2004年01月21日

「風車」-第三二号(一九八〇年一二月)

「風車」-第三二号(一九八〇年一二月)

 面白い、といっては語弊があるが、去る十月十七日の参議院科技特委における中川科技庁長官の、海洋投棄問題に対する答弁は、ある種の本音がよく出ている。

 中川長官「そこで海上投棄と陸上投棄のどっちがいいか、それは陸上投棄の方が安くていいことには違いないが、……フランスが陸上でやっているから、じゃあ日本でもやれと言って、それじゃ私どもが責任をもって陸上についてどこの場所ということになったら、これまた社会党の皆様を初めとして、陸上に投げたら安全性がどうのこうのということで、また非常な国際的な反発よりは数倍の反発があるであろうことも想像されるわけでありまして、……」(傍点引用者)。要するに「日本に投げないで向こうへ投げる」(中川)方が、反対が少ないからということらしい。

 次のようなくだりもある。「フランスその他の国が海洋投棄で何にも支障がなくて、反対があったからやめたわけじゃない。私の聞いておるところではあそこは国家権力もあるし、国民の理解もあるから陸上投棄の道の方が安いから変わっただけのことであって、……」。国家権力がある(強大だ)から、フランスは安上りの道を選べたのだ、というのは、原子力国家の本質の何たるかを言い得ているとはいえないだろうか。(高木)

Posted by 編集部 at 17:21

「風車」-第三一号(一九八〇年一一月)

「風車」-第三一号(一九八〇年一一月)

「いよいよ日本にも『核兵器から身を守るシェルター(退避ごう)売ります』という会社が現れ」た、九月二日付の毎日新聞夕刊が報じていた。

"核時代の防空壕"を売り出したのは、原発の警備も請け負う大手ガードマン会社の綜合警備保障。同社研究室と植村技術研究所が共同開発したものだという。

 綜合警備保障といえば、確か日本市民防衛協会の事務所が同社の子会社内にあるのではなかったか。七七年十二月に設立されたこの団体は「核災害に備えた市民防衛体制の整備」を目的とする。会長は藤井丙午参院議員・元国家公安委員。綜合警備保障の村井順社長(同社業務案内によれば「戦後におけるわが国警備警察制度の創始者、内閣調査室の創始者」)が副会長をつとめ、常務理事に植村技術研究所の植村厚一社長の名が見える。

 同じく藤井丙午会長で、今年四月には、防衛庁長官経験者をずらっと並べた市民防衛議員連盟も誕生した。「国民の核アレルギーがなくなれば将来性のある分野」という耐核シェルター売出しの弁も、単に新商売という以上にイデオロギー的なものを感じさせる。まさしくキナくさい世の中になってきたようだ。(西尾)

Posted by 編集部 at 17:21

「風車」-第二九号(一九八〇年九月)

「風車」-第二九号(一九八〇年九月)

 異常な夏が終わろうとしている。その異常さは必ずしも気象だけのことではない。

 「危機」の大合唱だ。ソ連の脅威。核の選択。「国を守る気概」教育。防衛予算の別枠制。破滅的な未来をコンピュータに予測させる未来学がはやり、危機ムードをあおる。

「エネルギー危機だ、電気が止まる」と生活上の危機感だけあおっているのでは、どうしようもなくなってきたのである。「国防」と結びつけて、エネルギーや食糧をとりあげる。鈴木善幸という「スモール・リーダー」の故か、一層「国家」の不気味な影が大きくのしかかってくる。

 誰だっていま危機感をもっている。だが上からの「危機」の押しつけはまっぴらである。危機についての饒舌の影で、彼らは決して本当の危機について語ろうとしない。「異常気象」をもたらすエネルギー浪費社会こそ、私たちが感じている危機である。火災を起こした原潜が、放射能を満杯して漂流する姿にこそ、私たちは危機を感じる。

 いや、それを「無害航行」などと言いくるめる官僚たちにこそ、もっと大きな危機感をもつ。危機意識に頼った運動はしたくない。ずっとそう思ってきた。しかし、いま危機感は募るばかりだ。(高木)

Posted by 編集部 at 17:20

「風車」-第二七号(一九八〇年七月)

「風車」-第二七号(一九八〇年七月)

