09年も余すところわずかとなり、10年という“転換の年”を迎える。折しも政権交代が行なわれ、その“実”が問われる年である。
10年頃から、中間貯蔵された使用済み燃料及びプルサーマルに伴って発生する軽水炉使用済みMOX燃料の処理の方策を検討するとされてきた。とはいえ、そこで踏まえられることになっていた六ヶ所再処理工場の運転実績は皆無である。
右のスケジュールを決めた原子力政策大綱は、05年10月の決定から5年を経て、見直しの時期となるが、原子力委員会は10年度予算の概算要求方針で「改定の必要性に係る総合的な検討を行う」と逃げを打っていた。
六ヶ所再処理工場の先行きが見えないなかで大綱の改定なんて、できようはずもないということだろう。だが、だからこそ見直しが必要なのではないか。本気で“転換”を図るのは、この年を措いてない。
高レベル廃棄物処分の法制定から10年。失敗の根本に立ち返り、地層処分計画の全体も見直されるべきだ。原発推進者からさえ「金をどぶに捨てるよう」と非難される「意味不明」の処分推進キャンペーンなど、即刻中止するしかない。
ところが、そんな金の捨て場の一つである「あすかエネルギーフォーラム」の秋庭悦子理事長が原子力委員に就任とか。さて、“転換”はできるのだろうか。
関西電力は8月19日、高浜3、4号でのプルサーマル計画におけるMOX燃料の製造状況についての発表を行なった。仏メロックス社で製造した燃料ペレットの一部が同電力の自主基準にパスせず、使用しないことにしたという。
そのため3、4号8体ずつとしていた燃料集合体の製造ができなくなり、4号は4体に変更する。減らされた4体はウラン燃料に替わることとなるが、燃料の配置変更などは明らかにされていない。そもそも何個のペレットが、どんな基準に、どれくらい適合していなかったのかという最も肝心な情報も隠されたままだ。
20日付の福井新聞には「メロックス社は『使用可能』と説明したが、より詳細なデータの提供を拒否されたため、品質を確認できないと判断し使用中止を決めた」とあった。関電もデータを持っていなくて、品質保証がどうできるというのか。他の電力会社についても同様で、玄海他の燃料も品質が保証されているとは言えないはずだ。
自主基準の「自主性」も怪しい。原子力安全・保安院原子力発電安全審査課の資料(http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g81030e03j.pdf )には「メロックスから緩和に対して強い要請があっ」て規定値を緩めたと何ヵ所にも書かれていた。自主基準また然りだろう。それでもなお守れなかった上に、データを秘匿して「使用可能」と言い張るのだ。信用できるわけがない。
原子力委員会のホームページに、近藤駿介委員長の講演内容が掲載されている。驚いたことに、5月27日の原子力総合シンポジウムでいわく「米国の核の傘に入ることを明確にすることによって、核兵器国以外で濃縮・再処理を事業として行えている唯一の国にたどり着いている我が国」。
原子力基本法が「原子力の研究、開発及び利用は、平和の目的に限り」と定めたのは1955年のことで、むろん核兵器の否定から生まれた規定だ。その基本法に基づいて、「平和利用の番人」たる原子力委員会は設置された。当時ありもしなかった核の傘に入ることで初めて日本が核を持たないと認められたかに言うのは、委員会の自殺的行為ではないか。
もっとも、たとえば六ヶ所再処理工場が「平和の目的以外に利用されるおそれがないこと」を審査した委員会の結論は、事業者が「厳に平和利用に限り再処理事業を行うとしている」から軍事転用のおそれはないとした行政庁の一次審査を「妥当なものと認める」だけなのだから、日本が核を持たない保証には、とてもならないのは確かだろう。とはいえ、そこで核の傘をもち出すのは、破れ傘だろうとなかろうと、筋違いだ。
ひっきょう原子力の平和利用などというものはありえない。近藤発言は、改めてそれを教えてくれたといえそうだ。
経済産業省が「原子力発電推進強化策」を発表した。そんなものを出さなくてはならないほど原子力発電の推進は行き詰まっている、と自ら明らかにしたわけだ。
