「風車」-第二〇号(一九七九年一二月)
「学術」シンポ当日の経過もさることながら、その後始末のつけ方も、それを強行した人たちの意識のほどを示している。
翌日、伏見学術会議会長は記者会見し、「原発事故情報の収集、蓄積、整理、公開システムを制度化することの緊急性について全パネリストの意見が一致した」というコミュニケを発表する予定でいた。
こんなことが「シンポの成果」とはあきれるが、驚くべきことに「公開」の二字に安全委側がクレームをつけてきて、伏見氏も発表ではあっさり公開を省いてしまったという。
記者団から「肝心な語句を抜くようなことでいいのか」と質問されて、伏見氏は「いわれてみれば、その通り」と再修正の意を表明したという(以上二十八日付毎日新聞)。
この人にも安全委にも、原子力問題の本質が少しもわかっていないのだ。彼はぬけぬけと「ルールを守れば、今後、反対派とも話し合う」と言ってのけ、またシンポの中で米大統領調査委の報告をつまみ食いした石谷氏(当日の陣頭指揮者)は、「市民参加型の第三者検査機関が必要」と言ったという。ルールを無視し、市民を締め出しているのが自分たちだという意識がないとしたら、この人たちの今後が恐ろしい。(高木)
「風車」-第一九号(一九七九年一一月)
東京での反原子力週間の企画の一つに、ルポライターの堀江邦夫さんの話を聞く小さな集まりがあった。
堀江さんは、被曝労働者の実態を知るために自ら下請作業員として美浜、福島、敦賀の各原発を渡り歩いたとのことで、たいへん貴重な体験談を聞くことができた。ここに紹介しておきたいのは、しかし、そうした原発内での話ではない。
原発で働く労働者の被曝データをコンピュータ管理する「放射線従事者中央登録センター」なる機関が、昨年一月、財団法人放射線影響協会の下で発足した。それまで電力会社などによってバラバラに行なわれていたのを、労働者に背番号をつけて中央で一元管理しようとするもので、すでに十万人を超す労働者が登録されている。
ところで、堀江さんの話というのは、彼が、自分の放射線管理手帳の被曝歴の欄で、内部被曝の項が空欄になっていたため、センターに尋ねに行ったときのことだ。センターの職員は、「プライバシーの侵害になるから教えられない」と答えたという。プライバシーとは電力会社のプライバシーのことらしい。とにかく、センターが労働者の「健康と安全のため」のものでないのは確かなようだ。(西尾)
「風車」-第一八号(一九七九年一〇月)
九月二十九日付けの朝日新聞報道によれば、日本原子力産業会議が、"原子力平和利用三原則"の「公開の原則」を見直す原子力基本法の改正を検討しているという。同会議内に設けられた原子力基本法問題研究会の中間報告のうち、「まとめ」の部分を一暼してみよう。
そこでは、「核不拡散や核物質防護上、問題のあるような情報の公開」は「拒否すべき」であるとされ、「秘密保護の法制化について」「現行法では公務員以外の者による漏えいは基本的に不可罰とされているが、原子力の分野でそれで差しつかえないかが問題」とされる。
こうした法制化が行なわれるなら、「公開の原則といっても、現実はそうなっていない。運転を開始した人形峠のウラン濃縮工場だって公開されていない」と森一久原産専務理事が居直ってみせる現実がさらに悪化し、いまも隠されている事故や被曝の実態がますます闇に葬られて、内部告発もできなくなるのは必至だろう。
この「公開の原則」見直し論でいっそう明らかになったのは、軍事利用と平和利用との間に壁を設けることなどできないという事実だ。そうすることができるとの前提に立ってすすめられてきた日本の原子力開発自体が見直されるべきだろう。(西尾)
「風車」-第一七号(一九七九年九月)
大新聞紙上で、「実はTMIでは避難の必要はなかった」などという悪質なキャンペーンがなされている折から、やや旧聞に属するが、事故直後のNRCの秘密会議における委員や役人たちの混乱・腐敗ぶりの一端を紹介しよう。
〈ヨウ素の障害を防ぐためヨウ化カリを飲ませることについて〉●B委員=甲状腺に厄介なことはないか●K1スタッフ=神経異常になるって説には、その反対だって説もありますよ。●委員長=オーボーイ。俺はそいつが欲しかった。運転員は神経過敏になっちゃってるからな●K2委員=そいつはいいぞ。
〈四月五日、ヘンドリー委員長は、オコニー原発を使ってTMIのための冷却実験をするという驚くべき計画を明かす〉●B委員=もし、オコニーもTMIと同じ状態にもっていくなんてことを、誰か不注意で口にしたら……(満場哄笑)●委員長=そんなこと言ったら大変だぞ!