 あなたが原発から一〇キロメートル以内に住んでいて、もし原発で大事故が起こったと知らされたら、どうしますか。被曝線量が十レムに達するレベルまでは、窓を締め切ってじっと自宅で息をひそめている。十レムを越えそうになったら、放射能の雲の中を。ぞろぞろとコンクリートの建物を求めて移動し、そこでじっと恐怖の時を過す。そんな人が果してほんとにいるでしょうか。

 そうしなさい、というのが原子力安全委の防災対策報告書(六月二十六日発表)の指示なのです。机上の空論とはまさにこのことではないでしょうか。

 誰だって事故が起こったら、一刻も早く放射能の通り道から逃げようとするでしょう。しかし、「対策地域」に入ったのが運のつき、自宅に閉じこめられ、さらに事故が深刻化したら、今度はコンクリートの建物に「収容」される。たぶん道路も閉鎖されて、十キロメートル以内の人は、逃げ出すこともできなくなる。

 このプランは、たぶん、防災対策もありますよ、と言いたいためだけの作文です。しかし、このプランは事故時の周辺住民閉じ込め策ともいえます。「パニック」を起こさせないためか、汚染した人や車が移動するのを阻止するためか。いずれにしても、このプランに従わないことを、現状では最良の「対策」としておすすめします。(高木)

Posted by 編集部 at 17:20

「風車」-第二六号(一九八〇年六月)

「風車」-第二六号(一九八〇年六月)

 電力会社が、どんどん電気代を返している。四月一日からの値上げ(七月一日から電源開発促進税の三・五倍アップで再値上げ)に際して、値上げ日に検針せず、日割り計算というのは納得できない、すでに支払い済みの四月分電気代の「水増し徴収分」を戻して欲しい、との申し出に電力会社は大あわて。

 なにしろ「電気代をまけろと言っているのではない。一円でも間違いのない正碓な計算の電気代を支払います」というのだから、グウの音も出ない。ひたすら低姿勢で、消費者の言い分通りに返したり、値上げ後の検針日までの分は旧料金としたり。ともかく早く申し出をのんで、騒ぎたてられるのを防ぐという受け身の一手だ。

 一方、消費者の側は、二ヶ月後でも半年後でも、時効前ならばいつでも、電話一本で攻撃を開始することができる。しかも、現に返している実例が全国各地に数多くあるのだから、必ず勝つこと保証つき。その勝利が拡大すればそれだけ、申し出ないで不正料金を取られっぱなしになっている消費者のことはどうするのか、という大問題を鮮明に暴露することになる。

 と、以上は大阪の「日高に原発をたてさせへんぞ! 電気料金不払い連合」のビラなどからの抜き書き。次号の本紙編集担当は大阪なので詳しい記事が載るかもしれないが、それまで待てない方は、〇六―六四七―四〇八九、不払い連に乞うご連絡。(西尾)

※この番号は現在は存在しません

Posted by 編集部 at 17:19

「風車」-第二四号(一九八〇年四月)

「風車」-第二四号(一九八〇年四月)

 ルイス・キャロルの有名な『不思議の国のアリス』に、「猫のない笑い」というくだりがある。木の上の猫の姿が消え失せて、笑いだけが残った場面は、テニエルの絵で有名だ。「笑いのない猫」をもじった、キャロル一流の遊びだというようなことを読んだ記憶もある。

 この間もキャロルを読んでいて思った。彼の流儀で言えば、原子力は「マンションのないトイレ」なのではないかと。「トイレのないマンションかと思っていたら、実はトイレだけだった、ということにならないか。もっとも、そう言ったらすぐに、下水道もないからトイレにもならんよ、という声もあったが。

 原産会議の森一久氏と対談する機会があった。「日本の濃縮や再処理の技術が軍事転用できるのはあたりまえのこと」と、ことも無げに言い、だから「公開の制限」を検討しているという。しかし、「軍事利用と平和利用は区別できる」と言いふらして、「あたりまえのこと」を認めてこなかったのが推進側だ。認めざるを得なくなったら、とたんに「公開の制限」ときた。「平和のない核利用」と言い出すのも時間の問題か。

 設立総会からマスコミをシャットアウトして悪名高い「日本原燃サービス」に行って驚いた。サービスどころか、あるのは警備だけ。いかにも「下水道のないトイレ」を「サービス」する会社らしい。(高木)