そして、もう一つ明らかにしたのは、原子力安全・保安院が原発推進行政から独立していないことである。同院は、経済産業省の「外局」である資源エネルギー庁に属する「特別の機関」と位置づけられている。資源エネルギー庁が原子力推進行政を担当し、原子力安全・保安院は規制行政を担うが、推進行政の下に置かれているのは独立性に問題あり、と以前から批判が絶えなかった。
これに対し保安院では、「業務についての報告は資源エネルギー庁長官にでなく、経済産業大臣に直接行なっており、推進機関と独立している」と反論していた。しかし、その経済産業省が「原子力発電推進強化」を掲げるのだから、反論も空しい。「強化策」の中には「科学的・合理的かつ実効ある安全規制に向けて、必要な取組を実施する」と、保安院がなすべき仕事もしっかり書き込まれている。
いや、同省が原発推進なのは、いまさら言うべきことでもないか。現に原発の各地元自治体はこぞって「経済産業省からの分離・独立」を求めていたのだった。とまれ言いわけはまったく通用しなくなった。分離・独立論に追い風となりそうだ。
前号本欄にもご登場いただいた田中知想像力皆無教授は、東京大学大学院の原子力国際専攻教授であり、部会長をつとめる総合資源エネルギー調査会原子力部会では国際戦略検討小委員会の委員長を兼ねる"国際派"の重鎮である。
その国際通ぶりは本号4面の「原子力『推進者』の発言から」をお読み願うとして、ここでは3月31日の右小委員会に資源エネルギー庁が提出した資料の話をしたい。「米国をはじめ新規建設の動きが本格化」とは相変わらずの原子力ルネサンス頼みのようだが、興味深かったのは「米国の新規建設の進展イメージ」なる図だ。
16~18年までに4~8基が運転を開始するという第1波に続く第2波の説明にいわく「第1波の間に許認可が下り、工期通り、予算内の建設が進展した場合、建設開始」ってまるで第2波は来ないと言っているみたい。4月21日に開かれた米経済専門誌『Fortune』主催の専門家会合では、今後10年間に建設されるのは3基どまりとの結論になったそうだから、第1波の4~8基というのもかなり怪しい。いわんや第2波においてをやである。
右小委員会は4月17日に報告書をまとめた。「絵に描いた餅にならないように」と田中委員長は述べたそうだが、ルネサンスへの悪乗りはどうやら始めから無いものねだりと言えそうだ。
原発「推進」者の発言から
◎想像力皆無教授のご託宣
我が国は、原発の安全運転経験が40年近くあり複数の原子炉メーカーがある。濃縮工場や複数のウラン燃料加工工場などフロントエンドについては多くの技術がある。また核兵器国以外で唯一再処理工場やMOX燃料工場があり、日本の複数のメーカーが建設している。……今こそ内向き志向を脱却して原子力による国際貢献に踏み出さなければならない。(田中知・東京大学大学院教授・総合資源エネルギー調査会原子力部会長――『WEDGE』09・5)
◎"内向き"の本音再録
現実には濃縮も、もう1回技術開発を整理し直そう、再処理はまさにこれから始めて、当事者能力を持てるかどうかということは自分たちでこれから磨こうとしている、まだ足元もおぼつかないところもあるかもしれませんので、その状況で国際展開まで考えるというのはいささかというか、余りにも背伸びし過ぎているという気が、事業者としてはしているというのは率直なところです。(武黒一郎・東京電力常務=当時――原子力委員会新計画策定会議国際問題検討ワーキンググループ、04.4.11)
何をいまさらと言われるかもしれないが、原発推進派と呼ばれる人々には、想像力がまるっきり欠如しているのではないだろうか。
『日本原子力学会和文論文誌』の今年第1号で、和田隆太郎、田中知、長崎晋也という3人の東大大学院教授が、高知県東洋町における高レベル廃棄物処分場候補地応募反対運動を分析し「立地確保に向けた社会受容プロセスモデル」の検討とやらを行なっている。いわく、市民団体の反対の理由として「『ガラス固化体1本で、広島原爆の約30発分に相当』という説明が使われたようであるが、これは技術的な根拠がない」。