〈報道に関して〉●委員長=ホワイトハウスが記者近づけるなっていってきた●K2委員=それが賢明だよ……ブン屋って奴は何てタフなんだ。あいつらは飲んだくれさ。
B=ブラドフォード、K2=ケネディ、委員長=ヘンドリー、K1=ケネッケ(NRC職員)。(高木)
「風車」-第一六号(一九七九年八月)
かの「チャイナシンドローム」の試写会を見る機会があった。
映画としてのできはともかく、原発のコントロール・ルームの状況や原子力産業によるデータねつ道、事故隠しなど、現実感にあふれるものであった。
そして、日常的な安全性軽視や政治的配慮などが重なって、大事故を暗示させる後半へと盛り上がっていく展開は、評判の映画だけのことはあった。
と同時に、見ているうちにイライラしてきた。当日は、大飯1号炉が緊急停止した後、通産省と安全委に認められて、関電が運転を強行再開したその日だった。大気逃し弁が異常作動し、ECCSが入り、加圧器逃し弁が噴いた。その原因も不明なままに、圧力スイッチだけを交換するというその場しのぎの再開だった。これは、映画の中で、ポンプの異常振動に気づきながら、パッキングだけを取り換えることにより、運転を強行再開していった過程とそっくりではないか。
しかし映画と違って、日本の現実には、無暴をとがめる技術者もなく、我々の力も運転を阻止し得ていない。急にサスペンス仕立てとなり娯楽映画化していく後半の場面をぼんやり眺めながら、そのことばかりを考え続けていた。(高木)
「風車」-第一五号(一九七九年七月)
スリーマイル島原発事故の際、制御室ではどんな光景がくりひろげられたのか。断片的な記録をつなぎ合わせると、およそ次のようになる。
主給水系が停止し、補助給水系のポンプが入ったが、一次系の温度と圧力は急上昇する。弁が閉じていて補助給水が行われていないことに気づくまでに八分かかっている。札が下がっていて、弁の開閉を示すパイロット・ランプが見えなかったのだ。
そうこうするうちに、炉心は過熱状態になり、水位計も温度計も振り切れた。ECCSのポンプはたびたび停止し、主冷却材ポンプも異常をきたした。放射能洩れが始まり、やがて放射性ガスが制御室を襲った。警報の鳴りわたる中で、五十人とも六十人ともいわれる大勢の人々が、制御室中でてんてこ舞いをした。
事故発生約六時間後、制御室モニターは、毎時十レムという高線量を記録し、制御室からの避難命令が出された。制御室には"決死隊"の数名が残り、ガスマスクをつけて運転にあたった。
これは決して誇張ではない。制御室の状況を想像してみるだけで、戦慄が背筋を走る。それでもまだ、"運転ミス"にすべてを帰着させようとする人がいるのだろうか。(高木)
「風車」-第一四号(一九七九年六月)
「『話し合い主義』をとることで、果していつまでも問題を解決できるであろうか」と、財団法人社会経済国民会議がまとめた『紛争と合意形成――原子力への期待』は言う。原発立地の合意をいかにして得るか、についての報告書である。
正々堂々たる議論では勝ち目がないと見てか、彼らは、「日本人の妥協のしかたとして、『反対だが、しようがない』といった状況がある」と言い、「こうした状況を設定すること」を勧めている。たとえば、「調整役たる町の有力者は、表向きはあくまでも中立の立場を堅持することが必要であって、その間根回しによる説得を行うほうが効果的である。そして、最終的な段階で調整役自身の態度決定が大義名分を与えることになって、共同体の一つの決定としてまとまる」といった次第。
その最終的な段階では「押しきるべきところをもう一度話し合おうとするとかえってマイナス効果をうむことになってしまう」と、「一気呵成にことを運ぶ」よう訴えるのだ。
運動の着実な前進に追いつめられた彼らの焦りが、実によくあわられた報告書と言えようか。(西尾)
「風車」-第一一号(一九七九年三月)
イラン国民は、ついにパーレビを追い出し、イスラム共和制樹立に向かって歩み出した。このところイランに関する記事が新聞紙面をにぎわしている。
ところで日本での関心は、石油の問題に偏り過ぎていないだろうか。先日もラジオで、この間まで通産官僚であった"エネルギー通"のS氏が、「パーレビ国王は、オイルダラーを使って、工業開発をすすめ、道路や学校をつくって近代化をなし遂げた。日本人ならこれはすばらしいことと喜ぶのだが、保守的なイスラム教徒たちは、これについていけなかった」と言っていた。その口ぶりは、何と理不尽なことよと言わんばかりだった。
しかし"立憲君主制"の日本に比べたら、イランの方がこの革命によってはるかに進んだのではないだろうか。パーレビの計画していた大規模な原子力開発計画は、核兵器開発の意図がありありとしていた。新政府は、その計画をストップすることだろう。
物、金、エネルギーだけに眼を奪われ、人の心を理解できない官僚たちが、エネルギー政策を押し進めていることはおそろしい。私たちの反原発運動は、そんな人たちや政府に対して、はっきりと"ノン"を言っていく運動なのだと思う。(高木)
「風車」-第九号(一九七九年一月)
無理が通れば道理ひっこむ。子供相手にかるたをしていると、これはそのまま原発推進派のやり口ではないかと気がつく。
それでは、というので、しばし「反原発かるた」作りに興じる。かるたにもいろんなタイプがある。「イヌも歩けぬ原発廃墟」「論より証拠事故続き」というのは、いろはかるたをもじったパロディ風。もっとストレートに迫れば、「ハンゲンパツ世界の人と手を結び」とこれはスローガン風だ。「二万四千年はプルトニウムの半減期」というのは教科書風で、やや味気ない。
イロハニと進んできたが、こんな調子で各地の皆さんもつくってみてはどうだろう。本誌あてに送っていただければ、楽しい絵をつけ、来年のお正月にはかるた会をやってみたいのだが。
本誌の見出しにも、そのまま使えそうなのがあった。「ムラサキツユクサ、モニタリングのからくりを暴く」
つくってみると、短かい字数だけに、作者の潜在意識が凝縮されているのがわかる。そういえば、科技庁のはだかポスターなどお役人の意識まるだしだった。
各地の運動の熱気が伝わる傑作をどしどし作って下さるようお願いする。
原発は冥土の旅の一里塚。(高木・西尾)