Posted by 編集部 at 17:19

「風車」-第二三号(一九八〇年三月)

「風車」-第二三号(一九八〇年三月)

 福島第一原発の1号炉は廃炉にすべきである。設備容量では全国の原発の三パーセントほどを占めるに過ぎないこの原子炉で、昨年度は全国の労働者総被曝線量の四分の一にも及ぶ被曝があった。さらに現在は、一日一人あたり千ミリレムの「計画線量」のもとに、苛酷な炉内修理が続いている。このことだけをとっても、この原発を動かし続ける合理的な理由づけは見出せない。

 同炉は美浜1号炉と並んで、動かない原子炉としても有名だ。七五~七九年の五年間の平均利用率は三十パーセントを割り、利用率六パーセントなどという年もあった。

 給水ノズルのひび割れが発生し続け、削りを繰り返して運転を続けようとしていることも恐ろしい。それにともなって、七七年、八〇年と給水スパージャーの交換が続いているが、その経費も、一回あたり何十億円かかるはずだ。

 西ドイツでは、ついにグントレミンゲン原発を廃炉にすることを決めた。もっともどう廃炉にするのか、処分の目途が立たないことが悩みの種という。

 廃炉に踏み切れないのは、予想外に早くポンコツ化してしまった焦りを覆い隠すためなのか。それとも「原発は故障でももうかる」電気料金制度のためなのだろうか。(高木)

Posted by 編集部 at 17:18

「風車」-第二二号(一九八〇年二月)

「風車」-第二二号(一九八〇年二月)

『原子力帝国』の著者、ロベルト・ユンク氏が来日した。来日直後に、親しく語り合う機会をもつことができた。原子力社会への鋭い批判は予期したとおりだが、気さくで優しい目をもった老人でもあった。

 ある企画で氏にインタビューする役になったのだが、インタビューの終わった後でも、話はつきない。どうしてもユンク氏の考えを確かめておきたいことがあった。

「間に合うと思いますか」と極端に聞く。既に世界は核兵器網で覆われ、原子力開発が「核の時代」に拍車をかける。我々は地上が氏の言うカタコンベ(地下墓場)になることを阻止できるのか。現在の政治情勢下では、八〇年代に多くの国が核武装するのは必至だ。ほんとうに間に合うのか、今の私には確信がもてない。

「今なら間に合う」という答。しかし「私は長い間核を見つめてきた。世界は一歩一歩深刻な核の泥沼に入っている。今という時を失したらもうこの泥沼からはい上がれない」ともいう。鋭い時代意識をもったジャーナリストの眼がそこにはある。

 今なら、と今しか、では大部違う。「あなたは本当に未来に確信がもてますか」「私は人民の力を信じたい。」そして老人は言った。「私が日本各地を見た後でもう一度話しましょう」。大きな期待と不安をもって、私はいま十日後の再会を待つ。(高木)

Posted by 編集部 at 17:18

「風車」-第二一号(一九八〇年一月)

「風車」-第二一号(一九八〇年一月)

 いよいよ八〇年代に入る。七九年から八〇年と暦が変わったことにどれだけの意味があるかは分からないが、大きな時代の流れを感じないわけにはいかない。

 七〇年代を振りかえるとき、科学技術がことごとく市民を裏切ってきた時代であったという感が強い。七〇年代の初めに、すぐにでも「安全性」が立証されるかのように言われた原発は、次々に危険性をさらけ出し、七〇年代のどん尻には、TMI事故によって安全論争に決着をつけてしまった。

「プルトニウムの時代」といううたい文句も十年前に見かけた気がする。人工心臓から「打出の小槌のような高速増殖炉」まで、大活躍するはずだったプルトニウムは、すっかり「地獄の王の元素」の悪役イメージを定着させてしまった。インドに続いて七〇年代末には南アも核クラブ入りし、「平和利用」の幻想も打ち砕かれた。

 世界に原子力船を駆けめぐらせているはずだった原子力船事業団は、ポンコツ「むつ」をかかえ崩壊寸前のありさまだ。原子力宇宙船などという話すらあった十年前だが、いまや空から原子炉衛星が落ちてくるのを心配する時勢となった。

 夢物語にだまされる時代は終わったのである。いよいよ「危険を承知で原子力推進」の時代に入ったことを、原子力白書も示している。(高木)

Posted by 編集部 at 17:17