なぜかと言うと「原子爆弾には核燃料物質が必要であり、他の放射性物質は必要ない」からだ……と読んできて、はて、これは何を言っているのかしらと困惑してしまった。何のことはない。ガラス固化体には数十グラムのウラン‐235しか含まれておらず、広島原爆の数百分の一でしかないとのご批判なのである(ウラン全体でなく235で比べるのも非科学的としか言いようがないが)。
広島原爆の約30発分とは、もちろんウランの量の比較ではなく、原爆が爆発して生まれた長中寿命の放射能の量との比較だとは、3人も揃っていて誰ひとり思いもよらないらしい。そんな人たちが「社会的受容」だなんて、笑っちゃうよね。
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『はんげんぱつ新聞』372(2009年3月)もくじ
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エネルギー政策転換を求める全国集会
10・3NO NUKES FESTA 2009
~放射能を出さないエネルギーへ~
10月3日は東京・明治公園へ
山口泰子(ふぇみん婦人民主クラブ)
実現しよう!原発に頼らない暮らしを
藤井生子(公害から健康を守る会)
【DATA BOX】
電力会社別2008年原発設備利用率
コラム「風車」
http://www.hangenpatsu.net/kawaraban/archives/000346.html
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24回目の「4・9反核燃の日」集会にむけて
山田清彦(核燃サイクル阻止一万人訴訟原告団)
柏崎刈羽7号機の運転再開に待った
東電・国に60万余の署名提出
有田純也(新潟県平和運動センター)
【月間情報(2009年2月)】
【1月の設備利用率】
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今、立ち上がろう、プルサーマル反対へ
松江市でプルサーマル反対集会
木原省治(原発はごめんだヒロシマ市民の会)
「九州にこれ以上の原発はいらない」
川内3号機増設反対で活動を強化
山崎博(鹿児島県平和運動センター)
敦賀1号、40年超運転へ!
歯止めなき延命を許すな。
小木曽美和子(原発反対福井県民会議)
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供託されている旧祝島漁協の「漁業補償金」は、
今回も受け入れ拒否ということになりました。
上関原発を建てさせない祝島島民の会
【反原発講座】
スルーマイル島原発事故から30年
アイリーン美緒子スミス(グリーン・アクション)
参加しました。「六ヶ所村ラプソディー東日本サミット」。
松丸健二(核燃やめておいしいごはん=千葉)
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もくじ以上
六ヶ所再処理工場の竣工ともんじゅの運転再開が、また延期された。さらに先送りされる日も遠くなさそうだ。建設許可が申請された当時の計画と比べれば、六ヶ所再処理工場で12年、もんじゅは20年ほどの遅れとなっている。
実を言えば六ヶ所再処理工場は、もんじゅの次の次の高速増殖炉「実用炉」とセットで構想されていた。1967年の原子力長期計画では、高速増殖炉「原型炉」の建設は70年代前半に着手され、「実用炉」は90年頃、民間再処理工場がその5年前の85年頃と見込まれていたのだ。
ところが、再処理工場の計画も四半世紀近く遅れたが、高速増殖炉の開発は半世紀以上の遅れとなった。
しかし、いったん計画が動き出すと、それぞればらばらに進められるのが、日本の原子力開発に特有のおかしなところと言える。結果として、六ヶ所再処理工場ももんじゅも竣工や運転再開が自己目的化して、その後の運転はほんらい無用のものとなってしまった。
ほんとうは早く見切りをつけたいのだが、いまやめたら事故で失敗したことになる。何とか竣工や運転再開に漕ぎつけて少しでも動かし、「役割を果たしたので運転終了」と恰好をつけるしかないという次第。
動き出した計画を中止する責任をとれる者がいないために、失敗を取り繕うだけの原子力開発が、なお続けられようとしている。いまこそ転換を!