎる原発の設備利用率を引き上げるためだと言われる。仮に原発の寿命を40年、検査期間を2ヵ月とすると、13ヵ月間隔では設備利用率が最大87%なのに対し、24ヵ月間隔なら93%になる。
しかし日本の原発が満足に動かないのは、検査制度に理由があるのではない。頻発する事故、不正の発覚、耐震設計の誤りに起因する地震被害、点検修理の長期化こそが、利用率を下げている主因ではないか。
検査制度をうんぬんする前になすべきことがあるだろう。
6月3日付読売新聞(夕刊)の短評欄「コンパス」が面白かった。筆者は中島達雄記者である。題して「原子力支える組織 不可解な行動」。
ちょうどすぐ上の小木曽さんの記事にある「もんじゅ」の燃料の話だ。古い燃料で起動できなくなるタイムリミットがいつなのかを原子力機構に尋ねたが、「計算結果には幅があり、誤差も大きいので出せない」(おいおい!)などと言い訳ばかりで「2ヵ月近く待っても答が返ってこない」という。「なぜ隠すのか」と中島記者は不審顔だ。
「不可解な行動」はもうひとつ。5月27日の地球惑星科学連合大会で東洋大学の渡辺満久教授が、六ヶ所再処理工場の直下に活断層が存在する可能性について発表した。その時のことである。「学会では、発表者に意見や疑問を投げかけて討論する時間がある。ところが、その場にいた複数の日本原燃職員は、何も言わずに沈黙したまま。活断層の存在を認めるのかと思ったら、翌日の午後になって、ホームページに反論を掲載した。ならばなぜ、学会の会場で議論しなかったのか」。
図々しく丸写しをしてしまった勢いで、結語も引用させてもらおう。「このような組織に日本の未来を託してよいものか。ちょっと不安になってきた」。
そう書くのは口惜しいけれど、本欄よりもずっと切れ味のよいコラムだった。脱帽。
4月23日、経産相が大間原発の原子炉設置を許可した。英投資ファンドTCIの買収意欲をそぐ狙いもあってのことと"情報通"は言う。さて、どうなのだろうか。
Jパワーこと電源開発は当然ながら喜びのコメントを出しているものの、常識的にはとてもホンキとは思えない。5月中にも着工というが、2年前の計画では06年8月の着工とされていた。それでも運転開始の予定は12年3月で変わらない。建設期間はわずか4年弱に縮まってしまっている。
電源開発にとっては初めての原発であり、世界初のフルMOXのABWRである。しかも始めからそれとして準備してきたわけではなく、高温ガス炉、CANDU炉と国策に合わせて違う炉型に乗り換えてきた。大間町に申し入れた当初には新型転換炉だった。十分な技術的蓄積もなく、非現実的な建設期間を見込んで着工しようとすること自体、ホンキさが疑われる。六ヶ所再処理工場の本格運転入りのための露払いさえできればよいということか。
原発建設は、東海原発の受注に失敗して以来の悲願かもしれないが、他の電力各社は「国に言われてやっている」。石炭火力も国に押しつけられた、と4月23日付の電気新聞は書いていた。そんな主体性なき電力会社の中にあって孤高を気取るのは、元国策会社の矜持か時代錯誤か。
3月21日に閣議配布された07年版の『原子力白書』が不評である。他ならぬ原発推進派から。
24日付読売新聞の社説は言う。「原子力の意義を、今ほど、広く理解してもらうことが必要な時期はない。ところが、政府の原子力委員会がまとめた今年の原子力白書にはそのメッセージがない」。「原子力委は原子力政策の司令塔だ。その意義を訴える重要な使命を放棄したのだろうか」。
確かに、初の原子力白書から50年、「地球温暖化対策のため世界的な原子力利用の拡大を初めて訴えた」という触れ込みに反して、白書の記述は、まことにもって頼りない。25日付電気新聞のコラム「焦点」は嘆息する。「元気がない。多くの課題に苦悶、不安、失望を感じ、50年を過ぎ、老いてしまったのかと心配する」と。しかしそれが現実というものだろう。
読売の社説は元気に力説する。「原子力委が設けた有識者の懇談会は今月、原子力利用の将来像を報告書にまとめている。原子力発電を地球環境問題対策の一環に位置づけるよう求め、海外での原子力建設への支援、革新技術の開発など具体策を掲げた」。
だがしかしビジョン懇設置翌日の07年6月20日付電気新聞「デスク手帳」には、こうあった。「温暖化だけ目を奪われても。伸びぬ需要。闇雲につくる訳には」。やはり元気になれるはずもない(N)
3面掲載の「全国エネキャラバン」は、東京では資源エネルギー庁の単独主催だったものが、他の地域では地元新聞社が加わるという。申込先は各新聞社となった。
東京では全国地方新聞連合会のホームページ、住所、FAX番号が申込先とされていたが、同連合会の名は出てこない。なぜ明記しないのかとエネ庁に問い合わせたところ、申込先は同連合会ではないとの答だった。同じ住所に「地域力活性化研究室」なる会社があり、そこが事務局だとの説明である。エネ庁の契約先は広告代理店の電通で、電通がさらに下請けの契約をするのに任意団体の連合会でなく、株式会社の研究室を窓口としたらしい。というか、そのために電通と連合会がつくった会社なのだろう。
エネ庁側は新聞社の社会的信用を利用し、新聞側はキャラバンの採録広告で収入を得るしくみである。不思議なのは、連合会の名をあくまで隠そうとすることだ。問い合わせに「連合会のことは知らない」と答えたエネ庁は、各新聞社を前面に出しつつ、ホームページやFAX番号に連合会のものを使っていた痕跡を消してしまった。
さて、3面紹介の「取組の強化策」の案を小委員会がまとめた直後の総合資源エネルギー調査会原子力部会は、新しい委員を迎えた。高橋雅博・全国地方新聞社連合会会長である。